会社の方針が車両の形に
車両は鉄道会社にとってダイヤと並ぶ重要な商品のひとつです。そのため各社とも、会社の顔として車両をアピールしたり、車両の設備に個性を持たせたりして、利用客に快適な移動をしてもらえるよう工夫しています。
車両の外見に強いポリシーが現れていた例として、東急電鉄のステンレスカーが挙げられます。東急電鉄では古くから銀色のステンレスカーを使用していますが、その外見は多くが四角四面のスタイル。2000系電車以前の車両は一部のタイプを除いて正面も「切妻」と呼ばれる平面で、いかにも武骨です。
これは東急電鉄が「外見の造形にお金をかけるよりも、シンプルな形状で車両価格を抑え、その分をインテリアやインフラなどにお金をかけて利用客に還元する」という方針をとっていたからだとされています。
高速運転が身上の阪神電車は、信号係が高速走行中の車両ナンバーを見やすいよう、その書体、大きさ、位置を厳格に定めた名残がいまも息づいている(児山 計撮影)。
利用客にはあまり関係ないところですが、車両に必ず振られているナンバーの書体にも、各社違いがあり、名古屋鉄道、阪神電鉄、神戸市営地下鉄などは開業時から使われている書体をいまでも使い続けています。
たとえば阪神電鉄の場合は、高速で通過する電車のナンバーを信号所の係員が見間違えないよう、特徴的な文字で表示位置を厳格に決め、後に見やすいよう大きく表示したのが始まりです。現在は信号係がナンバーを確認することはありませんが、書体、文字の大きさ、掲示位置の伝統は受け継がれています。
照明、シート生地…細部に光る各社の設備
旅客サービス面で見ると、京王電鉄や西武鉄道の電車は、ドアの脇に戸袋窓を付けていました。かつて日中、室内灯を点灯しないことも多く、窓が少ないとその分車内が暗くなってしまうため、少しでも車内を明るくするためにドアが引き込まれる戸袋部分に窓を設置していたわけです。
西武鉄道の一部車両はドアの横に細長い戸袋窓を付けて採光に配慮していた。現在は日中でも室内灯をつけていることから、必要性が低くなった戸袋窓は埋められた(児山 計撮影)。
独自性にこだわる関西私鉄には多くの「個性」が見られる。近鉄のV字型蛍光灯カバーもそのひとつ(児山 計撮影)。
車内の明るさでいえば、南海電鉄はかつて「照明の南海」といわれたほどに室内灯にこだわった会社です。特急車両には通常の室内灯のほか荷物棚に読書灯を設置。さらに昔の21001系電車などでは、ロングシート部分の荷物棚にも読書灯を付けていました。
南海以外でも関西私鉄では、通勤電車でも蛍光灯にカバーを付けるのが主流。近鉄では独特なV字型の蛍光灯カバーを付けています。
「照明の南海」といわれるほどにこだわりを持つ南海電鉄。特急車には読書灯を標準装備。かつてはロングシート部にも読書灯を付けていた車両もあった(児山 計撮影)。
アルミ製の鎧戸や木目デコラなど、阪急電鉄の車両は古くからの伝統がいまも守られている(児山 計撮影)。
そんな関西私鉄のなかでもひときわ強烈な個性をアピールしているのが阪急電鉄です。伝統を重んじる社風から、ブラインドは昔ながらの鎧戸を採用、壁紙は木目のデコラ(化粧板)、座席はアンゴラヤギの毛を使用したゴールデンオリーブのシート生地などこだわりにこだわっています。
各社の工夫も次第に減少 背景は
関東では相模鉄道や新京成電鉄の車内には鏡を取り付けてあり、ちょっとした身だしなみの確認ができるようになっています。相模鉄道では10000系電車でその伝統がいったん途切れましたが、最新の12000系電車で復活しました。
相模鉄道や新京成電鉄で見られる車内の鏡。写真は相模鉄道の7000系電車で、窓の横にはパワーウィンドウのボタンも見える(児山 計撮影)。
このように鉄道会社は、乗客に快適な利用をしてもらおうと多くの工夫を凝らしてきました。しかし、最近ではこういった独自仕様は車両価格の上昇につながることから、関東の各社では共通部分を多くした「標準車両」の導入が増え、目に見えた独自性は薄くなっています。
関西でも南海電鉄が標準車両の仕様を採り入れた8000系電車を投入したり、阪急電鉄も新型車両では鎧戸をやめたりするなど、個性から機能性へのかじ取りが見られます。また、蛍光灯カバーは2004(平成16)年に強化された防火対策をきっかけに、新型車両では装備されないケースも増えてきました。
とはいえ各社の歴史や路線事情から、すべての車両が同じ形状、同じ内装になってしまうということは考えられません。むしろ標準車両のなかから新しい「個性」が生まれるかもしれません。これからも各社が考えるサービスが形となった「個性」を、利用客としても鉄道ファンとしても期待したいところです。
【写真】車体の形がシンプルな東急電鉄の電車
前面が切妻型の東急電鉄1000系電車。同社では車体のデザインはシンプルにまとめ、インテリアやインフラなどで還元するというポリシーがあったといわれる(児山 計撮影)。
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