最上級客室「ザ・スイート」は1両がまるごと1室
JR西日本が2017年6月から運行している、豪華寝台列車「TWILIGHT EXPRESS 瑞風(トワイライトエクスプレスみずかぜ)」。1泊2日の片道コースと2泊3日の周遊コースが設定されており、2018年末時点で135本を運行、約3800人が「瑞風」の旅を楽しみました。今回、筆者(伊原 薫:鉄道ライター)がメディア向け体験乗車ツアーに参加。「瑞風」のすごさと人気の秘訣を探ってきました。
JR西日本が運行する豪華寝台列車「トワイライトエクスプレス瑞風」(2019年2月3日、伊原 薫撮影)。
体験乗車ツアーは、JR新大阪駅の西側にある網干総合車両所宮原支所(大阪市淀川区)から出発しました。ここは「瑞風」が所属している基地で、日常のメンテナンスなども行われています。
「瑞風」は10両編成で、両方の先頭車が展望車両、中間の5号車がラウンジカー、そして6号車が食堂車です。この4両には走行に使う発電用ディーゼルエンジンやモーターが搭載されており、独特のエンジン音を響かせています。
最後尾となる10号車から「瑞風」に乗り込み、真っ先に向かったのは、7号車の最上級客室「ザ・スイート」です。1両まるごとが1室という、日本はもちろん世界でもまれな超豪華仕様で、ホテルのスイートルームと同じく、エントランスが設けられています。階段を数段上がって扉を開けると、まずはゆったりとしたリビングルームがあります。壁際にソファが配され、その向かいには、床から天井まで届く大きな窓に景色が広がっています。中央にはダイニングテーブルもあり、ここで食事をとることも可能です。
列車内とは思えない「ザ・スイート」のバスルーム
続く部屋はベッドルーム。ここも片側が大きな窓となっていて、ベッドからは夜景を楽しめます。車両設計で許される限界まで車内を広げたため、天井はアーチ状となっていて、間接照明と合わせて非日常的な空間が演出されています。まさに「走るホテル」といった雰囲気で、ここが列車のなかとは思えません。
「ザ・スイート」のリビングルーム(2019年2月3日、伊原 薫撮影)。
「ザ・スイート」のベッドルーム(2019年2月3日、伊原 薫撮影)。
「ザ・スイート」のバスルーム(2019年2月3日、伊原 薫撮影)。
そして、そのことを最も強く思わせるのが、一番奥にあるバスルームです。ヨーロッパのリゾート施設を思わせるような、白を基調とした空間に、猫足のバスタブが置かれていて、なんと車窓を眺めながらお風呂に入ることができるのです。もちろん窓は、スクリーンを下ろすことも可能。天窓も設けられているため、満天の星空を眺めながら入浴……なんてこともできます。このバスタブには、走行中の揺れで湯がこぼれることのないよう、特許を取得したハイテク技術が採用されています。
「ザ・スイート」にはもうひとつ、エントランス付近にプライベートバルコニーがあります。窓を開けて外の風を感じていると、「列車旅をしているんだ」という実感がわいてきます。JR九州の豪華寝台列車「ななつ星in九州」や、JR東日本の「TRAIN SUITE 四季島(トランスイートしきしま)」では味わえない、まさに「瑞風」だけの体験です。
さて、ほかの車両も見て回りましょう。全部で16ある客室のうち、13室を占めるのが「ロイヤルツイン」です。ベッドを収納式としたことで、ゆとりのある空間になっています。客室の窓は幅1.8mもある大きなもの。加えて、通路側の壁は一部が開けられるようになっていて、左右の景色を楽しめます。「瑞風」は、走行区間のうち一番良い景色を客室で眺められるよう、編成の向きを変えるのですが、これなら反対側の景色も堪能できるというわけです。
「ロイヤルツイン」の昼(2019年2月3日、伊原 薫撮影)。
「ロイヤルツイン」の夜(2019年2月3日、伊原 薫撮影)。
「ロイヤルシングル」(2019年2月3日、伊原 薫撮影)。
そして、残る2室は「ロイヤルシングル」。かつて大阪~札幌間で運行されていた寝台特急「トワイライトエクスプレス」の1人用個室「ロイヤル」をひとまわり広くしたような雰囲気です。この「ロイヤルシングル」は1人用ですが、2段ベッドの上段を引き出すことで2人利用も可能。いかにも“夜行列車”という、2段ベッドの雰囲気が味わいたくて、この部屋を選ぶ人も多いそうです。
バーカウンターもあるラウンジカー
ひととおり客室を見た後は、6号車の食堂車「ダイナープレヤデス」へ。通路を挟んで2人掛けと4人掛けのテーブルが並び、中央には大きな花が飾られています。夕食は、運行コースに合わせて洋食と和食の2種類があり、和食ではなんと鍋料理も出されます。列車のなかで食べる鍋は一体どんな味なのか、興味津々ですが、実際に体験するのは営業列車に乗るまで“お預け”です。
食堂車「ダイナープレヤデス」(2019年2月3日、伊原 薫撮影)。
「ラウンジカー」(2019年2月3日、伊原 薫撮影)。
その隣はラウンジカー。車内はいたるところに木材が使われ、重役室やホテルのラウンジを思わせる落ち着いた雰囲気です。ソファの座り心地も良く、ずっとここにいたい気分になります。ここでは立礼式のお茶会や、バイオリンのコンサートなども開かれるそうで、そのときには多くの乗客が集まり、華やかな雰囲気になることでしょう。さらに、サロンスペースの奥にはバーカウンターも設置されています。ここにはクルーが24時間常駐し、いつでも飲み物を頼めます。椅子に腰かけ、バーテンダーと語らいながら、流れゆく景色を眺めてお酒を飲む……考えただけでワクワクしてきます。
最後に、先ほど乗り込んだ10号車へと再び向かいます。列車の最後尾となるこの車両は、展望デッキに出ることが可能です。外部にもかかわらず、風はそれほど吹き込んできません。心地良い風が、ガラス越しではなく、走っている列車の外にいることを実感させてくれます。駅にいる人と手を振り合ったり、すれ違った列車をしばらく眺めたりなど、ほかの列車ではなかなかない楽しみが味わえるのです。
そして、そんな旅をさらに思い出深いものとしてくれるのが、クルーたちによる細やかなおもてなしです。16室、最大34人の乗客に対し、乗り込むクルーの数は16人。「帝国ホテル東京」で研修を受けているそうで、その立ち居振る舞いや言葉遣いが、とても美しく感じられました。「瑞風」はまだ運行を開始してから1年半ほどですが、クルーのなかには寝台特急「トワイライトエクスプレス」時代に乗務していた人も多く、そこで培われた経験も受け継がれています。
車両トラブルの応急処置に使う工具も積載
「瑞風」のクルーをまとめる列車長は6人おり、このうち最後に列車長となった大木光徳さんは「『瑞風』の列車長であるという誇りを持って、お客様の良い思い出づくりができるように尽くしていきたい」と話してくれました。わずかな体験乗車のあいだでも、筆者をはじめ乗車した取材陣の名前を覚えてくださり、そのプロ意識に驚くとともに、こうした心遣いが「瑞風」の旅をより特別なものにしてくれるのだと実感しました。
テクニカル・サービスクルーの土井貴文さんと車載工具(2019年2月3日、伊原 薫撮影)。
展望車の車内(2019年2月3日、伊原 薫撮影)。
展望デッキからの眺め(2019年2月3日、伊原 薫撮影)
また、「瑞風」にはテクニカル・サービスクルー(TSC)と呼ばれるクルーも乗り込んでいます。TSCは普段「瑞風」のメンテナンスも担当しており、乗務時にはクルーとして任務に当たる一方、もし車両にトラブルが発生した場合に、応急処置ができる知識を持っています。そのひとりである土井貴文さんは、「これまで検修の仕事一筋でしたが、こうやってお客様と触れ合うことができるのは、とてもありがたいです。同時に、少々のことではお客様にご迷惑をかけないよう、自分の知識を生かしていきたいと思っています」と話してくれました。
土井さんには、応急処置のため車内に積んである工具も見せてもらいました。予備の消耗部品なども用意していて、扉が開きにくいとき、ベッドをロックする金具が壊れたときなどは、すぐに対応するそうです。こんなところにも、「瑞風」の旅をより快適に楽しんでほしいという思いを垣間見ることができました。
やがて「瑞風」は姫路駅(兵庫県姫路市)に到着。わずか2時間ほどの体験乗車はここで終わりです。いつまでも乗っていたい、今度は正式な乗客として、料理や立ち寄り観光、そしてクルーとのふれあいを心ゆくまで堪能したい……そんな思いを胸に、「瑞風」から降りました。
ツアー代金は2019年9月の「山陰コース」「山陽コース」(下り・上りとも1泊2日)、1室2人利用の場合、「ザ・スイート」が1人あたり78万円、「ロイヤルツイン」が30万円、「ロイヤルシングル」が28万円と、気軽に乗れるような金額ではありませんが、それだけの価値があることを確信した「瑞風」の体験乗車。デビュー以来、絶大な人気を誇る理由が、よく分かりました。