名古屋~長崎の夜行バス消滅、京都・大阪~長崎は単独運行に
名古屋~長崎間を結ぶ夜行高速バス「グラバー号」が、2018年11月末をもって運行を終了し、約29年の歴史に幕を閉じます。さらに、京都・大阪~長崎間の夜行高速バス「オランダ号」も、12月から長崎自動車(長崎バス)が運行から撤退し、近鉄バスの単独運行に変更される予定です。じつはここ数年のあいだに、本州~九州間の夜行高速バスで廃止や運行撤退といった動きが相次いでいます。
「グラバー号」「オランダ号」に使用される長崎自動車の夜行バス車両(画像:長崎自動車)。
名古屋~長崎間を結ぶ夜行高速バス「グラバー号」は、1989(平成元)年9月1日に名古屋鉄道と長崎自動車が共同で運行を開始しました。その運行距離約954kmは当時、高速バスとしては日本最長を誇っており、1990(平成2)年10月の「はかた号」(福岡~新宿)運行開始までその座を維持。一部のバスファンなどから注目されていた路線でもあります。
1999(平成11)年3月には、名古屋側の運行事業者が名鉄グループの日本急行バス(のちの名古屋観光日急→名鉄観光バス)へ移管。さらに2009(平成21)年2月に名鉄バスへ再移管され、現在に至ります。中京圏と長崎県を直行する交通機関として、運行開始当初から乗車率が高い路線としても知られ、繁忙期には続行便が付くことも珍しくありませんでした。
一方の京都・大阪~長崎間を結ぶ「オランダ号」は、1988(昭和63)年12月22日に近畿日本鉄道(現・近鉄バス)と長崎自動車が共同で運行を開始。数ある高速乗合バスのなかでも老舗の部類に入ります。のちに、大阪梅田~長崎線「ロマン長崎号」(阪急バス→阪急観光バス/長崎県交通局)の開業でタブルトラック(同一区間で2路線が競合)状態になりますが、京都への延伸や長崎市内の停車停留所の新設などで、次第に固定客を獲得していきます。「オランダ号」も「グラバー号」と同様、繁忙期には続行便が付くことが珍しくありませんでした。
かつては8路線もあった名古屋~九州間夜行バス、いまは…
今回の「グラバー号」の運行終了と、「オランダ号」の近鉄バス単独運行化により、長崎自動車は夜行高速バスの運行から完全に撤退します。なぜこのような決断に至ったのでしょうか。
長崎自動車の公式サイトによると、「LCC(格安航空会社)の就航や、燃料費高騰といった様々な外部環境の変化もあり、今後の収支改善が見込めず、運行を維持することが困難となった」としています。
また、地元紙(長崎新聞)では、「同路線の採算ラインの利用者数は1便当たり17~18人。しかし、ここ数年は格安航空会社(LCC)の就航や新幹線の整備などで利用者が少なくなり、2017年の平均人員は15.8人にまで減少。2018年は14.9人にまで落ち込む見通しとなっており、運行を維持することが困難になった」と報道しています。名鉄バス側の公式見解が明らかにされていないものの、これら公式サイトや新聞報道を見る限りでは、外部環境変化による採算悪化が主な要因とみてとれます。
京都市内を走行する長崎からの近鉄バス「オランダ号」(須田浩司撮影)。
名鉄バスの夜行高速用車両「プレミアムワイド」。「グラバー号」にも投入されている(画像:名鉄バス)。
大分交通の名古屋~別府・大分線「ぶんご号」。2016年3月をもって運行終了となった(須田浩司撮影)。
ところで、夜行バスの最盛期といわれるバブル期(1990年代前半)には、じつに8路線も名古屋~九州間の夜行高速バスが運行されていました。当時、中京圏在住の九州出身者が多かったことに着目して順次路線が開設されたともいわれていますが、このころは航空機や新幹線といった並行交通機関の利便性が必ずしも良くなかったことから、どの路線も盛況を呈していました。
しかし、「グラバー号」が廃止されることにより、2018年12月以降は名古屋~福岡間2路線(「どんたく号」「ロイヤルエクスプレス」)と、名古屋~熊本間「不知火号」の3路線にまで縮小されます。そのおもな要因は、利用客の減少による路線の採算悪化。加えてここ数年は深刻な乗務員不足も要因のひとつになっています。
名古屋発着以上に深刻な関西~九州間
名古屋発着の夜行高速路線以上に深刻な状況なのが、関西と九州を結ぶ夜行高速バスです。この10年間で次のような路線が運行休止・廃止されており、このなかには「夜行バスのパイオニア」と呼ばれていた路線も含まれています。
●ムーンライト号
・運行事業者:阪急バス→阪急観光バス/西日本鉄道
・区間:京都・大阪・神戸~北九州・福岡
・運行終了:2017年3月
1983(昭和58)年3月24日に阪急バスと西日本鉄道が共同で運行を開始した夜行バスのパイオニア的存在。国内初の3列独立シート車を投入したことでも有名で、最盛期にはノンストップ便や北九州止まりの便も設定され、1日3往復体制でした。しかし並行する新幹線、航空機の利便性向上や運賃値下げ、カーフェリーの台頭、LCCの就航などで、廃止までの10年間は赤字基調となり、収支改善には至りませんでした。
●ロマン長崎号
・運行事業者:阪急バス→阪急観光バス/長崎県交通局
・区間:大阪梅田・神戸~長崎
・運行終了:2013年5月
全国で唯一、公営事業者である長崎県交通局(長崎県営バス)が運行する夜行高速バスとしても注目されていた路線で、前出「オランダ号」の競合でもありました。関西地区からの航空路増設などによる利用者数の減少により廃止。これにより、長崎県営バスは本州方面夜行便の運行から撤退しました。
●さつま号
・運行事業者:阪急バス→阪急観光バス/南国交通
・区間:大阪梅田~鹿児島
・運行終了:2012年9月
運行開始当初はトリプルトラック路線としてほか2路線と競合しましたが、そのなかでも比較的利用者が多かった路線。航空路線や旧高速ツアーバスとの競合に加え、2011(平成23)年3月の九州新幹線延伸により、新大阪~鹿児島中央間の直通が始まったことで利用者が減少しました。
●トロピカル号
・運行事業者:近畿日本鉄道→近鉄バス
・区間:大阪・神戸~鹿児島
・運行終了:2016年9月
運行開始当初は、いわさきグループ(鹿児島交通→南九州バスネットワーク)との共同運行でしたが、2006(平成18)年から近鉄バス単独となりました。前出「さつま号」と同様の理由で利用客が減少し、加えて乗務員不足も深刻化。この「トロピカル号」の運行終了により、大阪~鹿児島間を結ぶ夜行高速バスは全廃されました。
福岡市内の車庫に帰って来た西日本鉄道「ムーンライト号」各停便(須田浩司撮影)。
長崎県交通局「ロマン長崎号」。同局は全国で唯一、夜行高速バスを運行する公営事業者でもあった(須田浩司撮影)。
西肥自動車「コーラルエクスプレス大阪線」。この路線の廃止により、西肥自動車は夜行高速バスの運行から撤退した(須田浩司撮影)。
●サザンクロス/コーラルエクスプレス
・運行事業者:南海電気鉄道→南海バス/西肥自動車
・区間:堺・なんば・神戸~佐世保
・運行終了:2013年9月
関西3拠点と佐世保を結んでいましたが、関西地区からの航空路増設や旧高速ツアーバスの台頭などで利用客が減少し採算が悪化。この運行終了により、佐世保を拠点とする西肥自動車(西肥バス)は夜行高速バスの運行から完全に撤退しています。
本州~九州間の夜行バスが相次いで姿を消した要因とは
これら本州~九州間の夜行高速バスは、なぜ相次いで姿を消したのでしょうか。各路線の運行終了理由から、いくつかの要因がみえてきます。
・航空機の増便、格安運賃、LCCの台頭といった利便性向上
・新幹線の運行本数増加、九州新幹線の全線開業といった利便性向上
・深刻な乗務員不足(名古屋~大分線「ぶんご号」や、「トロピカル号」などの廃止理由のひとつ)
・ほかの競合路線や旧高速ツアーバスとの競争
・チェーン展開の格安ビジネスホテルの普及
・長距離フェリーの利便性向上(特に関西~九州間で顕著)
・バスにおける運行コストの上昇
こうした外部環境の変化で夜行高速バスの優位性が低下し、利用客減や採算悪化につながったケースが増えたのではないかと考えられます。なかには、もともとの利用客が少なく廃止に追い込まれたケースや、旧来の高速乗合バスと高速ツアーバスを一本化した「新高速乗合バス」制度の開始により、一定の役目を終えたとして運行を終了するケース(大宮・池袋・横浜~福岡線「ライオンズエクスプレス」など)もあります。
京阪神と大分を結ぶ近鉄バス「SORIN号」使用車両。ほか大分交通、大分バス、亀の井バスの4社で運行している(須田浩司撮影)。
西鉄高速バス「ライオンズエクスプレス」。さいたま~福岡を結び、一時は日本最長距離を走る夜行バスだった。2015年5月まで約3年半運行(須田浩司撮影)。
「はかた号」に次ぐ長距離夜行高速バスとして一時有名だった名古屋鉄道「錦江湾号」。名古屋~鹿児島間を結んだ(須田浩司撮影)。
その一方で、長距離フェリーが並行しているにもかかわらず顕著に推移している路線(京阪神~大分線「SORIN号」)や、サービスの向上、変動制運賃の導入などで健闘している路線(名古屋~福岡線「どんたく号」、名古屋~熊本線「不知火号」)も少なからず存在します。
厳しさを増す夜行高速バスを取り巻く環境
夜行高速バスを取り巻く環境は、厳しさを増しています。LCCは依然として拡大傾向であり、大都市と地方都市を結ぶ路線の開設が今後も続くことが予想されます。さらに、バス乗務員不足もますます深刻化しており、拘束時間が長い割に収益を得にくいツーマン運行の長距離夜行路線は、これ以上拡大させたくないというのが本音なのではないでしょうか。このほか、世界情勢の不安定化という要素も見過ごすことができません。現に、近年の燃料費高騰が懸念化しつつあり、この傾向がさらに続けば、バスの運行自体にも影響が出かねません。
以上のことを考慮すると、今後、夜行高速バスの運行から撤退する事業者がさらに増える可能性があると同時に、路線の集約も進むのではと考えます。もし、今後も残る可能性があるとすれば、次のような路線に限られてくるのではないでしょうか。
・完全ワンマン運行などで効率化できる路線
・東京~大阪間のように複数グレードの設定が可能で、トータルで収益が見込める路線
・乗車率が高く、かつ運賃収入がそれなりに見込める路線
・変動制運賃を上手く活用することで収益を上げている路線
関西空港などを拠点とするLCCのピーチ・アビエーション。九州本土は福岡、宮崎、長崎、鹿児島に就航している(須田浩司撮影)。
名古屋~北九州・荒尾線「げんかい号」。1999年6月をもって運行終了となった(須田浩司撮影)。
名古屋~佐世保線「西海路号」。名古屋鉄道は1999年3月に運行から撤退している(須田浩司撮影)。
ライバル交通機関(特にLCC)の台頭に、深刻な乗務員不足、燃料費高騰と、夜行高速バスを取り巻く環境はかつてないほどの厳しさになっています。運行する事業者と各路線の動向に目が離せません。