cat_1_issue_oa-shujoprime oa-shujoprime_0_ubgvnesfjzhf_田口淳之介、今後は熊本で小嶺麗奈の実家の事業をサポート ubgvnesfjzhf ubgvnesfjzhf 田口淳之介、今後は熊本で小嶺麗奈の実家の事業をサポート oa-shujoprime 0

田口淳之介、今後は熊本で小嶺麗奈の実家の事業をサポート

2016年4月14日 20:50 週刊女性PRIME

 3月いっぱいでKAT-TUNとジャニーズ事務所から去ってしまった田口淳之介。脱退発表の直後、小嶺と小嶺の母親は都内を離れ、静岡県内にある田口名義の家に移動。ツーショットはおろか、小嶺の姿を確認することはできなかった。

 しかし、脱退した直後から田口と小嶺は同居を再開。都内マンションにふたりで帰宅する姿が確認できた。

 新生活を始めたばかりだが、この場所でこれからもずっと暮らしていくわけではないという。今後は九州に拠点を移すというのだ。

「熊本県にある小嶺さんの実家は、数年前に改築して事業を始めました。高齢者向けのケアハウスを運営しているんです。今は親戚の方が責任者を務めています。彼女はもうほとんど芸能活動をしていないので、準備ができ次第、実家に戻ってお手伝いをするそうです。田口クンも小嶺さんと一緒に熊本に行くと聞いていますよ」(小嶺の知人)

 田口が手伝うという施設は鉄筋コンクリートの5階建てで、総戸数が40という立派なもの。バリアフリーで食事や生活支援のサービスもあり、高齢者がマイペースでゆったり暮らせるようになっている。

「こちらは、国土交通省が進める高齢者向け優良賃貸住宅供給助成事業に基づく賃貸住宅ですね。高齢化が進む日本では、将来有望な事業と言えるでしょう」(社会部記者)

 田口がビジネスに直接関わるというのは想像しにくいが、彼は事業家としての確かな目を持っているようだ。

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田口淳之介、脱退後に同居再開 小嶺麗奈と愛犬の散歩へ

2016年4月14日 20:50 週刊女性PRIME

 3月いっぱいでKAT-TUNとジャニーズ事務所から去ってしまった田口淳之介。脱退の理由は明かされていないが、'07年から交際している小嶺麗奈と結婚するのでは? と言われている。

 脱退発表の直後、小嶺と小嶺の母親は都内を離れ、静岡県内にある田口名義の家に移動していた。しかし記者が何度か足を運ぶも、姿が確認できたのは母親だけだった。

 都内の田口の自宅マンションを訪ねてみても、やはり田口と小嶺の姿はない。連日、部屋の明かりが灯されることはなく、人が住んでいるようには見えない。

 すっかり雲隠れしたかに見えた田口だが、ジャニーズ退社翌日の4月1日に思わぬ形で行動が明らかになった。芸能人やモデル御用達をうたう、完全貸し切りのマンツーマンプライベートジムのTwitterに、トレーニング中の写真がアップされたのだ。

 ジャニーズ時代にはプライベート写真の流出は厳しく抑えられていたが、制約がなくなった途端に解禁したらしい。

 さらに4月2日にも、田口の目撃情報が多く上がった。ジャニーズ時代の盟友・内博貴が出演する舞台『最高はひとつじゃない』を、都内で観劇していたのだ。

 4月5日には、グラフィックデザイン会社社長のインスタグラムに登場。《淳之介とミーティング》とコメントがつけられていた。

 あれだけ姿を見せなかった田口の行動が、他人のSNSからダダ漏れ状態になっている。もしや、ジャニーズを辞めたことで警戒も緩んでいるのでは? 都内の自宅に再度行ってみると、何度取材に訪れても暗かった窓に、明かりが灯っている。翌日、改めて訪れてみると、田口が車で帰宅したのだ。

「ジャニーズを脱退した直後から、小嶺さんとの同居を再開させたみたいですね。辞めるまではなかなか一緒に暮らすことができなかったので、ようやく、という感じだと思いますよ」(田口の知人)

 しばらくすると田口は以前、小嶺の母が散歩させていた愛犬を連れ、そしてなかなか姿を見せなかった恋人・小嶺と一緒に姿を現した。ふたりは犬の散歩に出かけると、20分ほどで戻ってきた。雨がちらつく中、寄り添う姿から仲睦まじい様子が伝わってきた。

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不倫報道の乙武洋匡、誕生日会が中止できなかった事情とは

2016年4月12日 20:50 週刊女性PRIME

 複数の女性との不倫問題が報道された、作家・乙武洋匡氏の『40歳の誕生日を祝う会』が4月5日に都内のホテルで開かれた。ジャーナリストの田原総一朗、実業家の堀江貴文、神田うの、余貴美子、綾小路翔など豪華メンバーが集まった。

「2か月ほど前に、招待メールが届きました。関係者約1000人を招待していたようです。でも、ふたを開けてみると出席者は250人ほどでしたね」(会の参加者)

 開宴から30分ほどで、中から出てきたのは参加者のひとりである田原氏。「神妙だったよ」と乙武氏の様子を答えて、「(不倫については)“すみません”と言っていましたよ」

 そう言い残して、去っていった。謝罪の言葉を述べていたという誕生会、いったいどんな内容だったかというと……。

 パーティーの冒頭は乙武氏と妻・仁美さんの謝罪スピーチ。その後、舞台袖に移動した乙武氏の前に参加者が行列を作り、ひとりひとりと挨拶を交わしていった。

「“おめでとうございます”と言っている人はあまりいなかったです。会場の雰囲気は、参加者が乙武さんを盛り上げようと気を遣っているように見えてしまって……。結局、なんのためのパーティーだったのだろう」(前出・参加者)

 参加者が会費を1万円も支払って首をヒネる内容になってしまったようだ。別の参加者からは「これだったら、開催しないほうがよかったのでは」という声も上がっていた。ただ、強行開催したことには深い理由があるという。

「当初は、参院選の出馬表明をするための会でもあったんです。けれども不倫が報じられてしまったので、乙武さん本人は“パーティーをしている場合ではない”と中止を提案。

 ですが“逃げたと騒がれかねない”という考えの発起人たちもいて。加えてこの会を運営する会社にも金銭的に迷惑がかかってしまうということで、渋々決行するに至ったそうです」(別の参加者)

 不倫騒動があってから初めて公の場所に現れた乙武氏。だが、詰めかけた報道陣の取材にはいっさい応じなかった。

「パーティー後は会場となったホテルに宿泊するという完全シャットアウトぶり。報道陣のいない翌日の早朝にホテルから帰宅したようです」(ワイドショースタッフ)

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田口淳之介と交際中の小嶺麗奈 母と静岡県内に転居済み

2016年4月12日 20:50 週刊女性PRIME

 昨年11月の電撃脱退宣言から4か月。3月いっぱいでKAT-TUNとジャニーズ事務所から去ってしまった田口淳之介。脱退の発表はテレビの生放送中に行うという異例の形で、理由も最後まで明らかにされなかった。

「KAT-TUN結成10周年という節目の年に辞めるというのは不可解で、'07年から交際している小嶺麗奈さんと結婚するためではないかと言われています」(スポーツ紙記者)

 何度も交際報道があって事務所は別れるように諭したが、田口は従わなかったといわれる。交際期間は8年になり、年齢的にもそろそろ潮時と考えても不思議ではない。

「昨年11月の脱退発表の直後、小嶺さんと彼女のお母さんは都内を離れ、静岡県内にある田口クン名義の家に移りました。東京から100kmほど離れた土地に行くくらいですから、よほど触れられたくないことでもあったのではないでしょうか。その時点で田口クンは、まだジャニーズでの仕事が残っていたので一緒に行くことはできなかったようです」(小嶺の知人)

 小嶺と母親が暮らすという場所に赴いたが、そこにいるはずの小嶺はまったく家から外出している様子はない。日を置いて何度か取材を試みるも、まるで世間から隠れているかのように姿を見せず、田口も帰っている気配はない。

 唯一、姿を確認できたのは小嶺の母親だけ。毎日のように近くのスーパーへ自家用車で行き、1人分としては多すぎる量の日用品や食材を買い込んでいた。

 現地取材も日を重ねたある日、田口と小嶺が飼っている愛犬を連れて小嶺の母親が家から出てきた。ふたりのことを聞こうと直撃した。

――小嶺さんですよね?

「いえ、ちがいます!」

――この家はKAT-TUNの田口淳之介さん名義で借りられていますよね?

「……」

 最初は否定したものの、事実を指摘すると黙りこんでしまった。

――こちらのワンちゃんは、田口さんが飼われている犬ですよね?

「さっきから突然なんなんですか!」

 怒気をあらわにして声を荒らげるが、明らかに動揺した表情には懸命に娘を守ろうとする気持ちが表れていた。記者から名刺を受け取ると、家の中に戻っていった。

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井ノ原快彦『あさイチ』生放送後、長男の入学式に出席撮

2016年4月12日 20:50 週刊女性PRIME

 4月上旬のある朝、都内にある有名私立小学校の前。降りしきる雨の中、息子を連れて歩いてきたのはマスク姿の瀬戸朝香だ。

「校門の前には先生がいて“時間までに中に入らないと初日から遅刻になってしまいますよ”と呼びかけていましたね」(式の参列者)

 そう、この日は6歳になった長男の入学式。9時半を過ぎたころには、夫の井ノ原快彦もやって来た。白のシャツに紺色のスーツとネクタイというシンプルな装いだ。

 平日のこの時間といえば彼は『あさイチ』(NHK総合朝8時15分~9時54分)に出演中のはずなのに、どうして……。

「実はこの日の放送は、国会中継が控えていたことによる特別編成で40分だけの放送だったんです。だから9時半過ぎに到着できたんでしょう。とはいえ、NHKからこの小学校まではかなりの距離。相当急いだと思いますよ」(前出・参列者)

 何という偶然だろうか。帰りはちょっとのんびりできたようで、12時を過ぎたころに外へ出てくると、校門の前で一家は記念撮影を始めた。

 門の前に妻と息子を立たせてパパが撮ったあと、自分も一緒に写りたかったのだろう、近くにいた女性に笑顔で話しかけ、スマホを手渡していた。

「家族そろっての撮影もできた3人は、丁寧にお辞儀をしていました。まさか井ノ原さんご夫妻がいらっしゃるなんて思いませんでしたし、このときにようやく気づいた方がチラホラいましたね。話しかけられると、ちゃんと挨拶されていました」(別の参列者)

 登校時に瀬戸が持っていた手提げカバンは、下校時には井ノ原の手に。先を歩く長男の後ろから、夫婦が1本の傘で寄り添いながらついていく。井ノ原のファンはこう語る。

「井ノ原クンはジャニーズの中でも雨男で有名なんです。V6のライブでよく雨が降るのも、彼の影響だと言われているんですよ」

 とはいえ、この日の表情はいつにもまして爽やかそのもの。仕事も順調で、毎朝の『あさイチ』に加え、昨年からは『出没!アド街ック天国』(テレビ東京系)の司会も務めている。プライベートも充実しているようだ。

「都内に300平方メートルの豪邸を建てていて、数年前に改築をしています。ガーデニングや家庭菜園を楽しめるように中庭まであるらしいですよ。野菜を育てたり、DIYをしたり、私生活はのびのびと過ごしています。きっと息子さんもそんなお父さんの姿を見てスクスクと育っていることでしょう」(芸能プロ関係者)

 一方、瀬戸のママぶりについても、過去にこんな評判を聞いていた。

「幼稚園の運動会のときでしたが、瀬戸さんは芸能人なのに気取った雰囲気はいっさいなく、ママ友たちと一緒に後片づけをしていたんです。いつも率先してお手伝いされていました」(保護者のひとり)

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田口淳之介、脱退を機に小嶺麗奈と同居を再開 今後は熊本

2016年4月12日 20:50 週刊女性PRIME

 田口淳之介がKAT-TUNから脱退したわずか数日後、かねてから交際している年上恋人・小嶺麗奈とのツーショットを都内の自宅でキャッチした。

 田口は黒いキャップに迷彩柄のパーカー、同じく小嶺は黒いニットキャップに迷彩柄のパンツとペアルックのようないでたち。そんな姿で、仲睦まじく愛犬の散歩をする姿はまるで夫婦のようだった。

 実は昨年11月の脱退発表の直後、小嶺と彼女の母親は都内を離れ、静岡県内にある田口名義の家に移り住んでいたが、脱退を機に同居を再開させたようだ。

 気になるのは、グループを脱退した田口の今後だが……。

「田口クンは、ジャニーズを辞めた後、小嶺さんと一緒に(小嶺の実家である)熊本に行くみたいなんです」(小嶺の知人)

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女装ホステス 昼ドラ「ベッキー復活の場に丁度よかった」

2016年4月12日 20:50 週刊女性PRIME

 52年の歴史に幕を閉じた昼ドラ。東京・新宿二丁目を中心に活躍する、ドラァグクイーンで女装ホステスのドリュー・バリネコさんは、魅力をこう語る。

「韓流ドラマよろしく、昼ドラはかつての大映ドラマのような“やりすぎ感”“わかりやすさ”が最大の魅力で、昭和生まれの主婦の最高の受け皿だったと思う」

 昼ドラは芸能人再生工場だったとも。

「私の大好きな『愛の嵐』の主演を務めた高木美保さんのように昼ドラをきっかけにブレイクした人も多い。昨今はちょっと落ち目の芸能人が、昼ドラ出演を機に輝きを取り戻す再生工場としての役割もあったわけ。2つの受け皿がなくなるとともに、演者の魅力を“これでもか!”ってほど伝えるドラマがなくなるのは悲しいわ」

 昼ドラの終了を本当に残念がる。

「私は、昼ドラこそベッキーの復帰の舞台にふさわしかったと思うの。酸いも甘いも噛み分けた芸能人こそ昼ドラで光り輝く! 非現実的だけど親近感やカタルシスがある世界……そんな唯一無二のドラマ枠をなくしてしまうなんて本当にもったいない!」

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覚せい剤使用経験のある女性、幻覚で5階から飛び降りも

2016年4月12日 20:50 週刊女性PRIME

 北海道から沖縄まで全国60か所にある薬物回復の施設『DARC(ダルク)』。かつて覚せい剤に手を出し、現在はダルクで暮らしている女性に話を聞いた。

 高校を中退して、16歳からキャバクラで働き始めたというBさん。

「警察官やナースの格好で接客をするようなお店でした。19歳で出産しましたが、子どもは託児所に預けながら働いていました。覚せい剤を始めたのはそのころです」

 きっかけは、もともとタトゥーに興味があって、彫り師と知り合ったこと。

「彼が彫る前に覚せい剤を打っているのを見て、好奇心で私にも打ってほしいとお願いしたんです。そのときは、子どもを産んだばかりだったので断られました」

 同時期に、当時付き合っていた彼氏が四股をかけていたことが発覚。嫌なことが一気に重なった。

「何もかも忘れたいから覚せい剤を打ってほしい、と彫り師に改めてお願いしたんです。そしたら彼は“子どもがいるからやらせたくないけど”と言いながらも、結局そこで覚せい剤を使ってしまいました」

 彫り師は毎回、大量の覚せい剤を打ち、1回につきティースプーン1杯分の量を使用していたという。

「その半分の量が、私が使う1回分でした。普通は使うとシャキッとするのですが、私の場合は量が多かったからか、気分が悪くなって、心臓がバクバクし始め、横になりたいといつも思っていました」

 そのとき、別に暴力団関係の男と付き合い始めていたBさん。

「彼は親分に呼び出されることが多かったので、私はひとりになることがよくあったんですね。覚せい剤を使い始めたばかりだったので、ひとりになることが怖かったんですが、身体は気持ちよくて自慰行為などで使っていました」

 しかし、気持ちいいだけではないと語る。

「覚せい剤を使うと、幻覚、幻聴、誰かに常に監視されていたり追われていると思ってしまう『追跡妄想』などの症状が出ることを私は知りませんでした。だから、それらの症状のせいで変なことが起こったとしても、それがすべて現実だと勘違いしました」

 使い始めて1か月後には、自分が警察や暴力団に追われていると思い、マンションの5階から飛び降りてしまったそうだ。

「幸い、命に別状はなく、1週間ほどの入院ですみました。それから2か月間はやめられたのですが、また覚せい剤に手を出してしまいました。今まで2回、刑務所に入っています。不起訴や執行猶予を含めて4犯あります」

 2回目の出所をして、昨年12月にダルクに入った。

「そのときのことはあまり覚えていません。いろんなことが目まぐるしくて、新しい生活に慣れるのに精いっぱいだったんです。今はやっと慣れてきました。ここにいてどれくらいまで回復するかわかりませんが、今後は少し環境を変えて療養することも考えています」

 東京の渋谷あたりは、覚せい剤が売られている場所を知っているため、そういう場所の近くにいたくないと話す。

「地元に帰ったら元の自分に戻ってしまいそうで怖い。だから、全然知らない土地のほうが生きやすいかなと思っていますが、それは今後次第です。実は、私にはもうひとり、6歳になる子どもがいるんです。今は養護施設にいますが、ゆくゆくは引き取って一緒に暮らしたいと思っています」

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中3で覚せい剤を始めた女性「1度もお金を出したことない」

2016年4月12日 20:50 週刊女性PRIME

 北海道から沖縄まで全国60か所にある薬物回復の施設『DARC(ダルク)』。かつて覚せい剤に手を出し、現在はダルクで暮らしている女性に話を聞いた。

「私が初めて覚せい剤を使ったのは、中学3年生のときです。女友達の先輩にドライブへ連れて行ってもらったときにすすめられて、興味本位で使い始めました」

 1度使うとやめることができず、16、17歳のときには薬の売人と付き合うように。

「彼は数十キロ単位の覚せい剤を持っていたので、私はお金を払わずにもらって、注射器で打っていました」

 そのころ、後に夫となる暴力団関係の男とも一緒に暮らしており、2つの家を行き来する生活を送っていたAさん。

「でも、売人と付き合っていることが男にバレて、あるとき男が売人の家に乗り込んで修羅場になったこともありました」

 その後、男と和解し、一緒に暮らしながら覚せい剤を使うようになったという。

「結婚して19歳で長男を産んだのですが、そのときに夫が傷害事件で逮捕されました。それがきっかけで夫は暴力団をやめて、不動産関連の会社を経営し始めました。私もその会社で経理などの事務をし、2人目、3人目の子どもが生まれて、裕福な生活を送っていました」

 妊娠しているとき以外はずっと、夫と覚せい剤を使っていたそうだ。

「4人の子どもを出産しましたが、いちばん下の子が幼稚園に入ったころ、離婚しました。その後、元夫は私の兄に拳銃を発砲する事件を起こし、4年8か月の刑を受けて、いま服役しています」

 Aさんはこれまでに2回、覚せい剤で逮捕されている。

「1回目に逮捕された後は、生活保護を受けながら、いちばん下の息子と暮らしていました。親権は元夫が持っているのですが、慰謝料を請求しないという条件で、私が監護権を持って引き取りました。上の子どもたちはすでに独立して、仕事もしています」

 神奈川県内の「少し歩けば覚せい剤を持っている知り合いや売人がたくさんいた」地域に住んでいたことも影響しているようだ。

「私がお金を出さなくても“あるよ”ってポンと10グラムくらいを平気で渡してくれたんです。1回逮捕されたにもかかわらず、また使い始めて、2回目の逮捕となりました」
 今まで1度もお金を出して覚せい剤を買ったことはないそうだ。

「他人にすすめたこともなく、自分のためだけに使っていました。覚せい剤を使っていた子と話をすると、セックスのときに気持ちいいから、という理由で使うことが多いみたいですが、私は、使ったら頭がシャキッとして、掃除をし始めるんです、部屋の至るところを。料理もするし、お風呂に何回も入っていました。それが習慣になっていました」

 しかし、ある日、息子に覚せい剤を使っているところを見られてしまい、こう言われたという。

「“覚せい剤をやっているお母さんは嫌いだ。今度やったら、オレはお母さんとは住まないし、お母さんの前から消える”と。だから、もう1度、息子と一緒に住むために、覚せい剤は2度とやらないと決めました」

 昨年の2月から今のダルクに入所。

「最初は離脱感がすごくて身体が動きませんでした。イライラするし、覚せい剤をやりたくてしょうがない。楽になりたいと、ずっと思っていました。そのときは、子どもたちに会うことだけが望みでした」

 今も元夫には愛情があると語る。

「でも、私の母親から“今後いっさい会っちゃいけない”と言われているので、連絡はしていません。もし会いたいなら、母親とは親子の縁を切って一緒になるしかない、そういう状態です」

 ダルクに来て、もうすぐ13か月になる。

「ここでの生活を終えたら、友達と2人でスナックをやろうと思っています。母親が以前から飲食店や雀荘などを経営していたので、お店を出すなら手伝うと言ってくれています。自分のお店を持つようになったら、今度こそ覚せい剤を断つ人生を送っていけると思っています」

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鈴木拡樹、1人で台本を持って行く贅沢な“ある場所”とは

2016年4月12日 20:50 週刊女性PRIME

“2.5次元舞台を背負う男”という異名を持つ鈴木拡樹。原作キャラを徹底的に分析した役作りでファンを魅了し続けている。

「もともとは美容師になりたかったんです。だけど、同じ美容師の父から“この仕事は大変だから、ほかにやりたいことを探せ”と言われ続けて。それで見つけたのが、役者でした」

 年間10本近くもの舞台に出演しているけど、体力・精神面ともに、しんどくない?

「芝居が好きだし、つらいことがあっても楽しい気持ちが勝ちますね。それにランニングが趣味で、毎日1時間半くらい走っているので、そこでストレス発散できているかと」
 
 ハードな舞台をこなしたあとも走るというストイックぶり! そんな鈴木を甘やかしてくれる存在は……?

「昔からスイカが好きなんですが、最近、おいしいフルーツを食べることがすごい贅沢だと思うようになって! 1人で台本を持ってフルーツパーラーに行ったりしています」

 この先の役者人生について聞いてみた。

「2.5次元舞台で必要とされるあいだは出たいですね。40歳、50歳になってポジションが変わっても、この世界を支えられる存在でありたい。2.5次元を開拓しつつ、そのほかの経験も積んで、いろんなものを吸収していきたいなと思います」

撮影/高梨俊浩

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