"親ペナルティ"を40歳で負う覚悟はあるか

11.04 12:00 PRESIDENT Online

子育ては美しい話ばかりではない。社会的に責任を負い、何かと時間がなくなり……と、親になることで幸福感が損なわれる面もある。現代日本では少子高齢化が進んだ結果、30代後半や40代で初めての子どもを授かり、育てる男女も増えている。40代の子育ては、20代の子育てよりも幸せなのだろうか……?

社会学に、「親ペナルティ」という言葉がある。子供を持つ夫婦と子供を持たない夫婦がそれぞれに感じる幸福度のギャップのことで、一般的に幸福度は「子供を持つことによって下がる」と言われる。

この親ペナルティは、政府の子育て支援が薄い国では最大の傾向を見せ、特にアメリカで顕著なのだという。立命館大学教授・筒井淳也氏は「日本の公的な家族支出はOECD諸国でも最低レベルであり、アメリカに近い状態にあるとしてもおかしくはない」と論じている。

日本の「親ペナルティ」は、先進国の中でもかなり大きいと推定されるのだ。

一方で、日本では、共働き世帯が専業主婦世帯を上回ってマジョリティーとなっている。男女共同参画白書(平成27年版)によると、「男性雇用者(農林業を除く)と無業の妻(専業主婦)からなる世帯」が720万世帯、「雇用者(農林業を除く)の共働き世帯」が1077万世帯となっている。

日本では「共働き化」が見られるにも関わらず、それをライフスタイルとして容易化する受け皿としての「共働き社会化」が進まないことが現代のホットな論点ではあるのだが、それは別の機会に譲ろう。この共働き化と並行する形で進んでいるのが、晩婚・晩産傾向だ。かつては女性の高齢出産とされた35歳での出産は、今では珍しくもなんともない。30代や40代の不妊治療を乗り越えて、念願の子供をもうけるカップルも大勢いる。

「親ペナルティ」とは、まさに米国で共働き化が進行したにも関わらず政府の子育て支援の“手薄さ”によって最大化する、子育てのしづらさ、親としての生きづらさに起因して顕在化したものだ。まして価値観の「共働き社会化」さえ進まない日本においては、親ペナルティの重さたるや、いかほどか。

いま、その親ペナルティを晩産傾向や不妊のために40代で負う人たちが少なくない。さて、余計なお世話と重々承知しつつ、今回の「脳内エア会議」のお題は、「経済的、キャリア的に成熟し自立した40代で負う親ペナルティは、20代・30代に比べて軽くなるだろうか、それとも重くなるだろうか?」です。

保育園へ向かう坂道

私の家の前の坂道は、地域でも評判のいい、丘の上の保育園へと通じている。平日の毎朝、自営業者の私がそろそろメールチェック(やネットショッピングでの無駄遣い)でもしようかとノートパソコンを開ける頃、開けた窓から小さな子供と、その子を前かごに乗せた自転車をうんうんと押して坂道を登っていく母親の会話が聞こえてくる。

「あのね、○○君は玉ねぎが嫌いだけど、僕は食べられるんだよ」「そうね、玉ねぎ入ってても大丈夫だもんね。じゃあ今日の夜はハンバーグにしようか。夕飯まで楽しみに待っててね」「うん、僕ちゃんと待ってるよ、夜のおやつのあとは先生と○○君とお絵描きしてる」

ああ、今日はあの男の子の調子が良くてよかったね、大きくなったなぁ、そんな風にそっとエールを送りながら、私は名前も知らない親子を心の中で見送る。1年前、その子は母親と離れたくなくて毎朝大泣きしていた。自転車に乗せられた男の子の鳴き声がだんだん近づいて、やがて坂道を登って遠ざかっていくのを、「救急車のドップラー効果みたいだなぁ(違うけど)。お母さんも男の子も、頑張れ」と思って見送っていた。

お母さんは40手前くらいで、小柄で落ち着いたひとだ。いつも私がひそかに感心するほどの冷静さと、論理的ながら子供の気持ちを巧みにくみ取る会話で、男の子の情緒を安定させて平和な朝を送っている。時々、おばあちゃんや、40代と思われるお父さんが送る朝もあって、お父さんは少々不慣れなのかえらく冗舌で、なんだか説得めいている。「○○君、今日は保育園頑張ってね。先生の言うことをちゃんと聞いて、お友達と仲良くするんだよ。給食もなるべく残さないようにしようね。パパもお仕事頑張ってくるからね」と。

親力とは、持てるものを全投入した総合力だ

「保育園頑張って」というフレーズに疑問を挟む人もあるだろうが、私も昔そういう切ない日々を送っていたから心の底からよく分かる。「保育園頑張れ、頑張ってくれ」としか表現しようがないくらい、保育園に子供を送る親の心境は祈りに近いものがある。保育園への道は、子育ての中でも象徴的な場面だ。

朝泣いてぐずって道に座り込む子供に何度も声をかけ、自分の出社時間を気にしながら時計をチラチラ見て、懸命になだめ説得して、最後は親が自分と子供の大荷物を肩に無理やり掛けて、米袋より重い子供をキレ気味に抱きかかえて連れて行く。抱きかかえられる相手なら、あるいは一人ならまだいいほうだ。暴れ逃げまわるやんちゃ者だったり、しかもそれが2~3人のきょうだいだったり、登園途中に途方に暮れている親がたくさんいる。

親力なるものがあるとすれば、それは知力だけでも体力だけでもない、持てるものを全投入した総合力だ。だから痛い目をたくさん見て知恵を巡らせた親たちは、いっそ泣く暇もなく勢いで連れていってしまえと、前にも後ろにも子供を載せるカゴがついた電動自転車を「一家に一台」状態で所有して移動に大活用し、あるいは保育園近隣の住民に散々嫌味を言われながらも自家用車で子供を送るのだ。

「子供を泣かしっぱなしにする親はマナー違反で無責任」だと? 「最近の親は自分のことばかり、大人の都合で子供を振り回さないであげて」だと? 「そもそも子供を産むのだって親の都合のくせに」、だと? 振り回されているのも、泣きたいのも、自分のことなんか朝食どころか身なりを整えることさえままならずボロボロで出社して、朝から晩まで働いた後にまた子育てと家事の続きをし、「自己都合で子供をこの世に送り出した」責任を全うするのも、親のほうだ。

……なんて、もちろん大人だから思っても言わない。ぐっと言葉を飲み込む。

今まさにそういう思いをしている子育て中のお母さんお父さんに向けて、20代前半と早くからの20年間をどっぷりと子育てに費やした私は、今はただ「頑張れ、いつか必ず手は離れる。そうしたらウソみたいに楽になるから」と念を送っている。だって、こんな不確実な世の中で確実に右肩上がりなものなんて、子供の成長くらいだから。

親になったがゆえに幸福感が損なわれる「親ペナルティ」

だから初めて親ペナルティという言葉を目にした時、わが意を得たりと感じた。親になるとは、生き物を育てるということだ。でもペットを飼うのとは違い、人間一人育てるということには、社会的な意味や責任がもっともっと大きい。だからライザップじゃないが、どんな親だってそれぞれの姿勢やアプローチで結果にコミットする。コミットしていないわけがないじゃないか!

「子供に教えられる」とか、「子供の存在に支えられる」とか、「子供を育てるとは、自分を育てること」だとか……子育ては美しい話、いい話ばっかりじゃない。もちろんそれもあるし、大きい。子育てする親は自分にそう言い聞かせるものだけど、でもやっぱりそれだけじゃない。

「(自分だけではない、社会の準備不足もあって)思い通りにならない」が「自分には責任がある」、その焦燥が“ペナルティ”という感じ方になっても、私は責める気持ちには全くならないし、心底共感する。この、社会的風習やら画一的な良識やら「暗黙の了解」やら同調圧力やらであれこれがんじがらめの国では、親になることで幸福感が低減することは“当然”実際にあると思う。みんな「良識」が大好きだから、あまり大きな声でそう言う人はいないけれど、それが私の偽らざる感想だ。

「余裕はある、だが体力はない」40代たちが挑む社会実験

最近、周囲の同世代、アラフォーの妊娠や出産が相次いでいる。20歳前半で子どもを産んだ私は彼らのそれまでの祈りや苦悩を思い、心から祝福の言葉を送りながら、ぼんやりと「40代で幼い子供を育てる彼ら・彼女たちは、親ペナルティをどんな風に感じるだろう」と思った。

経済力も知恵もあるから、さまざまな問題に余裕を持って対処できるのだろうか。やっとの思いで授かった子供相手なら、感謝こそすれ、どんな局面でも感情的になどならないで済むだろうか。総じて「ペナルティだなんて毛頭感じない、幸せな子育て」だろうか。意地悪ではなくて、純粋な疑問が湧いた。彼ら40代の子育ては、私の葛藤にまみれた20代の子育てよりも容易で幸せだろうか。

経済的にも精神的にも余裕はある、ただ否定しがたく体力はない。知恵も知識もある、ただ否定しがたく時間はない。42歳で子供を授かった友人は、子供が大学進学の年に定年で、子供が30歳の時に72歳だ。……その頃、少子高齢化がさらに進行して幹の細った日本社会では介護や社会保障ってどんなシステムになっているんだろう。

親が高齢であることで、子育ての質が変われば子供の質も変わる。実際、親が高齢だと子供の運動量が少なくなる傾向にあると言われ、それは現在43歳の自分の体力不足・運動不足ぶりを省みれば仕方のないことだと思う。また、それに関連して「父親が高齢であるほど息子がギーク(オタク)になる傾向が強くなる」との海外研究も話題になった。

収入やポストの高い親が育てることで、より高い教育や高い視点、広い視野を与えることができることが一因と考えられ、相対的に能力の高い子供が育つ、高齢育児のメリットとも考えられる。しかし一方で「両親の年齢の高さと自閉症、統合失調症の症状と『ギーク』な子どもたちが典型的に持つ性格との関係性も暗に示されている。(中略)研究チームはギークさと自閉症に関する遺伝子には共通する部分が存在しているとみており、これらの遺伝子は年齢を重ねた父親において出現する傾向にあると考えている」(同記事より)。

男性も女性も労働に組み込まれるのが当然視される社会は、「新しいタイプの子供を生み出すフェイズ」「新しい仕組みの社会」へと必然的に突入する。さて、それは具体的にどんな世界になるのだろう。これは、21世紀の先進国が皆その渦中にある、壮大な社会実験なのだ。

[フリーライター/コラムニスト 河崎 環]

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「お金の無料相談」は最悪の選択肢である

11.02 08:00 PRESIDENT Online

お金の問題に直面したとき、「専門家」への相談を考える人は多いだろう。その場合、金融機関などの「お金の無料相談」に出向くのは最悪の選択肢だという。なぜなのか。経済評論家の山崎元さんが実際あった危険なケースを元に、正しい相談先と正しい運用方法を伝授する――。

※以下は山崎元『マンガで解説!将来、お金に困らない方法を教えてください!』(プレジデント社)のコラム部分から抜粋、再構成したものです。

「最悪の相談先」は、身近な金融機関だった!

お金の問題に直面した時に、専門家に相談したくなる場合もあるでしょう。こうした場合に最も良くないのは、銀行・証券会社・保険会社などの金融機関に相談することなのです。こうした金融機関での相談は、多くの場合「無料」ですし、名前の通った会社のサービスだという安心感があります。加えて多くの場合顧客への対応は親切・丁寧です。つい気軽に、そして気持ちよく利用しがちになるのですが、そこに落とし穴があります。

「山崎先生、将来、お金に困らない方法を教えてください」(プレジデント社)

金融マンは、お客さまに儲けさせるプロではなく、自分の会社(ひいては自分)が儲けるためにお客さまを動かすプロフェッショナルなのです。露骨に言うなら、「手数料稼ぎ」のプロです。そして、もちろん、プロの力量を甘く見てはいけません。お客さまの側では、プロが繰り出す「ご提案」のどこに問題があるのかを即座にかつ正確にダメ出しすることは不可能でしょうし、相手が、親切・熱心・真面目そう、などと思う心から「少しは付き合わないと申し訳ない」という気持ちになって、手数料の高い商品(100%ダメな商品です)を購入してしまうパターンに陥りがちです。

それでは、金融機関の窓口に相談してはいけないとなると、誰に相談するといいのでしょうか。FP(ファイナンシャル・プランナー)に相談したらいいのではないかと思った方は、幾らか正解に近づいています。しかし、それだけでは、安心ではありません。実は、FPには二種類あります。筆者の表現では、「販売系FP」と「非販売系FP」の二通りです。

「販売系FP」とは、生命保険の代理店を兼営していたり、証券仲介業のビジネスをしていたり、あるいは不動産の購入や投資を紹介して不動産会社から謝礼金を受け取ったりしている、商品の販売に関わることによって自分も経済的に潤うFPのことです。こうしたFPのアドバイスは、どうしても、自分が販売したい商品の購入に傾きがちになることはご想像いただけるでしょう。まさに、その通りなのです!

生命保険の代理店を兼営するFPは、販売した生命保険のおよそ1年分くらいの保険料の報酬を得ることが多いようです。証券仲介業を営むFPは商品の販売手数料の6割以上を得る場合が多い。内外の証券会社の正社員よりも、稼ぎに対する取り分の比率は大きく、「普通の証券セールスよりも危険な証券マン」かも知れません。不動産の購入で物件を紹介して、不動産業者から紹介した物件の1~3%くらいの謝礼を受け取るFPもいます。

相談すべき相手は「非販売系FP」

いずれも小さくない収入になり、一度手を染めると抜け出しにくいのが実情です。そして、メディアで名前が売れているような有名FPでも、これらのいずれかに手を出している場合が少なくありません。

FPには、商品を販売することのある「販売系FP」と、純粋に相談料だけを報酬とする「非販売系FP」の2種類があると考えてください。もちろん、相談すべき相手は「非販売系FP」の方です。

日本では、対価(相談料)を払って専門家に相談するやり方が根付いていないのが現実ですが、クリーンなFPに払う相談料は、例えば相談1時間当たり1~2万円くらいのものですが、相談料よりもずっと大きな改善効果が得られる場合が少なくありません。金融機関に「無料相談」するよりも、はるかに安全で効果的です。

「商品を販売する可能性のある人に、相談してはいけない」。少々考えると分かりそうな話なのですが、案外守られていない「常識」です。

高齢者も若い人も、買うべき商品は同じ

『マンガで解説!将来、お金に困らない方法を教えてください!』は、現役世代の夫婦が将来に備えてお金について考え直す物語です。現実にお金をたくさん持っているのは高齢者ですし、高齢になってからのお金の運用は大変重要な問題です。筆者が、親の知人など高齢者のお金の相談を受けてみてしばしば思うのは、「セールス」という行為の絶大な威力です。お金を持っている高齢者はたいてい、銀行や証券会社などの担当者のことを「人として」信じていて、商品について詳しいことは分からないが、自分の「人を見る目」は間違っていないと思っている場合がほとんどです。そして、「真面目な子なので、信用している」、「悪い物は勧めないと思った」などと言いながら、毎月分配型の投資信託や貯蓄性の生命保険など100%ダメだと言うしかない投資商品を保有しています。

高齢の経営者などにもよくあることですが、人間のよし・あしで(実際は単なる好き・嫌いに過ぎませんが)物事を判断できると思い込むようになると、その人は「老いて」おり、危険な状態です。

以下、高齢者の資産運用で大事なポイントを3つ挙げます。

「インカム・ゲインにこだわるな」

第一に、高齢であるということはお金の運用にあって特別な問題ではないということを理解しましょう。標語風に言うなら「ポートフォリオにまで年を取らせる必要はない」ということです。ちなみに世界一有名な投資家と言っていい米国のウォーレン・バフェット氏は現在87歳ですし、彼の仕事上のパートナーであるチャーリー・マンガー氏はさらに93歳ですが、共に現役の運用者ですし、自分達が高齢だからと言ってリスクを小さくして運用するようなことはありません。

人が、若くても、高齢でも、運用の目的は「お金をなるべく安全に増やすこと」以外にありません。「高齢者に向いた運用商品がある」という考えは、手数料の高い運用商品を売りたがっている金融機関が世に振りまいている作り話です。

判断力さえ確かなら、運用方法は若い頃と同じで全く構いません。例えば、現在なら、リスクを取る運用は内外の株式のインデックス・ファンドを買うといいでしょうし、リスクを取りたくなければ個人向け国債変動金利型10年満期と普通預金でいいでしょう。

第二に気を付けてほしいことは、「インカム・ゲインにこだわるな」ということです。インカム・ゲインとは利息や配当、投資信託の分配金など主として定期的な現金収入を指しますが、金融機関は、インカム・ゲインに注意を引いて高齢者を手数料の高い毎月分配型の投資信託などに誘導するセールスの手法を広く使っています。例えば、公的年金の不足額を定期的な分配金で補うといいと提案して、「自分年金を作りましょう」などと勧誘する手口です。

『山崎先生、将来、お金に困らない方法を教えてください!』山崎元著 プレジデント社

実際には、分配金が頻繁にある投資信託は税制上不利ですし、商品としてはリスクが大きく、手数料が高いことが多い(現存の毎月分配型投信は金融論的に100%ダメなものばかりです)。仮にリスクを取っていいとしても、別の形でリスクを取り、生活費の補填は普通預金を取り崩すのが、手数料の節約の面でも、資金管理の面でも正解です。高齢になると、リスクを落として利息や配当金などインカム・ゲインを中心に運用すべきだという通念は昔からあり、現代にも残っていますが、「誤った常識」です。

第三番目の注意は、「判断力の喪失に備えよ」。ということです。例えば、へそくりを通常の取引行とは別の銀行に預金したまま、急逝したり、あるいは認知症にかかって忘れたりしたとしましょう。資金の動きのない「休眠預金」になる訳ですが、10年たつと銀行本店の利益となって没収され、同時にデータの保管期限が10年であるため、後から家族等が発見し、これを取り戻すことが極めて難しくなります。

せめて、自分の金融的な財産が「どこにあるのか」ということは、家族など、「信頼できる誰か」と共有しておくことが必要です。一人暮らしの高齢者などの場合に、司法書士や弁護士などを後見人とするケースもありますが、ところが、この後見人が金融機関と裏で手を結ぶ場合もあるなど、最晩年の財産管理は油断ができません。また、配偶者なのか、子供なのか、子供が複数いる場合に、一体誰を信頼するのかも難しい問題です。「本当に信頼できる人を持つ事ができるか」は、つくづく人生の大問題です。

[経済評論家、マイベンチマーク代表取締役 山崎 元]

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日本は"安倍1強"のままで本当にいいのか

11.02 08:00 PRESIDENT Online

10月22日の衆院選は、自民、公明の与党が過半数を大幅に上回り、「安倍1強」が続くことが決定的になった。安倍政権の支持率は低迷していたにもかかわらず、なぜ野党は大敗したのか。ジャーナリストの沙鴎一歩氏が「『安倍1強』のままで本当にいいのか」と問う――。

自民の大勝利でこれまで以上に強気になる

超大型の台風21号が北上し、10月23日の東京の空は、久しぶりの青空が広がり、秋晴れの気持ちの良い1日となった。まさに台風一過である。

しかし沙鴎一歩の心はすっきりしない。暴風雨が続いている。頭の中で河川も氾濫しそうだ。

それは予想していたとはいえ、22日の衆院選で自民党が単独で過半数(233議席)を大幅に上回る議席数を獲得、さらに自民と公明党を合わせると、議席数は与党で3分の2(310議席)にも達し、「安倍1強」が続くことが決定的になったからである。自民の大勝利でこれまで以上に安倍晋三首相は強気になる。

「1党独裁」は、民意を無視してとんでもない方向に進むことがある。なぜ戦前の日本で軍部が台頭し、太平洋戦争に突入したのか。なぜ北朝鮮は国際世論を無視して核開発と弾道ミサイルに全力を挙げるのか。いずれも一党独裁の結果だ。

安倍政権を「1党独裁」と断じるのは、まだ早いだろう。だが安倍政権はどこに向かおうとしているのだろうか。いつの時代も政権の「暴走」で犠牲になるのは国民だ。今回の選挙で、有権者は安倍政権の継続を選んだ。もしも「暴走」したとき、そのツケは有権者に返ってくる。

バランスを取るべき野党は、なぜ大敗に追い込まれたのか。投開票日の翌日(23日付)の新聞社説を読み解きながら考えてみたい。

選挙結果と世論調査に大きなズレ

まずは安倍政権を倒したくてしようがない朝日新聞の社説からみていこう。

「政権継続という審判 多様な民意に目を向けよ」という見出しを付けた大きな1本社説でこう指摘する。

「政権継続を選んだ民意も実は多様だ。選挙結果と、選挙戦さなかの世論調査に表れた民意には大きなズレがある」

新聞社得意の自社の世論調査を引用しての批判だろう、と思って読み進めると案の定、そうだった。朝日社説は「本紙の直近の世論調査によると、『安倍さんに今後も首相を続けてほしい』は34%、『そうは思わない』は51%」などのデータを引きながら、「おごりと緩みが見える『1強政治』ではなく、与野党の均衡ある政治を求める。そんな民意の広がりが読み取れる」と書いている。

「問いの偏り」を無視している

世論調査というのはおもしろいもので、質問の仕方次第で答えが変わってくる。

安倍政権に批判的な新聞社が行うと、答えも批判的になる。反対に安倍政権を擁護する新聞社だと、答えは擁護的になる。朝日新聞の場合、直近の世論調査では「安倍内閣を支持しますか」という項目だけでなく、「国会で自民党だけが強い勢力を持つ状況は、よいことだと思いますか」「今後も、自民党を中心とした政権が続くのがよいと思いますか」と質問している。

朝日の論説委員は、こうした「問いの偏り」を無視して筆を進めているようだが、読み手はそこを割り引く必要がある。

次に朝日社説は「ならばなぜ、衆院選で自民党は多数を得たのか」と書き、その答えを「首相が狙った権力ゲームに権力ゲームで応える。民進党の前原誠司代表と希望の党の小池百合子代表の政略優先の姿勢が、最大の理由ではないか」と指摘する。少しばかり、抽象的ではあるが、そこがまた朝日新聞らいしいのかもしれない。

議員が「生き残り」に走るのは当然

朝日社説はさらに具体的にこう説明していく。

「小池氏の人気を当て込む民進党議員に、小池氏は『排除の論理』を持ち出し、政策的な『踏み絵』を迫った。それを受け、合流を求める議員たちは民進党が主張してきた政策を覆した。安全保障関連法の撤回や、同法を前提にした改憲への反対などである。基本政策の一貫性を捨ててまで、生き残りに走る議員たち。その姿に、多くの有権者が不信感を抱いたに違いない」

朝日社説のような意見は肯けないでもない。だが沙鴎一歩は以前書いたように「排除の論理」によって民進党内の保守派とリベラル派が分かれることで、選挙自体が分かりやすくなったと思う。

議員は落選すればただの人。当選してこそ、己の主張を社会に強く訴えることができる。だからこそ、小池人気にすがろうとしたのだろう。議員が生き残りへ必死になるのは当然のことだ。

「野党に舵取りを任せることはできない」

読売社説も大きな1本社説だ。タイトルが「衆院選自民大勝」で見出しが「信任踏まえて政策課題進めよ」「『驕り』排して丁寧な政権運営を」である。安倍政権を擁護してきた読売新聞にしては静かな見出しだ。

その書き出しも「安倍政権のすべてを支持するほどではない。だが、政治の安定を維持し、経済再生や日本の安全確保できちんと結果を出してほしい。それが、今回示された民意だろう」とバランスがとれている。

ただそこは読売社説。次に「我が国は今、デフレ脱却、財政再建、北朝鮮の核・ミサイルなど様々な課題に直面している」「今の野党に日本の舵取りを任せることはできない。政策を遂行する総合力を有する安倍政権の継続が最も現実的な選択肢だ。有権者はそう判断したと言えよう」とうまく安倍政権を擁護する主張を展開している。

それなりにバランスを取る読売社説

そうかと思えば、きちんとこう批判もするし、注文もする。

「公示直後の世論調査で、内閣支持率は不支持率を下回った。首相は、自らの政策や政治姿勢が無条件で信任されたと考えるべきであるまい。与党の政権担当能力が支持されたのは確かだが、野党の敵失に救われた面も大きい」
「安倍政権の驕りが再び目につけば、国民の支持が一気に離れてもおかしくない。首相は、丁寧かつ謙虚な政権運営を心がけ、多様な政策課題を前に進めることで国民の期待に応えねばなるまい」

今年5月から6月にかけ、読売新聞は獣医学部の新設をめぐる加計学園問題の報道で安倍政権の擁護を繰り返し、相当の読者から抗議を受けた。それだけに社説は評価と批判のバランスを取るようになったのかもしれない。読売新聞の根っこは、安倍政権擁護の保守である。これからどんな論陣を張るのか、まだ見通せないが、この社説はそれなりにバランスが取れている。

「『一枚看板』の小池氏の人気に依存」

読売社説は野党の躍進と衰退も分析し、注文を付けている。

立憲民主党については「当初、希望の党に合流できない民進党の左派・リベラル系議員の受け皿として出発したが、安倍政権に批判的な層に幅広く浸透し、躍進を果たした」と分析したうえで、「今後、民進系の無所属議員らと連携する可能性がある。政府・与党に何でも反対する『抵抗政党』に陥らず、建設的な論戦を仕掛けることが求められよう」と注文する。

一方、希望の党に対しては「安全保障関連法を容認し、安保政策で自民党と差のない保守系野党を目指す姿勢は、評価できる。従来の不毛な安保論争に終止符を打つことは重要だ」とその政策を認める。

さらに「希望の党は一時、政権獲得を目指す構えだった。だが、小池代表の民進党からの合流組への『排除』発言などで失速した後は、盛り返せず、苦戦した。消費増税凍結、30年の原発ゼロなど、付け焼き刃の政策は具体性を欠いた。『しがらみのない政治』の名の下、政治経験の乏しい新人の大量擁立も疑問視された」と厳しく書く。

そのうえで「組織基盤がなく、『一枚看板』の小池氏の人気に依存した新党の構造的な脆さを印象づけた。小池氏の地元の東京で振るわず、全国でも当選者の大半を民進党の移籍組が占めた。小池氏の求心力低下は避けられまい」と指摘する。

読売社説が、安倍首相や安倍政権に対してもここまで注文したり、厳しく批判したりできれば、たいしたものだと思うのだが、どうだろうか。

「政治は力」という事実を見据えよ

それにしても安倍1強はますます強まる。それに対して野党は、民進党が衆院選の公示直前に事実上、解党したように分裂していく可能性が高い。

小池代表の希望の党も、いつ解体するのか時間の問題だろう。

政治は力である。今回の衆院選で自民党が大勝利したのは、野党に「力」がなかったからだ。安倍1強を倒すには、ひとつにまとまる必要があった。だが、野党同志が争うことで、十分な力にはならなかった。今回の選挙はその典型例である。

「3本の矢」という故事があるように、折れない力を発揮するには、ひとつにまとまらなければいけない。いまは安倍1強の状況で、バランスが悪い。

力のある与党がいるならば、野党もそれに対抗できる力をもたなければいけない。「2大政党制」とは、そうした考え方で国民のための政治を実現させようという仕組みである。

しかしいまの日本では、その2大政党制が成り立たないのである。とても残念である。

[ジャーナリスト 沙鴎 一歩]

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「優等生」がダメ社長になってしまう理由

11.02 08:00 PRESIDENT Online

社長の役割は、社員を気持ちよく働かせること

人の能力は多様で、個性はさまざまである。個性は、得意なことと不得意なことが表裏一体になってできている。そのことをわかりやすく伝えるために、講演会などで問いかけることがある。

「みなさんは、会社の社長は、勉強ができる人とできない人と、どちらが向いていると思いますか?」

会場がざわめく中、私は続ける。

あなたは子どもの頃、夏休みの宿題を自分でやっていたか。(AFLO=写真)

「実は、勉強が苦手だった人のほうが、社長に向いているということもあるのです」

ポイントはこういうことである。

子どもの頃から勉強ができる優等生だった人は、何でも自分でやる習慣が身についている。大学入試までのペーパーテストは、結局「個人競技」である。ひとりの人間として、どれくらいの点数がとれるかが問われる。

一方、社長の役割は、自分が仕事をすることはもちろんだが、社員にいかに気持ちよく能力を発揮してもらうか心を砕くところにある。30人の社員がいる会社ならば、それぞれにいかに効率よく働いてもらうかがポイントになる。

勉強が苦手な子は、ある意味では子どもの頃から社長業の「ネーティブ」である。夏休みも終わりに近づくと、そろそろ「経営計画」を立てる。読書感想文はママに、工作はパパに、計算問題はそれが得意な鈴木くんに手伝ってもらおうと考える。

つまりは「適材適所」である。さらには、「人心掌握」もしなければならない。普段から人間関係をよくしておかないと、いざというときに手伝ってもらえない。「ママ、きれいになったね」とお世辞くらい言うかもしれない。

「こいつが言うならば仕方がないなあ」と宿題を手伝ってもらう。さらに「ママ、読書感想文進んでいる?」などと「進行管理」もして、夏休みが終わった後の登校日に、「アウトソーシング」した夏休みの宿題を、きちんと全部そろえて提出する子がいたら、その子は間違いなく社長に向いているだろう。

欠点は同時に長所でもある

子どもの頃から優等生だった人が案外社長に向いていないのは、自分が何でもできると過信しがちだからである。他人のほうが自分よりも優れた点がたくさんある、教えてもらうことや助けてもらうことがあると「感覚」でわかっている人でなければ、すぐれた社長になることはできない。

社長に限らず、マネジメントはすべてそうだろう。自分が一番賢いと過信している人はマネジメントには向かない。むしろ、他人が自分よりも優れている点を認め、助けてもらうこと。他人から積極的に学ぶこと。そのような謙虚さを持っている人こそが、卓越したマネジャーになる。

グーグルのCEOをされていた頃のエリック・シュミットさんにお話を伺ったときに、強調されていたのが、「他人の意見を聞くこと」だった。「さまざまな人の考えを聞いたうえで、最後は自分で決断する」とシュミットさんは言った。他人から学ぶという謙虚さと、自ら決断する力強さの双方を併せ持ったその姿勢に、感銘を受けた。

勉強が苦手なことが長所になり、勉強が得意なことが短所になることもある。そのような立体的な見方をしないと、人の個性はつかめない。

欠点は劣等感につながりやすい。しかし、欠点は同時に長所でもあると考えれば、自分や他人の可能性をもっと信じることができるようになるだろう。

[脳科学者 茂木 健一郎 写真=AFLO]

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妊婦の"マタ旅"に潜む"母子死亡"のリスク

11.02 08:00 PRESIDENT Online

妊娠中に旅行をする「マタ旅」が静かなブームになっている。旅行会社などは「今しか行けない」「夫婦水いらずで」などと謳うが、そこには大きなリスクが潜んでいる。30年間、産科救急に携わってきた小川博康医師は「危険な状態で運ばれてくる妊婦が増えている」と警鐘を鳴らす――。

「お腹が痛い」を我慢した結果……

私は産婦人科の専門医です。その中で妊婦が危険な状況に陥ったときに処置する「産科救急」の対応にも携わってきました。最近、妊婦が危険な状態で運ばれてくることが多くなっていることに危機感を覚えています。

当事者となるご夫婦は、世の中で「当たり前」と見なされていることを行ってきただけです。それでも、ある日突然、地獄に落とされたような悲しみに直面している現実があります。

先日、知り合いの医師からこのようなケースを聞きました。

妊娠9カ月になる妊婦さんが、家族旅行で行った温泉地から緊急搬送されてきたそうです。奥さんは旅行初日に「お腹が痛い」という自覚があったのですが、我慢をしてしまって時間がたち、いよいよ腹痛がひどくなってから病院に駆け込んだということでした。

この妊婦さんは「常位胎盤早期剥離」という、胎盤が子宮壁から剥がれ落ちてしまう状態になっており、医師の必死の治療もむなしく、母体死亡、胎児死亡という悲しい結末となりました。

旦那さんは「昨日まであんなに元気だったのに。ごく普通の妊娠でこんな結果になるなんで信じられない」と対応した医師を責め立て、激しく取り乱されたそうです。

国内旅行でもこうしたリスクがあります。ところが、最近では妊娠中に海外へ足を延ばす人も少なくありません。海外旅行では航空機での長時間の移動や緊急時の意思疎通など、トラブルが起こる危険性はますます高くなります。

また日本のように医療保険制度がない海外で緊急受診した場合、1000万円を超えるような高額な医療費を請求される恐れもあります。

妊娠中の旅行は自己判断に任されています。このため医師も、妊婦にとって聞き心地のいい言葉をつかいがちです。しかし何かあったときのダメージはすべて妊婦と子どもに降りかかります。

私は以前から一貫して「妊娠中の旅行はお勧めしない」と妊婦さんたちに伝えています。その理由は、やはりリスクが高いからです。

スピードが求められる産科救急の現場

この30年で産科医療の技術は目覚ましい進歩を遂げました。社会保障や健康保険制度が整備されたことにより、妊娠出産時の妊婦と赤ちゃん死亡率は劇的に低下しています。2015年の周産期死亡率は0.3%と過去最低を記録しています。

日本は“世界でもっとも安全に出産ができる国”といっても間違いではありません。しかし安全を追求し続ける社会の中で、お産は本来命がけで行うものだという認識が薄れてしまっています。

最近、危惧しているのは妊娠・出産の「ファッション化」の傾向です。さまざまなマタニティ商品が登場するのにあわせて、妊婦向け雑誌では読者参加型の親しみやすい記事が人気になっているようです。その内容は、まるでファッション誌のように楽しい情報が誌面をにぎわせています。

そうした記事の中には、つらい出産期間を少しでも快適に安心して乗り越えられるように、という良心的な意図から提供されているものもあります。私も出版社の求めに応じて、記事の執筆や監修をすることがあります。

ただし、医師である私からみると、その中には無責任な記事も目に付きます。妊娠中という「特別感」で財布のひもが緩くなっている妊婦や家族を相手に、活発な消費をうながそうとするあまり、妊娠・出産のリスクを高めることも紹介されているのです。そのひとつが妊娠中に旅行をする「マタニティ旅行」、いわゆる「マタ旅」です。

無責任な記事に後押しされ、妊婦さんが下した決断は、生死を分けるものになってしまう恐れがあります。

産科救急の現場は刻一刻と状況が変わる厳しい現場です。先日、当院に妊娠8カ月になる妊婦さんが夜間の時間帯に緊急搬送されてきました。

診察すると子宮口はほぼ全開で、赤ちゃんの足とへその緒が見える形でした。逆子で、また分娩の前にへその緒が見えてしまうのは、赤ちゃんに酸素が届かなくなってしまう状態で、状況が長引けば胎児死亡に陥る危険な状態です。

私は産科・新生児科の医師と共に帝王切開の準備に入りました。しかしその準備中に手術室で破水が起こり、方針を変更してへその緒を子宮に押し戻す一方、胎児の足から逆子を牽引し、産道から胎児を娩出することに成功しました。

もしこの妊婦さんが、救急車で分娩になったり、最初に一般の病院の救急に運ばれていたりしたら、赤ちゃんは助からなかったと思います。産科の救急はその場での素早い診断と適切な処置が求められる領域なのですが、そういった対応ができる産科医は少ないため、緊急時にそのような医師に処置してもらえるとは言い切れないのです。

産科救急に運ばれるような危機的状況を回避することができるか、できるところは自己防衛をしていくことが非常に重要になってきます。

「自己管理をして命がけで産みます」

47歳で初産をした女性の例を説明しましょう。

アーティストとして活動してきたKさんは、思いがけない妊娠に気づいて当院に来られたのは46歳という高齢でした。40代の後半にもなれば、分娩そのもののリスクが大きく、高血圧などの付随するリスクも多くなり、文字通りお産が「命がけ」になる確率が高いといえます。

この事実を踏まえ、Kさんを目の前に私は「必ずしも優しい言葉はかけられません。リスクを正しく理解して、厳しい節制をしていく必要がありますが、できますか?」と尋ねると、Kさんは「わかりました。きちんと自己管理をして命がけで産みます」と、覚悟を決められました。

それからKさんは食事記録をつけて体重や塩分をコントロールし、積極的に食事指導を受けておられました。血圧のチェックも毎日欠かさず行っていました。Kさんは健診のたびに「次の健診までに何をすればいいですか?」と話を聞いてくれました。

40代女性の高齢出産ではリスクを考え、帝王切開で計画出産するケースが大半でしたので、Kさんにもそのように提案すると「分娩中に母子のどちらかの負担が大きくなったら、いつでも先生の判断で帝王切開や無痛分娩にしてください。でもこれでお産は最後だと思うので、陣痛が来るのを逃げないで自然に待ちます」と意思を伝えられました。

出産予定日の前日、陣痛が始まりました。子宮口が全開になったとき、赤ちゃんが下りだす瞬間を待ってKさんは5回ほどいきみ、元気な赤ちゃんが誕生しました。Kさんの妊娠も出産も、産科医として長年お産に携わってきた私も感動を覚えるほどの、実に見事な出産でした。

妊娠・出産とは、赤ちゃんを楽に子宮の内から外の世界へ導いてあげて、母体のダメージをいかに少なくするかということに尽きると思います。妊娠期間にどのような生活をおくればよいのかという判断基準はこの1点だと私は確信しています。妊婦さんや妊婦さんの周りの方はそれを忘れずに世間の風潮に流されずにしっかりと妊娠・出産と向き合ってほしいと思います。

[日本産科婦人科学会専門医 小川 博康]

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トヨタがそれでも業界盟主に君臨する理由

11.02 08:00 PRESIDENT Online

電気自動車(EV)や自動運転車の開発にIT企業が相次いで参入するなど、自動車業界は大競争時代に突入した。これまでハイブリッド車で業界をリードしてきたトヨタ自動車はいったいどう動くのか。『図解!業界地図2018年版』(プレジデント社)の著者が分析する――。

リーマンショックの落ち込みから回復

トヨタ自動車の誕生は1937年。現在の豊田自動織機から分離独立しスタートした。販売部門の分離・再統一など80年の歴史を積み重ねた現在、年間の売上計上台数はおよそ900万台(世界小売販売台数は1000万台強)を数える。売上高は30兆円に迫り、1兆円から2兆円規模の最終利益をコンスタントにたたき出す。

世界小売販売台数こそ日産自動車・三菱自動車・ルノー連合やドイツのフォルクスワーゲンに先行を許すようになったが、財務などを含めた総合力では、自動車業界世界トップ企業を堅持。創業以来の利益の蓄積を示す利益剰余金、いわゆる内部留保は18兆円に迫る。

トヨタは2000年代中ごろに急成長し、2007年から2008年にかけてピークを迎える。

08年3月期、自動車販売台数は891万台で、売上高は26兆2829億円。自動車部門の粗利益率17.7%(原価率82.3%)、営業利益率8.8%。最終利益は1兆7178億円だった。

だが、それもつかの間、リーマンショックを引き金とする世界的な金融危機が、実体経済に波及。経営破綻に追い込まれた米国勢のGMとクライスラー(現フィアット・クライスラー)に比べれば傷は浅かったともいえるが、トヨタも09年3月期、前年とは一転して4369億円の最終赤字に転落する。

トヨタの急成長は、非創業家出身の経営陣らがもたらしたといえるが、同時に、積極経営・拡大路線にかじを切っていたことも裏目に出たともいえるだろう。北米では大規模リコール問題も発生した。

人員整理を余儀なくされた1950年前後の経営危機以来の苦境に立たされたトヨタは、豊田章男社長(09年6月就任)を中心に、経営の立て直しに取り組むことになる。創業家出身の経営トップは、十数年ぶりだった。

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以後、トヨタの代名詞ともいえる原価軽減を含め、さらなる筋肉体質の強化に邁進。生産工場の新設凍結などの荒療治も実施することになる。ハイブリッド車「プリウス」の開発・販売など、エコカーでもライバル社に先行。業績の回復を実現してきた。

リーマンショック時の落ち込みは、ほぼ10年かけて回復したことは、表にあるように自動車部門の粗利益率や営業利益率などにも示されているといっていいだろう。

ハイブリッド車市場の先細りは避けられない

日本の自動車会社の業績は為替に大きく左右されるが、自動車1台当たりの販売価格や原価、営業利益の推移も確認しておこう。

表は自動車部門の売上高や原価などをベースに示したものだが、1台販売での儲け(営業利益)は、09年3月期の5万円超の赤字から回復。「15年3月期=26.6万円」「16年3月期=29万円」「17年3月期=19.8万円」と、07年3月期や08年3月期レベルにまで戻したといっていいだろう。

トヨタ自動車は1998年にダイハツ工業、2001年に日野自動車をそれぞれ子会社化。SUBARUやいすゞ自動車にも資本参加した。17年10月にはマツダと500億円ずつ相互出資。スズキとも業務提携の方向である。

SUBARU300万円弱、マツダ200万円強、スズキ100万円と、1台平均の販売価格は各社各様だ。それら国内勢に加え、ドイツのBMWも含めれば、トヨタの資本・業務提携先の合計販売台数は1800万台を超える。

トヨタグループがしばらくの間は業界のリード役を担うかにみえたが、エコカーの本格普及や自動運転車の開発が進むにつれ、ライバル関係など業界の構図が大きく変化。米フォード・モーターが、自動車の大量生産を可能にした生産方式を導入して100余年。グーグルやアップル、マイクロソフトといったIT世界大手、さらには、EV専業のテスラや中国BYDなどを含め、これまでにない戦いの幕が切って落とされた。

トヨタにとっての誤算は、エコカーの主役がEVに移行する流れが強まっていることだ。英仏が40年までにガソリン車やディーゼル車の製造・販売の禁止方針を打ち出し、中国も続く可能性が高いとされる。以前から環境規制が厳しい米カリフォルニアでは、18年からさらに排気ガス規制が強化される。

ハイブリッド車がエコカーから除外されEVが主流になれば、ガソリンエンジンとモーターを併用するハイブリッド車でリードしてきたトヨタのアドバンテージが消える可能性も出てくる。トヨタがハイブリッド車を世に送り出したのは1997年。それから20年、2017年1月にはハイブリッド車の累計販売台数が1000万台を突破したが、販売台数の先細りは避けられないといってもいいだろう。

自動運転車技術でアメリカの大学と共同開発

結果的に、ハイブリッド車で出遅れたことでEV開発に絞り込んでいた日産自動車や三菱自動車などと、同じ土俵での戦いになる。日産は1回の充電で走れる距離を400kmまで伸ばした新型「リーフ」の発売を、10月から開始した。

『図解!業界地図2018年版』(ビジネスリサーチ・ジャパン著 プレジデント社刊)

もちろん、トヨタもハイブリッド車や燃料電池車と並行して、EVでの巻き返しを図る。9月にはマツダ、それに自動車部品世界トップ級のデンソーの3社で、EV開発のための共同出資会社を設立。3社連合にはSUBARUやスズキも参加の方向で、後手にまわっていたEVでも巻き返しを図る。トヨタは20年までにEVの量産体制を整備する方向だ。

自動運転車についても、AI(人工知能)技術の研究開発を進めるトヨタ・リサーチ・インスティテュート(米カリフォルニア州)をすでに設立。スタンフォード大学やミシガン大学、マサチューセッツ工科大学などとの協力関係も構築し、開発を進めている。16年から5年間だけでも10憶ドルを投資する。トヨタグループの今後の動きから目が離せない。

[ビジネスリサーチ・ジャパン代表 鎌田 正文]

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客にも従業員にも愛される日本一のホテル

11.02 08:00 PRESIDENT Online

「顧客満足度」で1位を独走しているビジネスホテルがある。全国に37の直営ホテルを展開する「リッチモンドホテル」は、リピーター比率が6割に達するなど常連客の満足度が非常に高い。さらに正社員の6割が「アルバイト上がり」で、従業員のロイヤリティも高い。ほかのホテルとなにが違うのか。その秘密を探った――。

「東京・下町」らしい朝食も提供

平日の朝8時過ぎ――。東京の下町・浅草にある「リッチモンドホテル プレミア浅草インターナショナル」のラウンジには、三々五々、宿泊客が朝食を食べにやってくる。

ホテル自慢の朝食は、和食・洋食を取りそろえたビュッフェ方式。これだけなら珍しくないが、ホテルの立地によってメニューに地域色を打ち出すのが特徴だ。取材日のメニューには、すしや天ぷらもあった。これらは浅草の食文化を意識した内容だ。

「プレミア浅草インターナショナル」の朝食ビュッフェ(編集部撮影)

「北海道から沖縄まで直営で37店舗ありますが、食事内容はすべて違います。たとえば山形では山菜そばや芋煮、名古屋はみそカツや天むす、大阪ではバッテラすしやたこ焼き、長崎では皿うどんや地元で捕れたアジのみりん干しなどもそろえています。郷土色を強めて、お客さまの『その土地ならではの食を味わいたい』というご要望にお応えしてきました」

こう話すのは、運営会社アールエヌティーホテルズ社長の成田鉄政氏だ。2011年の就任以来、自社の強みを見直し、従業員の提案を受け入れながら、顧客満足度を高めてきた。「プレミア浅草インターナショナル」開業は15年12月と新しいせいもあるが、内装や雰囲気、そして朝食内容は、都心の高価格帯シティーホテルと遜色ない。

ロイヤルHDの調達力を生かす

ここまで凝った朝食メニューを提供できるのには理由がある。実は同ホテルは、ファミリーレストランの「ロイヤルホスト」や「シズラー」を展開するロイヤルホールディングスの子会社なのだ。ファミレスのほか、羽田や成田、関西、福岡など国内主要空港にレストランも構え、スケールメリットで一括調達できる食材調達力が、同ホテルの味覚を支えている。

アールエヌティーホテルズ・成田鉄政社長(編集部撮影)

ロイヤル創業者の江頭匡一氏(故人)は終戦直後、米軍基地でコック見習いをした後に同社を起業した。戦勝国・米国の豊かさの象徴だったレストランを日本に浸透させた創業者には、「憧れだったものを手の届く価格で実現する」という経営哲学もあり、それがホテルにも反映されている。成田氏も若い頃は江頭氏の哲学を学んだという。

「ホテルチェーンの経営母体は、建設、不動産、電鉄系が運営しているケースが多い。日本では当社グループのような飲食系が運営するケースはありません。だからこそ朝食内容で負けるわけにはいかない。チェックアウト直前に食べる朝食は、宿泊客の印象に残ります。“最後のおもてなし”に注力すれば、お客さまの評価も高くなるのです」(成田氏)

事情で朝食が食べられなかったお客には、「リッチモンド特製フルーツケーキ」を渡す。これも好評を博しているという。「自社開発して現在は年間3万個も出ます。『朝食を提供しないで得た利益は正しい利益なのか』という発想から、お客さまに還元するようにしました。自宅に持って帰られると家族の方も喜ばれる。結果的に当ホテルのイメージアップにつながります」(同)

こうした取り組みが、各種の調査結果の高評価につながっている。「2017年度 JCSI (日本版顧客満足度指数)調査」(公益財団法人日本生産性本部)では、ビジネスホテル部門で顧客満足度1位を獲得。同調査の6項目中、顧客満足・顧客期待・知覚品質・知覚価値・推奨意向の5項目で1位という圧倒的評価を得ている。また、「2016年 日本ホテル宿泊客満足度調査」(JDパワーアジアパシフィック)では、「1泊9000~1万5000円未満部門」においてベッセルホテルズと同率1位を獲得。こちらは15年、16年と2連覇を果たし、10度目の1位を獲得したことになる。

「1位」になると、好循環が生まれる

実は何年も前から、筆者が「出張時に泊まるホテル」を旅行サイトで探すと、リッチモンドホテルの紹介ページは、女性スタッフの笑顔とともに「顧客満足度1位」を掲げていた。最初の取材動機は、なぜこれだけ「1位」を訴求するのか、というものだった。

「日本一高い山は富士山と、誰もが答えられますが、日本で2番目に高い山を答えられる人は少ない。それと同じで、1位以外は注目度が落ちてしまいます。当ホテルが各種の調査で1位の評価をいただくと、従業員の意欲も高まりますし、宣伝効果も上がります。いまは宿泊客の6割がリピート客(常連客)で、非常に好循環になっています」

成田氏によれば、好循環の理由としては、「宿泊体験によるイメージアップ」(対外的効果)と「従業員のモチベーションアップ」(社内的効果)の2つがあるという。

「お客さまがリピート宿泊をされるのは、前回の滞在に一定の満足をいただいた結果ですから、ホテル側としてもうれしい。また、迎える従業員側は『リピーターのお客様をもっと満足させよう』とサービスに磨きがかかります。ご要望やご指摘のあった部分は改善しようと努力する。結果的に人材力向上につながるのです」(成田氏)

常連客が多いほど経営は安定し、新規顧客獲得のための販促費が抑えられる分、他の投資に回せる。同ホテルは会員組織である「リッチモンドクラブ」に優先予約枠を用意するなど、会員向けのサービスが手厚い。入会金や年会費は無料で、宿泊者でなくてもだれでも入会できる。こうした常連客の積み重ねは、危機の時に大きな効果を発揮する。2011年の東日本大震災では、競合が苦戦するなかで、同ホテルでは東北を中心に「会員がわざわざリッチモンドホテルに泊まる」という現象が起こり、経営は安泰だった。現在は11年に比べて100億円近くも売上高を伸ばし、経常利益率も倍増。会員数は2倍の約80万人となっている。

「不満解消」と「不満の先取り」

もちろん、食事内容と接客業務を高めるだけで「満足度1位」になるわけではない。同ホテルが意欲的に行う施策がある。キーワードでいえば「不満解消」と「不満の先取り」だ。

「不満解消」の取り組みでは、会員へのグループインタビューやアンケート調査がある。そこでの結果を受けて、たとえば歯科医師の助言で磨き残しがないよう改良した歯ブラシの柄の形を、「磨く時に液垂れがする」との指摘を受けてさらに改善した。部屋の消臭剤を、メーカーと共同開発したこともある。利用客の細かいストレスを改善するのだ。

また「不満の先取り」としては、現在進める「スマートフォン無料レンタルサービス『handy』」の導入がある。「handy」は客室備え付けのスマートフォンで、国内・海外通話ともに使い放題。滞在中はホテルの外に持ち出して、通話やネットをすることもできる。特に海外通話料金が気になる外国人客に好評だという。今年8月にプレミア浅草を含む5施設に先行導入し、11月上旬には全ホテルに拡大予定だ。

キーワードは従業員の定着にも応用可能

2つのキーワードは、従業員の定着に向けても応用できる。実はリッチモンドホテルは、正社員の6割がアルバイト上がり。バイトからキャリアを積み上げ、支配人になる人は珍しくない。「handyの導入」を経営陣に提案したのも、アルバイト出身という30代の女性支配人だった。

客室備え付けのスマートフォン「handy」(画像提供/ロイヤルホールディングス)

「ホテルは離職率が高い業界ですが、従業員の意欲を高め、上司が不平・不満とも向き合えば定着率も上がります。離職率も業界ではかなり低いと思います」(成田氏)

現在は視界良好のリッチモンドホテルだが、不安要素がないわけではない。新規のビジネスホテルは次々にでき、東京都内では2020年の東京五輪を前にして、すでに優劣がつき始めている。「民泊」の存在も脅威だ。統計によれば、インバウンド(訪日外国人客)のうち、大阪地区では5人に1人が民泊だという。

「民泊を選ぶ動機に、気づかされることも多い。たとえば家族や親戚など大人数で来る外国人客には、複数のベッドルームがない国内のビジネスホテルは需要を取り切れません。快適性とのバランスで『1室に何人泊められるか』の検討余地も出てくるのです」(成田氏)

限られた予算で泊まる消費者の「どこの/なんの要望に応えるか」を求められるビジネスホテル業界。結局、事業予算の選択と集中を行い、不満解消や不満の先取りと誠実に向き合った企業こそが「顧客満足」を上げられるのだろう。

[経済ジャーナリスト 高井 尚之]

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キレる人を落ち着かせる"アドラー心理学"

11.02 08:00 PRESIDENT Online

「このハゲーッ!」。テレビで繰り返し流された豊田真由子氏の罵声。なぜここまで激しくキレてしまうのか。アドラー心理学に詳しい岩井俊憲氏は「劣等感が感情を爆発させてしまう」と指摘する。突然キレる人への対処法を解説しよう――。

職場で、家庭で、街中で、怒りが止まらない

「週刊新潮」の記事で報じられた豊田真由子氏の「このハゲーッ!」「ちーがーうーだーろーッ!!」という元秘書への罵声。その音声はテレビでも繰り返し流された。豊田氏は一連の騒動により自民党を離党し、今回の衆院選には無所属で出馬している。

あの罵声をはじめて聞いたときには、異常な心理状態だと思えた。だが、この状況、意外とあるのではないか。

筆者の家庭では、パソコンや電気機器の配線や操作を、妻の私がほとんどやっている。夫は機械とITが苦手な文系人間だ。つい先日、夫は大好きな歴史番組を録画するために、DVDにHDDのデータをダビングして空き容量をつくろうと、リモコンを操作しては何度も失敗した。教えるこちらはとにかくイラつく。「まずDVDを初期化しなさいよっ」「そのボタンは違う!」「前もやったのに、何度言えばわかるんだよ~ッ!」……豊田氏の気持ちが痛いほどわかる。

次に、前に勤めていた職場の風景を思い出す。数少ない女性営業マネジャーに抜擢された同僚は優秀で、大手のクライアントを抱えていた。連携する他部署に頼んだ仕事がうまくいかず、相手がのらりくらりとかわしたとき、オフィス中に響きわたる声で急に怒りを爆発させた。

「信じられないッ、2回も同じミスをするなんてあり得ない! お客さまになんて説明すればいいの!!」

職場が凍りついた。

キャリア女性だけではない。部下のミスを怒鳴り散らす切れ者男性上司は、枚挙にいとまがない。満員電車の中、優先席で席を譲らない若者にキレ、騒ぎ出す子供に怒り、商品やサービスの欠陥を見つけてはお客さま相談センターにクレームの電話を入れる。キレる人は男女限らずいる。家庭で、職場で、公共の場で、怒りを爆発させるのは、どんな心理メカニズムなのだろうか。

劣等感が災いして完璧主義と支配欲を生む

アドラー心理学を使った研修やカウンセリングで定評のある岩井俊憲氏(ヒューマン・ギルド代表)は、豊田氏の一連の心理状態をこう分析する。

「怒りというのは普通、瞬発的に終わるものです。しかし彼女の場合怒りは執拗(しつよう)に続いています。これが特徴その1。2つ目の特徴は、彼女は挫折知らずで自分を追い込むタイプ。その執拗さは劣等感の裏返しです」

桜蔭中高から東京大学法学部、厚生労働省、米ハーバード大学留学というエリートコースをたどった豊田氏だが、記者会見では“完璧主義”“劣等感”を匂わせるキーワードがあった。

「振り返れば、自分はなんでも完璧にやらなきゃいけないとずっと思ってきて。仕事も、国会でも地元でもたぶんすごい抱えちゃっていて」
「私はもともと自分にものすごく自信がなくて。自己肯定感がめちゃめちゃ低くて、なんでもすごくがんばらないと自分はここにいちゃいけないという思いを小さいころからずっと持っていて」

秘書への執拗な追及は、何でも完璧にやらねばならないのに、未達成な自分の劣等感の表れからくる、というのだ。はた目から見ると劣等感なんか持つ必要がないキャリアだが、「他者との比較ではなく自分の掲げた、あるいは親から期待されて自分の中に勝手に内在化した劣等感」というのが岩井氏の見立てだ。

さらに、怒りの元には、別の感情がある。その元は一次感情といい、悲しみ、心配、落胆、寂しさなどがベースに潜んでいる。次にくる怒りは二次感情となり、対人関係の中で発動する。

アドラー心理学によれば、感情は、ある状況で、特定の人(相手役)に、ある目的(意図)をもって発動されるとする。そして、怒りの目的にあるのは、大きく次の4つだ。

(1)支配
(2)主導権争いで優位に立つこと
(3)権利擁護
(4)正義感の発揮

いずれの要素にも、根底には「~しなければならない」「~べき」という信念がある。キレながらお説教やクレームをまくし立てる暴走老人に多いのは(4)のタイプである。

豊田氏の場合は「予定通り業務をこなせず、自分が傷つけられたと思い、秘書の失敗に落胆しているのです。それに対して怒りで表すと、秘書としてはなぜこんなにキレられるのかがわからない」(岩井氏)

上司が支配や主導権を目的に、理不尽な怒りを発動すれば、傷つけられたと感じる部下は「だったら私も反撃します」というモードで復讐に至る。豊田氏と秘書、両者とも対人関係のトレーニングができていなかったわけだ。

「このハゲーッ!」は相手へのリスペクト不足から出た言葉

また、秘書への怒りはアドラー心理学の言葉で言うと「リスペクト(尊敬)不足」が招いたことだと岩井氏は指摘する。エリートやワンマンな上司の中には、「自分は上の立場だから、秘書や部下は使用人、上役に奉仕して当然」という考え方をする人がいる。リスペクト不足はいろんな局面に表れ、組織ではパワハラ、セクハラ、モラハラにつながる。夫婦間のドメスティックバイオレンスや子供に対する虐待もその一種。リスペクトの対象なら「このハゲーッ!」は出なかったわけだ。

さらに、支配的で利害感覚がものすごく強く、カネ・モノ・人の注目を徹底的に追求するタイプは“ゴー・ゲッター(go-getter)パーソナリティ”と言い、やり手ではあるが周りも傷つける両刃の剣の持ち主である。

さらに岩井氏によると、豊田氏は、「タイプA」パーソナリティの典型だという。AはAggressive(攻撃的)の意味があり、性格面ではAccountable(責任感が強い)、 Ascending attack(上昇志向が強い)、 Ambitious(野心的)、行動面では、Awful(せきたてられる)、Active(行動的)、Annoying(いらだちやすい)傾向だ。こういう性質のタイプは、循環器系の疾患になりやすいという医師の研究がある。心臓病にかかった著名政治家や経営者の顔が思い浮かぶ。それに対して温和なのんびり屋はタイプB(Being)といわれる。

忙しい議員やビジネスマンともなると、スケジュールは分刻みになり、前の予定が狂うと全てに影響してしまう。絶えずせきたてられるように行動するが、そういう状況は本人の気質が招いている部分もある。

「豊田氏の記者会見を見ると、このスクープを最初に報じた週刊誌記者の質問を、いきなり遮ってにらみながらバーッとしゃべり出しました。本人も周りもくつろげない性格の人なんですよ。急げ急げ病です」(岩井氏)

豊田氏のような上司は、政治家だけでなく、特にエリートに多い。このような気質の人は、失敗を非常に恐れる。完璧主義者だから、想定から外れる事態を恐れ、自分を評価する相手を恐れ、自分自身を恐れる。恐れがせきたてる行動の原動力でもあり、攻撃的になり、それが致命傷にもなる。

「秘書」はどんな行動を取るべきだったか

このようなタイプは、どうやって自分を律すればよかったのだろうか。

まず、怒りそうだと感じとき、二次感情の発動をいったん抑え、「あなたにはがっかりしたわ」「あなたのことを心配しているよ」という、一次感情の問題にフォーカスしながら、やわらかく相手の立場から諭すことである。こういう伝え方なら、激しい感情を出さなくても、部下に自省を促すことができる。

豊田氏の場合は秘書のたび重なるミスで完全にわれを失い、怒りが増幅して高揚し、火に油を注ぐ状態だった。こうなると、「周囲が羽交い締めにするしか止める方法はない」(岩井氏)という。

そこで重要なのが、部下、この場合では「秘書」のとる行動だ。

例えば、道を間違えたときは、「車を止めてしまえばよかったんですよ。そうすることで豊田氏が目的地に行けなくなるわけですからね」と、岩井氏は意外な策を提示する。

ミスが続いて相手が怒りまくる非常事態だから、秘書の立場もかなり危ない。ここはなんとかしようと焦るよりも、クビ覚悟で車を止め、「これ以上怒ると、私にとって運転不可能です」と思いきって言うことで、その場の空気が変わる。車を止められると豊田氏もさらに困るわけだが、怒りが問題解決にならないことに気づき、クールダウンするきっかけにもなる。

あるいは、内部告発という最終手段に出る前に、同僚と共闘することで、事態を打開できることがある。暴言に悩まされている同じ仲間3人くらいで囲み、「先生、ちょっとお話があります。これは先生のためを思って申し上げるのですが……」と、問題を話し合う。心理学ではコンフロンテーション(直面化)と言い、ときには部下もそれをやらなくてはいけない。部下ひとりでやらなくてはいけないときは、かなりの覚悟の上で向き合うことが求められる。

岩井氏のもとを訪れる相談者の中に、ある企業のミドルがいた。その企業のトップは、中興の祖と言われたやり手だったが、怒りっぽく支配的で、公私混同や違法行為を繰り返していた。そのミドルが勇気を出して直言し、さらに他の役員に根回ししても、トップは改心せず、最終的にそのミドルはコンプライアンス委員会に違法行為を報告した。結果そのトップは、株主からの突き上げで解任されたというから、経営者が部下からの声に真摯に耳を傾けることがいかに大事かわかる。

「基本は人のフィードバックを受けること。友人でもいいし、部下でもいい。あるいは自分の尊敬する師匠やメンターを持つのも効果的。偉くなっても謙虚でいるためには、意見を言ってくれる存在を持つことです」と岩井氏。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」ということわざがある。 上に立つ人ほど謙虚に聞けるようになること、どんな立場の相手も、一人の人間として尊敬の念を持つこと。怒りの感情を抑え、対人関係を円滑にして良い結果を出すためのコツは、仕事でも家庭でもぜひ心しておきたいものだ。

[フリーライター 上本 洋子]

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総選挙に表れた安倍首相の「卑怯な本性」

10.30 08:00 PRESIDENT Online

これぐらい卑怯な解散は憲政史上初めて

今回の解散総選挙は安倍晋三首相の卑怯な本性がよく表れている。民主党から政権を奪還して第二次安倍政権が始まったとき、安倍首相は「危機突破内閣」と自ら命名して、アベノミクスを経済政策の前面に押し出した。2014年の選挙でも「この道しかない」と訴えて、「三本の矢」「新三本の矢」でアベノミクスを5年弱継続してきた。

しかし、めぼしい成果はほとんどなく、政権が目標に掲げてきた2%成長は5年経ってもほど遠い。逆に日銀が国債を大量に買い込むというきわめて危険な状況をつくり出している。先の内閣改造でも結果を出せなかった経済閣僚を留任させておきながら、「経済重視の仕事人内閣」と嘯いた。解散までの2カ月間で「仕事人」は一体どんな仕事を成したのか。

一方、政権の長期化に伴って党内に安倍首相の対抗勢力がいなくなり、「安倍一強」体制が築かれる。そこで蔓延ってきたのが、いわゆる「忖度政治」である。

「僕難突破」の冒頭解散

背景として非常に大きいのは、14年に内閣官房に新しく内閣人事局が設置されたことだ。それまで各省庁の官僚主導で行われてきた幹部の人事権が内閣人事局に移ったことで、役人は完全に官邸のほうを向いて仕事をするようになった。

「政治主導」「官邸主導」と言えば聞こえはいいが、要は安倍首相ならびに官房長官や内閣府の取り巻き連中の意向を汲むイエスマンで幹部官僚を固めたということ。その歪んだ忖度政治の象徴が森友学園問題であり、加計学園の問題なのだ。

ところが自らを震源地とするスキャンダルを「知らなかった」で押し通した安倍首相は国会をさっさと閉じてしまった。閉会中の3カ月間はもっぱら外遊と北朝鮮問題などの外交テーマで埋めておいて、ほとぼりが冷めた頃に開いた臨時国会では所信表明演説もなく、「僕難突破」の冒頭解散。再開された国会で安倍政権が国民の負託に足る政権なのかどうか、厳しく追及されることを国民は期待していたわけで、これぐらい卑怯な解散は日本の憲政史上初めてだろう。

このまま国会を開いても“もりそば”“かけそば”のおかわりで集中砲火を浴びるのは目に見えている。それで国民の信頼を失ったら次の選挙は戦えない。あと数カ月もすれば衆院の任期4年目に突入するから、伝家の宝刀である“解散”の効力も薄れる。だったら民進党はぐらついているし、小池新党の体制も整っていない、北朝鮮情勢の緊迫化で支持率も多少は持ち直した今のうちに解散総選挙に打って出れば勝てる――。機を見ることにかけては敏な麻生太郎副総理から持ちかけられて、安倍首相は決意したのだ。

常にポピュリスト側が勝ってきた

「大義なき解散」という批判は当然だ。初めに解散ありきなのだから。解散を決断した安倍首相は岸田文雄政調会長に「解散の大義名分を考えろ」と指示したという。捻り出した大義というのが19年10月に予定している消費税増税の増収分(2%増税で約5兆円)の使途変更である。

高齢世代に偏っていた消費税の使い道を子育て世代などにも広げて、全方位型の社会保障を実現するための財源に増収分の使途を変更する。ついては「国民との約束を変更して国民生活に関わる重大な決断を行う以上、国民の信を問わねばならない。よって解散する」という屁理屈だ。

消費税を5%から8%に上げた際の増収分の8割は赤字国債の穴埋め、つまり国の借金の返済のために使われた。次の消費税引き上げの増収分は、社会保障の充実と国の借金返済に半分ずつ充てるという。アベクロバズーカで国債を乱発、100兆円規模の予算を組んで赤字を垂れ流しておきながら、増税分でさらに国民サービスをしようというのだから、選挙対策に税金をばらまく、というとんでもない話だ。

しかし、「全世代にばらまきます。いいですよね」と問われれば、国民はNOとは言わないだろう。希望の党はさらに進んで消費税増税封印、というのだから、サービス合戦となり選挙の争点とはならないだろう。

今の日本で国政選挙の争点になるような選択肢は2つ、3つしかないと私は思う。ひとつは財政破綻、デフォルトを避けるために、国民サービスを減らしてでも財政健全化を進めるか否か。財政出動か財政規律かというのは自民党内でも意見が二分してきた問題で、常にポピュリスト側が勝ってきたという歴史がある。

「何とかチルドレン」にはうんざり

2つ目の選択肢は選挙制度で、今の小選挙区制をやめてかつての中選挙区制なり何なりに変えるかどうか。本連載で何度も指摘しているように、小選挙区制はブーム次第で雪崩現象を引き起こしやすく、政治が安定しない。ブームに乗じて当選した「何とかチルドレン」のお粗末な行状にはうんざりである。選挙区の規模が市長選レベルになって、地元への利益誘導に熱心な小粒な政治家ばかりが増えて、天下国家や外交、国の財政をきちんと語れる政治家が出てこなくなったのも大問題だ。

もうひとつ選択肢があるとすれば、やはり憲法改正だろう。それは憲法9条に第3項を書き足すようなその場しのぎの「加憲」や「改憲」ではなく「創憲」だ。今の憲法のどこにどういう問題があるのか、足りないものは何か、という議論を国民を巻き込んでゼロベースで行うのだ。それぞれの政党が憲法の腹案をつくって国民に提示し、国民投票を駆使しながら1章ずつ練り上げていく。

たたき台をすでに30年ほど前に拙著『新・国富論』『平成維新』などで提案している私の経験上、本気でやれば10年はかかる難作業だ。あちこちで制度疲労を起こしている日本のカラクリをつくり替えて再起動するためには絶対に必要な作業だ。ただし、このような憲法改正はもちろん、財政規律や選挙制度改革にしても今回の泥縄選挙の争点にはなりそうもない。

「与党で過半数を取れなければ辞任する」

安倍首相は勝敗ラインを自民公明の与党で過半数(233議席)と設定して、「与党で過半数を取れなければ辞任する」と述べた。過半数を確保できれば自分は国民から信任されて、“もりそば”“かけそば”の禊ぎは済んだということにしたいのだろう。今回の選挙結果を予測するのは難しい。

民進党がゴタついて、小池新党の体制が整わないまま選挙戦に突入していれば、安倍政権に対する怒りや批判の持って行き場がないということで、安倍政権の思惑通り、投票率も低調になって自民公明の与党が過半数を維持する目はあったと思う。批判票が集中すれば共産党も議席を伸ばしただろう。

しかし東京都の地域政党である「都民ファーストの会」が国政進出する形で全国政党「希望の党」が発足して、党代表に小池百合子都知事が納まったことで状況は変わった。都知事の側近や民進党の離脱組が党代表になって、小池都知事が後方支援に回るなら、新党はそれほど盛り上がらなかったと思う。

地方の有権者が「都民ファースト(都民第一)」という希望の党の根っこにシンパシーを感じるとは思えない。むしろ東京一極集中に対して反感を持ちそうだ。しかし小池都知事が最前線に立って、サプライズを連発する“小池劇場”が連日のようにメディアで取り上げられたら、これはブームになりかねない。

前原誠司という政治家の本性

先の東京都議選で「都民ファーストの会」は都議会公明党と手を組んで圧勝、自民党は大敗した。国政選挙での再来を自民党が恐れているのは間違いない。ただし、国政では公明党は自民党と組んで与党を形成している。このねじれが一番選挙区の多い東京ブロックの結果にどう影響するかがまだ見えない。

奇襲を仕掛けた安倍政権としても、今回の解散総選挙で野党再編がこれほど劇的に進むとは思ってもみなかったのではないか。民進党の前原誠司代表は「名を捨てて実を取る」と語って希望の党への合流を決断した。参議院は残るとはいえ、民進党は事実上の解党である。

私は前原誠司という政治家をよく知っている。清濁併せ呑めないタイプというか、清濁を判断できないところがあるのだが、今回の決断はらしくない思い切りだったように感じる。やはり事前に小池都知事と話を詰めていたのだろう。

現時点では民進党の立候補予定者全員を希望の党が公認するのか、小池都知事が言うような“選別”が行われるのかはわからない。しかし希望の党が民進党の持つ(150億円とも言われる)政党助成金目当てに大半を取り込めば、国政への足がかりレベルではなく、政権選択選挙になる可能性も出てくる。大阪府の松井一郎知事(日本維新の会代表)や愛知県の大村秀章知事の協力も取り付けて、希望の党と維新の会の距離も縮まった。

しかし、この選挙協力は“小池衆議院議員”が当選していないと首班指名で維新が(そして希望の党さえも政策が類似している)安倍氏に入れる可能性がある。つまり今後小池氏が情勢によっては衆議院選に出馬し、都知事後継として小泉純一郎氏(75歳)を指名する、などのどんでん返しがまだまだ続くのだろう。

誰と誰がどういう形で手を組むのか、最後までもつれて、小池劇団の大根役者が日替わりメニューで繰り出される混迷した選挙戦になりそうだ。

[ビジネス・ブレークスルー大学学長 大前 研一 構成=小川 剛 写真=AFLO]

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金正恩政権を倒すのは北朝鮮の"ヤクザ"だ

10.30 08:00 PRESIDENT Online

アメリカと北朝鮮が「強硬発言」の応酬を続けている。戦争直前のようにも思えるが、元航空自衛官の宮田敦司氏は「アメリカ側に“口撃”以外の有効な手だてがないあらわれ」と指摘する。北朝鮮の暴走を止めるには、どうすればいいのか。宮田氏は「北朝鮮の『ヤクザ』を使えば政権を倒せるかもしれない」という。秘密警察が崩壊しかかっているという国内の実情とは――。

 
米国と北朝鮮の強硬発言が続いているが、日を追うごとに強い表現を並べ立てるだけの、実効力のない「口撃」の応酬となっている。これまでよりも表現が強くなっているのは、とくに米国側に「口撃」以外の有効な手だてがないことを意味している。

米政府高官による「武力行使も辞さない」といった意味合いの発言も飛び出しているが、実際には北朝鮮に対する武力行使は不可能に近い。

体制維持の両輪は「軍」と「秘密警察」

北朝鮮の独裁者は、「外圧」による政権崩壊を阻止すために強大な軍隊を、「内圧」による政権崩壊を阻止するために強大な秘密警察(国家保衛省)を駆使してきた。

だが「外圧」に対処する北朝鮮軍は、強大であったはずの地上軍の弱体化に歯止めがかからないうえ、海軍は艦艇、空軍は航空機が更新されることなく老朽化を続けている。このため、すべての問題を核兵器と弾道ミサイルで解決しようとしている。

一方「内圧」に対処する秘密警察は、国民を弾圧することにより、反体制運動による体制崩壊を阻止してきた。しかし、組織の腐敗によって国民の監視が十分に行われておらず、社会の統制は緩み続けている。

北朝鮮では軍隊と秘密警察は体制維持の両輪となっている。したがって、どちらか片方が壊れてしまった場合は体制維持が困難となる。しかし、いまの北朝鮮は「内圧」に対処する秘密警察が壊れかけている。

軍の場合は、弾道ミサイルを作ることで解決が可能だが、新兵器を作ることができない秘密警察の弱体化を防ぐ手だては、いまのところ存在しない。

現在、米国が試みているのは「外圧」の強化であり、「内圧」には関与していない。経済制裁を強化することにより、潜在的な「内圧」を引き出すことはできるかもしれない。しかし、それだけでは体制を崩壊へと導くことはできない。

両輪の腐敗が進み、治安が乱れる

軍と秘密警察の弱体化は、食糧不足に起因している。軍の将校や秘密警察の要員だからといって、1980年代のように優先的に配給を受け取ることができなくなったからだ。

北朝鮮では10年以上前に配給制度自体が崩壊しているので、平壌に住む特権階層以外の国民は商売などで自活せざるを得なくなっている。軍の将校は食糧の横領、秘密警察や警察(人民保安省)は、国民や犯罪組織からワイロを受け取って生活している。

そして、国民の監視が不十分になったことで犯罪が急増している。これは秘密警察だけでなく、警察の機能も低下していることを意味している。しかも、後で触れるように数十人規模の犯罪組織が生まれるような状態にまでなっている。反体制組織の規模が広がる素地ができつつあるというわけだ。

北朝鮮に反体制組織が存在していることは、金正恩自身も認識している。これを示すものとして、2012年11月に金正恩が全国の分駐所(派出所)所長会議出席者と人民保安省(警察)全体に送った訓示がある。

「革命の首脳部を狙う敵の卑劣な策動が心配される情勢の要求に合わせ、すべての人民保安事業を革命の首脳部死守戦に向かわせるべきだ」
「動乱を起こそうと悪らつに策動する不純敵対分子、内に刀を隠して時を待つ者などを徹底して探し出し、容赦なく踏みつぶしてしまわなければならない」

つまり、12年の時点で金正恩は国内の統制について不安を感じていたのだ。金正恩には側近からの「耳当たりのよい報告」しか届いていないはずなのだが、もはや看過できない状態になったのだろう。

ヤクザ、学生集団……犯罪組織が跋扈する

大都市では、監視と取り締まりが行われているにもかかわらず、数十人で構成される犯罪組織や日本でいうヤクザが存在しており、闇市場での生活必需品の密売や恐喝などを行っている。1990年代は、このような大きな組織は存在せず、組織といってもせいぜい数人程度で恐喝や窃盗を行う程度だった。

近年は青少年で構成された犯罪組織による強盗、窃盗、強姦などの不法行為も急増している。例えば2011年には、3年間にわたり強盗を繰り返し、7人を殺害した10代の男女学生の犯行グループ15人が検挙されている。この規模の犯罪組織が存在するということは、それだけ警察が機能していないということだ。これがこのまま反体制組織に転じても、警察にすぐに摘発する能力はないといえる。

金正恩の言葉にあるように、北朝鮮国内には反体制組織が存在する。それぞれが小規模であるうえ、組織同士の横のつながりがないため、大規模な抗議集会を起こすことができる状態にはない。今後、内部崩壊を加速させるためには、横のつながりを作り、北朝鮮国内全体で反体制運動を活発化させる必要がある。

反体制運動を活発化させるには、どのような手段があるのだろうか。いくつか具体的な方法を考えてみよう。

北朝鮮には日本のようなSNSが存在しないため、自由に意見を交換したり、国内の情報をタイムリーに入手したりすることは不可能で、情報は口コミで広がっているのが実情だ。

そこで、原始的な手法だが、ビラを大量に散布することで同調する人々を集め、結束させるのだ。しかし北朝鮮では、決起を呼びかけるビラを作ろうにも、ビラを大量に作る手段がない。これまでにもビラが散布されたことはあるのだが、手書きだったので作ることができる量にも限界があった。

韓国の民間団体がバルーンを使って、金正恩を非難するビラを散布している。このビラも一定の効果はあると思われるが、北朝鮮中部から北部への散布が難しいうえ、まいても北朝鮮国内で具体的な動きがないところを見ると、これだけでは不十分なのだろう。国外より国内で作られたビラのほうが、説得力があるのかもしれない。

コピー機がない、紙がない、インクもない

ビラを大量に作れないのは、電力事情が悪い北朝鮮にはコピー機が少ないことと、たとえコピー機があっても質の高い紙が不足していることが理由だ。平壌の労働党庁舎にはコピー機があるかもしれないが、地方都市にはほとんどないだろう。

北朝鮮の紙不足は深刻で、地方ではタバコを巻くのに朝鮮労働党機関紙である「労働新聞」を使うほどだ。つまり「労働新聞」が唯一マシな紙なのだ。北朝鮮では、日本ではお目にかかれないような再生紙が使われている。筆者は北朝鮮で作成された文書を多く見てきたが、紙質は極めて悪かった。昔の日本で使われていた藁半紙(わらばんし)よりも質が悪い。

ビラを作るにあたっては、手動の印刷機を使うことになる。しかしいざ印刷機が確保できても、紙とインクが不足している。このような環境でビラを作るためには、紙とインクを中国から持ち込む必要がある。これらの物資は正規のルートで持ち込むことはできないので、例えば、密輸ルートに乗せて持ち込むという方法がある。

警察にバレないようにするためには、印刷機はコンパクトでなければならない。そこで最適なのが、1970年代に日本で流行した個人向け小型印刷機(プリントゴッコのようなもの)だ。動力源が単3電池2本で済むため、電力不足でも問題なく使用できる。

北朝鮮もルーマニアのチャウセスク政権のように、何かの拍子に一気に崩壊するかもしれない。チャウセスク政権崩壊のプロセスは謎の部分が多いが、チャウセスクと金日成は親交があり、金日成の影響を受けてチャウセスクは北朝鮮式の統治手法をとっていた。

にもかかわらず、チャウセスク政権は崩壊してしまった。北朝鮮とルーマニアは地政学的な環境が大きく異なってはいるが、北朝鮮式の統治手法に限界があることを示している。

大量のビラを散布したとしても、国内全域で一気に反体制運動を起こすのは簡単なことではない。起爆剤となるなんらかのきっかけが必要となる。その手段として、密輸された小型ラジオによる呼びかけという方法がある。呼びかけをおこなうのは、中国を拠点とした脱北者支援団体が最適かもしれない。

ビラ+ラジオで反体制運動の素地をつくれ

ともかく、現時点でできることは経済制裁とともに、大規模な反体制運動を起こすための素地を作っておくことだ。

経済制裁の影響で極度な生活苦になった時に、散布されたビラを見て反体制運動に呼応する人々が出てくるかもしれない。つまり、「金正恩に不満を持っているのは自分だけではないのだ」と国民ひとりひとりに認識させるのだ。

そろそろ、ほとんど効果のない「口撃」や、空母、戦略爆撃機などを派遣するという「外圧」だけではなく、「内圧」により政権を崩壊させる方法を真剣に模索するべきだ。効果はすぐには現れないだろうが、これが最も現実的な手段といえるのではないだろうか。

[元航空自衛官、ジャーナリスト 宮田 敦司 写真=時事通信フォト]

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