アーケード街を走行する珍しいバス
日本には、街なかを走る路線もあれば、特に四国には山地を分け入っていくような「秘境路線」もあります。そのような街なかと「秘境」の両方を味わえる路線が、四国交通(徳島県三好市)の「漆川(しつかわ)線」です。
アーケード街は徳島県道161号でもあり、四国交通のバスが多く通過する(風来堂撮影)。
漆川線は、JR土讃線の阿波池田駅近くにある阿波池田バスターミナルと、同じ三好市内(旧・池田町)にある漆川八幡神社を結びます。起点から終点までの所要時間は38分で、1日6往復の運行、片道の料金は640円です。
バスターミナルを出発すると、バスはいきなり駅前のアーケード商店街に入っていきます。アーケード街というと歩行者天国のイメージもあるかもしれませんが、ここはれっきとした車道。阿波池田バスターミナルから出るバスはほとんどがこの道を通るので、ここ阿波池田では普通の光景です。多い時では数分に1本ペースでバスがアーケード下を走り抜けていきます。
その後は吉野川に沿って南下し、阿波池田からひと駅南の三縄駅などを経由して住宅地を進んでゆくのですが、この辺りの道も非常に狭く、対向車とのすれ違いも困難なほど。川と山に挟まれた土地のため、道路の用地が少ないのでしょう。しかし運転手も慣れたもので、涼しい顔をしています。
「漆川口」バス停を過ぎるとバスは大きく方向を変え、山道を上ってゆきます。ここから人家もまばらになっていき、ただでさえ狭かった道はバスの車体ギリギリの幅になります。急峻な谷あいを走行するため、車両右側は切り立つ崖、左側ははるか下方に見える川、という恐ろしい地形に。
途中の各バス停も「なぜこんなところに?」という場所に設置されており、乗車時には乗降客はひとりもいませんでした。終点近くの「南谷」バス停では、ポールになだれかかるように木製の看板が倒れていたり、次の「天王」バス停でははるか昔に設置されたと思われる待合小屋が朽ち果てていたりと、「秘境感」が満載です。
終点で待ち受ける驚きの体験とは?
森を抜けて視界が開けると、終点まではもう少しです。神社の前にある池田町公民館漆川分館の隣に設けられた小さな転回場に、乗客を乗せたままバックで入り、停車します。ここが終点の「漆川八幡神社前」。乗客は降車してから、バスがどのような場所に停まっているのかを知ることになります。
車体後方を見れば、そこは急な崖です。乗客を乗せたままバックで転回場に入ること自体はよくあることなのですが、ここの場合は転回場が狭すぎて、バスの車体が転回場からはみ出し、崖からお尻が突き出る状態になっています。もちろん車止めもあり危険はないのですが、これも珍しい光景です。バスはそのまま3分ほど停車し、折り返しの便として阿波池田バスターミナルに向けて発車します。
終点に近づくにつれ細かいカーブが連続する(風来堂撮影)。
来た道を改めて歩いてみると、このバスがどれだけの悪路を通ってきたのかがわかります。狭さはもちろんのこと、木々が深く生い茂っているので昼間でも視界が悪く、カーブも多数。また、ガードレールのない区間もあり、一歩間違えば谷底へ真っ逆さま。この道を毎日安全に走っている運転手の技量の高さが伺えます。
そのような場所にバスを走らせる理由は、「必要だから」。終点に近づくにつれ人家もほとんど見られなくなりますが、それでも人の営みはあります。仮に歩くとすると、山を降りるだけで1時間以上かかってしまいますし、かといって車を運転するのも、特に高齢の方などには危険かもしれません。沿線住民の重要な足として、今日も漆川線のバスは山奥の狭き路を走っているのです。