シャンパーニュ・オーギュスタン
取材・文/鳥海美奈子
フランスの有機農業振興団体アジャンス・ビオによれば、2015年のフランスのビオ栽培されたぶどう畑の割合は8.7%。しかし、シャンパーニュ地方では全国平均よりかなり低い1.9%に留まっています。ビオ栽培へと転換すると、化学合成農薬や化学肥料が使えないのでぶどうの収穫量が約3割は減ると、一般的にいわれています。シャンパーニュの多くのメゾンは収穫量が減ること、つまりは収入が減ることを望みません。そういう大手メゾンにぶどうを売っている小規模農家も、収穫量が自らの売上に直結するために、現状を維持しようという意識のほうが強いのです。
そのようなシャンパーニュ界にあっても、意識の高い生産者たちにより、少しずつビオ栽培は広がりつつあります。なかでもビオディナミは、オーストリアの思想家・シュタイナーにより構築されたビオの農業論のひとつ。そのビオディナミを取り入れる生産者も、わずかですが登場し始めています。
その最先端にいるのが、シャンパーニュ・オーギュスタンです。
ビオディナミとは、月や星などの天体の運行に基づいてぶどうを育て、ぶどうの樹や土壌のエネルギーを高める有機栽培法です。太陰暦に基づいた、日本の伝統的な農業とも共通点があります。
現在のシャンパーニュ・オーギュスタンの当主マルクの両親の時代から、畑には化学合成農薬や化学肥料は使用されていませんでした。そのマルクがビオディナミへと舵を切ったのは2013年のことです。
「ビオディナミ農法は単なる栽培法ではなく、すべての生きものを尊重する哲学の表れでもあります。生物多様性を重視して、農場そのものをひとつの生命体と考えるのです。なにより大切なのは植物の声に、そして彼らを養う大地の声に耳を傾けることです」
シャンパーニュ・オーギュスタンのもうひとつの大きな特徴は、ビオディナミを採用しながらも、そこに独自の解釈を加えて、より発展した、オリジナルの手法を行っている点です。ビオディナミ農法が誕生したのは20世紀前半のこと。それをより現代的に解釈していくのは、今後のワイン造りのひとつの流れとなり得るかもしれません。
例えばシャンパーニュ・オーギュスタンでは、ぶどうを顕微鏡により細胞レベルで分析。タンパク質を構成するアミノ酸の配列を解析したのち、それを周波数に置き換えて音楽をつくり、ぶどう畑に流しています。またリフレクソロジーやホメオパシー、さらにはクリスタルをぶどう栽培や醸造に用いたりと、科学や代替療法など、さまざまな要素を融合させているのです。
彼らのシャンパーニュの銘柄名にも、そういった思想性が反映されています。
「私たちの暮らす世界が土火水風(空気)、という4つの要素で構成されているように、シャンパーニュ オーギュスタンにも4種類のキュヴェ(銘柄)があります」
そのひとつが「キュヴェCCXCI(291)ラ・テール」。ラ・テールとは、フランス語で土を意味します。「このキュヴェは、母なるものを象徴しています。しっかりとした土台を感じさせる、安定感のある味わいです」。ピノ・ノワールの若木から採れたぶどうを使用しています。
そして「キュヴェCCXI(214)レール」。空気を意味するレールは「穏やかで軽やか、生命の源となるものを象徴する」。その名のとおり軽やかで、味わいや香りが口中の上へ、上へと抜けていくような印象です。この繊細さは白系ぶどう品種のシャルドネと、赤系ぶどう品種のピノ・ノワールをブレンドしたことにより生まれるものです。
さらに火を意味する「キュヴェCCCI(301)ル・フュ」は「熱く、輝きがあり、広がりを持つ」。古木から採れたピノ・ノワールを使うので大変にパワフルな味わいです。現在、まだ「水」のキュヴェはありませんが、近い将来に発売されるといいます。その代わりに現在あるもうひとつの銘柄は、酸化防止剤SO2 を入れない「キュヴェCXVI(116) サン・スフル」。ぶどう本来の良さが生きた、とても滋味深い味わいです。
ぶどう本来の生命力を生かしたオーギュスタンのシャンパーニュはいずれもエネルギー感に満ちています。それを味わえば必ずや、シャンパーニュの最先端の世界観を感じ取ることができるでしょう。
輸入元/アカデミー・デュ・ヴァン
オーギュスタンのシャンパーニュは直営のワインショップ「カーヴ・ド・ラ・マドレーヌ」にて購入可能
住所:東京都渋谷区神宮前5-53-67コスモス青山ガーデンフロア
電話:03-3486-7769
取材・文/鳥海美奈子
2004年からフランス・ブルゴーニュ地方やパリに滞在して、文化や風土、生産者の人物像などとからめたワイン記事を執筆。著書に『フランス郷土料理の発想と組み立て』。また現在は日本の伝統文化、食や旅記事を『サライ』他で執筆している。