取材・文/関屋淳子
大手コーヒーチェーン店やコンビニエンスストアの安価なコーヒーが伝播し、昔ながらの喫茶店が各地で減少している。しかし京都の町を歩くと、どこからともなくコーヒーの芳ばしい香りが漂い、ふと足をとめてみたくなる。
“京都人はコーヒーが好き”を裏付ける数字がある。総務省統計局の日本の県庁所在地と政令指定都市のコーヒー消費ランキング(※家計調査(ふたり以上の世帯)における平成25年~27年の平均)をみると、京都市はコーヒーの消費量・消費金額ともに全国1位。統計上1日に約4.5杯もコーヒーを飲むという。町全体で珈琲文化を支えているといっても、過言ではない。
そんなコーヒーへの深い愛好に応えるためには、焙煎や抽出も一筋縄ではいかない。京都にコーヒーの名店が多いのは、こうした理由があってのことだ。
そこで今回は、旅の目的にしたくなる薫り高い「京都の名喫茶店」を7軒ご紹介しよう。
※この記事は『サライ』本誌2016年10月号より転載しました。肩書き等の情報は取材時点のものです。(取材・文/関屋淳子 撮影/小林禎弘)
■1:イノダコーヒ本店 京都市中京区
――歴史的な進取の気質が育んだコーヒー愛飲の文化
赤いミルが目印の『イノダコーヒ本店』。店内には創業者の猪田七郎さんが手掛けたステンドグラスなども再現。
まずは昭和22年創業の『イノダコーヒ本店』を訪ねてみた。朝の陽ざしが降り注ぐ広々とした店内を見渡すと、定席に座り新聞を広げる人、挨拶を交わしながら談笑する人など、コーヒーを片手に常連客が思い思いの時間を過ごしていた。
「京都には太秦撮影所などがあり、昔から映画人らが集い、ハイカラな雰囲気がありました。そのなかで、本格的なコーヒーを提供しようと、喫茶店が増えていったのでしょう。また京都人は新しいもの好きで、進取の気性に富んでいますからね」
こう話すのはイノダコーヒ会長の猪田浩史さん(58歳)。創業者である父の猪田七郎さんは画家でもあった。芸術界との関わりが深く、映画監督の吉村公三郎や作家の谷崎潤一郎らが常連客で、店はサロンのようだったという。その面影は今も店内に色濃く残る。
かつてフランス・パリのカフェに哲学者らが集い議論をし、情報を交換したのと同様、京都も大学などが多く、学者や文化人が喫茶店を利用することでコーヒーの需要が伸びたとも考えられる。
創業当初から変わらぬイノダコーヒのブレンドは「アラビアの真珠」。いつ飲んでも飽きないコーヒーを目指し、モカを基本に深煎りのコクが際立つ一品。このコーヒーはミルクと砂糖を入れた状態で供されていたが、近年は注文の際に、客の意向を聞く。
「観光のお客様からブラックで出せとお叱りを受けまして(笑)。このブレンドはミルクと砂糖を入れることで完成するので、ぜひ、お試しください」(猪田さん)
進取の気質に富んだ、伝統の一杯を満喫したい。
【イノダコーヒ本店】
京都市中京区堺町通三条下ル道祐町140
電話:075・221・0507
営業時間:7時~19時
定休日:無休 211席。
■2:市川屋珈琲 京都市東山区
――京焼の郷、五条の町家で寛ぐ穏やかな時間
築約210年の町家 を改装。焙煎機 と無煙化の装置が置かれている。焙煎は煎りムラが少ない半熱風式。
京焼発祥の地である清水五条に隣接する馬町。大正から昭和にかけて活躍した陶芸家・河井寛次郎の記念館の近くに立つのが『市川屋珈琲』である。
主人の市川陽介さん(42歳)は前出のイノダコーヒで基礎を学んだ後、昨年11月に自身の店を開店。代々陶芸を営む実家の工房を改装し、広々とした吹き抜けや坪庭など町家のよさを活かして、居心地のいい空間を作り出した。さらにコーヒーカップは、兄である陶芸家の市川博一さんの青磁の作品を用いている。
ブレンドは3種類で、モカを基本とする優しい風合いの「市川屋」、タンザニアを基本に、爽快感のある「青磁」、グァテマラの深いコクが楽しめる「馬町」。ネルドリップで、お湯を中心部からゆっくりと「の」の字を描きながら注ぎ、蒸らし、様子を見ながら慎重に抽出していく。
「『イノダコーヒ』では一家言を持つお客様からいろいろと教わりました。これからもひとりひとりのお客様と向き合い、丁寧にコーヒーを淹れていきたいですね」と話す市川さん。
町家の風情に包まれて、ゆったりと時間が流れると、つい2杯目を注文したくなる。
【市川屋珈琲】
京都市東山区渋谷通東大路西入鐘鋳町396-2
電話:075・748・1354
営業時間:9時~18時
定休日:火曜、毎月最終水曜
26席。カード不可。
■3:COFFEE WINDY(ウインディー)京都市東山区
――2杯目以降で飲める特別なダブル抽出法
五条通から一本路地を入ったビルの2階。階段を上る途中から、深いコーヒーの香りに包まれる。ドアを開けると、そこにはどこか懐かしく親しみのある喫茶店『COFFEE WINDY』が現れる。
「45年前から喫茶店を営み、35年前からはコーヒー専門店にしました。東京の名店『カフェ・バッハ』の田口護さんの雑誌記事に触発されて一念発起。試行錯誤を繰り返しています」と店主の伊藤幸治さん(67歳)は話す。
店で扱う豆はコロンビアやブラジルなど厳選した5種類。それを直火式の焙煎機で焙煎。直火式は喩えれば網焼きで肉を焼くのと同様で、豆の味が直接伝わるという。お薦めの「ブレンド珈琲」は、豆の個性を見極め、味に深みや立体感を出すように独自に配合する。
さらに、2杯目以降の特別なコーヒーも用意。ネルを二重にし、ひとつには粉を、ひとつには豆を入れて抽出する『DISCOVERY41プレミアム』。豆の香りがより強く深くなり、心地いい苦みとまろやかさが口に広がる。
コーヒーは科学ですと話す伊藤さんがたどり着いた自信の味。10枚綴りのコーヒーチケットを使い、足しげく通う客が多いのも頷ける。
【COFFEE WINDY】
京都市東山区本町1-48 本町ビル2階
電話:075・561・1932
営業時間:7時~18時
定休日:日曜、祝日、不定休あり
29席。カード不可。
■4:生きている珈琲 京都市下京区
――熱風低温焙煎の旨みを急須でも淹れる個性派
「コーヒーの個性は焙煎で決まるといっても過言ではありません。豆の味の違いが顕著に変わるので、大切な作業です。店では個性的な豆を8種類揃え、それぞれの味が際立つように焙煎します」
こう話すのは、『生きている珈琲』店主の小林弘樹さん(43歳)。この店では熱風低温焙煎機を使用。これは生豆を低温で蒸し焼きにするような方法で、新鮮で酸化しにくい豆ができ上がるという。
コーヒーは豆1種類のストレートのほかに独自ブレンドも用意。ワインになぞらえた「赤」と「白」、煙草に合う「スモーキング」、「白」を軽めにした「アメリカン」がある。「赤」はケニアを基本にしたコクと苦みが楽しめ、「白」はモカを基本に爽やかな甘みがある。どちらも風合いはやわらかで、喉をするりと通っていく。
熱風低温焙煎で煎 ったグァテマラは中煎りで、淡いチョコレート色。焙煎後、1週間ほど寝かせて熟成してから使用する。
抽出方法はペーパードリップで、蒸らさずに淹れる。豆の量を25gと多めにし、えぐみが出る前に引き上げる。さらに急須で淹れるコーヒーもあり、なんとも個性的だ。
店は四条通に面し、烏丸と河原町の中間点に位置。鰻の寝床のような細長い店内にはジャズが流れ、喫煙席もある。散策のひと休みに恰好の立地である。
【生きている珈琲】
京都市下京区立売東町24 みのや四条ビル地下1階
電話:075・255・3039
営業時間:10時~20時、金曜・土曜・日曜は~22時
定休日:無休
50席。カード不可。
■5:喫茶葦島(あしじま)京都市下京区
――注文を受けてからブレンドして、3分以内に抽出
三条河原町のビルの5階、エレベーターの扉が開くと、和紙の障子越しにこぼれるやわらかい明かりに包まれる静謐な空間が広がる。6年前に開店した『喫茶葦島』は、つい長居したくなる居心地のよさを感じる喫茶店である。
カウンター席に陣取れば、店主の佐々木晨人さん(45歳)がコーヒーを淹れる姿を眼前にできる。「葦島ブレンド」はコロンビアやブラジルなど5種類の豆をブレンド。注文を受けると、豆を15gに計量混合。抽出はペーパードリップで、3分以内に行なう。
「3分を超えると理想的な味が出せません。豆を蒸らした最初の液は雑味や油分が含まれているので捨てます」(佐々木さん)
そしてドリップ用のポットを右手で、左手でと持ち替える。湯を注ぐ方向を変えることで均等に浸透を促すという。一連の流れるような所作はまるで日本茶の点前を見ているようで、心が落ち着く。供されたブレンドの味はしっかりとコクがあり、自家製のチーズケーキとも好相性だ。
コーヒー好きが高じて起業した佐々木さん。店内には彫刻家・徳持耕一郎さんの鉄筋彫刻を置き、独自の世界観を築き上げている。
【喫茶葦島】
京都市中京区三条通河原町東入大黒町37 文明堂ビル5階
電話:075・241・2210
営業時間:14時~21時、土曜・日曜・祝日は12時~
定休日:月曜(祝日の場合は営業、翌日休み)
21席。カード不可。
■6:カフェ・ヴェルディ 京都市左京区
――生豆の状態から手で選別し、焙煎してからさらに選別
下鴨の閑静な住宅街にある『カフェ・ヴェルディ』は、東京の名店『カフェ・バッハ』で焙煎の修業をした続木義也さん(49歳)が平成15年に開店。焙煎ももちろん大切だが、同等に重要なのは豆の選別だという。
「まず、生豆を選別します。野球に喩えると、野球をするためのボールを選ぶ作業。焙煎後の選別は、ストライクゾーンから外れてしまったボールを除くことです」
続木さんはこう話しながら、100gあたり約300粒ある豆をすべて手作業で選別していく。毎日、豆と向き合うことで、コーヒー本来の美味しさを引き出す。
生豆の選別作業。どんなに格付けの高い生豆でも不良の豆が含まれているので丁寧な処理が必要。
豆は常時20種類以上を用意し、浅煎りから深煎りまで焙煎。店の看板である「ヴェルディ・ブレンド」はコロンビア、タンザニア、グァテマラ、ニューギニアの4種類の豆を均等に配合。心地よい苦みとともに軽やかな印象だ。
「コーヒーの苦みが苦手という方には少量の砂糖を加えてみてくださいとお伝えします。砂糖には苦みを覆い隠す作用があります」
なるほど、砂糖を入れると優しい味わいになり、より飲みやすくなる。こんなコーヒー談義もこの店の魅力のひとつになっている。
【カフェ・ヴェルディ】
京都市左京区下鴨芝本町49-25
電話:075・706・8809
営業時間:8時30分~19時(最終注文18時30分)、日曜・祝日は~18時(最終注文17時30分)
定休日:月曜、第3火曜(月曜が祝日の場合は営業、翌日休み)
21席。
https://www.verdi.jp/
■7:OGAWA COFFEE 京都駅店 京都市下京区
――抽出方法を選んで多彩な味が楽しめる、京都駅の重宝店
“京都の珈琲職人”として、豆の買い付けから焙煎、販売まで手掛ける『小川珈琲』。京都を中心に数十店舗を展開し、来年には創業65年を迎える。地下鉄京都駅のコンコースに4年前に開店したこの店は、京都の文化発信の役割も担っている。
店長の坂井誠彦さん(32歳)は店の特徴をこう話す。
「店内で流れている音楽は京都出身の若手音楽家たちの曲です。また、京水菜や京揚げなど、京都の素材を軽食に使っています。オリジナルブレンドは、この店と昨年開店したアメリカのボストン店でのみ提供しているものです」
さらに2種類の「本日のコーヒー」は、ペーパードリップ、エアロプレス、エスプレッソのいずれかの抽出方法を選ぶことができる。エアロプレスとは空気の圧力を利用して抽出する器具で、豆の良さを引き出しながら、すっきりとした味に仕上がるのが特徴。
店頭では希少なスペシャルティコーヒー(※生産履歴が明確な高品質豆。またはカッピング(テイスティング)で特別に高評価を得たもの。)などの豆の販売も行なっている。京都駅コンコースという立地ゆえ、利用客が後を絶たない。
京都市下京区東塩小路町 地下鉄京都駅コンコース中央1改札口北側コトチカ京都内
電話:075・352・0808
営業時間:7時30分~21時(最終注文20時30分)
定休日:無休 36席。
* * *
以上、奥深き京の珈琲文化を感じる「京都の喫茶店」を7軒ご紹介した。これら名店を巡れば、京都人のコーヒー好きの理由がわかるというものだ。
京都旅行の折、コーヒーが飲みたくなったら、ぜひ訪ねていただきたい。(画像は、イノダコーヒ、オリジナルブレンドの「アラビアの真珠」560円(税込み)。モカを基本に3種類の豆をブレンド。酸味と香り、コクが調和する。)
※この記事は『サライ』本誌2016年10月号より転載しました。肩書き等の情報は取材時点のものです。(取材・文/関屋淳子 撮影/小林禎弘)