高速鉄道から地下鉄までチェック
飛行機に乗ってどこかに行く場合、客は空港の保安検査場でセキュリティチェックを受ける必要があります。飛行機の出発直前に空港に来たら検査場に長い行列ができていて、「乗り遅れたらどうしよう」と不安になった方もいるでしょう。
北京の市街地を走る高速車両のCRH380BL形(2018年1月、草町義和撮影)。
一方、日本の鉄道駅ではセキュリティチェックを行っておらず、保安検査場もありません。しかし、海外では鉄道駅でセキュリティチェックを行っている国もあります。その代表格といえるのが、中国の鉄道です。
中国のおもな鉄道駅は、きっぷ売り場と待合スペースにそれぞれ入口を設けていて、完全に分離しています。つまり、きっぷ売り場できっぷを購入したら、いったん駅舎の外に出て待合スペースの入口に向かう必要があります。多くの場合、待合スペースの入口付近に検査場があり、ここでセキュリティチェックが行われているのです。
中国の鉄道ではなぜ、セキュリティチェックが行われているのでしょうか。日本語の『中国鉄道時刻表』を発行している中国鉄道時刻研究会の何ろく代表(「ろく」は王へんに力)に話を聞きました。
――中国の鉄道では、いつごろからセキュリティチェックが行われているのでしょうか。
X線検査機による荷物検査は1987(昭和62)年に試行され、1990年代から普及しました。それ以前も、おもな駅では抜き打ちで荷物を開けて中身を確認するといった検査が行われています。ボディチェックは2010年代から始まりました。
――どの駅でも行っているのですか。
国鉄は列車の種類にかかわらず、ほとんどの駅で行っています。利用の少ない駅や無人駅では行いません。大都市の地下鉄や長距離バスのバスターミナルでも行っています。路面電車や都市内のバスでは行っていないところがほとんどですが、新疆ウイグル自治区のウルムチで運行されているバス高速輸送システム(BRT)は、セキュリティチェックを行っています。
導入のきっかけは「ある危険物」
――なぜセキュリティチェックが導入されたのでしょうか。
車内への花火や火薬の持ち込みと、それによる列車の火災事故が多発したからです。1980(昭和55)年、客が持ち込んだ紙雷管が発火して22人が死亡した事故がありました。これをきっかけに国鉄や長距離バス、船、飛行機などあらゆる交通機関で危険品を取り締まることが通知されました。
検査場は待合スペースの入口すぐそばに設けられていることが多い(2009年7月、草町義和撮影)。
――どうして火災事故が多発したのでしょう。
かつては貨物列車の予約を取るのが難しく、生産者が花火や火薬を携帯して旅客列車に乗り込み、消費地に運ぶといったことが常態化していました。これに加え、当時は花火や火薬の質が悪くて安全性が低かったこと、さらに火をつけなくても発火する、ある意味では使いやすい花火や火薬が出回っていたため、ひとたび発火すると大きな事故になったのです。いまでは物流の改善とセキュリティチェックの導入により、このような事態は無くなりました。
――空港のようなセキュリティチェックを導入したことで、駅の待合スペースに入るのに時間がかかるようになったのではないでしょうか。
空港とは似て非なる「簡単な検査」をしているので通過速度は速く、繁忙期でない限りは長く待たされることはありません。「大量の危険品や大きな刃物さえチェックできればよい」と、割り切っているのです。具体的な検査項目は、荷物を丸ごとX線検査機に載せることと、係員によるごく簡単なボディチェックを受けること。現地のセキュリティチェックの様子を撮影したニュース映像などを見ても、3秒にひとりのペースで通過しているのが分かります。
ただ、利用者の多くは駅の入口でセキュリティチェックがあることを見越し、余裕をもって早めに駅に来るようになりました。チェックそのものの時間は短くても、駅に到着してから列車に乗るまでの時間が全体として増えたのは確かです。
日本の鉄道にも導入できる?
――日本の鉄道にもセキュリティチェックは導入できると思いますか。
まず空港並みのチェックは必要ないと思います。この点で、処理速度は確保できます。次に中国でも日本の新幹線と同等の列車密度、利用者数でセキュリティチェックを行っていますから、処理量の面でも問題はありません。
待合スペースは体育館のように広い(2016年1月、草町義和撮影)。
ただ、セキュリティチェックを済ませた後に客を収容する待合スペースの問題があります。
先に話した通り、セキュリティチェックを導入すると客が余裕を持って早めに駅に来るようになります。そのため、中国の鉄道駅ではチェックを受けてから列車に乗るまでの待ち時間が伸び、待合スペースに滞留する客の数も増えました。仮に客が平均10分早く来るとした場合、列車定員と列車本数を掛ければ数千人になります。
中国のおもな鉄道駅は体育館のように広い待合スペースを整備し、ホームも広くとって客の収容スペースを確保しています。日本の駅はそのように作られていませんし、広い待合スペースを整備するには相当な費用がかかります。中国の鉄道駅のような「簡単な検査」方式でも、導入は無理でしょう。
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ちなみに、記者(草町)のここ10年ほどの訪中経験では、駅の規模や時期にもよりますが、入口の前には検査待ちのやや長い行列ができていることが多かったように思います。とはいえ行列の進み方は速く、すぐに入口のドアに到達しました。
検査場は入口の前にX線検査機と門型の金属探知機を設置しただけのものが多く、客は連続してX線検査機に自分の荷物を置き、金属探知機をすぐに通り過ぎていきます。ノートパソコンなどをバッグから出したりする必要はありません。ボディチェックは行われないことの方が多いです。
【写真】チェックも架線もない路面電車
周恩来の故郷・淮安の市街地を走る路面電車はバッテリーの電気を使って走るため架線が無い。セキュリティチェックも行われていない(2018年1月、草町義和撮影)。