総工費1兆3500億円の「英断」
東京の地下を「6」の字に走る都営地下鉄大江戸線。2017年で開業から26年目を迎えますが、経営状況の大幅な改善により黒字化が視野に入りつつあります。
大江戸線は新宿の都庁前駅を起点とし、飯田橋、両国、大門、六本木を経由して都庁前に戻り、そのままさらに北西の東中野、練馬を経由して光が丘駅(東京都練馬区)へ至ります。建設路線延長(実キロ)は43.58kmで、単一の地下鉄路線としては日本でもっとも長い路線です。
建設費用も膨大で、光が丘~新宿間の放射部は約3991億円、新宿~都庁前間の環状部は約9583億円、あわせて約1兆3574億円に上りました。1kmあたりの建設費は312億円です。浅草線は1kmあたり46億円、三田線は91億円、新宿線は235億円でした。大江戸線の建設費用の高さが数字に表れました。
東京の地下を6の字に走る都営大江戸線(2009年12月、恵 知仁撮影)。
大江戸線は建設コストを下げるために小さなトンネル、小さな車両、鉄輪式リニアモーター駆動を採用しました。しかしそれでも多くの費用がかかっています。もし、他の路線と同じような規格で設計していれば、もっと高額な費用がかかり、おそらく建設できなかったでしょう。
実際に大江戸線に乗ってみると、日中でも乗降客は多く、利用者の多さがうかがえます。
東京都が公開している「平成27年度 地下鉄路線別収支状況」によると、大江戸線の乗車人員は1日平均で91万4012人。これは都営地下鉄4路線の中でもっとも大きな数字です。路線ごとの収入も大江戸線がトップで約557億842万9000円。ただし、支出もトップで約569億8104万5000円です。路線延長が長いため数字も大きくなりますが、多くの人々が利用しています。赤字とはいえ造って良かった路線といえます。巨額の建設計画を決めた人々の英断と言うべきでしょう。
大江戸線誕生の理由 なぜ「6の字」に?
大江戸線計画のルーツは、1968(昭和43)年に運輸大臣(当時)の諮問機関が提出した「都市交通審議会答申第10号」にありました。東京周辺の高速鉄道整備のため、既存路線を含めた路線計画です。このなかで、「12号線」として「新宿~春日町~上野~深川~月島~麻布」のルートが示されました。その4年後に示された「都市交通審議会答申第15号」で、麻布から先の六本木~青山~新宿~練馬~高松町(現・光が丘)~大泉方面が示されました。これが大江戸線の原型、6の字路線です。
計画路線が延長された背景として、空前の高度経済成長が挙げられます。東京に産業が集中し人口も急増したため、高速鉄道網で輸送力を増強する必要がありました。また、オフィス街を分散させるため、東京都は1958(昭和33)年に副都心として新宿、渋谷、池袋を指定しました。12号線は新宿副都心を核とした、郊外方向、都心方向のアクセス整備の役割もありました。しかしこの計画はオイルショックにより一時凍結されます。
次の大きな動きは、練馬区光が丘の再開発計画がきっかけです。この地域には米空軍の家族宿舎「グラントハイツ」がありましたが、1971(昭和46)年に全面返還が決定。敷地の半分を公園として、残り半分を団地など住宅として整備すると決まりました。その進捗(しんちょく)にともなって公共交通機関の必要性が高まり、東京都は1982(昭和57)年に10か年の東京都長期計画を策定。重要施策として12号線放射部の整備を掲げます。
ただし、バブル景気が始まる前でもあり、オイルショック不況の経験から、コスト削減の検討を重ねました。他社線と相互直通をしないため、独自規格の採用も可能です。そこで、トンネルや車両の小型化、全駅で島式ホームを採用するなど諸施設の小規模化を図ります。トンネル断面積は新宿線の約半分になり、車両の長さは16.5m、最大8両編成としました。こうして、放射部は1986(昭和61)年に着工。1991(平成3)年に練馬~光が丘間が、1997(平成9)年に新宿~練馬間がそれぞれ開業しています。
環状部と放射部からなる都営大江戸線。その総延長は約44kmにおよぶ(国土地理院の地図を乗りものニュース編集部が加工)。
環状部は放射部より規模が大きく、建設費も膨大なため保留されました。しかし、1979(昭和54)年ごろから東京都庁の新宿移転が議論されはじめ、首都・東京の国際競争力を高めるためにも必要という判断から、1985(昭和60)年の運輸政策審議会答申第7号で「首都機能の分散、放射状路線の連絡に資するため環状線の建設が必要」と示されました。これを受けて12号線放射部の建設が決定。1992(平成4)年に着工されました。ちなみに新宿の東京都庁新庁舎は1988(昭和63)年に着工、1991(平成3)年に完成しています。
12号線の環状部は当初、1997(平成9)年3月に全線が開業する予定でした。しかし、都心部の工事とあって、騒音、振動、道路交通規制の苦情が多数あり、1000件を超える補償問題、夜間作業時間の短さ、41か所にわたるほかの鉄道との交差、河川交差に対する防護工事などから作業が遅れました。その結果、約3年遅れて2000(平成12)年4月に新宿~国立競技場間が開業。全線開業は同年12月12日でした。この日付は12号線にちなんだといわれています。
乗客数は順調に増加、かつては批判も
首都・東京の発展を期待された大江戸線。しかし、開業前後は膨大な建設費と開業の遅れ、乗客の少なさから批判の対象となりました。建設費の増加は、交差鉄道や埋設物の防護と道路復旧で940億円、水位や軟弱地盤、出入口の位置、施工計画確定などで860億円、バブル景気到来による地価、資材高騰、労務費の上昇で380億円、耐震補強で50億円などです。開業の遅れは前述の通りですが、遅れによる機会損失は1日あたり約1億円に上りました。総建設費9600億円のうち借入金は約7000億円あり、利息は1日あたり約5700万円かかり、営業収入の見込みが約4500万円だったためです。
乗客数については、計画時の予測では1日あたり82万人を見込んでいました。しかし全線開業から1年目の時点では約51万人に留まっています。需要予測を過大評価した理由は、新駅の利用圏域を広くした(7万人の過大)、他路線との乗り換え時間が実際より短いと考えられた(2.5万人の過大)、目的地まで乗り換え回数の多さを考慮しなかった(4万人の過大)、バスからの移行を多く見積もりすぎた(0.5万人の過大)などです。このままでは赤字が続き、建設費も取り返せないという懸念が広がりました。
しかし一方で、当初、見込んでいなかった需要もありました。夜間人口の過小評価で実際にはプラス0.8万人、六本木ヒルズや晴海トリトンなど沿線の開発によって、プラス2.5万人の需要がありました。開業後の伸び代はこの部分です。臨海部の大型マンション建設などの影響で人口が都心に回帰し、運行本数の増加によって乗り換え需要も増えました。2015年度の1日平均乗降客数は約91万4000人となり、計画時の1日あたりの需要予測を約10万人も上回っています。
そしてついに黒字化の兆しが見えてきました。赤字額は、2010年度が約130億円でしたが、2015年度は約12億7000万円まで圧縮されました。100円の収入を得るために必要な経費(営業係数)が102円です。これまで通り利用者が増えれば収入も増え、営業係数は100未満、すなわち黒字になります。ちなみに浅草線の営業係数は67、三田線は81、新宿線は74です。大江戸線が黒字になれば、都営地下鉄は全路線で黒字となります。
投資額は再び上昇する 延伸計画も
これまでの建設費などで、都営地下鉄全体の累積損失の残高は約3000億円。都営地下鉄はほかの3路線の黒字などで、毎年およそ200億円を償却しています。大江戸線の黒字化で債務返済も加速しそうです。都営地下鉄の経営が健全化すれば、かつて検討された東京地下鉄(東京メトロ)との合併、地下鉄一元化の議論も再開されるかもしれません。
2015年度は、大江戸線を除く3路線が黒字を計上。大江戸線も収支の差が縮まりつつある(乗りものニュース編集部作成)。
ただし、大江戸線にはさらなる設備投資も発生します。先行開業から25年が経過し、老朽化した車両を新造車両で置き換える時期が来ています。安全基準も変わり、新たにホームドアを導入するなどの安全投資も必要です。さらに、乗客の増加に対応して列車を増発するためにも車両を増やす必要があります。勝どき駅(東京都中央区)など混雑の激しい駅は大規模な改修も実施します。
また、運輸省(当時)の都市交通審議会答申第15号で示された大泉方面については、2016年に国土交通省の交通政策審議会答申198号が、光が丘駅~大泉学園町~東所沢駅を示しました。このうち、光が丘駅~大泉学園町間については導入空間となる道路との一体的な整備が進んでいます。大泉学園町~東所沢駅間は、東京都清瀬市と埼玉県の新座市、所沢市が要望活動を継続しています。東京都だけではなく埼玉県にもまたがるため、建設費の負担割合など話し合いが必要です。
鉄道路線の建設、維持にかかる費用と、鉄道路線がもたらす経済効果については、費用便益分析という方法で評価できます。2007(平成19)年に発表された論文「鉄道整備事業の事後評価手法に関する諸検討―実際の評価の経験を踏まえて―」によると、大江戸線の事後評価による費用便益分析結果は、計算期間が30年の場合に1.1から2.8、同50年の場合に1.3から3.4でした。1を超えていれば、社会経済的に意義のある事業となります。大江戸線は合格です。
建設費が大きく当初は赤字だとしても、沿線が発展すれば乗客も増えて黒字化の可能性があります。その意味で、大江戸線は公共交通機関のお手本といえるかもしれません。延伸区間についても、費用便益分析だけではなく、黒字化を見通した収支計画を望みたいところです。
【写真】横浜中華街の前を走る都営大江戸線
横浜中華街の前を通る都営大江戸線の新車12-600形電車。このときは愛知県豊川市の工場から都営地下鉄の車庫へ鉄道とトレーラーで運ばれた(2015年1月、恵 知仁撮影)。