高速バスが発達した新潟に「病院づくし」の路線
高速バスは都市間の足として定着していますが、地域によっては、通勤や通学、通院、買い物といった日常生活にも利用されています。
そのような高速バスの日常利用が多い地域のひとつが新潟県。県都である新潟市を中心に、北陸道や磐越道を経由して県内各地を高速バスが結んでいます。1978(昭和53)年の新潟交通と越後交通による新潟~長岡線を皮切りに路線網を拡大。現在ではすっかり県内の交通を担う存在として定着しましたが、なかには少し変わった路線も。
新潟大学医歯学総合病院前に停まる阿賀町バス(右手前)。マイクロバスで運行される(画像:阿賀町)。
福島県境に近い阿賀町から、磐越道を経由し、新潟市の中心部を結ぶ「阿賀町バス」がそれです。阿賀町に本社を置く東蒲(とうかん)観光バスが、マイクロバスを使って平日1往復のみ運行しています。所要時間は片道110分から118分。ほかの県内高速バス路線と大きく異なる点は、新潟市内の停車地にあります。
ほとんどの県内高速バスが新潟駅前をはじめ、万代シテイ、古町、市役所前、県庁前など市内中心部の主要地点を経由するのに対し、阿賀町バスが立ち寄るのは新潟市民病院、新潟県立がんセンター、新潟大学医歯学総合病院といった県内でも有数の大病院ばかり。起終点も新潟万代病院であり、さらに秋葉区の下越病院にも立ち寄るという、まさに「病院づくし」の高速バスなのです。
しかも、それぞれの病院で、敷地内の玄関前、もしくはそれに近い位置まで乗り入れます。全国を探しても、ここまで病院ばかりに立ち寄る高速バスはない、といっていいほどの珍しい路線です。
町に与えた「高速バス廃止」の衝撃 存続求め350人署名
この路線が誕生した背景には、阿賀町のような過疎地が抱える医療の問題がありました。
阿賀町バスが運行を開始したのは、2016年10月のこと。実はそれまで、新潟交通の子会社である新潟交通観光バスが、新潟市内と阿賀町の津川、上川を結ぶ高速バスを運行していました。しかし、赤字や利用者減、さらに運転手不足が追い討ちを掛ける形で、この路線を廃止することになったのです。
同路線は、新潟市内の病院へ通う人が多く利用していました。高齢化と過疎化が進む阿賀町では、開業医の数が限られています。さらに町唯一の病院である新潟県立津川病院も、常勤医は少なく、当然ながら診療科が限られる状況でした。しかし、現在の医療は高度化・専門化が進んでいるため、ある水準以上の治療は、町内では対応できません。結果、専門性が高度な設備やスタッフが整った新潟市内の病院へ通う必要が出てきます。
阿賀町バスのバス停は、船のマストをモチーフにしたデザイン(画像:阿賀町)。
こうしたなかでの路線の廃止発表は、町民に大きな衝撃を与えました。阿賀町からはJR磐越西線もありますが、通院客にとっては、途中での乗り換えや、駅から病院までの移動などを考えると、病院の近くまで行ってくれる高速バスはなくてはならない存在だったのです。そのため、高速バスの存続に向けて町民約350人の署名が集まるなど、存続の道を探る動きが高まってきました。
「社会実験」から本運行へ 経由する病院も追加
そのようななか、地元で観光バスを営んでいた東蒲観光バスが代替運行に名乗りをあげ、持続可能な運行方法として、「町内と新潟市内の各大病院を直結する」路線形態を提案したのです。この提案は、新潟交通観光バスの高速バス撤退に合わせ、さっそく阿賀町の社会実験という形で実現に移され、阿賀町バスが誕生しました。
当初は新潟大学医歯学総合病院が終点で、平日のみ1日2往復が設定されました。2017年10月からは正式運行になりましたが、実際の利用状況に応じて時間帯を調整のうえ、1日1往復に減便されています。一方で、この正式運行開始時には新車が投入されたほか、2018年には路線が延長され、新潟市内の起終点が現在の新潟万代病院になるなど、サービスの改善もなされています。
なお、この路線は「通院者専用」というわけではありません。通常の高速バスと同様に、一般の利用者も運賃を払えば利用できます。阿賀町としては観光客も呼び込みたい意向があるようで、阿賀野川の舟運で栄えた阿賀町の歴史を踏まえ、バス停には船の帆をかたどったユニークなデザインを採用しています。
高齢化や地方の人口減少が進む現在、地方では公共交通の維持も、地域医療の確保も大きな問題となっています。そうしたなかで、道路があればどこへでも乗り入れられるバスの機動性を活かして既存の高速バスを代替した阿賀町バスは、これからの時代に新しいあり方を示す例かもしれません。
※記事制作協力:風来堂、石川大輔
【地図】高速バスで病院巡り 阿賀町バスのルート
阿賀町内からは磐越道を経由、新潟市内で6つの病院に停車する(国土地理院の地図を加工)
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