cat_1_issue_oa-newspostseven oa-newspostseven_0_57f30186a01f_今冬、連ドラに劇作家ブーム到来 “次のクドカン”探す動き 57f30186a01f 0

今冬、連ドラに劇作家ブーム到来 “次のクドカン”探す動き

2019年2月2日 07:00 NEWSポストセブン

 今冬クールの連続ドラマの“書き手”に、今までにない特徴があるという。それは劇作家が多く起用されていることだ。いったい今なぜ、劇作家なのか──。コラムニストでテレビ解説者の木村隆志さんが解説する。

 * * *
 2月に入ってようやくすべての冬ドラマが出そろいました。刑事、弁護士、営業ウーマン、派遣社員、塾講師など、さまざまな職業の一話完結ドラマが大半を占める中、明らかに異色の作品がいくつか見られます。

 なかでも注目は、特撮オタクの悲喜こもごもを描いた『トクサツガガガ』(NHK)、番組制作会社の新人ADが“妖精のおじさん”と遭遇する『私のおじさん~WATAOJI~』(テレビ朝日系)、ゾンビがきっかけとなって人間の本質があぶり出される『ゾンビが来たから人生見つめ直した件』(NHK)、ゲーマー男女のルームシェア生活を描く『ゆうべはお楽しみでしたね』(TBS系)の4作。

◆劇作家の脚本で“新感覚ドラマ”に


 いずれもコメディなのですが、特筆すべきは劇作家が脚本を手掛けていること。

『トクサツガガガ』は劇団「ロリータ男爵」主宰の田辺茂範さん(44歳)、『私のおじさん』は演劇ユニット「艶∞ポリス」主宰の岸本鮎佳さん(34歳)、『ゾンビが来たから人生見つめ直した件』は劇団「MCR」主宰の櫻井智也さん(45歳)、『ゆうべはお楽しみでしたね』は劇団「ポップンマッシュルームチキン野郎」主宰の吹原幸太さん(36歳)。ふだん劇作家の起用は1クール1~2人程度だけに、制作サイドの狙いが見えるのです。

 劇作家の主な強みは、「会話劇が得意」「キャラクターの描き分けが巧み」「発想が脚本家とは異なる」「笑いの手数が多く種類も豊富」「演出も手掛けている人が多い」こと。連ドラや映画が主戦場の脚本家が手がける作品と差別化しやすく、いわゆる“新感覚ドラマ”になりやすいところがあります。

 たとえば、『トクサツガガガ』はヒロイン・仲村叶(小芝風花)の突き抜けた特撮オタクぶり、『私のおじさん』は“妖精のおじさん”(遠藤憲一)のバカバカしさ、『ゾンビが来たから人生見つめ直した件』はユーチューバー・尾崎乏しい(川島潤哉)によるゾンビリポート、『ゆうべはお楽しみでしたね』はおかもとみやこ(本田翼)とさつきたくみ(岡山天音)のやり取りから漂う脱力感。前述したように、職業モノの一話完結ドラマが大半を占める中、4作が際立ってユニークに見えるのは、彼ら劇作家の腕によるところが大きいのです。

◆「20~30代の若手劇作家を発掘しよう」の動き


 今冬スタートのドラマで「劇作家」と言えば、『いだてん~東京オリムピック噺~』(NHK)の脚本を手掛ける宮藤官九郎さん(48歳)を思い浮かべた人は多いのではないでしょうか。宮藤さんは、現在こそ映像作品を手掛ける脚本家のイメージが強いものの、もともとは所属先の劇団「大人計画」を筆頭に多くの舞台を手掛ける劇作家です。


 現在ドラマの脚本家は50~60代のベテランが中心で、たびたび高齢化が叫ばれていますが、各局に若手をじっくり育成する余裕はなく、「実力派の劇作家を発掘したい」のが本音。今回の4人は実績もセンスも十分だけに、宮藤さんのように国民的ドラマの脚本を手掛ける可能性を秘めています。

 ただ、劇作家と脚本家には、それぞれ長所と短所があり、上下や優劣はありません。一般的には「より多くの人々に見てもらえてお金が稼げる脚本家のほうが上ではないか」と思われがちですが、「自分のやりたいものを作・演出できる演劇のほうがいい」「局やプロデューサーの意向に基づいて書くドラマは物足りない」という劇作家も少なくないのです。

 2017年に放送されたドラマ『下北沢ダイハード』(テレビ東京系)は、「11人の劇作家が1話ずつ脚本を担当する」という斬新な試みで大きな注目を集め、ドラマ業界での評判も上々でした。その他でも、「20~30代の若手劇作家を発掘しよう」という動きがいくつか見られるだけに、今冬の4人はもちろん今後も劇作家の起用は続いていくでしょう。

 数年後、ドラマの脚本家として宮藤さんと比べられるほどの劇作家が誕生していても不思議ではないのです。

【木村隆志】
コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者。雑誌やウェブに月20本超のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組に出演。タレント専門インタビュアーや人間関係コンサルタントとしても活動している。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』『独身40男の歩き方』など。

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cat_1_issue_oa-newspostseven oa-newspostseven_0_d8e3cbbf5059_◆朝日新聞女性記者の顔出し“パパ活ルポ”が削除された d8e3cbbf5059 0

◆朝日新聞女性記者の顔出し“パパ活ルポ”が削除された

2019年2月2日 07:00 NEWSポストセブン

 朝日新聞の女性向けウェブサイト「telling,」に掲載された〈“パパ活”ルポ 女としての値踏みをされてみた〉という記事が、1週間も経たないうちに削除されました。

 記事は、女性記者が実際に交際クラブでパパ活してみるというもので、面接会場で登録するまでのルポ。削除の理由について朝日新聞関係者は「“いくら取材といってもパパ活は倫理上まずいだろう”と社内で物言いがついたようです」と話しています。

【キャスター】

●金木愛里(かねきあいり)
小学館「NEWSポストセブン」発の動画ニュース『News MagVi』キャスター。アーティスト、モデルとしても活躍中。

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cat_1_issue_oa-newspostseven oa-newspostseven_0_95c3f22b5201_47都道府県のご当地おむすび揃える注目店、ダントツ人気は? 95c3f22b5201 0

47都道府県のご当地おむすび揃える注目店、ダントツ人気は?

2019年2月2日 07:00 NEWSポストセブン

 おにぎりブームが広がる中、47都道府県のご当地おむすびが一堂に会する専門店がある。東京駅構内にある「おむすび百千」だ。このユニークな商品開発の発端は、社長が幼少期に暮らした徳島県の名物フィッシュカツをおむすびの具にしたいという思いだった。


 それなら47都道府県すべてのご当地おむすびを作ろうと、企画がスタート。各地の具材を探すため、各都道府県のアンテナショップに足を運び、出身者に聞き込みも行なった。決定までに試作も重ねて苦労したという。


 断トツの人気を誇るのが、直立するエビ天がインパクト大の愛知県「えび天むす」(290円)。1日1200個売れることもある。


「お米は冷めても甘みのある長野県飯山産『幻の米』、海苔は相性が抜群の有明産を使っています。ちなみに弊社では、山岳信仰が由来の“おむすび”で呼び方を統一しています」(統括マネージャーの和氣祐太郎さん)。


●おむすび百千

・住所/東京都千代田区丸の内1-9-1 JR東京駅構内1F エキュート京葉ストリート
・営業時間/8時~22時(エキュート京葉ストリートに準じる)
・定休日/なし

◆撮影/河野公俊 取材・文/上田千春

※週刊ポスト2019年2月8日号

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エージシューター293回達成の80歳男性、5つの心がけ

2019年2月2日 07:00 NEWSポストセブン

 ゴルフのラウンドを自身の年齢以下のスコアで回る「エージシューター」は多数いるが、愛知県に住む村瀬一夫氏(80歳)は過去293回のエージシュートを達成した。スゴ腕シニアゴルファーのラウンド生活を聞いた。

 * * *
 私のゴルフの土台は小技です。パー72のうち、パターは36打でドライバーは14打。どちらが重要かは一目瞭然です。ドライバーでかっ飛ばす爽快感も理解できますけど、スコアメイクを考えるなら、小技の技術を磨くべきです。


 ただし、エージシュートは技術だけでは達成できません。ゴルフの技術以上に大切なのは、健康な肉体を保つこと。だから私は、5つのことを毎日心掛けて生活しています。

「病気にならない」「怪我はしない」「筋肉は落とさない」「ポジティブに生きる」「ボケない」。エージシュートを達成するにはこれが大事です。

 私自身、60歳までは“病気のデパート”と言われるくらい入退院を繰り返していましたが、ある時一念発起して生活習慣を改善しました。毎朝起床直後に30分のストレッチ、腕立て伏せと腹筋、背筋を各20回。この生活を20年続けて、体脂肪率15%をキープしています。

 エージシュートは、ゴルフだけでなく、健康面でも努力しなければ達成できないと思います。人生の最終目標は、「100歳で100打」で回ることです。

●むらせ・かずお/昭和13年2月1日生まれ、岐阜県出身。月間ラウンド数6回でアベレージ79。ドライバーはカムイで飛距離は210~220ヤード。得意のクラブはSW。ウッドはヨネックスで3・5・7番。アイアンはヤマハで6番からで、ウェッジはクリーブランドの56度。ホールインワン6回。ベストスコア66でハンデキャップ0。

取材・文■田中周治 撮影■藤岡雅樹

※週刊ポスト2019年2月8日号

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cat_1_issue_oa-newspostseven oa-newspostseven_0_821b72bd87e0_インフルエンザの感染拡大を防ぐ「免疫保持者」の割合は? 821b72bd87e0 0

インフルエンザの感染拡大を防ぐ「免疫保持者」の割合は?

2019年2月2日 07:00 NEWSポストセブン

 全国的にインフルエンザが猛威をふるっている。インフルエンザには、ワクチン接種による感染の予防効果があるとされているが、「時間がない」「効かない」などの理由で受けない人も多い。『できる人は統計思考で判断する』(三笠書房)著者でニッセイ基礎研究所上席研究員の篠原拓也氏が、インフルエンザなどの感染症の予防接種について、集団免疫の効果を数理的に解説する。

 * * *
 はるか昔から、人類は感染症にさいなまれてきた。現代は公衆衛生が向上し、予防接種が浸透しているが、それでも多くの感染症が発生している。

 感染症の中でも、毎年、世界的な拡大を見せるのがインフルエンザだ。日本では、毎年、秋から冬にかけて、インフルエンザの感染者が増加する傾向がある。疫学の研究者の間では、感染症に関する数理モデルが研究されている。その中で、感染症を定量的に分析する手法がいくつか示されている。そこで用いられる概念や用語について、みていくことにしよう。

 まず、「基本再生産数」という用語がある。Roという記号で、英語でアール・ノート(R naught)と呼ばれる。ある感染症にかかった人が、その感染症の免疫をまったく持たない集団に入ったときに、直接感染させる平均の人数を表す。

 もし、Roが1より大きいと、感染は拡大する。1より小さければ、感染はいずれ収束する。ちょうど1なら、拡大も収束もせず、風土病のようにその感染地域に根づくことになる。

 過去に発生した感染症のRoの値は、どのくらいだったのだろうか。医療や公衆衛生関係の研究機関でさまざまな分析が行なわれている。アメリカ疾病予防管理センターによると、はしかは12~18、天然痘やポリオは5~7、おたふくかぜは4~7などとされている。

 また、別の研究では、1918年に発生して世界的に流行したスペイン風邪(インフルエンザ)について、Roは2~3だったとのレポートもなされている。

 なお、1つ気をつけなくてはならない点がある。それは、Roは感染症が発生した時代背景、社会、国、病原体などによって異なるということだ。

 それでは実際に、Roを計算するには、どうしたらよいだろうか。

 分析対象の感染症について、「1回の接触での感染確率」、「単位時間当たりの接触の回数」、「感染症が感染性を保つ平均時間」の3つの要素を測定や推測によって求めて、これらを掛け合わせて算定することが知られている。各要素の測定や推測の方法については、さまざまな研究が行なわれている。

 感染症の拡大予防には、「集団免疫」が重要となる。これは、集団内に免疫を持つ人が多ければ、感染症が流行しにくくなることを利用した感染拡大を防ぐ考え方だ。具体的には、予防接種等がこれにあたる。

 ある集団で、Roが3である新たな感染症に備えることとしよう。この集団では、まだ誰もこの新たな感染症にかかったことがない。外部から感染症にかかった人がこの集団に入ったとする。1人の感染者から、平均して3人が直接感染する。

 もし、この集団の3分の1の人が免疫を持っていれば、感染は平均して2人に抑えられる。また、3分の2の人が免疫を持っていれば、感染は平均して1人に抑えられ、3分の2を超える人が免疫を持っていれば、感染は平均して1人未満に抑えられる。この感染症はいずれ収束することになるはずだ。

 これが、感染症拡大のモデル化を活用した集団免疫の設計だ。感染症のRoの大きさに応じて、集団内の免疫保持者の割合を、(Ro-1)/Roよりも大きな水準にまで高めておけば、集団免疫が働いて感染症は収束に向かうことになる。

 このように、感染症の拡大をモデル化することで、集団免疫が働くために必要な免疫保持者の割合を計算することができる。

 ただ、実際には、予防接種を受けたからといって、全員が免疫を獲得できるわけではない。仮に、10人が予防接種を受けても、5人しか免疫を獲得できないとしよう。この場合、免疫保持者が必要な数に達するためには、その倍の数の人に予防接種を受けてもらうことが必要となる。


 以上のRoや集団免疫などの考え方は、感染症の数理モデルの最も基本的な部分とされている。実際には、この数理モデルを発展させて、

・感染しておらず免疫を持っていない人(今後、感染・発症する可能性がある人)

・すでに感染している人

・感染から回復して免疫を持っている人

 の3つのグループに集団を分けるなどして、それぞれのグループ間の人の推移を方程式で表示して、より複雑な分析につなげている。(こうした数理モデルの詳細については、専門書に譲ることとする)

 なお、感染症に関する数理モデルについては、いくつか限界があるとの指摘もある。たとえば、

・そもそも性別や年齢などの違いによって、感染の仕方が異なるはずだが、モデルはこれを無視している

・感染して発症した人は、医療施設に入院したり、自宅で療養したりするため、他の人との接触の機会が減るはずだが、そうした点をモデルは加味していない

・本来、感染経路によって感染確率は異なるはずだが、モデルは感染経路を1つに限定している

 こうした数理モデルの限界をよく認識した上で、感染症を分析し、理論的に、感染拡大に備える取り組みが、進められている。

 日本では、毎年、秋になると、インフルエンザの予防接種が勧奨される。また、定期的に、乳児・幼児向けに、BCG、水痘、日本脳炎など、さまざまな予防接種が行われる。一方、65歳以上の人向けには、肺炎球菌ワクチンの予防接種が行われる。しかし、ワクチンの種類によっては、接種率がなかなか高まっていないものもある。

 集団免疫の考え方を理解したうえで、毎年予防接種を受けてない人は、まずは受ける習慣をつけてみてはいかがだろうか。

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cat_1_issue_oa-newspostseven oa-newspostseven_0_85ee228c24b0_ファンをざわつかせた嵐メンバー「熱愛報道の歴史」 85ee228c24b0 0

ファンをざわつかせた嵐メンバー「熱愛報道の歴史」

2019年2月2日 07:00 NEWSポストセブン

 2020年12月31日をもっての活動休止を発表した嵐。その原因の1つとして憶測を呼んだのは、メンバーのプライベートなことだ。すでに全員30代半ばとなり、結婚適齢期を迎えている。いよいよその時が近づく前に、今一度彼らの恋愛遍歴を振り返る。

◆趣味男が心許した相手と“涙の謝罪”


 大野智(38才)の直近の熱愛報道のお相手は、2015年9月、10才年下の元女優・A子さんだった。ふたりは、都内の岩盤浴施設を訪れたところをキャッチされた。

「釣りが好きな大野さんは、A子さんと釣りデートをしていたそうです」(芸能関係者)

 しかし、報道が出ると、その生活は一変した。

「“お騒がせしてすみません”と、わざわざ報道陣に謝罪しました。以来、大野さんは女性と連絡を取ることをやめたそうです」(スポーツ紙記者)

 人生を変えるほどの“大失恋”をした大野だが、その前にも熱愛が報じられている。

「2008年にグラビアアイドルの吉野公佳(43才)とのツーショット写真が報じられました。他にも、元歌手との親密交際があったといわれましたが、彼女とはつきあっていなかったそうです」(大野の知人)

◆元カノの旦那との共演も余裕の笑み


 二宮和也(35才)の初ロマンスは2001年。ドラマ『涙をふいて』(フジテレビ系)で共演した、椎名法子(36才)との「バイク2人乗りデート」報道だった。

「その後2007年に、ドラマ『優しい時間』(フジテレビ系)での共演をきっかけに、長澤まさみさん(31才)との交際が夕刊紙で報じられました。デートはどちらかの自宅で、長澤さんは二宮さんに教えてもらったゲームなどにハマっていたという話もありました」(テレビ局関係者)

 2011年5月には佐々木希(30才)と「真剣交際」という見出しがスポーツ紙の一面を飾った。

「その後、佐々木さんはアンジャッシュの渡部建さん(46才)と2017年に結婚。それからすぐに、二宮さんと渡部さんが番組で共演しました。周囲はヒヤヒヤしましたが、二宮さんはどこ吹く風。早めにロケを終わらせようとする渡部さんに、“巻こうとしてるな!”とツッこむなど、余裕の笑みを浮かべていましたよ」(番組関係者)

 2016年6月、本誌・女性セブンが二宮の自宅に通うフリーアナウンサーの伊藤綾子(38才)の姿をキャッチし報じた。

◆報道番組ザワザワ“ご法度”のキャスター愛


 櫻井翔(37才)のお相手はテレビ朝日の小川彩佳アナウンサー(33才)だった。2017年2月、ふたりの密会写真がスクープされると、「櫻井さんは日テレの『NEWS ZERO』、小川アナはテレ朝の『報道ステーション』でそれぞれキャスターを務めていたので、ライバル番組の“ご法度愛”などといわれました」(前出・テレビ局関係者)という。

「その後、結婚について触れるメディアもありましたが、実現はせず。やがてふたりの間に気持ちのすれ違いが生じ、昨年4月に破局したと報じられました」(前出・テレビ局関係者)


 破局から間もない昨年8月。今度はモデルとして芸能活動をしている女子大生との交際が報じられている。

「上智大学の学生で、“ミスソフィア”に輝いた15才年下の女性です。ファッション誌のモデルとして活躍している中で、出会ったそうです」(前出・スポーツ紙記者)

 他にも櫻井は、2010年にドラマ『特上カバチ!!』(TBS系)で共演した堀北真希さん(30才)との交際が報じられた。

「交際は4年を過ぎていたといい、仲間内のパーティーで“おれのカノジョ“と紹介したとされましたが、真偽はハッキリしませんでした」(前出・芸能関係者)

◆親密交際報道で変わった14年の絆


 松本潤(35才)も2010年に柴咲コウ(37才)との深夜の密会を本誌・女性セブンが報じた。松本の意中の相手は2005年にドラマ『花より男子』(TBS系)で共演した井上真央(32才)といわれていた。2014年5月に焼肉店での個室密会が報じられ、“結婚説”がまことしやかに噂され続けてきた。しかし、2016年末には葵つかさとの親密交際が報じられた。

「関係は4年も続いていたといわれ、報道後、松本さんと井上さんは連絡を取らなくなったとか。井上さんとの交際は継続しているという報道もありますが、もう連絡は取っていないようです」(別の芸能関係者)

◆両親に紹介した5年交際の年上女性


 相葉雅紀(36才)は2003年にティーン向けファッション誌のモデルとのプリクラツーショット写真が流出。月刊誌などが取り上げた。

「ペアリングをうれしそうに見せ、しかも“けっこんしました”という書き込みまであったので、ファンにとっては衝撃的な1枚でした」(前出・別の芸能関係者)

 2010年に報じられたお相手は2004年公開の映画『ピカ☆☆ンチ』で共演した水川あさみ(35才)だ。

「その映画は嵐のメンバー全員が出演していて、水川さんは全員と仲がよかった。二宮さんや櫻井さんとのデートが報じられたこともありますが、あくまでも友人関係で、“本命”は相葉さんだったとか。友達から恋愛に発展し、写真誌でデートが報じられました」(前出・スポーツ紙記者)

 昨年1月には1学年上の一般女性との交際も報じられた。

「交際は5年以上で、相葉さんの自宅で半同棲生活を送っており、彼女の愛犬のトイプードルとも暮らしているということですが、結婚という話は聞こえてきません」(前出・スポーツ紙記者)

 仲のいい友人か、それとも…ファンをざわつかせたロマンスの数々。“百年先も愛を誓う”そんなお相手を誰がいちばんに見つけるのだろうか。

※女性セブン2019年2月14日号

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cat_1_issue_oa-newspostseven oa-newspostseven_0_70b18300bd72_江藤淳の遺言に今、耳を傾けよ 「人が死ぬ如く国も滅ぶ」 70b18300bd72 0

江藤淳の遺言に今、耳を傾けよ 「人が死ぬ如く国も滅ぶ」

2019年2月2日 07:00 NEWSポストセブン

 江藤淳が自死してから20年になる。戦後を代表する文芸評論家であり、保守論客であった氏は、戦後の民主主義の欺瞞と閉された言語空間を批判した。氏の言葉は今日の日本に至要な訓戒として響いている。文芸評論家の富岡幸一郎氏が、改めて江藤の“遺言”の意味を解説する。

 * * *
 江藤淳が亡くなって、本年で二十年の歳月が経つ。没後十年の平成二十一年、本誌で特集を組み筆者も原稿を寄せたが、その文章の冒頭に次のように書いた。「もしあの人物が健在であれば、日本と世界の情勢についてどんな発言をしてくれるのだろうか、と期待せずにはおられない論客、それが江藤淳にほかならない」と。

 平成の世の終焉に際し思い起こすのは、三十年前、昭和天皇の崩御と平成改元の直後に筆者がインタビューしたときの江藤淳の言葉である。「人が死ぬ如く国も亡ぶのであり、何時でもそれは起こりうる」。

 平成六年には『日本よ、亡びるのか』という表題の本も刊行しているが、今日の日本の現状を見れば、“亡国”という不吉な言葉がにわかにリアリティーを帯びてくるのである。外国人(移民)労働者の受け入れ拡大は労働力の問題である以上に、国のかたちを変えるものであるが、政府・与党はただ法案成立を急ぎ、憲法改正という国家の基盤的問題はまた先送りされつつある。

 米中の新冷戦時代に突入しながら改憲や国防の課題を、政府も国民も他人事めいたことにしている。江藤淳は、竹下・宇野・海部・宮沢、そして細川内閣辞任へとめまぐるしく交代する政治のありさまを「百鬼夜行の平成政治」と批判し、「平成日本はいつ滅びるかわからない。ますます滅びそうだと思っている」といったが、民主党政権の三年余で文字通り亡国の淵にまでいった日本は、安倍晋三の再登場によって“一強”政治などと称されながらも、その内実たるや新自由主義の妖怪を跋扈させるばかりであった。

 江藤淳がもし健在であれば、言下に日本は「ますます滅び」つつあると断ずるであろう。なぜなら、江藤淳がその後半生を賭して探究した「戦後史」の呪縛から日本人は七十有余年も経ても、少しも脱却できていない、いやむしろ自ら進んでアメリカという超大国への幻想的依存を深めることで、真に自立した国家としての道を歩むことを放棄する、自己欺瞞に陥ってきたからである。


◆萎縮する「日本の言語空間」


 江藤淳は昭和五十三年を起点に米国の占領政策の実態を一次資料から改めてさぐり、戦後の日本人が「閉された言語空間」に置かれてきたことをあきらかにした。GHQによる検閲や戦後憲法の制定のプロセスなどの歴史的な検証がその仕事の中心となっていたが、重要なのはそれは決して過去の歴史研究ではなく、今ここに現前している日本と日本人の「自由」と「生存」の根本的な問題として在り続けていることだ。

『閉された言語空間』(平成元年)で江藤淳は占領下における米国の検閲が「眼に見えない戦争」すなわち日本の「文化」と「思想」にたいする殲滅戦であり、占領が終了した後も現在に至るまで、日本人がこの戦後「体制」を改めようとせずにきた事実を鋭く指摘した。

 なぜ、改めようとしないのか。それはこの「体制」によって「利得の構造」を保持してきた政治・教育・文化の“戦後利得者”たちが、今日に至るまでマスコミ、ジャーナリズムの主流を占めてきたからである。

 この構造は保守派であろうが左翼リベラルであろうが、体制側であろうが反体制側であろうが同じである。冷戦構造が崩壊して三十年を経てもそれは全く変わっていない。いや、むしろ江藤淳が当時厳しく糾弾した「日本を日本ではない国」にすることで利益をむさぼっている“利得者”たちは、グローバリズムと新自由主義政策の拡大のなかで、新たな「階級」として白蟻のように増殖し、日本社会のその骨格を蝕んでいる。

 自由貿易の名のもとに国内の産業を破壊しつくし、アベノミクスは脱デフレを標榜しながら国内の賃金低下をもたらし、あげくの果てに欧州ではすでに惨憺たる結果となった「移民」労働力の受け入れを急ごうとする。

 戦後レジームにおいて左右の政治勢力として対立してきた“利得者”たちは、イデオロギーの仮面を?いで、経済効率主義の名目のもとに、今この国の破壊にいそしんでいるのだ。江藤淳は『閉された言語空間』においてこう指摘した。

「(占領軍による徹底した検閲は)言葉のパラダイムの逆転であり、そのことをもってするアイデンティティの破壊である。以後四年間にわたるCCD(占領軍民間検閲支隊)の検閲が一貫して意図したのは、まさにこのことにほかならなかった。それは、換言すれば「邪悪」な日本と日本人の、思考と言語を通じての改造であり、さらにいえば日本を日本ではない国、ないしは一地域に変え、日本人を日本人以外の何者かにしようという企てであった」

「日本」は今やまさにグローバル企業に席巻される「一地域」に変貌しようとしている。それは日本人が「日本人以外」の「何者か」になりつつあるからだが、その淵源は戦後のわれわれが日本人の「歴史」と「文化」と「思想」に根ざした言語空間を喪失しつづけてきたからに他ならない。

 GHQによる占領下の検閲の延長に、自己検閲の罠から脱却することもせず、むしろそこに従属し安住することで、アメリカニズムを「自由」「平和」「民主主義」と言い換えてきたからである。

 江藤淳はCCDの言論検閲が戦後日本の言語空間を拘束しつづけ、そこから日本人の「歴史への信頼」の「内部崩壊」が地滑り的に起こり、深刻化していることを詳細に指摘したが、今日のニッポン語「コンプライアンス」「……ハラスメント」「LGBT」etc.を見るまでもなく、日本語は刻々と萎縮しつづけて止むことがないのである。対米従属は政治・外交上の問題、さらには国防の問題というよりは、その核心にあるのはむしろ言語・日本語という文化的根源の危機なのではないか。

「今日の日本に、あるいは“平和”もあり、“民主主義”も“国民主権”もあるといってもいいのかも知れない。しかし、今日の日本に、“自由”は依然としてない。言語をして、国語をして、ただ自然の儘にあらしめ、息づかしめよ。このことが実現できない言語空間に、“自由”はあり得ないからである」(『閉された言語空間』)


◆亡国での皇統持続とは何か


 平成元年二月十六日に江藤淳に長時間のインタビューをした。筆者とそれ以前に行なった二回の対談とともに『離脱と回帰と昭和文学の時空間』という対談集としてまとめた。

 そこで江藤淳が昭和天皇への深い敬愛と、天皇という存在が世俗的空間をこえた聖なるものであることをとりわけ強調していたことが、今も印象に残っている。崩御の日、皇居前に集い記帳した多くの日本人の姿は、「天皇制」などというコミンテルンの用語(戦後は占領軍当局が共産党のこの用語をそのまま採用し広めた)ではなく、日本文化の本質たる皇統の顕現、昭和帝が天皇として戦前・戦後を生きられたことを何よりも物語っていると江藤淳は指摘した。そして皇統が維持されてきたことの重要さを次のように語った。

「僕は百二十五代、皇統が続いているということの意味で、大嘗祭もあまり形式的に考える必要はないという意見なんです。もちろん大嘗祭は、日本がこれだけの繁栄に浴している時代に、皇位継承に伴う諸行事が滞りなく行われない理由は何もないから、当然行われるでしょう。

 それで名実ともに新帝は即位されて、皇統を持続されるだろうと思いますけれどね。過去に皇統が持続してきた間に、大嘗祭が行われなかった例もあります。そうであってもなおかつ皇統は持続してきている。(中略)皇室を廃するということを、日本人は一度もしなかった。(中略)この歴史的事実をわれわれは心の支えにしていくほかないと思うのです」

 江藤淳には『昭和の文人』という名著があり、昭和天皇の崩御の折に「字余りのお歌」という一文で、「我ハ先帝ノ遺臣ニシテ新朝ノ逸民」という言葉も記していた。自らも昭和という時代と人生を共にしてきたとの感慨であろう。昭和が終わり平成となり、その平成の三十年も今終わろうとしている。皇統の歴史も新たな時代をむかえる。

 しかし「日本」が「日本ではない国」となれば、そもそも皇統の持続とは何か。江藤淳が警鐘を鳴らしたように、日本人が自らの歴史と伝統を語りうる言葉を回復しないかぎり、主体的な自由な言語空間を取り戻さなければ、日本と日本人は真に自立しえないであろう。それどころか、遠からずして亡国もありうるのである。

【PROFILE】富岡幸一郎●1957年東京都生まれ。中央大学文学部フランス文学科卒業。関東学院大学国際文化学部比較文化学科教授、鎌倉文学館館長。著書に『虚妄の「戦後」』(論創社)、『西部邁 日本人への警告』(共著、イースト・プレス)などがある。

※SAPIO2019年1・2月号

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北海道・東北地方の難読「方言漢字」の読み方は?

2019年2月2日 07:00 NEWSポストセブン

 そこに住んでいる人たちにとっては日常的に見かけたり使ったりする文字なのに、一般には珍しくて難読…そんな“方言のような漢字”が日本全国各地に多数存在する。特に地名や地形に見られることが多いという。ここでは北海道・東北地方での“方言漢字”を紹介。早稲田大学社会科学総合学術院教授の笹原宏之さんに、解説してもらった。

■北海道
読み方→すけそうだら
海の底にいる魚、の意味で北海道大学で造られた。一般的には「介党鱈(介惣鱈)」と書く。

■青森県
読み方→ほとけ
上北郡東北町にある地名「〈ほとけ〉沢(ほとけさわ)」で使用されている。『東北町史』には「〈ほとけ〉は新たに作った字。西の彼方にある極楽に往生するという意味からこう呼び、その沢を指す」と書かれているが、中国から伝わった字。

■岩手県
読み方→みさ
遠野市綾織町には「〈みさ〉崎(みさざき)」という地名がある。この字はさまざまな字に変化している。

■宮城県
読み方→ゆり
「閖上」(ゆりあげ)は名取市にある町名。門の中に水が入るこの字は、千年前の中国の辞書に「大水」「水害」と解説されていた。ゆりという読みは「地が揺れる」という意味もある。

■秋田県
読み方→はたはた
日本海側は冬に雷が発生し、その時期に捕れる魚、の意味。昔、雷は神様が鳴らすものと信じられていたため、つくりに「神」の字が入った。

■山形県
読み方→まま
崖を指す。長井市には「圸の上」「圸の下」という地名が見られた(現在はひらがな)。

■福島県
読み方→へつり
会津弁で断崖の意味。南会津郡下郷町にある景勝地「塔の〈へつり〉」が有名。

※女性セブン2019年2月14日号

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大腸がんや胃がん発見率高い内視鏡検査 その効果、つらさは?

2019年2月2日 07:00 NEWSポストセブン

 がんを早期発見すべく検査を受けても見逃されてしまうことはある。たとえば、大腸がんの発見のために広く実施されている便潜血検査(いわゆる検便)では3人に1人の割合で、大腸がんが発見されないというデータがある。

 また、バリウム検査で胃がんの早期発見が難しいのはもはや定説で、厚労省の「地域保健・健康推進事業報告」(2016年度)によると、1年間で13万人発生する新規の胃がん患者のうち、自治体のバリウム検査で見つかったのはわずか4500人だった。また、胃がんの原因の95%ともいわれるピロリ菌を除去しても胃がんリスクは3割残るという指摘もある。

 では、どうしたら良いか。大腸がん、胃がんともに発見率が高いのが内視鏡検査だ。

 先端部にライト、カメラ、鉗子のついた管を、大腸がん検査の場合は肛門から、胃がん検査の場合は口か鼻から挿入し、内側から臓器を直接観察する。観察しながらポリープや初期の腫瘍を切除できるメリットもある。

「大腸内視鏡では、便潜血検査で発見しにくい『腺腫性ポリープ』を見つける確率が格段に高くなります。このポリープを切除すれば、大腸がんの発生を8~9割抑えられるとされます」(とよしま内視鏡クリニック院長の豊島治医師)

 胃カメラ(上部消化管内視鏡)は、高精度であることに加えて「他のがん」も発見できる可能性があるのも利点だ。

「胃カメラはバリウム検査と違って胃内部の色の変化まで見られるので、精度が飛躍的に向上しました。また口や鼻から胃までカメラを入れるため、途中にある咽頭、食道など胃以外の部分のがんや病変も確認できます」(宮崎善仁会病院消化器内科の押川勝太郎医師)

 新潟市の胃がん検診では、バリウム検査よりも胃内視鏡のほうが、発見率が3倍高かったというデータがある。


 内視鏡は年々進歩しており、現在は従来の100倍の倍率で患部を観察できる「拡大内視鏡」も登場している。

 その半面、患者にとってつらいのは「挿入時の不快感」だ。東京国際クリニック副院長で、消化器内科医の宮崎郁子医師が解説する。

「以前は異物が体内に挿入される恐怖や痛みで敬遠する人が多かったが、最近はカメラの性能が向上し、負担はずいぶん軽減されました。大腸内視鏡は下剤を2リットル程度飲む必要がありますが、鎮静剤の使用により不安や緊張は緩和される。約20分ほどで検査は終了します」

 胃内視鏡では、鼻からカメラを入れて痛みや吐き気を抑え、検査中に会話もできる経鼻内視鏡も登場した。

 大腸内視鏡では、検診時の「恥ずかしさ」もハードルとなる(特に女性が男性医師による処置を嫌うケースは強く、女性に大腸がんが多くなる一因といわれる)。だが、そのデメリットを解消する新技術も登場している。

「長さ約3センチ、幅約1センチの小型カプセルにカメラを内蔵した『大腸カプセル内視鏡』ならば、水と一緒に口から飲むだけで病変を撮影して診断でき、その後は自動的に排泄されます。導入する医療機関も増えており、従来の大腸内視鏡を敬遠していた人の受診も増えると期待されています」(医療経済ジャーナリストの室井一辰氏)


 ではどれくらいの頻度で検査を受けるべきか。

「既往歴がなければ、胃の内視鏡検査は1年に1度、大腸は2~3年に1度が目安です」(宮崎医師)

「費用」はどうか。便潜血検査は自治体の無料検診に組み込まれているのに対し、大腸内視鏡は消化器専門クリニックなどで、全額自費(自由診療)で受けなければならないケースが多い。胃がん検査でいえば、無料検診に胃カメラを取り入れている自治体はあるものの、地域に専門医が居ないなどの理由で実施していない自治体もあり、その場合には自費となる。

「自由診療の場合、胃カメラで2万円、大腸内視鏡だと2万5000円ほどかかります。もし便秘や胃痛などの症状があって何らかの病名が付いた場合には保険適用となり、大腸内視鏡で7500円、胃カメラで6000円程度(3割負担)になります」(室井氏)

 日本人が「かかりやすいがん」の上位を占める大腸がんと胃がん。その検査の利点と課題をよく理解しておきたい。

※週刊ポスト2019年2月8日号

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引退の稀勢の里、初場所後に見せた笑顔と後援会長の期待

2019年2月2日 07:00 NEWSポストセブン

 日本中の期待を一身に背負った元横綱・稀勢の里。その重圧はどれほどのものだっただろう。声援に応えるため、けがをかばいながら上り続けた土俵からついに降りる決意をした。激動の15日間を終えたとき、無口で愚直な男が見せたのはやさしい笑顔だった──。

◆部屋のため、協会のために尽力する それが親方としての仕事


「稀勢の里改め、荒磯と申します」。千秋楽の夜、新米親方は、ひと言、ひと言、言葉をかみしめるように話し始めた。

 再起を懸けて挑んだ大相撲初場所(1月13日~27日)で初日から3連敗を喫し、引退を決断した元横綱・稀勢の里。

 涙の引退会見の翌日には、事務手続きなどのため、両国国技館を訪れ、荒磯親方として親方デビュー。館内を歩いて回ると、たくさんのファンからは労いと感謝の言葉がかけられた。

 迎えた千秋楽。稀勢の里は、国技館を出ると、都内ホテルにて行われた「田子ノ浦部屋千秋楽祝賀会」へ向かう。

 冒頭のように、約500名の後援者を前に挨拶。「これからは後進の指導にあたり、田子ノ浦部屋のため、そして日本相撲協会のため、尽力していきたいと思います」と語ると、側で聞いていた大関・高安は思わず涙を…。

「(稀勢の里に)今まで教わったこと、相撲の姿勢、志を引き継いで、相撲道に精進していきたいと思います」

 目頭を押さえながら決意を述べる高安の姿に、会場の後援者たちももらい泣き。

 挨拶を終えると、稀勢の里は各テーブルをひとつひとつていねいに回り、後援者に謝辞を述べ、その後は2ショットの撮影会に。「勝っても負けても表情に出すな」という先代師匠(故・鳴戸親方)の教えを愚直に守り、“仏頂面が特徴”とまでいわれた稀勢の里だが、この日、集まってくれた後援者たちに見せたのはリラックスした笑顔。ファンを大切にしてきた稀勢の里らしさが随所に出る温かな会となった。


◆彼自身の努力でステップを重ねてきたこと それは今後の人生にもプラスになる


 15才で鳴戸部屋に入門し、幕内までは異例のスピード出世を見せたが、大関昇進は25才。2017年初場所で初優勝し、春場所で待望の“和製横綱”となったのは30才だった。その春場所の、横綱・日馬富士戦で負傷すると、その後は休場続きとなってしまった。在位中の勝率は5割、8場所連続休場など、横綱としては不本意だったかもしれない。けれども、最後まで横綱として土俵を務め上げた稀勢の里は、間違いなく「日本が誇る横綱」であった。


 稀勢の里を見守り、力強く応援し、支えてきた田子ノ浦部屋後援会会長の長谷川裕一さんは、こう期待を寄せる。

「大関から横綱になるまで、時間がかかった。けれども、彼自身の努力でそのステップを踏めたことは、今後の人生にプラスになるはず。その経験は指導者としても生きてくるだろう」

 荒磯親方として、稀勢の里の「第二の人生」はまだ始まったばかり。断髪式は9月29日、両国国技館で行われることも決まった。相撲を愛し、相撲に愛された横綱が新たな日本人横綱を生み、相撲界を盛り立てる様子に、これからも注目したい。


※女性セブン2019年2月14日号

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