実は古くから実用化されている技術
JR東日本が「自動運転」の検討を開始しました。読売新聞は2018年8月13日(月)、「JR東日本が、山手線や東北新幹線などで、運転士がいない自動運行の導入へ向けた検討を始めた」と報じています。
運転士が乗らないタイプの自動運転の導入が検討されていると報じられた山手線(2017年6月、恵 知仁撮影)。
それによれば、JR東日本は「ベテラン乗務員の大量退職で、将来的に運転士や車掌などの不足が見込まれる」と考え、運転士が乗らずに列車を自動的に運転する「無人自動運転」の検討を始めたといいます。JRの場合、国鉄時代に新規採用を抑えたこともあり、40代後半から50代前半にかけての社員が少なくなっています。今後、これより上の世代の社員が大量退職するため、運転士の不足が懸念されているのです。
無人自動運転は難しい技術のように思えますが、鉄道の世界では古くから実用化されています。本格的に導入して営業運転を行っている鉄道路線(運転操作を行わない乗務員が乗る場合を含む)は、以下の各線です(2018年8月現在)。
・日暮里・舎人ライナー(東京都)
・ゆりかもめ(東京都)
・ディズニーリゾートライン(千葉県)
・シーサイドライン(神奈川県)
・リニモ(愛知県)
・ニュートラム(大阪府)
・六甲ライナー(兵庫県)
・ポートライナー(兵庫県)
これらは、ゴムタイヤで走る新交通システムとモノレール、浮上式のリニアモーターカー。鉄のレール上と鉄車輪の車両が走る「普通の鉄道」に比べ、停止位置の精度を高く保つことができます。その一方、線路を走るのは専用の車両のみ。自動車や人も通る道路に比べ、人の飛び出しなど不意のアクシデントは少ないため、自動運転を導入しやすいといえます。
しかし、いまでは技術の発達により、「普通の鉄道」でも運転士を「支援」するタイプの自動運転システムが一部の路線で導入されています。運転士がボタンを押すと自動的に加速と減速を繰り返し、次の駅まで走るというもので、これを改良すれば無人自動運転はすぐにでも実現できそうに思えます。
ただ、話はそう簡単ではありません。無人自動運転を行っている路線とそうでない路線とでは、その「環境」に大きな違いがあるのです。
「あとから導入」の問題
現在、無人自動運転を行っている路線は、全て高架橋やトンネルになっています。踏切は無く、一般の人が線路に近づくことは、ほぼ不可能です。駅のプラットホームもホームドアが設置されていて、客と線路を完全に分離。通常の鉄道以上に不意のアクシデントが発生しにくい環境になっています。というより、これらの路線は最初から無人自動運転の導入を前提に設計、建設されたのです。
無人自動運転はゴムタイヤで走る新交通システムなどを中心に実用化されている。写真は新交通ゆりかもめ(2014年1月、草町義和撮影)。
一方、JR東日本は現在営業中の路線を無人自動運転に切り替えることを考えているようです。仮に新交通システムなどと同じ方式の無人自動運転を実現させようとするなら、線路やホームを造り直さなければなりません。
道路との交差は立体化して踏切を無くす必要がありますし、線路のそばに道路や民家があるような場所では、絶対に無断侵入できないような巨大な壁を建設しなければならないでしょう。駅のホームドアはもちろん必須。場合によっては、天井まで伸びる背の高いホームドアも必要でしょう。これらの改修費用は相当な巨額になると思われます。
ただ、近年は自動車でも自動運転技術の研究や開発が進んでいます。不意のアクシデントが発生しやすい道路では、鉄道以上に高度で複雑な自動運転システムの開発が不可欠。逆に言えば、これが実用化されて鉄道に応用すれば、踏切での自動車の侵入などにも対応しやすくなり、施設の大幅な改修は不要になるかもしれません。
交通安全環境研究所の理事などを務めた東京大学大学院の水間 毅特任教授は、学会誌『計測と制御』2017年2月号の記事で「(自動車の自動運転システムが)安全に実用化されるならば、これらの技術を鉄道に適用することはメリットが大きいと考えられる」と記しています。JR東日本も自動車の自動運転技術を応用し、施設の改修を最小限に抑えようと考えているのかもしれません。
日本では少子高齢化が進み、JR東日本に限らず無人自動運転を視野に入れた検討が必要な時期になったのは確かです。同社の動きがほかの鉄道会社にも波及するのかどうかが、今後の焦点となりそうです。
【写真】運転士「気分」になれる自動運転
自動運転を行っている鉄道では運転席を一般に開放していることが多く、運転士になったような気分を味わえる(2014年1月、草町義和撮影)。