写真:サンシャイン水族館の人気カワウソ・やまと 撮影/吉岡竜紀
有村架純も魅了されるカワウソ
「かわいい〜!」「こっち向いて〜!」
池袋・サンシャイン水族館のコツメカワウソの展示の前には、平日にもかかわらず多くの人がつめかける。飼育員の案内でコツメカワウソの「やまと」がお散歩に現れると、人だかりができ、歓声とともにシャッター音が鳴り響く。
今、ツイッターやインスタグラムなどのSNSでカワウソが大人気だ。SNSでカワウソ画像をチェックしているという女性に話を聞くと、「愛らしい顔がたまらない。動きもかわいくて、とても癒やされます」と話す。
サンシャイン水族館の運営・管理を行う株式会社サンシャインエンタプライズの高宮一浩さんによれば、毎日のように写真を撮りにくる常連も多いという。「カワウソファンの方たちは“ウソラー”と呼ばれています。ウソラーの方たちがアップした画像が拡散して、人気が広まってきました」
サンシャイン水族館で展示しているコツメカワウソは展示スペースに3頭と、お散歩イベントやグリーティングをする3頭がいるが、それぞれ個性が違うのだという。「個体ごとに顔や容姿が違ったりするだけでなく、性格や遊び方が違うのも人気の秘訣です。ウソラーのみなさんは、何々水族館の誰々ちゃんが好きという形で、“推しウソ”がいるようです」(高宮さん)
ほぼ毎日サンシャイン水族館に通っているという女性は、「コツメカワウソの家族の絆がすごく好きで。子育てもお父さんとお母さんが協力して世話したり、みんな一緒にいるのを見るときゅんとします」と魅力を話す。
SNSでのカワウソ人気を受け、サンシャイン水族館が中心となって、36の動物園・水族館で飼育されているカワウソが参加する「第一回カワウソゥ選挙」が開催され、さらに盛り上がりを見せている。計84頭がエントリーし、10月15日に“推しウソ”ナンバーワンが決定した。
また、一般家庭で飼われているコツメカワウソ「ちぃたん☆」のツイッターアカウント(@love_otter_love)はフォロワーが60万を突破。眠っている無防備な様子や、飼い主に甘える姿などの画像や動画が「かわいい」と注目を集め、10万リツイートを超える投稿もある。
ちぃたん☆の飼い主に話を聞くと、「さまざまなメディアの方からご連絡を頂きますので、カワウソブームが起きている実感はあります。ちぃたん☆のかわいさを見てほしい一心でツイッターを始めましたが、アクセスが過熱してここまでになるとは予想しておらず、少し怖いところもあります」と率直な思いを語る。
ネットでのカワウソ人気の盛り上がりからか、最近はテレビでも頻繁に取り上げられるようになっている。先日放送された深夜バラエティー番組では、人気女優の有村架純が今いちばん気になる動物だというコツメカワウソと触れ合い、「めちゃくちゃ飼いたい」と発言。かわいさにひかれてペットにしたいと思う人も増え、個体によって異なるが、ペットショップでは1頭100万円前後の高額で売り出されている。
世界的に絶滅の危機が増大している
しかし、こうしたカワウソのペット人気を危ぶむ声が高まっている。
カワウソは世界に現存する13種(一説では12種)のうち、その大半が絶滅の危機に近づいているという事実があるからだ。中でも水族館などで数多く飼育されたり、ペットとなっている東南アジア原産のコツメカワウソは、国際自然保護連合(IUCN)が作成するレッドリストで「絶滅危惧II類」(絶滅の危機が増大している種)に分類されている。ワシントン条約では附属書IIに分類され、商用目的の取引は可能だが、輸出には政府発行の許可証が必要となる。
8月に長崎・対馬でカワウソが撮影され、絶滅したはずのニホンカワウソかとニュースになったことで、カワウソの絶滅について知った人も多いはずだ。
さらに、ペット人気の高まりの裏で深刻な問題が起きている。東南アジアからの日本へ密輸が後をたたないのだ。記者が調べた限りでは、2017年は2月、6月、8月に、タイ・バンコクで日本人がカワウソを密輸しようとしたとして摘発されている。現在、日本国内ではペットのために繁殖されたカワウソが販売されているが、ペット人気が高まり需要と供給のバランスが崩れると、密輸や違法な捕獲を招いてしまうという。
日本国内に闇市場がある可能性が
長年、国内外のカワウソ研究を行う筑紫女学園大学の佐々木浩教授に話を聞いた。
「今年に入って密輸が連続して摘発されていることを受け、私が参加しているカワウソの国際的な保護グループ(国際自然保護連合 種の保存委員会 カワウソ専門家グループ)では、日本のカワウソのペットブームを非常に危惧しています。東南アジアでは、カワウソは漁業者に害獣扱いされており、あまり守ろうという機運がない。捕まえて売れるならラッキーという側面もあるんです。そのためか現地でカワウソを簡単に手に入れることができて、うまく日本に持って行けば100万円程度で売れる。
ただ、そう簡単に売り先があるものではないので、日本国内に闇市場がある可能性があります。ちゃんと日本政府はチェックしているのか、環境省にも問い合わせましたが、基本的に販売は登録制ではないので、チェックシステムはないと。今後どのように対応したらいいのか考えねばなりません」(佐々木教授)
また、ネットやテレビで「カワウソは簡単に飼える」という紹介のされ方をすることもあるが、佐々木教授は、「カワウソは基本的にはペットに向いていないというのが、多くの専門家の考え」と続ける。
「カワウソは野生動物ですから、ペットとして飼う想定がされていません。動物園や水族館では繁殖技術、飼育技術のマニュアルがある程度確立されていますが、一般の方が飼うためのマニュアルは基本的にない。よほど経済的に豊かであれば、水族館のような立派なケージや水場を設置して飼育することはできるとは思いますが、それなりの知識と技術が必要です」
コツメカワウソは群れで生活する種のため、一頭ではストレスを与えてしまううえ、マーキングしてコミュニケーションをはかるので強いニオイも気になる。加えて、カワウソから人間にうつる病気がないのかなど、カワウソについてはまだよくわかっていない部分も多いのだという。特に密輸の場合、野外から捕まえてくる可能性があるので感染症などの心配は大きいだろう。
サンシャイン水族館のカワウソ担当の飼育員・川部祐子さんはこう話す。
「遊び好きで手先が器用なので、かわいらしい仕草を見ていただきたいですが、それと同時に危険な動物だというのは知ってもらいたいと思いますね。かわいいだけじゃなくて獰猛(どうもう)な部分があるので、そう簡単に飼える動物ではないです」
カワウソは仲間同士でケンカすると、相手の指を食いちぎるくらい顎の力が強い。実際、川部さんも噛まれて怪我をしたことがあるという。水族館や動物園では、毎日健康管理のためのトレーニングをして、少しずつ人に慣らしていく。普通のペット以上の忍耐力が必要なのだ。
「もしペットとして飼って、飼いきれなくなって自然に放されて繁殖してしまうと、害獣扱いされて殺されてしまう危険性もある。そうならないように、ペットとしては飼ってほしくないと思います」(川部さん)
ペットとして飼うには多くのハードルがある
一方で、国内でペット用に繁殖された個体も存在する。前出のツイッターで人気のカワウソちぃたん☆の飼い主は、数十年、カワウソ好きな気持ちを持ち続け、今年の春に、カワウソの繁殖を行う知り合いのエキゾチックアニマル専門店から手に入れたという。
「譲っていただいた方にある程度教えていただきましたが、飼育マニュアルはないので、自分で試行錯誤したり、工夫したりしています」
ツイッターではかわいい姿ばかりが目立つが、裏では相当飼育に苦労しているという。食料や光熱費などの経済的な問題、水遊び場所の確保、トイレのしつけ、ニオイ対策、大きな鳴き声、誤飲の注意、カワウソをみてくれる動物病院探し……など、そのハードルは挙げればきりがない。
「カワウソは個体によって大きく性格が違いますが、ちぃたん☆は穏やかな性格で非常に飼いやすい子です。しかし鋭い歯で噛まれることもあり、私も手が傷だらけです。あとは、体力があり余っているので、それに付き合うのが一番大変です。とにかく遊び好きで、起きている間はずっと遊んでいるので休憩なんてほぼありません。これを10年以上、毎日何時間もしないといけません。幸い私は自宅でできる仕事なので、ちぃたん☆と遊んであげられますが、留守にする時間が多い家では無理だと思います」
飼い主から見ても、ネットなどで性格のいい(比較的飼いやすい)カワウソを見て、安易に飼育に手を出すのは反対だと話す。
「密輸に関しても断固反対です。繁殖は難しいですが行っているペットショップもありますので、数年待ちはザラですが、しっかり国内ルートで買っていただければと思います。待つのは嫌だから密輸個体で、というのは最低だと思います」
ペット反対意見については、
「密輸のニュースだけを見たり、ネットの情報だけで全てのカワウソ飼育を反対といっている方は、国内でも繁殖個体がいること、そういう個体を大切に育てているペットショップや飼い主もいるというのを知ってほしいと思います。カワウソの飼育は大変ですが、しっかり準備すれば自宅でも可能です。でも、準備が整っていない方が飼うのは反対です」
取材を進める中で、カワウソをめぐってさまざまな立場や意見があることがわかった。しかし、命をモノのように扱う密輸問題は決して許してはいけない。ペット人気が急激に拡大している今、対策が迫られている。
「単にかわいい、飼いたい! という方向に行かずに、カワウソは世界的に数が減っている生き物であるとか、なぜ日本では絶滅してしまったのかを考えるきっかけにしてほしい」と、カワウソゥ選挙の背景について高宮さんは語る。カワウソを守るために何ができるか、ひとりひとりが考えなければいけないだろう。
(取材・文/小新井知子)