4つの移動サービスからなる「郊外型MaaS」
東急電鉄が沿線の街を舞台に、複数の新たな移動手段を提供する「郊外型MaaS(Mobility as a Service)」の実証実験を2019年1月下旬から開始します。
実証実験が行われる「ハイグレード通勤バス」の車両。東急バス所有の観光バス車両(2018年10月31日、中島洋平撮影)。
「MaaS」とは、利用者の目的や嗜好に応じて最適な移動手段を提示するサービスのこと。電車やバスといった既存の交通手段だけでなく、いわゆるパーソナルモビリティも発達し、自動運転車などの実現も視野に入るなか、それらをひとつのサービスとしてとらえ、需要に応じて利用できるようにするといった概念です。今回の実験は、田園都市線 たまプラーザ駅(横浜市青葉区)周辺の住宅地を舞台に実施。地域住民の高齢化といった課題解決に役立て、「MaaS」事業の可能性を検討することを目的としています。
「たまプラーザ駅などでは、駅の中心に商業施設や公共施設を、少し離れたところに住宅街を配置し、自宅から駅まではバス、そこから電車で都心へ通勤することを想定した街づくりを進めてきました。しかし現在は、離れた住宅街の近くにも商業施設や公共施設ができ、駅まで行かなくても事足りる傾向があります。高齢化が進むなか移動需要も変化し、自宅の近くですべてを済ませるニーズが増えてくると考えています」(東急電鉄 事業開発室 課長 森田 創さん)
実験対象地区は、たまプラーザ駅の北側に広がる横浜市青葉区美しが丘1~3丁目。起伏に富んだ郊外の住宅街であり、「『田園都市線』の名の通り、何もない田園のなかから鉄道を軸に発展した沿線の象徴的なエリア」(東急電鉄 森田さん)だそうです。この地域の人口は約1万4000人。新たに定住する人も増えている一方で、駅から離れたエリアを中心に、高齢化率も20%に達しているといいます。
この地域で、新たな通勤サービスとなる「ハイグレード通勤バス」、地域の利用者ニーズに応じて運行する「オンデマンドバス」、1~2人乗りの「パーソナルモビリティ」、駐車場の空きを活用した「マンション内カーシェアリング」という4つの移動サービスの実験が行われます。いずれも、事前のアンケート調査結果をもとにしており、「地域の声を反映したもの」(東急電鉄 森田さん)とのこと。これだけの規模におよぶ「MaaS」の実証実験は、日本でも初めてだそうです。
独立3列、本革張りシートの「ハイグレード通勤バス」
なかでも、説明を聞いた住民からの反響が非常に大きかったというのが「ハイグレード通勤バス」だそう。独立3列シート、本革張り全24席の観光バスを使用し、たまプラーザ駅を朝7時発、渋谷までノンストップで結ぶサービスです。
「朝ラッシュ時間帯の電車に代わる新たな通勤手段として可能性を検討します。シートテーブルや無料Wi-Fi、USBやコンセントを完備しており、乗ってすぐ仕事もできます。直行バスは、トイレに行きたいときなどに降りられない点がネックでしたが、このバスは車内にトイレもあります」(東急電鉄 森田さん)
東急ではすでに、美しが丘西地区などから池尻大橋、渋谷までを高速道路経由で結ぶ通勤高速バス「Eライナー」を運行していますが、こちらは通常の路線バス車両に4列シートを配置したもので、車内Wi-Fiやトイレといった設備もありません。「ハイグレード通勤バス」は、これと一線を画す豪華なサービスといえます。
「ハイグレード通勤バス」車内。本革張りの独立3列シート全24席、トイレ付き(2018年10月31日、中島洋平撮影)。
通常位置から最大40度リクライニング可能。
シートテーブルも付いている。
ただし実証実験における利用対象は、美しが丘1~3丁目に住み、たまプラーザ~渋谷間の通勤定期券を持っている人のみ。しかしながら、将来的には特定地域に住む人だけでなく、幅広く利用できるようにすること、あるいは複数地域を結んで運行することも考えられるそうです。
スマホ予約でバスが迎えに来てくれるサービスも
今回の実証実験で、バスによるもうひとつの移動サービスが「オンデマンドバス」です。定員10~14人の小型バスで美しが丘地区と地域拠点施設間を運行するもの。利用者はスマートフォンを通じて予約し、運行エリア内の指定した場所に迎えにきてくれるといいます。
「バスに乗る直前、5分前でも予約が可能で、それに応じた運行ルートをAI(人工知能)が適宜判断します」(東急電鉄 森田さん)とのこと。モデル地区の住民からモニター登録者を募って実証実験を行い、AIの信頼性や予約システムの技術的検証を行うそうです。
3つ目の移動サービスが、「パーソナルモビリティ」。こちらは、ホンダの小型電動モビリティ「MC-β」を使い、坂道や狭い道の多い美しが丘地区において、「目的地までの最後の足」を提供するサービスだといいます。利用者は主に高齢者を想定。事前に所定の講習を受けた利用者が、スマートフォンを通じて予約し、その時間内で自由に利用するという使い方が予定されていますが、いずれは1週間単位で個人へ貸し出すような体制も検討しているそうです。
そして4つ目のサービスが、「マンション内カーシェアリング」。美しが丘地区ではマイカーの保有台数が減少しており、駐車場の半分も使われていないマンションがあることから、マンションの住民どうしによるカーシェアリングのニーズを検討する目的で実施するといいます。スマートフォンを通じて予約し、その時間内で自由に利用する使い方を想定。事業者側で用意した車両をシェアする方法、マンション住民が所有する車両をシェアする方法の2パターンを実験するそうです。
「オンデマンドバス」実証実験の概要(2018年10月31日、中島洋平撮影)。
「パーソナルモビリティ」実証実験の概要。
実験対象エリアは、たまプラーザ駅北側地区。
いずれの実験も、2019年1月下旬から3月下旬にかけて、当該の美しが丘地区から参加者を募集する形で実施されます。東急電鉄の森田さんによると、そこから1年以内に田園都市線のほかの駅でも実験を展開、2~3年後にはこれらサービスを月額定額制で利用できるようにするといったモデルを構築し、沿線に不可欠なサービスとして認知されることを目指すとしています。
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