毎年3億円の赤字を計上
中京工業地帯の一角を占める三重県四日市市には「小さな鉄道」があります。その名は「四日市あすなろう鉄道」。あすなろう四日市駅(近鉄名古屋線の近鉄四日市駅に隣接)を起点に市内南部の内部(うつべ)駅に伸びる内部線と、西日野駅に向かう八王子線の2路線(内部・八王子線)を運営する鉄道会社です。
四日市市内の住宅街を走る四日市あすなろう鉄道の電車(2018年9月26日、草町義和撮影)。
2018年9月26日(水)の朝、内部・八王子線の列車に乗ってみました。駅のホームから線路をのぞき込んでみると、2本あるレールの幅(軌間)が狭く見えます。
軌間の寸法は762mm。新幹線や近鉄名古屋線(1435mm)の半分よりは少し広い程度で、JR在来線(1067mm)と比べてもかなり狭くなっています。そこを走る車両も小さく、車内の座席は横1列に2席しかありません。内部駅から通勤、通学時間帯の列車に乗ってみたところ、地方の鉄道としてはまずまずの人数でしたが、車体が小さいため座席はもちろんのこと、立席スペースになっている通路もほぼ完全に埋まりました。
実はこの「小ささ」に、「あすなろう」という少し変わった社名と、内部・八王子線の経営事情が隠されています。
内部・八王子線は1910~1920年代に開業。戦後の1965(昭和40)年以降は大手私鉄の近鉄が運営していました。しかし、四日市市が工業地帯の整備や名古屋近郊のベッドタウン化に伴って人口が増え続けたのに対し、内部・八王子線の利用者は減少。1970(昭和45)年度の利用者数は約722万人でしたが、40年後の2010(平成22)年度は約360万人で、ほぼ半分に落ち込みました。
内部・八王子線は狭い軌間を採用した特殊な鉄道のため、速く走るのが困難。一度に運ぶことのできる人数も限られています。このため、周辺の道路が整備されていくにつれ、内部・八王子線の利用者がバスや乗用車などに移っていったのです。
存続の鍵「公有民営方式」とは
車両も狭い軌間に対応した特殊なもので、軌間が広い通常の鉄道に比べて製造費が割高。そう簡単には古い車両を置き換えることができません。その古い車両を使い続けるための修繕費も通常の鉄道より高くなりがちです。これに利用者の減少も相まって経営は厳しく、毎年2億5000万円から3億円程度の赤字を出していました。
近鉄時代の内部・八王子線。毎年約3億円の赤字だった(2013年3月、恵 知仁撮影)。
このため近鉄は2012(平成24)年、バス高速輸送システム(BRT)に転換する考えを示しましたが、沿線の住民や四日市市は「バスでは一度に運べる人数が少ない」などとして反対。調整の結果、近鉄と四日市市は「公有民営方式」を導入して鉄道を存続することにしたのです。
この方式では、四日市市(公)が国や三重県の補助を受けて線路や車両を保有。近鉄と四日市市が新たに出資する運行会社(民)に無償で貸し付けて、列車を運行します。線路や車両を保有するのが地方公共団体のため維持費に税金を投入しやすく、運行会社も線路や車両を「タダ」で借りられるため、赤字になりにくいという利点があります。
こうして2014年、運行会社の四日市あすなろう鉄道が発足。2015年4月1日から公有民営方式の経営に移行しました。社名の「あすなろう」には「未来への希望(明日にむかって)」と「将来にわたり市民の皆様とともに育てていく鉄道」という思いが込められているといいます。また、狭い軌間の鉄道は英語で「narrow guage」(ナローゲージ)と呼ばれており、「なろう」と「ナロー」をかけています。
四日市あすなろう鉄道による運行が始まってから、2018年で3年が経過。このあいだに利用者の増加を目指し、さまざまな改善策が実施されました。
リニューアルされた内部・八王子線の電車。車体の塗装は青と薄緑色の2種類ある。
車内の座席は背もたれのある腰掛けに交換された。
車内に取り付けられた「四日市市」の銘板。車両を保有しているのは運行会社ではなく地方自治体だ。
車両はリニューアルされ、老朽化が激しい部品を新しいものに交換。座席も背もたれがあるものに変更されました。さらに内部・八王子線では初めて冷房を搭載し、サービスの改善を図っています。車両を保有しているのは四日市市ですから、リニューアル費も四日市市が負担。四日市あすなろう鉄道は大金を出すことなくサービスを向上できました。
経営改善でも利用者減少の理由
経営状況も公有民営方式の導入で変わりました。2015年度は約5000万円の黒字。線路や車両の維持費を払う必要がなくなり、その分経費が大幅に減ったためといえます。
草に埋もれた狭い軌間のレールを小さな電車が走る(2018年9月26日、草町義和撮影)。
しかし、この結果だけを見て安泰とはいえません。通常のきっぷで利用する客(定期外客)は増えましたが、定期券で利用する客(定期客)は大幅に減少。全体の利用者数は約308万人で、2014年度(約347万人)に比べ約1割減りました。割引がない定期外客の比率が上がったため、収入が増えただけなのです。
利用者の減少傾向はいまも続いていて、2017年度の利用者数は300万台を割り込んで約282万人に。いくら定期外客の比率が上がっても全体の利用者数が減れば、いずれ経営が悪化してしまいます。
定期客が減少した最大の原因は、公有民営方式の導入に伴う近鉄からの経営分離と考えられています。
内部・八王子線から近鉄名古屋線方面に通勤、通学している人の場合、以前は近鉄1社の定期券を買うだけで済みました。しかし、内部・八王子線が近鉄から分離されたため、運賃体系が異なる2社の定期券を買う必要が生じ、実質的には大幅な値上げに。このため、内部・八王子線を使わずに自転車などで近鉄名古屋線の駅に直接アクセスする人が増えたようです。
このように、内部・八王子線の公有民営化は経営改善とサービス向上だけでなく、サービス低下による利用者の減少を招いた面もあります。定期券に大幅割引の特例を設けて公有民営化前の発売額に近づけるなど、運賃面での改善が今後の課題といえるかもしれません。
ただ、内部・八王子線の1日の平均通過人員(輸送密度)は2015年度で4090人。現在はこれより少し減っていると思われますが、地方の鉄道路線としては多い方です。数百人台の輸送密度が珍しくない過疎地のローカル線に比べれば恵まれています。この環境を生かして利用者を増やせるかどうかが、今後の焦点になりそうです。
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