インスタに狂う女子たち、キラキラアカウントに潜む闇

数あるSNSの中で今、急成長を遂げているのが米Facebook傘下の写真共有交流サービス「インスタグラム」だ。ユーザーは海外セレブから一般人まで幅広く、なかには、一般人にもかかわらず多くのフォロワーを抱える“インスタグラマー”も存在する。ファッショナブルで華やかなイメージのあるインスタグラムだが、そこには表面化しにくい“闇”があるという。(文/清談社 谷口京子)

「いいね」欲しさに 躍起になるインスタ女子たち

「ほかのSNSに比べて、より自己顕示欲が強いユーザーが多いような気がします。とくに女子力が高いキラキラアカウントの女の子たちは凄まじいですよ」

 そう語るのは、かつてインスタグラムに登録し、意識的にキラキラな投稿をしていたという松井はるかさん(仮名・26)。ふわっと巻いた長い髪と、パステルピンクのひざ上ワンピースがとても似合う、可愛らしい女性だ。

「もともと、コスメやかわいいものが好きだったので、ファッション関連の投稿をたくさんしてました。同じコスメブランドが好きな子や私の投稿を気に入ってくれた子と仲良くなるのは楽しかったですね」

 純粋にインスタグラムを楽しんでいた松井さんが、その後翻弄されることになったのが、インスタキラキラ女子特有の自己顕示欲の世界だったという。

「もっともわかりやすい例をあげると『いいね』稼ぎに躍起になっている女性ですね。たとえば、有名ブランドの新作バッグを発売初日に購入して、速攻でインスタにアップするんですよ。そうすると、同じバッグが欲しい子たちから『いいね』の嵐になるんです!誰よりも早く最新のものを手に入れて、誰よりも多く『いいね』をもらいたい、というタイプの子です」

 松井さんが、さらに理解できないというのが、朝早くからデパートに並び、せっかく苦労して手に入れたものを、ほぼ未使用で売ってしまうことだという。

「その子はフリマアプリのアカウントも持っていて、買った商品を『似合わなかったから売ります』なんて言いながら、午前中に売りに出しちゃうんです。しかも、定価で売りに出すので転売目的でもないらしくて、本当にただの『いいね』稼ぎだったんだな、と思いました」

 写真ありきのインスタは“どんな写真をアップするか”で「いいね」の数が決まる…それを突き詰めた結果、発売初日に買っては写真をアップし、すぐに売ることを繰り返すようになってしまったのかもしれない。

フォロワー同士の 恐怖の“プレゼント交換”

「いいね」を稼ぐ程度なら、気になることもなかったという松井さん。しかし、ある相互フォロワーの行動が、彼女がインスタをやめるきっかけのひとつになった。

「それまで、普通にコメントでやりとりをしていた相互フォロワーのAちゃんから、突然『はるかちゃんにプレゼントを買ったから、住所を教えて』と言われたんです。『なんで買っちゃったの?』とは思いましたけど、今後の付き合いもあるし住所を教えたんです。数日後には、某ブランドの口紅が届きました」

 当時はインスタのフォロワー同士でプレゼントを贈り合うのが流行っていたため、とくに疑うこともなく住所を教えたという。

「その後、自分のために買ったコスメの写真をインスタにアップしたとき、Aちゃんから『いいな~。私地方住まいだから買えないんだよね~』という内容のコメントがついたんです。プレゼントのお返しをしようと思っていたので、同じものをAちゃんに贈りました」

 一度お互いに贈り合ったことでプレゼント交換はおしまい、と思っていた松井さんだったが、Aさんの対応は異なっていた。

「私が新しい化粧品をあげる度に『それ欲しかったやつ!』みたいな、コメントを書き込むようになったんです。そのコメントがつくと”買って送れ”というプレッシャーを感じていました」

 女性ならば、ブランドコスメはそれなりに値が張ることをご存じだろう。大して仲良くもない相手にそこまでする義理はないから、とAさんのコメントをスルーし続けていたという。

「長い間やんわりと断っていたら、Aちゃんの投稿内容が、あるときから変わったんです。『新しい化粧品にばっかり飛びついて買ってるヤツとかバカみたい』なんて、明らかに私に向けた悪口が投稿されるようになりました。『その最新の化粧品欲しがってたの、お前だろ!』って思ったんですけど、相手にしても仕方ないし、かなり不愉快だったのでフォローを外しました。じつは、インスタにはそういう子が腐るほどいるんですよね。しかも、スルーされたら悪口を書きまくるのが常套手段。なかには、悪口を言われたことに腹を立てて、意地でプレゼント交換を続ける子もいるんですよ」

 もはや何と戦っているのかわからないが、インスタではよくある光景なのだとか。

一般人でも容赦ない アカウント晒し

 化粧品クレクレ女につきまとわれて疲弊していた松井さんに、追い打ちをかけるように起きたのが、ネットならではの事件だ。

「私は、小嶋陽菜ちゃんが大好きで、彼女が着ていた服と同じものを買ってインスタに画像を投稿していたんです。ときどき、彼女のインスタ投稿と同じアングルで写メを撮ったりもしてました」

 インスタで投稿をしている芸能人のなかでも、女性人気が高いのが小嶋陽菜(こじはる)。たとえば、彼女がインスタでスマホケースを公開した途端、同じものを購入し、インスタにその写真を投稿する女性が急増したほど。

「こじはる好きな女の子同士でフォローし合っていたのもあって、みんな同じような投稿をしていたんです。彼女が好きなキャラクター『テッド』のぬいぐるみと自撮りした写メを載せてました。周りの子もしているし、と思って普通に投稿していたんですけど……」

 ある日、インスタ上で仲のいいフォロワーから、松井さんにダイレクトメールが届いたという。

「『はるかちゃんのアカウント、ネットで晒されてるよ……』と、報告してくれたんです。その子に教えてもらった某大型掲示板のURLに飛ぶと、私のアカウント名の下に『勘違いブス』とか『整形でしょ』って感じの書き込みがあって、かなりショックを受けてインスタをやめました」

 ネット上に晒されたショックで、インスタを去った松井さん。彼女のように、ネット上に晒されているアカウントは星の数ほどあり、その多くに罵詈雑言が書き込まれることもあるという。

「私は精神的に続けることができなかったけど、フォロワーが多いアカウントのなかには晒されてるのを知りながらも、インスタを続ける人もいるんですよ。アカウントを削除したら、それまでに築き上げた数字がなくなっちゃうのが怖いのか、神経がよほど図太いかですよね……」

 誰しも、多少は持ちあわせているだろう自己顕示欲や承認欲求。SNSで集まった「フォロワー」や「いいね」の数から得られる快感は、それらを満たすのにはうってつけの機能なのだ。

 その一方で「いいね」やフォロワーの“数”を意識し続けることで精神的に疲弊してしまった、というユーザーも後を絶たない。もしかしたら、炎上してもなおキラキラ投稿を続けられるほどの猛者でなければ、SNSに手を出してはいけない時代がくるのかもしれない。

※写真はイメージです

外部リンク

キャリアは「決める」ものではなく「偶然」を掴み取るもの

AIの台頭や一層のグローバル化、就活の地殻変動などの影響で到来する「仕事が消滅する時代」。本連載では、藤原和博氏の最新刊『10年後、君に仕事はあるのか?』の内容をもとに、「高校生に語りかける形式」で2020年代の近未来の姿や、未来を生き抜くための「雇われる力」の身につけ方などをお伝えしていく。今回は連載第7回目、テーマは「人生設計」。

人生は出会い頭の事故から始まる

 意外に聞こえるかもしれませんが、人生をあらかじめ設計しようとしてもうまくいくものではありません。99%が偶然の出会いによって起こると言っても過言ではないでしょう。

 人との出会いには限りません。物事との出会い、ちょっとした経験、偶然置かれた環境……そうしたものに影響されて、人生はどんどんズレていくものなんです。

 野球のイチロー選手やサッカーの香川真司選手、あるいはフィギュアスケートの羽生結弦選手や卓球の福原愛選手のような、まっすぐな人生を歩める人は稀です。

 逆に言えば、9割以上の人は運命づけられていない人生を歩みます。

 最初に入社した会社で、ある程度人生が決定されたのは、親の世代まででした。君たちは、どんどんズレていっていいんです。

成功する人のキャリアも偶然によって形成される

 成功した人物がよくインタビューを受けて、自分の人生を振り返ることがあります。小さい頃にこういうところに連れて行ってもらったとか、おばあちゃんが何度もこういうことを言っていたとか、この本に影響を受けたとか。

 もちろん、それぞれの心温まるエピソードは嘘ではないと思います。ですが、それらはやはり、成功者が改めて過去を振り返って記憶をたぐり寄せ、再編集した物語なんです。「小さい頃からおままごとが好きだった」+「おばあちゃんから入学祝いにエプロンをプレゼントされた」+「家庭科の先生に教わったカレーのレシピが忘れられない」……とくれば必ず、レストランのシェフとして成功した人に結びつくように思えてしまいますよね。

 実際、自分がオーナー・シェフとして人気店を構えた成功者はそのように語るかもしれない。

 でも、その3つの経験をした人は1万人いるかもしれません。そのうち、料理業界に入った人は多くても10%。ましてや店を持つまでに成功する人は1%以下だと断言できます。

 つまり、みんな偶然に支配されて生きているんだけれども、改めてインタビューされて記事にまとめるときには、一本筋が通っていたほうがわかりやすいから、筋が通った物語にしているのだと考えたほうがいい。書籍に書くときは、この傾向はもっと強くなります。一本筋が通っていないとじつに読みにくくなるからです。

 だから、成功者が語る過去のエピソードを聞いて、自分も同じことを経験すればそのようになれるとは信じないでください。君が生きる時代とは、タイミングも、チャンスも、技術も、環境も、みんな違うんですから。

外部リンク

子どもの急病にも安心!小児科医が待機する医療相談が人気

 子どもが夜間に突然、熱を出す、嘔吐したり腹痛を訴える……。その様子に驚いて、救急外来に駆け込んだ経験を持つお母さん、お父さんはいらっしゃるだろうか。おそらく、大半の方が、イエスと答えるに違いない。

 統計によると、救急外来を受診する子どもの9割が、入院不要の軽症者。投薬などで、その日中に帰宅できるケースが大半である。もちろん、中には急を要する重篤な場合もあるが、自宅で過ごしていてもよい子どもも多く受診しているのである。

 とはいうものの、親にとって子どもの体調は何より気になるのも事実。身近な医療の専門家に相談したいものだ。

 こうしたニーズに応えて、ネットを利用した様々な医療支援サービスが増えているが、いま注目を集めているのが、小児科オンラインである。これは小児科に特化した遠隔医療相談で、電話やLINE、Skypeを利用して、子どもの体調を相談できるサービスだ。平日18時から22時まで、現役の小児科医が相談に乗ってくれる。料金は月3980円の定額制。1回の相談は10分以内だが、相談は何度でもOK。回数に制限はない。

 2016年5月に始まったこの小児科オンライン。0歳児から15歳までを対象としているが、相談で多いのは、0歳児だという。特に1人目の子どもを育てているお母さんからの相談が多い。「便秘に対して家でできることは何か」、「ミルクを飲まないが大丈夫だろうか」、「うちの子の発達は遅れているのでは」、こういった様々な相談が寄せられている。

写真や動画を医師に送れば 具体的なアドバイスが可能

 サービスを開発したのは、小児科の医師である橋本直也氏(株式会社Kids Public代表)。立ち上げた背景には、自身の医療現場での体験がある。

運営にあたるのは、現役の小児科医である橋本直也氏。現在、24名の医師が相談に乗っている

「小児科外来にいると、軽症のお子さんを連れてくるお母さんが多いんです。周囲の人から見ると、その程度で病院に行かなくても……という状態でも、お母さんは真剣に心配している。まわりに相談できる相手がいなくて取り残されているのが、いまのお母さんの実情だと痛感したのです」(橋本氏)

 橋本氏は、こういう医療現場の状況を少しでも改善したいと、事業を立ち上げた。ネットが発達し、主婦にもスマホが普及したことで、オンラインでの医療相談に踏み切ったのである。

「なかなか面と向かって医師に聞きにくかったことを話せてラクになった。インフルエンザの流行期には感染が怖いので病院に行くのをためらうが、ネットで相談でき安心した。利用している親御さんからは、こういった感想をもらっています」

 対面相談ではなく、オンラインで大丈夫なのか?という疑問をお持ちの方もおられるだろうが、例えば、テレビ電話などで保護者と直接、コミュニケーションをとることで、伝えられる情報も多いという。

 親や子どもの不安を解消するだけでなく、この事業は将来的な目標を掲げている。

「こういった遠隔相談は、医療費の適正化につながると考えています。例えば、病院の外来で夜18時に0歳児が受診した場合、約5000円が医療費として発生します。乳幼児の場合このうち2割が自己負担額ですが、それも行政の補助があり、結果的に窓口負担は0円という自治体が少なくない」

 実質的な出費がないので、親も躊躇せずに病院へ行くようになるという側面もあるわけだ。

「もちろん、気軽に病院に行けるのが、日本の保険診療の良さなのですが、この医療費には当然ながら税金からの支出も含まれます。本当に受診すべきお子さんだけが受診する社会を実現できれば、小児の医療費は適正化されるはずです。ここにも私たちは貢献したいと思っています」

海外在住日本人向けの サービス展開も強化

 小児科オンラインは、個人ユーザーだけでなく、福利厚生としての導入や、企業の健保組合との連携も行っている。組合員は無料で利用することができるという仕組みだ。また、海外で子育てをする日本人へのサービスも始めている。シンガポールでは現地のクリニックと提携し、受診者にネットサービスが利用できるようにしている。健保、海外施設との連携を、今後、強化していく予定だ。

「現在、困っている親御さんからは費用をもらわないようなビジネスモデルを中心に展開しています」という橋本氏。

「この事業に込めたいちばんの願いは、お母さんたちの不安に寄り添うことなんです。軽症でも病院へ行くのは、親御さんがそれだけ不安な状況に置かれている証拠。親が生き生きしてこそ、子どもは元気でいられるのだと思います」

 急速に増えつづける日本の医療費。加えて、人口が減少する地方では、病院も医師数も減っているのが現状だ。特に子育てに必要な小児科や産婦人科こそ不足が顕著だ。その結果、病院へ行こうとしても遠くて時間がかかり、その分、通院費用も高くなってしまう。ネットを活用した医療サービスは、これからますます需要が拡大することは間違いないだろう。

(吉田由紀子/5時から作家塾(R)

外部リンク

年商1000億超ジャパネットたかた流「伝え方」の極意

あの独特の声と「伝え方」にどんな秘密があるのか

 一時期、会社の社長をしていたことがある。小さなソフトウェアベンチャーで、社員といえば開発担当の技術者しかいない。そこで、営業活動は社長である私が引き受けることになった。

 私自身も元は技術者だ。売り込む商品の技術的な特長や優位性は十分理解していると自負していた。自らパワーポイントで資料を作り、見込み客の企業を訪問しては、自社の商品がいかに素晴らしいかを説いてまわった。

 営業活動を始めてしばらくして、あることに気がついた。私の説明に対して、「よくわかった」と納得する人は一定数いた。しかし、逆に「よくわからない」と言われてしまうことも少なくなかったのだ。

 こんなに丁寧に説明しているのに、なぜ理解してもらえないのだろうと、じっくり考えてみた。そして、技術の説明ばかりに一生懸命になりすぎていたことに思いあたった。

 そこで、説明の重点を変えてみた。商品を使うことで何がどのように便利になるか、利用シーンとメリットを中心にして、技術の説明は参考程度にとどめるようにしたのだ。

 それが功を奏したのか、ようやく購入を検討してくれるお客様が増えだした。この時ほど「伝えること」の難しさを痛感したことはない。

 私は対面で説明したので、相手の反応に合わせて説明を変えることもできた。だが、客の顔が見えない通信販売ならどうだろう。商品の良さを伝えるのはさらに難しいに違いない。

 本書『伝えることからはじめよう』の著者は高田明氏。テレビショッピング番組「ジャパネットたかた」の人、と言えば、その容貌と独特の甲高い声が思い浮かぶのではないだろうか。

 高田氏は1974年に、父親が経営していた「カメラのたかた」に入社。観光写真撮影販売から事業拡大し、86年に分離独立して株式会社たかたを設立、代表取締役に就任した。90年からラジオショッピング、94年にはテレビショッピングに参入し、通信販売事業を本格的に展開。99年にジャパネットたかたに社名変更した後も順調に売上を伸ばし、同社を年商1700億円の大企業にまで育て上げた人物だ。

 高田氏は、2015年1月に社長の座を長男に譲り退任。翌年1月にはテレビショッピングのMCとしての番組出演も「卒業」した。現在はA and Live 代表取締役として、「おさんぽジャパネット」という番組のみに出演している。

 高田氏がラジオショッピングを始めた当時の常識では、ラジオの通販で1万円以上のものは売れないはずだった。しかし「カメラのたかた」は最初からラジオショッピングで2万円のカメラを売った。2年目くらいからは10万円超の高額商品も販売した。その後、メーカーが大量在庫を抱えていた20万円を超えるパソコンを5000台近く売ったこともあった。

「ジャパネットたかた」のテレビショッピングは、有名タレントを一切使わない。社長の高田氏が自らMCを務め、それぞれの商品の優れた点、役立つところなどを、とてもわかりやすく説明してくれる番組だった。高田氏の語りには商品に対する熱い思いさえ感じられた。つい引き込まれて、「買ってみようかな」と思った経験のある人は多いだろう。もちろん、実際に買ったことがある人も少なくないはずだ。

 そんな高田氏のラジオやテレビを通じた語りには、いかなる秘密が隠されているのか。

自分が何を伝えたいかではなく、相手にどう伝わるかが重要

 コミュニケーションでもっとも大事なのは「伝えること」ではなく「伝わること」。高田氏はそう説明している。テレビショッピングでは、商品の良さをただ「伝える」のではなく、どうしたら視聴者に「伝わる」かを第一に考える。つまり相手の立場になり、「伝わる伝え方」を探っていくのだ。

 商品の良さを伝えようとすると、どうしても商品自体の特長をアピールしたくなるものだ。デジカメであれば、画素数がいくつで、従来品と比較してどうだとか、ズームやフォーカスなどの機能が他の製品とどう違うのか、といったことをくどくどと話したくなる。

 だが高田氏は、いくら「画素数がこんなにすごいんですよ」などと言ってもカメラは売れないとわかっている。そのかわりに、撮った写真の美しさ、写真を撮ることの素晴らしさをわかりやすく伝える。そのカメラを手にした気持ちになって話すのだ。そうすれば画素数の説明などしなくても売れるのだそうだ。

 また、高田氏が一眼レフカメラを紹介した時、こんなことを言った。「お子さんを良いカメラで撮った写真の中から毎年1枚を選び、引き伸ばして印刷します。そうすると成人式までに20枚揃います。それを成人祝いにしたら、最高の贈り物ができますよ!」。商品を使うことで、どのように生活を楽しく、豊かにできるかを説明すると共感が得られ、購入に結びつきやすくなる。

 さらに高田氏は、商品の説明に専門用語を一切使わない。「カメラのピントを合わせて」ではなく、「距離を合わせて」と言う。ズームという単語を使わずに「近づかなくても、遠くにあるものを大きく撮影できる」と説明する。

 伝わるコミュニケーションには「ミッション」と「パッション」が不可欠だとも言っている。

「ミッション」というのは、自分がその商品の良さを伝えることに使命感を持てるかどうか。「なぜ伝えたいのか」を考える視点だ。「パッション」とは、自分がその商品を本気で紹介したいという「気迫」をもてるかどうかを指す。高田氏は自分自身が、このミッションとパッションを感じられる商品しか紹介しないのだという。

 先に紹介した一眼レフの説明では「親子のかけがえのない思い出づくりに役立ちたい」という「ミッション」を本気で感じていた。では、その時の「パッション」はどうだったか。それは「自分もそのカメラで子どもの写真を撮りたい」と本気で思うことだ。

 そういったミッションとパッションがあるからこそ、自ずと言葉に気迫がこもる。その気迫が、視聴者に「買ってみようかな」と思わせるのだ。

現代に引き継がれる「離見の見」の極意

 本書を読むと、高田氏の勉強熱心さにも驚かされる。なんと世阿弥の『花鏡』や『風姿花伝』を愛読しているというのだ。世阿弥といえば、室町時代に父親の観阿弥とともに、今に続く能の基礎をつくり上げた人物だ。日本史の教科書にも登場するので、その名前に見覚えのある人も多いだろう。

 高田氏は、世阿弥の教えや考え方を、自身の「伝わるコミュニケーション」に取り入れているという。声を出すまでのステップや間の取り方である「一調・二機・三声」という考え方や、物語を展開する骨子である「序破急」などである。

 また、世阿弥の『風姿花伝』にある「我見」「離見」「離見の見」という3つの視点は、高田氏の「伝わるコミュニケーション」に通じるものがあるのだそうだ。

「我見」は自分の側から相手を見る視点だ。能でいえば、舞台に立つ演者(自分)が客席や観客を見ている。「離見」は相手が自分を見る視点。つまり観客が演者を見る。そして「離見の見」は、離れた場所から舞台上の自分と客席の全体を俯瞰的に見ることだ。

『伝えることから始めよう』 高田 明 著 東洋経済新報社 271p 1600円(税別)

 これを高田氏のコミュニケーションに当てはめると、まず、売る側が商品の特長や性能をアピールするのは我見である。「こんなふうに使うといいのでは?」と、買った人の立場で考えるのが離見。そして、離見で考えたり気づいたことを、相手に伝わるようにするための表現を考えるのが「離見の見」となる。

「我見」「離見」「離見の見」は、商品の販売以外にも、さまざまなコミュニケーションに応用できる。自分が伝えたいことと、相手がそれをどう受け止めるかとを考えた上で、どのように相手に伝わるよう伝えるかを考える。それこそが、あらゆるコミュニケーションを円滑に進める極意ともいえる。

 世阿弥の時代から約600年経て、日々伝えなければならない情報量が格段に増えているのは間違いない。だが「伝える極意」は今も昔も変わらないようだ。

(文/情報工場シニアエディター 浅羽登志也)

外部リンク

40代から別分野でプロを目指すには「社会人基礎力」がカギ

40歳を過ぎてから 別の分野でプロを目指す

 前回、プロフェッショナルとしての存在意義の拡大という話をしました。今回は、人生の半ばからそれまでとは違う領域でプロになれるのか、という話をしたいと思います。

 多くの方は大学を卒業したばかりの頃は、まだ何かのプロになっているというわけではないでしょう。日本に比べて海外では、出身学部と職業の間により密接な関係があります。その観点から言えば、大学卒業後、すぐにプロのスタートラインに立っているという感じなのでしょう。

 日本でも理系の修士レベルであれば、比較的出身学部と仕事内容とは互いに連関している場合もあるし、博士レベルであれば、研究職として学んできた学問と仕事がかなり密接に紐づけられます。

 しかし、文系学部の場合は仕事と出身学部の間には関連性はほぼなく、様々な企業に、ホワイトカラーのいわゆる“ゼネラリスト”として採用されることが多いのではないでしょうか。

 いずれにしても会社に入りたての20代はキャリア成長論(第20回「50歳を過ぎても成長できる人は、40代までをこう過ごす」等参照)で繰り返し述べているように、これからようやく型にはまる時期ですから、プロというよりは見習いです。

 実際にプロを目指すのは30代からでしょう。日本企業で一角(ひとかど)の存在になるにはとても長い時間がかかるわけです。

 今、本連載をお読みの方は40代以上の方が多いでしょうから、皆さん一角のプロとして、すでにそう簡単には他者が真似のできない仕事をされているものと推察します。

 それを前提に、ここまでに至る長い道のりを一度、振り返ってみてください。そして、今からもう一度「同じことを繰り返せ」と言われたら、あなたはどのように感じるでしょうか。たぶん多くの方は、「勘弁してくれ」と言うでしょう。「あの長い修業時代をもう一度なんてとても無理だ」――そんなふうに感じるのではないでしょうか。

 私は28歳で大学院に戻り、2年間、勉強した後にそれまでのマーケティング分野でのコンサルティングから、人と組織分野でのコンサルティングに専門分野をチェンジしました。それまでの業務経験はたった4年間。しかも、同じコンサルティング業務の中での専門性の変更という小さなチェンジでした。そんな小さな変化でさえも、またゼロからのスタートかと思うと躊躇がありました。

 これまで積み上げてきたものを失うもったいなさと、再び積み上げる面倒臭さ、長いであろう積み上げ期間に耐えられるかわからない不安…。「こんなことなら元の専門を続ければよかった」と何度も思ったものです。

 ましてやこれが40歳を過ぎ、会社の中でも自他共に認めるプロフェッショナルになっているとすると、「いまさら専門性の転換などとんでもない」という気持ちになるのはよくわかります。

 しかし、実際のところどうなのでしょうか。

 40歳を過ぎたら専門性の転換は無理なのでしょうか。いや、無理でないとしても大変な苦労を伴うのでしょうか。

 それがそうとばかりは言い切れないところが面白いのです。もちろん、職種によっては40歳を過ぎてから作るのが難しい専門性もあるでしょう。たとえば“身体で覚える”類の仕事は、その修業の特殊性も含めて難しいかもしれません。

これから寿司職人にさえ なれるかもしれない

 若いうちの方が身体も柔軟ですから、覚えも早いでしょう。だから修業は若いうちに積むのが理に適っているわけです。

 ところが、そんな、身体で覚える技が必要な職種でさえも、近年は合理的な指導法を取り入れることで、短期間で基礎的な技能を教え込んでいる例もあります。たとえば、「寿司和食インターナショナルアカデミー」をご存じでしょうか?

 同アカデミーによれば、わずか1ヵ月の合宿授業で即戦力として働ける技術が習得できるといいます。しかも寿司の技術だけではなく、和食の基礎も併せてです。その後、短期間での起業までサポートするそうです。こうした学校が、今はたくさんあります。

 さて、これが可能だとすると、これまで言われてきた「10年かかってやっと入口」といった長い、長い修業期間の意味は何だったのでしょうか?無駄な時間だったのでしょうか?

 もちろん、そうは思いません。寿司職人になろうと志すのは多くの場合、高校を卒業したばかりの18歳前後でしょう。そうすると、10年修業しても28歳。キャリア成長論でいうと、やっとプロフェッショナルとしての旗印を掲げる入口です。

 (寿司)職人10年修業説はこんなところからきているのではないでしょうか。18歳の少年が一人前になるには寿司の技術だけではなく、人間としての成長や社会人としての常識を身につける時間も必要なのだと思います。

 そして、寿司の基本的な、仕事で使える基礎技術だけに絞るなら「寿司和食インターナショナルアカデミー」のカリキュラムは妥当なのでしょう。そして、従来型の寿司職人としての一人前になるための10年修業を、社会人基礎・料理人基礎と寿司技術の両方の習得にかかる時間だと考えれば納得がいくはずです。徒弟制も寿司アカデミーもそもそも狙いが異なるのだから、双方共に意味があることになります。

 さて、ここでもう一度我々の分野でのプロフェッショナルのキャリア形成に戻りましょう。

 我々が「辛く長かった修業時代」と言う時、それは寿司職人の社会人基礎・料理人基礎を身につけるための10年間のことを指しているのでしょうか、それとも寿司アカデミーのような実践的カリキュラムのことを指しているのでしょうか。多分、前者を指しているのだと思います。

 ということは、40歳になってすでに一角のプロになっている方が、別のプロフェッショナリティを身につけようとした時に、何も社会人基礎の10年間からやり直す必要はないのです。ここはすっ飛ばして、寿司和食インターナショナルアカデミーと同じ短期間修業をまず行い、その後は基礎技術をベースに独自の境地を磨いていけばいいのです。

40歳から新たな分野で プロになったサラリーマン

 よくテレビで、芸達者な役者さんや歌手やお笑い芸人の登場する番組を観ることがあります。たとえば元々お笑い芸人なのに芝居もうまいし歌も歌える。少々硬派な番組の司会も巧みにこなすし、絵を描けばあっという間に仕上げ、出来栄えはプロ並み…。そんな方がいます。

 私たちはそんな方を見て特別な人だと思いがちですが、そうではないと思います。私は多くの方がマルチなタレント(才能)を持っていると思っています。今あるプロフェッショナリティのベースにある社会人基礎力が充実してさえいれば、その上にいくつもの柱を新たに立てることは、それほど難しくないのではないかと思うのです。

 いつの間にかその道のプロになっている、そんなプロへの道が実はあるのです。一つケースを見てみましょう。このコーナーでもかつて紹介させていただいたケースです。

 Nさんは、元大手広告会社の社員です。東京の国立大学を卒業し、入社後、大阪から東京と営業畑を歩んでいましたが、入社から5年ほどして、それまで心に秘めていた環境問題を学ぼうと休職して渡米し、留学をしました。

 帰国後、人材開発室に配属、そこから様々な部署を渡り歩きますが、一貫して自身のテーマである環境やサステナビリティ(持続可能性)に関連する業務を行ってきました。さらに、社外活動として、多数のワークショップを企画したり、4つの大学や大学院の講師を務めるに至ります。加えて屋久島の庵で、人と人、人と自然、人と自分自身を見つめ直すワークショップ施設を開き、今ではその庵の主になっています。

 彼は在職中に、ワークショップに関する本を出版しました。それがきっかけとなって講演や実際のワークショップの企画の話が舞い込むようになり、ワークショップ企画プロデューサーという肩書を持つようになりました。

 Nさんの転機は40歳の時だったそうです。いろいろな理由から会社を辞めようと思ったそうですが、その時に「自分は何で食っていけるんだ?」と自問自答をしました。「自分は何者なんだ?何ができるんだ?」と考えていくと、「これまでやってきたことは、所詮、他人の褌で相撲を取っていたようなものだ」と気づいたのです。

 だから、自分の手の及ばないところではなく、小さくてもいいから自分でやれる範囲のことをやろうと思ったそうです。そして、二つの決意をしました。一つは規模が小さくてもいいから自分の納得できるワークショップを作ろうというもの。もう一つは、それまで交流のあった仲間と、相応の時間を掛けて、本当にやりたいこと、自然と、その先にある自分らしさに出会い、最後に自分の天職を作る「自分という自然に出会う」という、生き方を見つめるワークショップを作り上げることでした。

 基本にある考えは、仕事というのは一つではなく、自分らしさや、自分が何者かを考え、そこから見える自分の存在意義や純粋意欲を活かせるものも天職という一つの仕事であり、それはお金にならなくても人生を豊かにする、というものでした。それを見つけていくワークショップです。

 Nさんのテーマは、自分探しであり、環境問題であるわけですが、彼がワークショップを行う上で身につけた新たなプロフェッショナリティは、ファシリテーション(会議などの集団活動がスムーズに進むように、成果が出るように支援すること)の技術でした。参加者をファシリテートし、自ら気づくべきことに気づくように導く。実際のワークショップ経験を通して、彼はその道のプロになっていったのです。

 Nさんの例は、社会人基礎力、会社で用いる専門知識、ならびに元から身につけていた基礎学力に加え、人柄(人間性、性格)や問題意識などが見事にかみ合って構築することのできた新たな40過ぎからのプロフェッショナリティだと考えられます。

何よりも重要なのは 社会人基礎力である

 誰であっても、すでに何らかの分野のプロであれば、社会人基礎力の上に新たなプロフェッショナリティを立てることはできると思っています。逆に言えば、社会人基礎力とはそれほど重要なものなのです。

 経済産業省によると、社会人基礎力は三つの能力(12の能力要素)から構成されるといいますが、当然職種によってそのどれが特に求められるかは変わってくるわけです。ここのマッチングを図ることも大切です。

 少し説明しましょう。社会人基礎力とは基礎学力・専門知識を活かす力と位置づけられます。基礎学力は「読み、書き、算数、基本ITスキルなど」で、専門知識とは「仕事に必要な知識や資格など」。社会人基礎力は、「前に踏み出す力、考え抜く力、チームで働く力=これが三つの能力」です。また、これらの力のベースとして「人間性、基本的な生活習慣」を位置づけています。

 12の能力要素とは以下のようなものです。

・前に踏み出す力(アクション)=主体性、働きかけ力、実行力
・考え抜く力(シンキング)=課題発見力、計画力、創造力
・チームで働く力(チームワーク)=発信力、傾聴力、柔軟性、状況把握力、規律性、ストレスコントロール力

 もし、今の仕事を行う上で、「今の自分の社会人基礎力で足りているが、新たな専門性を身につけようとすると足りない部分がある」ということになれば、社会人基礎力のブラッシュアップも必要になるかもしれませんし、もしかしたら基礎学力まで遡って鍛え直すべき部分があるかもしれません。

 しかし、重要なことはいたずらに「新たなプロフェッショナリティを獲得するなんて無理だ」と決めつけずに、できているものとできていないもの、足りているものと足りないもの、強味として生かせるものなどをしっかりと見極めて、効率的に自分改造を行うことです。

 しっかりとプロフェッショナリティの構造分析を行い、勇気を持って取り組みましょう。そうすれば、新たな地平が意外と早く、目の前に現出するはずです。

※写真はイメージです

(一般社団法人 社会人材学舎 代表理事 野田 稔)

外部リンク

「働き方論争」が噛み合わず不毛に終わる理由

「働き方改革」という言葉が飛び交っているが、何を意味するのだろうか。そもそも現段階においてすら、働き方は一様ではない。

 現代の日本には、大きく分けて4つの働くスタンスがあり、働き方の問題についての意見は、だいたい、そのどこかの立場からの発言となる。そして、少なからず「噛み合わない不毛な論争」が展開されてしまうのは、お互いのスタンスに対する理解が欠けているからではないかと思う。

 働くスタンスは、仕事に対する充実感の度合いと、生活におけるマインドシェア(生活の中で仕事が占める割合)の高さによって決まる。無意味な争いを止めるためにも、個々の主張を一度整理してみよう。

◆「仕事こそ生き甲斐」群

 仕事を通して人は成長する。仕事に没入して初めて自分の限界を超えていくことができる、と考える人たち。そこには「成果」と「能力の向上」があり、仲間と共に働く「協働の喜び」がある、というのが基本的な考えだ。この領域の人とて、長時間の労働を「良し」としているわけではないが、仕事に没入すれば寝食を忘れ、あっという間に時間が過ぎ去るし、別のことをしていても、場合によっては寝ていても、突然新たなアイデアを思いつき、ブレークスルーを起こすような仕事につながることもある。仕事で生み出される創造的な知的作業ほど面白いものはない。そして、このような仕事には、工場労働を基本とし、時間によって管理される現在の人事労務の管理手法はまったくマッチしていない、と主張する。

◆「ワークライフ充実」群

 仕事だけでなく、家庭や趣味も仕事と同じくらい充実させていきたい人たち。彼/彼女らは、場合によっては本業の仕事に限らず、副業やボランティアにも挑戦したいとも考える。多面的な活動をする中で、豊かな人生を歩むことができ、また、そのような活動から、仕事にも好影響を与える知見や人脈が生まれてくることも多い。

 現在の日本企業では、社員が会社に長時間ずっと一緒にいる状態が基本となっており、突然重要な打ち合わせが始まる。これでは、その場にいないと大事な情報を入手できず、良い仕事ができない。リモートワークや時短勤務などでは実質的に意思決定のサークルからはじき出されてしまう。こうしたメリハリのない運営をやめて、もっと多様な人が参加できる柔軟な組織運営体制にしたほうが、企業にも個人にもメリットがある、と考えている。

◆「生活のために働く」群

 綺麗事ではなく、生きていくために働く人たち。仕事は生活のための手段だが、生活の維持には多くの時間やエネルギーを要する。特に、人材市場で評価される高い業務能力を保有できていない場合、低単価かつ長時間労働となってしまいがちだ。また、このような仕事は容易に代替がきくため、賃金も上昇しづらい。当人たちも「もっと知恵や能力をつけて、付加価値の高い仕事に従事したい」と一部で考えてはいるが、能力開発の機会も少なく、上がっていけるポストもあまりない。現業部門や若年社員を中心に上司から長時間労働を強いられることがあり、心身に問題を抱えてしまうことすらある。企業は、このような人たちの弱みに付け込んで、長時間働かせ、搾取してはいけない。労働基準法の遵守や社員の健康管理などが強く求められる…、といった主張となる。

 ちなみに、この領域からの発言は、「生活のために働く」本人ではなく、そういったことに疑問を感じ、彼/彼女らを支援する立場の人からであることが多い。

◆「少しは仕事もしている」群

 配偶者が定職についているなどで、自らの仕事によって得られる賃金に依存せずとも生活できる状態にあり、仕事に対してそれほどエネルギーもかけていなければ、やりがいなどの期待もしていない人たち。一定のお金がもらえればいいというスタンスで、税制の問題もあるため、多くの収入を求めていない(もっと上限を上げてほしいという話もあるが、これはまた別の機会に)。時間限定勤務のパート労働がここに該当する。

 しかし、最近はクラウドソーシングなどで新しい請負形態の仕事が増加し、将来的には移民などが入ってくることも予想される。そうなれば、実質的な賃金相場はさらに低下するだろう。今はいいかもしれないが、配偶者のリストラ、離婚などのアクシデントに弱い一面もある。

 さて、それぞれのスタイルから別のスタイルを見ると、以下のようになる。縦を主観、横を客観対象として見ていただきたい。

 このように、働くスタンスごとにまったく考え方が違うため、議論が起こっても当然だ。その中で昨今のもっとも大きな論戦の場は2つある。

議論1 「仕事こそ生き甲斐」群×「ワークライフ充実」群

 目下の主要な論戦場の一つ。仕事こそ生き甲斐派は、ワークライフ充実派に対して懐疑的だ。たしかに、ワークライフ充実派にも優秀な人はいて、「仕事も一流」「趣味の世界でもスゴイ」という人もいる。しかし、そんなのはごくごく稀。ライフの充実は大事だし、それを否定するものではないが、「まずはきちんと仕事で成果を出してからにしてくれ!」というわけだ。そもそも、「競合と必死の戦いをしているのに、そんなキレイごとを振りかざしてさっさと帰られたら会社は回っていかない。お前の給料はどこから出ていると思ってるんだ!」「少々の残業で泣き言をいうとは何事か」と生きがい派は吠える。

 ワークライフ充実派から見れば、生き甲斐派の生き方は意味不明。「生き甲斐とか言っているけど、視野狭窄で、会社のことしかわからない人たちだ。あんなのは社畜のようなもの。家に帰ったら、粗大ごみ扱いされるから、会社にいたいわけでしょ。そして、お得意の長時間労働の中身は、『仕事』というより『調整』という名の仕事ごっこ。もっと能率よくやる方法を考えたら?」となる。残業も「あなたたちが若かった時代の残業100時間って、モノを届けたり、単純な計算をしたり、書き写しをしたり、で頭を使う時間など少なかった。今の残業とはまったく中身が違うのだ」となる。

議論2 「仕事こそ生き甲斐」群×「生活のために働く」群

 もうひとつの論戦場がこれだ。仕事こそ生き甲斐は「仕事そのものにやりがいと成長の機会があるのに、気づかないのはもったいない」と言う。一方、生活のために働く派は「やりがいなどという幻想にまどわされているが、実際には搾取されているだけ」と主張する論争が展開されている。

 社会の指導的立場にある(あった)人の多くは、「仕事そのものにやりがいを見つけることのできた人」であり、普段から会う仲間もまた、そういう恵まれた人たちだ。だから「生活のために働く人の実情」やその「仕事内容」をリアルに感じられていないことも多い。そのため、「あなたたちは、労働時間を減らせなどと言うが、時間なんか気にしていたら、創造的な仕事はできない」などと的外れな指摘をする。

 一方、生活のために働く人も、生き甲斐派の言う「仕事は創造的で協働的なもの」だと実感できるようなことにはめったに出合わないため、「仕事に充実感?ウソだろう」と思っている節がある。「仕事に生き甲斐などないし、そんなことを強制してくるな」というわけだ。たしかに、日々の仕事が繰り返し作業であれば、そこに生き甲斐を見つけろといわれても、困るだけだ。

 このように、互いの状況をわかり合えないままに空疎な論争が進むのだが、相手の考え方の問題を指摘するばかりで、実質的な議論になっていないのが実情だ。

働き方の論争をする前に、互いの実情を知ろう

 互いにわかり合えないとしても、4つの働くスタンスはそれぞれに実在する。そして、これからも働き方についての論争は続くだろう。

「仕事こそ生き甲斐」だけが正しい働き方だとされている企業では、それ以外のタイプの人は働きにくい。その結果、同種の人ばかりが集まるホモジニアスな組織になる恐れがある。多様性がなくなるデメリットを十分に理解し、対応策を考える必要があるだろう。また、個人としても、仕事に工夫を凝らし成果を上げることで、他の人より高い地位と報酬を得る可能性もあるが、仕事以外の面白いことに気づかず人生を終えてしまうこともありえる。

「ワークライフ充実」の考え方なら、夫婦ともに子育てに参加しながら、安定的に仕事に従事していくことができるので、余裕のある企業はこちらにシフトするのが良いだろう。ただし、組織には頑張りどころがある。競合との熾烈な戦い、新技術への対応、新事業スタートなど、定常運転ではない特殊な修羅場を、平時の安定的な活動しか知らない人がやり抜けるかどうかはかなり疑問である。とくにこれからは、技術革新と地政学的変化が組み合わさった大変動の時代に入るので、企業はまさに非常時の体制を作っていかなくてはならない時期でもある。定常業務と非定常業務のバランスをどのように設計していくかは大きな課題だ。

「生活のために働く」人も、生き甲斐派がいう「仕事にコミットする面白さ」に気づくことを封印するべきではないだろう。一見単調な仕事の中にも、能力を上げる機会は存在するし、実際にそのような職場から優秀なリーダーも輩出されている。お店のアルバイトから経営トップに上り詰める人もいる。確かに、これらは特殊なケースではあるが、これを一部の例外にしないためにも、企業は働く個人のスキルアップを支援する必要がある。一方で、過剰な長時間労働にならようにする配慮も必要だろう。

「少しは仕事もしている群」は、今のところ、税制の変更以外には大きな問題はなさそうだ。しかし、先述したようにクラウドソーシングなどで低賃金化が進むと、現在の仕事が奪われてしまう可能性がある。これについては、お金の問題よりも、仕事を通して生まれるコミュニティの喪失のほうが大きな問題となるかもしれない。気楽に働いて、社会とのつながりも感じられていたのに、その場が失われてしまうかもしれないのだ。また、主となる生計の担い手が、競争の激化やAIの発達などで仕事を失うリスクには備えておく必要がある。

 以上、できるだけフラットに書いたつもりではあるものの、筆者にもバイアスはあるだろう。ただ間違いないのは、人の仕事へのスタンスは千差万別であることだ。正直言って、スタンスの違う者同士がわかり合うのは難しい。ただし、わかろうとする努力をすることなしに、頭ごなしに否定するのはやめていくべきだ。「識者」が多数存在する大企業コミュニティと、中小企業コミュニティ、ベンチャーコミュニティとではまったく違う働き方があるし、柔らかいソフト産業と堅い真面目な製造業ではまるで違う。東京と地方都市などを比べた場合も別世界だ。

 働き方については、できることならいろいろ体験してみて、少なくとも互いの実情を知ったうえで話す必要があるだろう。そうでないと、いつまでたってもイメージしている「仕事の内容」がまったく違うままに、「あなたの働き方は間違っている」と否定し合うことになってしまう。

(プリンシプル・コンサルティング・グループ株式会社 代表取締役 秋山進、構成/ライター 大高志帆)

外部リンク

スマホ全盛時代でも固定電話を解約できない人々の心理

20代の保有率は11%まで下落 それでも固定電話は必要か?

 今、20代の世帯における固定電話の保有率は、11%まで下がっている。固定電話は昔から当たり前のように家の中にあったので、誰も気にしていなかったが、2005年に初めて調べてみたら、その時点での保有率は全世帯ですでに91%に下がっていたという。総務省の「通信利用動向調査」でわかったデータだ。

 その後、毎年のように数字は下がっていき、最新のデータでは、固定電話の世帯保有率が76%にまで下がっている。冒頭で述べたように、中でも非保有率が突出している20代の世帯では保有率が11%になってしまった。30代の世帯でも49%と保有率は半分を割っている。若者からすれば、スマホがあるから固定電話は要らないのだ。

 一方で、筆者のような50歳以上の世帯では、固定電話の保有率はいまだ9割のラインで高止まりしている。その理由はというと「何もない」。確かに「なぜ我が家に固定電話があるのか?」と聞かれても、それに理由はないのだ。

 念のため、自分の昨年1年間の電話代を調べてみたら、毎月の固定電話代はほぼ2300円前後でほとんど変わっておらず、3ヵ月くらいだけ2600円近辺の支払いになっていた。携帯電話に通話量無料プランがついているので、電話をかけるときに固定電話を使う機会はほとんどない。

 結局、固定電話はファクスを送るとき、自宅に電話がかかってくるときだけしか使わないのだが、そのかかってくる電話も知り合いからという場合はまったくなくなった。かかってくる電話は間違いなく、何らかのセールスの電話ばかりだ。だから我が家の電話は、常に留守番電話になっている。

 実は企業でも、状況は似たようなものらしい。先日、ある出版社の編集者と雑談をしていたら、「土曜日に出社すると仕事にならない」という話をしていた。会社は休みなのだが、打ち合わせなどがあって出社すると必ず電話が鳴る。作家からの連絡かもしれないので電話に出てみると、たいがいは今週号の雑誌に関するクレームや問い合わせばかり。仕事にならないので、打ち合わせが終わったらすぐに編集部を後にするらしい。

 企業から見れば社員の時間は人件費だ。かかってくる電話で業務が止まるのはよろしくない。そこで頭のいい銀行は早くから、支店にかかってきた電話を皆、コールセンターで取るようにした。そこで前さばきをして、本当に支店の担当者でないとわからない用件だけを支店につなぐ。コールセンターだって人件費はかかるが、このやり方のほうがムダな電話で人件費がかかることはまだ少ない。

 そもそも電話をするということは、相手の貴重な時間をもらい受けることになる。電子メールがある現在、相手のスケジュールに配慮するのであれば、メールで用件を連絡するほうがマナーにかなっている。逆に急ぎの用件なら、携帯に電話をする。だから業務でも、よほどのことがなければ会社宛てに電話をかけることはない。

 つまり固定電話は、世の中ですでに「無用の長物」と言っても差し支えない状況なのだ。

IP電話への乗り換えで対処可能? 固定電話解約で生じる「3つの不便」

 ただ、予約の電話がかかってくる店舗などがあるので、さすがに日本全体で固定電話をゼロにするのは無理かもしれないが、個人でも会社でも、固定電話が要らないというケースは、現実の非保有率よりも結構高いものなのだ。

 実際、固定電話の保有率は日本よりも外国で早くから低下傾向にある。具体例を出すと、日本人よりも合理的なアメリカ人の場合、固定電話の保有率は全体で45%まで下がってきている。おそらく日本人も、惰性で電話会社と契約をしている人の比率はこれくらいはいるはずだ。

 実は、日本人でも固定電話のコストがムダだと考えている人は多い。その証拠に、NTTの固定電話を解約して「ひかり電話」のようなインターネットサービスプロバイダが提供する安いIP電話に切り替えている家庭が、全電話契約世帯の実に半数に上るのだ。

 月額の固定電話代が2400円だと高いと思う人が、月1500円の電話に乗り換えているのだ。だったら、それをゼロにする気はないのだろうか。そこで考えてみたいのが、固定電話を解約することで何らかの不都合が起きるかどうかだ。一般に、もしあなたが固定電話を解約してしまうと、3つの困ったことが起きると言われている。

 1つめは銀行から住宅ローンを借りられなくなるということ。銀行だけではないのだが、お金を貸してくれる業態では、なぜか「固定電話のない人は信用ができない」という伝統的なものの見方をするらしく、少なくとも将来お金を借りる予定のある人は、はやまって固定電話を解約すると困ったことになる。

 2つめに、子どもが少なくとも携帯を持てるくらいの年齢になるまでは、電話がないと困るということだ。子ども同士で連絡をとる場合に、親の携帯の番号を教えるわけにもいかないからだ。

 そして3つめに、大災害時に携帯では連絡がつかないという問題がある。家に固定電話があったほうが家族や親戚は安心する。

 とはいえ、どれも対処できない理由ではない。子どものいる家庭でも、スマホやパソコンで050番号の別の電話を受けられるようにして、それを子どもに使わせれば、家に固定電話は要らなくなる。災害時に備えて、災害掲示板のような公的な仕組みを家族同士で使うことを予め決めておきさえすればいい。ファクスだってインターネットで送受信するサービスがある。

 この050番号のIP電話に加入することは、銀行に関しての対策にもなる。050から始まるNTTのIP電話サービスに加入して、「これが我が家の電話番号です」と言い張れば、さすがに天下のNTTの番号に非を唱えることは銀行でもしづらいだろう。

 そもそも固定電話に入っている人が迷惑電話をブロックするために使うのも050で始まるIP電話だし、会社でも050電話を使うケースが増えている。IP電話に対する認知が広がっているから、昔のように頑なに「市外局番のある電話番号のない方にはお金をお貸しできません」という銀行ばかりではないのだろう。そうしておいて、その050番号を固定電話で受けるのではなく、スマホで受信すればいいのである。

シニアの9割が解約しないのは 料金への不満がないから?

 しかるに、固定電話を解約しない人がなぜこれだけ多いのか。

 突き詰めて考えると、シニア以上の世帯で9割の家庭が固定電話を解約しないのは、結局、月々の電話代が目くじらをたてるほど高くなくなったからではないか。昔は家族に長電話をする人が1人いるだけで、月の電話代が簡単に1万円を超えてしまったものだ。それと比べて今の電話代のレベルなら、緊急連絡のための投資だと割り切っても大した話ではないというのが、大半の固定電話保有者の本音ではないだろうか。

 そういう人に1つだけアドバイスがある。実は、私は自分の会社を創業して8年目に、会社の固定電話をなくしてしまった。会社のことなので、家族からは一切反対がないし、オーナー社長なので社員も反対しない。固定電話を止めるのは簡単だった。それでわかったことがある。

「電話がかかってこないと邪魔をされずに、自分の時間を楽しめますよ」

 そう。固定電話を持つか止めるかは、実はお金の問題以上に、外からの電話で自分の時間を中断されないという、「プライスレスな体験」の問題であると思う。

(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)

外部リンク

清水富美加が芸能界総スカンでも世論を味方にできた理由

02.28 08:00 MANTAN/AFLO

清水富美加さんの出家騒動と、幸福の科学側の主張が連日、芸能マスコミを騒がせている。芸能界からのコメントは批判的なものが多いが、これを情報戦として見ると、芸能界のブラックぶりを主張する幸福の科学の戦略は、かなりいい線を行っていると言える。(ノンフィクションライター・窪田順生)

批判コメント続出だが 善戦している清水サイド

 これはもしかしたら日本の芸能ビジネスの構造を変える「奴隷解放運動」につながるかもしれない――。

 連日のようにワイドショーを賑わす女優・清水富美加さんの「出家騒動」。コメンテーターや芸能人たちの過半数は、「宗教家になって人を救うっていうけど、撮り直しとかでみんなが不幸になっているだろ」などと、清水さんに批判的なのはご存じのとおりだ。

 当初は「まだ若いから精神的に追いつめられちゃったのかな」なんて心中を察していた人々もいたが、清水さん本人がSNSで「ぜんぶ、言っちゃうね」(幸福の科学出版)という暴露本の告知をしたあたりから、「恩を仇で返すやり方は人としてどうなの」という厳しい声が上がってきた。また、ネット上でも「最初は同情してたけど、炎上商法だったのか」と批判的にとらえる人も増えてきている。

 このように賛否両論でいえば、明らかに「否」が多くなってきている清水さんと「幸福の科学」のやり方だが、「情報戦」という観点でいえば、決して「悪手」ではない。むしろ、かなり善戦をしているくらいだ。

 独立を目論んだ元SMAPの4人が見せしめのように「公開謝罪」させられたことや、朝ドラ女優の能年玲奈さんが、ぱたりとテレビから消えたことからもわかるように、「独立騒動」は9割方、タレント側が痛い目に遭って終わる。

 いや、大御所タレントだと、個人事務所でやっている人もちょいちょいいるじゃないか、と思うかもしれないが、ほとんどは「独立」をうたいつつも、実態は別の大手事務所の庇護下へ移っただけであったり、多額の「手切れ金」を事務所側に支払っても一定期間は干されたりと「重い代償」を支払わなくてはいけない。

事務所が仕掛ける情報戦に タレントは泣かされる

 そんなワンサイドゲームになってしまうのは、ネットでよく言われる「テレビ局への圧力」もさることながら、事務所側がなじみの芸能記者たちを用いておこなう「情報戦」も無関係ではない。

 SMAP解散騒動の時、連日のようにスポーツ紙上に「関係者」を名乗る者たちが現れ、「キムタクは事務所に恩を感じた」とか「中居くんはクーデターを後悔している」など、さまざまな情報が出たのは記憶に新しいだろう。能年さんの時も、「演技指導の先生に洗脳されている」なんていう話が「関係者」によって広められた。

 どんな人気タレントといえども、しょせん「個人」なので、事務所が持つ情報網には太刀打ちができるわけがない。結果、「恩知らずのワガママ芸能人」か「怪しい人間に洗脳された世間知らず」というレッテルを貼られる羽目になる。イメージ商売をしているテレビにとって、これは致命的だ。悪評の立った芸能人を番組にキャスティングしたら、大手事務所との関係が悪化するだけではなく、スポンサー企業まで敵に回すリスクを負うことになる。

 今回の清水さんも同様に、さまざまなネガティブ情報が芸能メディアで報じられているものの、これまでとひとつ大きく違うのは、タレント側が「カウンターパンチ」を打てているという点だ。

 霊言本を多数出してきた幸福の科学出版のインフラを利用した暴露本の出版だけではなく、清水さん自身がSNSを開設し、積極的に反論や自身の主張を発信できている。これまで「世間知らずのワガママ」とか「洗脳された」というレッテル貼りをされるだけで防戦一方だった独立タレントとしては、画期的な戦い方と言えよう。

清水サイドが仕掛ける 情報戦の“戦略的ワード”

 いやいや、いくら反論ができるからって、事務所社長の悪口や、仕事への恨みごとばかりじゃあ、「情報戦」もへったくれもないだろという声が聞こえてきそうだが、そんなことはない。

 清水さん側が仕掛ける「情報戦」からは、金銭的なダメージを極力抑え、清水さんのタレント的価値も損なわないようにという、一貫とした「出口戦略」が感じられる。その象徴が、今回の騒動が持ち上がった際、幸福の科学グループ専務理事・広報担当の里村英一氏が会見で述べたこの言葉だ。

「はっきり言って、芸能界にしばしば見られる奴隷契約、そうした雇用、就労関係があったのが大きな点だと思っている」

「奴隷契約」といえば、韓国芸能界における東方神起の活動休止騒動や、「枕営業」を強要された女優やアイドルが自殺した際などにもメディアを賑わした表現だが、実は日本でもある大物タレントの独立騒動で注目を集めている。

 安室奈美恵さんである。覚えている方も多いだろうが、今から2年ほど前にこんな「文春砲」が世を騒がせた。

 《独占スクープ 安室奈美恵 「これでは奴隷契約です」育ての親ライジング平哲夫社長から独立へ : “後見役”18歳上「音楽プロモーター」とのただならぬ関係》(2014年8月14日号)

 読んで字の如くの内容だが、その後、この独立劇は見事成功する。安室さんは個人事務所「stella88」を設立、所属レコード会社はエイベックスという座組みで活動を継続することを、「話し合い」でライジング側に認めてもらうのだ。

 先ほど申し上げたように、ほとんどの芸能人が一定期間干されるなどの「代償」を払うのが通例。なぜ安室さんはこうもスムーズだったのか。かつて、人気絶頂時に独立をめぐって事務所と法廷闘争を繰り広げた鈴木亜美さんが、勝訴した後も芸能界から姿を消していたことからわかるように、独立を果たしても「腫れ物」扱いされることも多いなか、安室さんはそういう目にも遭っていない。

 いろいろな見立てがあるだろうが、個人的には安室さんが口にしたという「奴隷契約」という戦略的ワードの影響も無関係ではないと思っている。

お得意の守護霊本でも 奴隷契約をアピール

 実は、先ほどの「文春砲」の後に、お約束のようにさまざまな情報戦がおこなわれた。そのなかで、「安室さん側がライジングに謝罪文を出した」という話が流れてきたのだが、そこにも「奴隷」をうかがわせるようなエピソードがちりばめられていた。

 たとえば、「サンデー毎日」(2014年9月7日)によると、「謝罪文」のなかには、安室さんが初めて自身の契約書を確認して、5年の自動更新だという事実を知って、「涙が止まらなかった」「私はいつまで仕事をしていかなければならないのか」という心情が綴れられていたという。

 安室さんのように日本を代表するディーバとして多くのファンに夢を与えている人が、実は今も事務所から「奴隷」のようにこき使われている――。それが事実かどうかはさておき、もしこのような「風説」が広まってしまったら、「いや、俺の方がひどいぞ」なんてことを言い出すタレントも現れる。この世界のガバナンスを揺るがしかねないという大きな損失と天秤にかければ、どういう判断をすべきかは見えてくるだろう。

 かくして安室さんは干されることもなく、独立を勝ち取ることができた。そして、幸福の科学はこういう「成功事例」を意識していたのではないか。でなければ、会見で「奴隷契約」という言葉がスラッと出てくるはずはない。

 事実、幸福の科学側は、一気にたたみかけるように「奴隷契約」の訴求をおこなっている。

「月収5万円」「性的対象になるのが嫌だと言ったのにブルマや水着でDVDに出された」「人肉を食べる役を入れられた」などの清水さんの主張を広める一方で、『芸能界の「闇」に迫る』として、清水さんが名指しで批判しているレプロ・本間憲社長の守護霊インタビュー本を出版、さらに、21日には清水さんと同じく「奴隷契約」で苦しんでいた仲間という位置付けで、能年玲奈さんの守護霊メッセージ本「能年玲奈の告白」まで出版した。

世論の風は 清水サイドに吹いている

 幸福の科学は、完全に「レプロ=奴隷契約の温床」という構図にポイントを絞って攻勢に出ているのだ。

 主張していることが事実かどうかはさておき、これは戦略的には非常にクレバーである。先ほど安室さんのケースで申し上げたような事務所側の「譲歩」を引き出すこともできるし、今後発生する「降板による違約金」をめぐる法廷闘争でも、清水さん側の「望まぬ仕事をさせられ、死を覚悟するほど心身が疲弊していた」という主張を補強できる。

 世論を捉えるという方向性も間違っていない。

 多くの人が指摘しているように、電通社員の自殺に象徴される過労死は、マスコミが大騒ぎをしなかっただけで、ずいぶん前から存在していた。しかし、この時代ではSNSにメッセージが残っていたということもあって、社会的にも大きな問題となり、安倍首相が遺族と面会して、長時間労働の是正を約束するほどの「イシュー」となっている。

 SMAP解散のモヤモヤ、「洗脳」認定された能年玲奈さんに対するモヤモヤ、など芸能ビジネスに対する一般人の不信感もピークに達している。ワイドショーの出演者たちや、芸能人は清水さんのやり方に眉をひそめるが、世論の「風」は、完全に清水さん側に吹いているのだ。

 あとは、幸福の科学がこの「風」をどう生かすかだろうが、現時点ではかなりフットワークの軽い動きを見せている。

 17日、幸福の科学出版が発行する月刊誌「The Liberty」のウェブサイトは、「芸能人の労働環境を糺す会」という団体が発足したと報じた。弁護士が会長を務めるこの団体では、芸能人の雇用契約の内容や労働環境の改善について、東京労働局に「芸能人の労働環境の是正を求める請願」を提出している。

「ブラック企業」を摘発している弁護士や市民団体のように、清水さんのような主張をする「被害者」を募ることができれば、大きなうねりをつくることができるかもしれない。

芸能界の体質は AVスカウトと大差ない

 ただ、なによりも清水さん側に「風」が吹いている最大の要因は、彼らが主張していることの多くが、日本の芸能界がこれまでどうにか伏せてきた痛いところを突いているからだ。

 海外のショービジネスの世界で、「プラピやジョニデも所属する大手芸能事務所」とか「アメリカ芸能界のドン」なんて話を聞いたこともないように、日本のように芸能事務所がここまで力をもつ国は、韓国などわずかしかない。

 世界的に見ると、芸能人は自営業で、エージェントとマネジメントというプロに営業と管理を委託するのが普通だ。つまり、ギャラは芸能人に払われて、そこからエージェンシーとマネージャーに分配される。しかし、日本にはこういう形態は少なく、事務所がもらって「所属タレント」に渡す。芸能人は自営業といいながらも、実は「弱い立場の出入り業者」という扱いなのだ。

 だから、「これまでお前を育てるのにどのくらいかかったと思っているんだ」という脅し文句に屈して、嫌な仕事を受けなくてはいけない。「もう辞めたい」と言うと、「お前のわがままでどれだけの人間に迷惑がかかると思っているんだ」と吊るし上げを食う。

 甘い言葉にだまされてAVに出演する女の子たちが言われることと、基本的には変わらないのだ。そういう意味では、「水着の仕事って言ったって、おかずですよね」という清水さんの言葉は、日本の芸能ビジネスが抱える「闇」を端的に言い表している。

「夢」を実現するにはこれくらいやらなきゃダメだという説得をされて、歯をくいしばる若者たちの背中に、無数の大人たちがぶらさがっている、という芸能ビジネスの構造は、水商売や風俗の世界にも見られる。そのルーツをたどっていくと、明治時代にイギリスから苦力(クーリー、19世紀後半の中国やインドの下層労働者)のような奴隷制度だと指摘された「遊女の年季奉公」にある。

 これが現在、日本を悩ます慰安婦問題にも関わっているのはご存知のとおりだ。この問題が、ちょっとやそっとで解決できない、根深いものだということがお分かりだろう。

 一方的な守護霊本連発など、幸福の科学は相変わらず強引すぎる手法を取るが、対する芸能界も一筋縄ではいかないほど闇は深い。果たして、幸福の科学と清水さんは、この「出家騒動」を「奴隷解放運動」にまで発展させることができるのか。注目したい。

外部リンク

「日活ロマンポルノ」は今なぜ復活したのか?

単なる成人映画の枠を越え、日本のサブカルチャー史に名を残す作品として語り継がれている「日活ロマンポルノ」。その新作が28年ぶりに公開され、話題を呼んでいる。なぜいま、「新生ロマンポルノ」なのか。変化の波にさらされる映画業界で、“持たざる映画会社”である日活が生き残るための戦略を探った。(ダイヤモンド・オンライン編集部 松野友美)

 昨年12月の平日、19時。100年近くの歴史を持つ新宿の映画館・武蔵野館に、映画好きの記者は赴いた。ここでは、日活ロマンポルノの新作『ジムノペディに乱れる』が上映されている。登場人物たちの日常がはかなくも美しい情景描写と共に描かれるなか、10分に1回という高頻度で「濡れ場」が登場する。時には笑えるシーンもあり、どのタイミングで唾を飲んだらいいのか、「初心者」は迷ってしまう。観客の大半は息をひそめて83分の作品に見入っていた。

 後半、主人公の男が植物状態の妻の目の前で看護師と激しいセックスをしたところ、嫉妬深い性格の妻の意識がわずかに戻ったというギャグのようなシーンで、前方の席にいた50代と思しき男性だけが「かはっ!!」と堪え切れずに笑い声を漏らしていた。

新作1作目「ジムノペディに乱れる」(行定勲監督)にはロマンポルノを代表する女優:風祭ゆきさんがカメオ出演している(写真提供:日活)

 普段は1本1800円だが、この日は映画サービスデーのため1本1000円で観られるということもあり、130超のシートは満席だった。往年のファンと思しき50代、60代男性の1人客もいるが、意外に感じたのは、ロマンポルノとはイメージが結び付かない女性客や若者も多いこと。スーツを着た会社帰りの30代前半らしい女性が1人、20代半ばや40代と見られる女性の2人連れが何組か、そして1人で来たらしい大学生の男性がいた。

映画館に飾られたポスターには出演者のサインが並ぶ。上映前には監督や女優による飛び入りの舞台挨拶が行われるなど、ファンには堪らない仕掛けを感じた

 「土日祝日・サービスデーは一般映画と同じようなお客さんが多く、それ以外の平日は男性率が高いです。女性客は監督や出演者のファンの方という印象です」(新宿武蔵野館スタッフ)

 1970年代に大量に製作され、多くのファンを魅了した日活ロマンポルノは、日本のサブカルチャー史に名を残す存在だ。時代の移ろいの中、製作終了となったのは1988年のこと。それがここにきて、28年ぶりに新作が上映されている。今、なぜロマンポルノなのか。作品としての魅力と、製作会社である日活の戦略を分析してみよう。

 そもそもロマンポルノと言っても、「聞いたことはあるけれど見たことはない」「ポルノと聞くとやはり卑猥な感じがして……」という読者も多いことだろう。まずはその歴史を振り返っておこう。ロマンポルノは映画会社の日活が1971年に打ち出した、当時の映倫規定における成人映画のレーベルだ。劇場で公開されたフィクション作品で、現在の映倫審査では原則としてR18+指定(18歳未満の入場・鑑賞を禁止)となっている。

 その誕生から終焉までは、テレビやビデオなど新しいメディアとの戦いの歴史だった。1960年代のカラーテレビの拡大に伴い、それまで大衆娯楽の中心だった映画館は集客に苦戦。時を同じくして、ピンク映画が一般映画のシェアを食い始める。こうした状況下で多くの映画会社が苦戦を強いられるなか、日活も経営難に陥っていた。そこで一般映画路線を大胆に転換し、『団地妻 昼下りの情事』(西村昭五郎監督、71年)・『色暦大奥秘話』(林功監督、71年)を第一弾として「日活ロマンポルノ」の製作に踏み切る。これが大当たりしたのである。

 しかし、80年代以降、今度はAV(アダルトビデオ)市場の拡大に押されてロマンポルノは衰退。88年に一度製作は終了した。振り返ると17年間に約1100本が生み出されていた。

 時代の変化によって役目を終えたロマンポルノだったが、その後、作品をリアルタイムで観ていない若い観客の心を捉えていく。名画座を中心に過去作品の上映リクエストの声が出てきたことに注目した日活は、2012年に「生きつづけるロマンポルノ」と銘打った、過去作品の特集上映を行った。

新作2作目「風に濡れた女」(塩田明彦監督)は、スイス・ロカルノ映画祭で若手審査員賞の3等を受賞した(写真提供:日活)

 2016年には「ロマンポルノ・リブート・プロジェクト」がスタート。2021年が日活ロマンポルノ誕生50周年に当たるため、この節目を前にしての新規企画だ。28年ぶりに製作された新作5作では、『GO』『世界の中心で、愛をさけぶ』などで知られる行定勲監督をはじめ、塩田明彦監督、白石和彌監督、園子温監督、中田秀夫監督の5人がメガホンをとった。16年11月26日から東京・横浜の映画館を封切りに9大都市で上映が始まり、冒頭の『ジムノペディに乱れる』はその1作目。順次、リレーのように新作を公開している。

ピンクの乗っ取り、テレビの台頭 経営危機を乗り越えるための選択

 こうしてロマンポルノは復活したわけだが、技術が進歩し、メディアの主役が変わり、時代とともに競合他社の戦略も変化しているなか、「昔の名前」でどこまで勝負できるかは未知数だ。ニュースでロマンポルノの復活を知った記者も、正直、「お客が入るのか?」と疑問を持った。しかし冒頭のように、実際に映画館に足を運んでみると、シートは埋まり、客層も多岐に渡っている。興味を持って関係者に取材をしていくと、ロマンポルノには「単なるポルノ映画」では片付けられない強みがあり、それが息の長い集客につながっているようだ。

 強みは主に2つ、「作品性の高さ」と「時代への対応力」である。時には環境的な追い風にも助けられながら、苦境の中でその強みを活用してきた日活の姿が浮かび上がる。

 1つ目の「作品性の高さ」については、製作開始当初から現場にあった独特の風土が関係している。もともと日活は、1960年代まで、石原裕次郎、小林旭などのスターを起用した青春文芸やアクション映画を製作・配給してきた。そこで培われたスタッフのクリエイティビティ、技術力、撮影設備などがフル活用され、一般映画の醍醐味も味わえる質の高いドラマとエロスが混ざった映画が生まれたのだ。

 現場は、低予算で作品を量産しなければならないという、経営難の会社ならではの課題を抱えていた。既存の設備を使い、監督やスタッフなどの必要な人材を効率的に組織化してつくることが重視されたのである。

 そこで行われた最も重要な意思決定は、若手を監督に起用したことだ。日活には、社員でない若手の助監督がたくさんおり、さらにその下には、日活映画好きのフリーの助監督候補が山ほどいた。ベテランはギャラが高いが、若手なら会社としても安く使える。彼らに積極的に声をかけ、ロマンポルノを撮らせたのだ。

 もちろん、ロマンポルノ路線への転向には関係者からの反発もあった。しかし一方で、新たな活躍の場に喜びを感じ、一般映画の製作と変わらない熱意を作品に込めようとする者も多くいた。

 「『自分がつくりたいのはそういう路線じゃない』と言って辞められた方もいらっしゃいます。逆に、今までは先輩たちがいてなかなか助監督から上がれるチャンスがない中で、『よし、俺がやってやる!』という社員もいた」(日活 映像事業部門 企画編成部 サブリーダー 高木希世江氏)

 撮影現場は、若手にとって「学びの場」にもなった。ロマンポルノでは、ギャラが高い役者は使えない。演技経験が少なく下手な若手俳優(それが中心だった)に向かって、監督がこまめに演出する必要があった。また、映画好きで一流の技術を持つスタッフの知見も借りながら、予算がない中でいかに切り抜けるかというマネジメント力を培う機会もある。従来からエロスに挑戦していたSP(シスター・ピクチャー)と呼ばれる60分程度の映画を撮ってきた経験も、ロマンポルノに活きた。

 76年に日活に入社し、『犯され志願』(82年)などのロマンポルノ作品を監督し、現在は日本映画大学で教鞭を執る中原俊教授(65)は、「ロマンポルノは、映画を勉強するに格好の題材だった。とっさのときにどうするかとか、学ぶ機会は(ロマンポルノの現場以外で)そうなかったんです」と振り返る。

 そうして撮影されたロマンポルノは、第1作『団地妻 昼下がりの情事』からクオリティの高さが注目され、若手の助監督たちがこぞって参加、しのぎを削るようになった。田中登監督、曽根中生監督なども、ここで助監督から監督に上がるチャンスを手にしている。

 最高の才能が集まった現場での低予算のスモールスタートは、人を成長させる。臨機応変にやらざるを得ない環境が、監督含めスタッフの腕を磨き、気づけば作品の質を高めていたのである。

 この流れは、日活の経営合理化にも一役買った。ロマンポルノが軌道に乗ると、日活は目をかけた助監督たちを次々と監督にし、フリーの助監督を社員にし、ついには助監督の新規採用を始めた。これは、「あまり当たる作品をつくれなくなったベテランの監督や古手の助監督に出て行ってもらうための算段」(中原氏)でもあった。

 雇用の効率化、組織の新陳代謝が売れる作品の量産を後押しするという好循環が生まれ、ロマンポルノは70~80年代の日活の経営を支える超人気作品となったのだ。こうした経緯があったからこそ、製作終了後もファンからのリクエストが絶えず、今回の「復活」へとつながったのである。

 もう1つの強みは、「時代の変化への対応力」である。

新作5作目として公開を控える「ホワイトリリー」(中田秀夫監督)。女性同士の純愛を描いている(写真提供:日活)

 日活映像事業部門長の永山雅也氏は、「時代が変わってきた。幅広く過去の作品も観られる土壌があるという期待と、観客の幅も女性や若者に広がっているという実感もある」と自信を見せる。

 ロマンポルノはAVの台頭によって終焉を迎えたが、1100本に及ぶ過去の作品は日活の資産となり、一部の映画館におけるリバイバル上映やビデオソフト化など、二次的な収益をもたらした。そこに、2000年代に入ってからの鑑賞制限の緩和が奏功した。二次利用にあたって日活が映倫の再審査を受けたところ、作品によっては今の基準に照らすとR15+指定(15歳未満の入場・鑑賞を禁止)のものもあることが判明。ロマンポルノ上映当時の一般指定と成人指定(18歳未満の入場・鑑賞を禁止)の2種類のレイティングしかない時代から、基準が多様化していたため、観客のすそ野が広がったのだ。

 客層の多様化も追い風だ。そもそも今回のロマンポルノ復活のきっかけには、日活が2012年に過去作品の特集上映を行った際、関係者が「女性や20代・30代の若者の観客がついている」という感触を掴んだことがあった。

 80年代~90年代にかけて学生映画や自主製作映画が加速し、今では大御所監督の作品のみならず、フレッシュな感性が光る若手監督の作品にも観客の関心が向けられる土壌がある。とりわけ感受性の高い若者や女性は、ロマンポルノに「時代が一回りした新しい感性」を見出していると考えられる。

 こうした環境変化を見据え、今回の新作にあたって日活が考えた作戦は、「作品のつくり方の工夫」「若者・女性を取り込む工夫」だ。

 現在上映中の新作5作については、映倫再審査の教訓を踏まえ、一般映画のR15+やR18+と同じように観られるつくりにしている。そうすれば、集客のすそ野が広がるからだ。また、上映後も作品をより多くの用途で活用できるよう、放送用のR15+版と劇場用のR18+版を念頭に置いて構成を考え、監督によってはそれぞれシーンカットを撮り分けてもらっているという。

 新しいファンになりそうな若者や女性の目線も、企画段階から意識した。「だれが見ても面白いと思うもの」をつくるため、旧作では女優主体だった製作ポリシーを新作では監督主体にし、ストーリーを重視。プロジェクトも、客層に近い女性や若手のスタッフが中心となり、40代半ばの社員が最年長という構成で動いている。

「エロが主体に見えると女性のお客様は遠のいてしまう。チラシ1つをとっても、身体の露出が多い写真を使うと手に取りづらい人もいるので、デザインにはすごく気を遣いました」(日活 高木氏)

 時代の変化を作品に取り込む「対応力」も、生い立ちから工夫の連続を余儀なくされて来たロマンポルノの現場で培われた遺伝子と言えるだろう。新作の興業収入の目標は非公開とのことだが、日活では「同プロジェクトは新作のみならず、クラシック作品の認知拡大とリバイバル上映も含め、長い目で見た収益の底上げを見据えている」という。

「作品性の高さ」「時代への対応力」という2つの強みを武器に、これから日活はロマンポルノでどう戦っていくのか。関係者によると、旧作をライブラリで見る、新作を映画で見るという2つの機会をファンに提供できる両輪のビジネスモデルを確立すること、50~60代の往年のファンを大事にする一方、30~40代の新しいファンも積極的に取り込んでいくことだという。

 その際、重視するのは「商品は変えても、ブランドは変えない」ということだ。彼らが想像していたよりもロマンポルノのブランド力は大きく、それが自社を支える最大の資産であることに気づいたからである。新作の製作が決まったときにはロマンポルノに代わる新しい名称も検討されたが、結局「ロマンポルノ以上にインパクトがあり、知名度のある言葉はない」という結論となり、レーベル名も変えなかったそうだ。

 実は企業自身、自社に眠っている「価値」にあまり気づいていないことは多い。顧客、取引先、同業他社などのほうが気づいており、世の中に愛され続けるなかで、企業自身が改めて価値に気づかされるということもある。日活のパターンはまさしくそうではないかと感じた。

持たざる会社だからこそ ゲリラ戦を続けていく

 それにしても、メディアを取り巻く環境変化に加え、経営母体も度々変わるなど、日活の経営は「チャレンジ」の連続だった。平成に入ってからも、ナムコ、インデックス・ホールディングスを経て、現在は筆頭株主が日本テレビ、第二位株主がスカパーJSATとなっている。70年代のロマンポルノへの参入もそうだったが、そのチャレンジ魂の根底には何があるのか。

裸体の女性のイラストを使用し、蛍光色のポップな印象を受けるロマンポルノ・リブート・プロジェクトのポスターと日活の永山氏(左)、高木氏

「日活の一社員としての感覚ですが……」と笑いながら、永山氏が話してくれた。

「うちの会社は『持たざる会社』なんですよね。調布の撮影所、そして衛星放送というプラットフォームはありますが、すでに大半の不動産資産は整理されてしまっているので、映像だけで食べて行けるように頑張っている会社です。他の会社と同じことをやっても、映像以外に安定した収入があるわけでもないので、映画という成熟産業の中でどうやって生き残るか、知恵を絞って考えるしかないのです」

 確かに、東宝の不動産、東映の戦隊ヒーロー特撮・アニメなどのテレビ作品、松竹の歌舞伎、角川の出版といった映画以外の強みが、日活にはない。

「だから、ある種ゲリラ戦を続けていくというか、大局では勝てないけれども局所で勝つという戦いを、社員がそれぞれの部署で繰り広げているというのが、今の日活ではないかと思っています」(永山氏)

 局所で勝ちに行き、他の会社ができないことをやる。世の「持たざる会社」が普遍的でオンリーワンの価値を生み出すためには、思い切った決断も必要だった。それでも「映画を作り続ける会社として生き残る」という意思が社員に根付いていたのだろう、外部環境、資本、作品が変わっても、それは今日に至るまで続いている。

「映画館の裏はいかがわしい場所だから、行っちゃだめよ。映画館からこっちよ」

 子どもの頃、母親にそんなことを言われた昭和生まれ世代は少なくないだろう。「商店街の前には『明るいもの』と『暗いもの』を分ける結界のように映画館がそびえ建ち、そのあたりが繁華街、裏が飲み屋街という造りの街が日本中にあった」(中原氏)という。繁華街には松竹、東映、東宝、日活、大映、さらに洋画など多くの映画館があった。そしてその外れにひっそりと、ピンク映画館が薄暗い光を放っていた。実はそこにこそ、今に続く日本のサブカルチャーの源流の1つがあったのだ。映画館は消えたが、形を変え、観客も変えて、その流れは生き延びている。

外部リンク

ソフトバンクで働くと必ず身につく〇〇(上)

「仕事が進まない」「今日も残業だ」「結果が出ない」……こうした問題を、すっきり解決してくれる手法がある。PDCAを超スピードで回す「高速PDCA」だ。ソフトバンクでは6万人超の社員がこの手法を使い、わずか30数年で8兆円企業を誕生させた。
「高速PDCA」はただ仕事の質とスピードを高めてくれるだけでなく、人の成長も高速化させてくれる。それは5つの力が身につくからだ。
9年にわたり孫社長の右腕として活躍した元ソフトバンク社長室長・三木雄信氏の話題の本『孫社長のむちゃぶりをすべて解決してきたすごいPDCA』から一部抜粋して紹介する。

ソフトバンクの社員はなぜ優秀なのか?

 確かに、ソフトバンクの社員は優秀です。

 でも、最初から優秀だったわけではありません。入社した当初は、他の企業に入った人と大して能力差はないものです。それどころか、過去は中途入社の社員ばかりで玉石混淆だったのです。

 ですが、平凡だった人たちもソフトバンクで仕事をするうちに、ソフトバンク流の仕事のやり方に慣れ、高いパフォーマンスを上げるようになります。

 このソフトバンク流の仕事のやり方が「高速PDCA」であり、この仕事のやり方を徹底的に繰り返すことで、個人の能力も組織の力も急激に伸びます。だから、ハイスピードでいい結果が手に入るのです。

 高速PDCAを回すことで身に付く力がどんなものかというと、次の5つです。

 (1)自分で考える力
 (2)数字を使う力
 (3)ムダがなくなる
 (4)高いモチベーション
 (5)失敗を恐れない力

 なぜこの力を身に付けることができるのか。そしてどのようにして身に付けていくのか。それを、ここからはお話ししていきます。

 まずは「(1)自分で考える力」です。

 普通の会社では、社員が自分で考えて動くことはあまりないのではないでしょうか。

 ほとんどの場合、上司や先輩の経験から計画が立てられて、部下はそれに従ってホウレンソウ(報告・連絡・相談)しながら仕事をする。これが通常なのではないでしょうか。

 ですが、これではいつまで経っても考える力は付きません。

ソフトバンクの社員なら、どう動くのか?

 ダイエーという企業をご存じでしょうか。一時は売上日本一になったこともあるスーパーマーケットです。

 創業者の中内功氏は現場が好きで、社長や会長になってからも売り場に顔を出しては「この棚の商品を並べ替えろ」といった細かな指示を出していたそうです。

 確かに組織が小さいうちは、カリスマ性のあるトップが現場を引っ張ることで活気が生まれ、組織は強くなります。このタイプのトップは、鋭い勘で「何が売れるか」を察することができるので、しばらくは売上も右肩上がりに伸びます。

 しかし、7万人超の巨大組織のトップが、現場で今起こっていることを何から何まで把握するのは不可能です。実際に本人も、最後の頃は「現場がわからんようになった」とこぼしていたと聞きます。

 カリスマの指令だけに頼る組織は、現場で起こっている目の前の変化に対応できず、沈んでいくのみです。

 実際に、かつて小売業界で売上日本一を誇ったダイエーも、1990年代以降は経営が傾き始めます。中内氏が経営を離れてからは急速に衰退し、ついにはイオンの子会社になるという末路を辿りました。

 つまり、部下が上司に従った結果、ダイエーは衰退したのです。

 部下は上司の指示で動くだけ。「考える」という行為をしなくても、ただ言われたことをやるだけで評価される。たとえ目の前の売上が下がっても、上司からの指示がなければ動かない。

 ダイエーがうまくいかなくなったのは、社員が考える仕組みが弱かったからではないか。そう言っても過言ではないでしょう。

 では、ソフトバンクなら、社員はどう動くでしょうか。

 仮に、ソフトバンクがスーパーマーケットを経営するとします。

 孫社長が売り場を見て回り、キャベツや人参の並べ方にまで口出しするようなことは絶対にありません。店づくりや現場の回し方は、来店客や商品の動きを目の当たりにしている社員に任せるでしょう。

 その代わり、日々の売上は店舗や売り場、商品ごとに厳しく管理され、社員たちは自分に与えられた目標数字を達成するために必死に知恵を絞ります。

「最近は1人暮らしの高齢者が増えたからか、キャベツは丸ごとより、カットしたものがよく出ているな。だったら、カットしたものを目立つ棚に置いてみよう」

「今日は急に気温が下がったから、総菜コーナーの冷たいサラダが売れていないな。だったら、温めて食べる煮物を増やそうか」

 こうしたことを各売り場の担当者が徹底的に「自分の頭で考える」。現場にいる誰もが「自分がやったことは成功か、失敗か」を検証し、次はどうするかを考え、また実行する。そうやって、自分たちで成果に直結する仕事をします。

 この日々の考える行動が一過性ではない、継続的な成長を実現し、ソフトバンクの社員を「考える人」へと変えていきます。

なぜソフトバンクの社員は「数字を使う力」を持っているのか?

「どうして君はこの数字が答えられないんだ!」

 ある日の役員会議で、孫社長のカミナリが落ちました。

 孫社長は会議で報告を聞きながら、少しでも気になることがあれば、担当役員に次々と鋭い質問を浴びせます。もし相手が答えに窮することがあれば、冒頭の怒りのひと言が飛んできます。

 一般の会社なら、「後ほど部下に確認してご報告します」という返事でその場は許されるかもしれません。しかしソフトバンクでは、たとえ役員であっても、担当する現場のことは細かく数字で把握していなければいけないのです。

 数字で語ることを求められるのは、役員だけではありません。一事が万事こんな具合ですから、現場の社員にも細かい数字を説明する能力が求められます。

 ソフトバンクがこのように数字にこだわるのは、それが孫社長の信条だからです。

 私がソフトバンクにいた当時、組織ごとの売上や新規契約数などの業績は毎日グラフで出されていました。現在は日次どころか、リアルタイムで刻々と変化する数字をチェックできます。

 会議では、それを見た孫社長から、社員たちに矢継ぎ早に質問が飛びます。

「今日の新規顧客獲得数はなぜ3000件なんだ?」

「これを5000件に増やすにはどうする?」

 社員はこうした質問に対して、最新情報を常に把握し、目標より数字が良くても悪くても理由を分析し、次の一手まで含めて答えることが求められます。

 これが、ソフトバンクの社員に与えられたミッションです。

 この特殊な環境の中で、「(2)数字を使う力」が身に付きます。

数字が苦手な人はどうすればいいのか?

 数字にこだわるのにはもちろん理由があります。人は物事を考えるとき、数字を使わないとつい曖昧な思考で発想してしまい、結果が中途半端になってしまいがちだからです。つまり、人は数字がないと考えられない生き物なのです。

 だから、ソフトバンクではとことん数字で考えることを大切にしています。

「ソフトバンクの社員は優秀だから、そんな仕事ができるんだろう」

 そう思う人もいるかもしれません。

 もちろん最初から数字に強い人もいますが、それはほんの一部。もともとは数字が苦手な人が大半です。特に文系出身の社員の場合、数字に弱いのは珍しいことではありません。

 そんな人でも、ソフトバンクで高速PDCAを回して仕事をするうちに、自然と数字への感覚が鋭くなっていきます。

「明日の売上を今日よりも10%増やすためにはどうすればいいか」

「来月までに、顧客獲得数を月平均で100件増やすためには、どこを改善すべきか」

「お客さまからのクレームを、4週間後までに30%減らすにはどうすればいいか」

 こうした数字と向き合う習慣があるから数字にも強くなるのです。

 結局のところ、数字のセンスは持って生まれた才能ではなく、日常的に数字を意識しながら仕事をしているかどうかにかかっている、というのが私の経験です。

{{続き(下)はこちら|http://diamond.jp/articles/-/119519}

外部リンク