夜行路線を中心に繰り広げられるサービス合戦
かつて高速バスは限られた事業者によって運行されていましたが、2000年代には制度改正により事業者が急増し、さらにインターネット予約の普及によって、その市場規模を拡大してきました。最近では、おもに大都市どうしを結ぶ路線(首都圏~京阪神、名古屋、仙台)において、多数の高速バス事業者が競合し、運賃比較サイトや総合予約サイト上で「バスを選んで予約する」市場が定着しています。各事業者は個性的な車両、サービス、あるいは運賃で「いかに選んでもらえるか」に注力しているのです。代表的な事業者の戦略を比べてみましょう。
ウィラーの3列シート「ラクシア」搭載車両。主たるターゲットが女性であることを明快に示している(中島洋平撮影)。
わが国の高速バス路線のほとんどは、地方都市から大都市、地方中核都市へと走り「地元の人の都市への足」として利用される短・中距離(おおむね片道250km以下)の昼行路線です。地元の乗合(路線)バス事業者が、都市部の事業者(大手私鉄系など)と共同運行しているので、地方に住む人のあいだでは、「わが町のバス会社」に乗って東京や大阪へ向かうことが1980年代半ばから定着しました。
一方、長距離(おおむね350km以上)は夜行路線が中心で、複数のバス事業者どうしが競合しています。特に首都圏~京阪神、名古屋、仙台の3路線は、2006(平成18)年ころから運賃比較サイトや総合予約サイトが市場拡大に貢献したことにより、多くの利用者は、個別のバス事業者ではなく、それらサイトのリピーターになっています。
利用者は、サイト上で乗車日、区間、人数などを指定して空席を検索しますが、首都圏~京阪神などではひと晩に200便以上の候補が表示されるといった状況です。そこで各事業者はライバルのなかから「選んでもらう」べく、トイレやアメニティグッズ付き、広めで豪華な座席、乗車前後のラウンジサービス(フリードリンク、シャワーなど)といった付加サービスを売りにしたり、逆に格安運賃を売りにしたりします。また、たくさんの停留所を小まめに回り自宅や目的地の近くで乗下車できる便と、ターミナル駅間を直行する便といった区分けも生まれます。
高速バスどうしの競合が少ない昼行路線では、誰からも不満足を招かない「最大公約数」的商品作りが必要ですが、これら夜行路線は、ターゲットを決めて個性を出すことが求められるのです。
予約サイト名ではなく「事業者名」を覚えてもらうには
次のステップとして、なるだけ自社の名前を憶えてもらい指名買いしてもらうことが必要です。サイト上で比較されるばかりではすぐ他社に「浮気」されてしまううえに、外部サイトへの送客手数料負担も大きいので、次回以降はできれば自社(直営)サイトから予約してもらうよう促します。
具体的には、「覚えやすいブランド名称」と「印象的な車両塗色(カラーリング)」を用意します。都心のバスターミナルで「予約サイトの名前は憶えているのに、自分が選んだバス事業者名がわからず困っている」利用者を見かけますが、彼らもサービスエリアでの休憩の際は車両塗色を頼りに車両に戻るので、色は絶対に覚えます。つまり、塗色とブランド名称と関連させれば記憶につながる確率が上がるのです。たとえば兵庫県の神姫観光バスは2017年、夜行高速バスのブランドを「LIMON(リモン)」に変えるとともに、全車両の塗色と一部車両の内装を鮮やかなレモンイエローに変更しました。「LIMON」は「レモン」と「リムジン」を合わせた造語です。
「LIMON」の一部車両はシートも黄色(画像:神姫バスツアーズ)。
さらに事業者は、自社サイト経由の予約比率を上げるため、「FGP(Frequent Guest Program/頻繁なリピーター向け特典プログラム)」を充実させます。「VIPライナー」を運行する埼玉県の平成エンタープライズは、2012(平成24)年、国内最大級の共通ポイントである「Tポイント」を導入しました。運賃の1%相当のTポイントが付与されるうえ、自社サイトから予約した場合はさらに1%分が上乗せされます。Tポイントは、利用者にとってはコンビニなどでも使えて便利ですし、事業者側でも、運営会社に広告費を払えば、現住所や年齢などの属性を限定して割引クーポンを発行するなど、会員へのプロモーションに活用できます。
これとは逆に、自社独自の会員プログラムを充実させているのがウィラーです。自社サイトからの予約だけが対象で、またTポイントのような共通ポイントと比べると同社のバスでしか使えない点は不便ですが、そのぶん、割引クーポンを発行するなど実質的な還元率を大きくすることができます。さらに、年間の利用回数などによって会員をグレード分けし、上級グレードになると「当日、空席があれば無料でアップグレード」といった特典が得られたり、年会費1080円を払ってプレミア会員になれば常に300円引きで予約できたりします。
帰省などで何度も高速バスを利用するリピーターにとってはお得感が大きい制度です。事業者側にとっても、リピーターが常に自社便を選んでくれ、さらに自社サイトから予約してくれるなら、総合予約サイトへ支払う送客手数料などを考慮するとメリットも十分にあるでしょう。
JRも黙ってへんぞ!
平成エンタープライズやウィラーは、2000年代にいわゆる「高速ツアーバス」に参入し、その後、乗合バスへと移行した事業者です。そのような、高速ツアーバスからの「移行」事業者らによる攻勢に対し、古くから首都圏~京阪神の夜行バスを運行してきたジェイアールバス関東/西日本ジェイアールバス陣営も、ブランド戦略に乗り出しました。
両社は、単なる「路線愛称」に過ぎなかった「ドリーム号」を、「ブランド」に昇華させる試みを重ねています。有名女性タレントを「アンバサダー」に起用し、テレビCMを展開したり車両にラッピングを行ったりしています。老舗事業者ならではの安全、安心への取り組みをサイト上で具体的に掲載するなど、品質の可視化にも熱心です。そもそも、誰でも知っている「JR」という社名、「ドリーム号」というわかりやすく覚えやすいブランド名称は最大の強みです。
「ドリーム号」運行30周年記念として、アンバサダーの横山由依さんがラッピングされたバスが2019年3月まで運行されている。画像はイメージ(画像:西日本ジェイアールバス)。
とびきり豪華な車両を投入してブランディングを図る事業者もあります。徳島県を拠点に2006(平成18)年から高速バス(当時は高速ツアーバス)に参入した海部観光は、2011(平成23)年、全席がほぼ個室タイプでわずか12人乗りの「マイ・フローラ」を長距離夜行の徳島~東京線に投入しました。「日本一豪華な高速バス車両」として、当時は数々の新聞や雑誌、テレビ番組などで紹介されたものですが、収益性で見れば長距離夜行路線はそれほど高くありません。同社は、東京線「マイ・フローラ」のメディア露出で地元における社名の認知度を上げると同時に、徳島~大阪線を徐々に増便するという戦略を採りました。徳島~大阪は他事業者の高速バスが30分間隔で走る「ドル箱」であり、乗務員や車両も効率よく運行できることから収益性も極めて大きい路線なのです。
現在、海部観光の大阪線は1日16往復にまで成長しました。同社の高速バスには「マイ・エクスプレス」という横文字の愛称が付いているものの、地元では「海部観光」「海部さん」といった呼び方で親しまれています。いまでは台風が接近した際など、地元の新聞やテレビで、徳島バスやジェイアール四国バスといった老舗の事業者と並んで、同社の高速バスの運行状況も紹介されるようになりました。「海部さん」と親しみを込めて呼ばれることこそ、ブランド価値のあらわれなのだと実感します。
このようにバス事業者どうしが切磋琢磨しながらブランド価値の向上に努めていますが、万一にも大きな事故などがあると、その事業者だけでなく高速バス全体の価値を下げ、客足が遠のきます。そう考えると、事故なく安全に運行を続けることこそ、全事業者共通で最も重要なブランド戦略なのかもしれません。
【写真】登場当時「日本一豪華」といわれた高速バス車両の車内
東京と徳島を結ぶ海部観光の「マイ・フローラ」。ほぼ個室タイプで全12席(画像:海部観光)。