雑誌「WIRED」日本版の編集長として約6年、テクノロジーが創る社会や文化の未来像を発信してきた編集者の若林恵さん。若林さんが今気になるテーマの一つが、「おっさん」だという。日本の企業社会に君臨するおっさんは本当に悪なのか。若者とおっさんが融和する策はあるのか。Business Insider Japan統括編集長の浜田敬子が聞いた。
若者にとっておっさんは本当に「敵」なのか。
撮影:今村拓馬
浜田敬子BIJ統括編集長(以下、浜田):少し前に若林さんが書かれた「おっさん」についてのコラムがとても面白くて。「ダイバーシティやアイデンンティティが語られる時、おっさんは常に「敵」として立ち現れてくる。だけど、「敵」とみなしているだけでは事態はかえって悪くなるばかりだ」と。本当に今おっさんの旗色悪いですよね。若林さんは自分を「おっさん」だと思っていますか?
若林恵さん(以下、若林):立派なおっさんです。今年47歳ですから。めっちゃ気ぃ短いですし。
浜田:私は51歳。立派なおばさんです。でも、実は私の中にもおっさんが住んでいると思っています。若林さん的な定義として、おっさんかおっさんではないかの違いはどこですか?
若林:タクシーの運転手にキレることですかね(笑)。
浜田:象徴的かも。私は自分をおっさんだなと思ってしまうのは、つい部下に昭和の価値観を押し付けてしまう時。「働き方改革しようよ」と社会に発信しながら、「気合が入っていない!」と言いたくなる自分もいて。
若林:そう、おっさんの明確な定義って実は難しい。この間、さる音楽業界の人と話していたら、「80年代知ってる人って、ちょっとつらいところあるんですよね」って言ってまして。
浜田:ドキッ!
若林:なんかあるじゃないですか、80年代のノリって(笑)。ぼくは小中高が80年代なので、本当に楽しいところは知らないんですが、80年代大好きだったんで、90年代がイヤでイヤでしょうがなかったんですよ。渋谷系とか(笑)。で、その話をしてくれた人に言わせると、80年代っぽさ、ってある種の「テレビっぽさ」なんだっていうんですね。その感じは分かる気はします。
トランプ現象は中流のおっさんのヒステリーに見える
雑誌「WIRED」日本版の元編集長で、テクノロジーが創る社会や文化の未来像を発信してきた編集者の若林恵さん。
浜田:テレビ全盛の時代でしたからね。その80年代を知っている世代は、若い人から見ると「既得権益を貪るバブル世代」として敵対の対象になっていませんか。
若林:若い頃にチャラチャラ楽しんだ後バブルが弾けて突然、「世の中は金じゃない」とかって話に表向きにはなるんですが、「じゃあ、何が価値なんだ」っていうところがないままに、やれグローバルスタンダードだコンプライアンスだって話になっちゃって、あれよあれよと表層の制度は変わってしまった。だけど、それが何を目的としたコンプライアンスであるかをあまり深く考えずに導入しちゃったもんだから、誰も説明できないし、言ってる側の誰も納得してない。まあ、当然みんな困りますよね。
浜田:若林さんは「このままおっさんを放っておくのはよくない」と書かれていましたよね。コラムでおっさんを取り上げようと思ったのはなぜですか?
若林:「WIRED」でアイデンティティについて特集する号に寄せて書いたんです。
きっかけは、アメリカのトランプ現象ですね。あれはぼくには、中流のおっさんのヒステリーのように見えたんです。それというのも、あるとき佐藤優さんにロシアのとあるカルト教団についての話を聞きに行ったときに、「中産階級って、何にでも文句言う人たちなんだよね」と佐藤さんが仰っていたのがずっと印象に残ってたんです。
アメリカのトランプ支持者たち。
REUTERS/Joshua
つまり中流って、上も気に入らなければ下も気に入らない人たちなんです。戦争が終わって「全員下にいる」時代から皆で頑張って中産階級になって確かに暮らし向きは良くはなるんですが、それが永続するかと思いきやそうはならず、むしろ格差が広がるような世界になっていて、「年収100万か1億か」みたいな話になるわけですよね。で、そのとき中流の人って自分がどっちに行くんだろうって思ったら、ほとんどが100万の側に落ちると感じるんだと思うんです。汗水垂らして一生懸命働いた結果が、年収100万に逆戻りって「なんだそれ」じゃないですか。
で、世の中見渡すと、若者や女性や外国人がいい感じでやってるように見えるわけですよね。で、ヤケになった人たちがブレグジットとかトランプに投票しちゃったんだろうなとか。まあ雑な見立てではあるんですが、何にせよ、そういう人たちのヤケって怖いなって思ったんですよね。明らかにみんな冷静さを失ってたわけですし。ちなみにトランプ支持者がトランプを支持した大きな理由として「PC(ポリティカリーコレクト)」に対する嫌悪は大きかったんですよ。
くすぶっているおっさんをどうするか問題
イギリスのEU離脱が決まり、喜ぶ人々。
REUTERS/Neil Hall
浜田:俺たちがつくってきたはずの日本なのに、ダイバーシティだ、AIだと言い始めて、おっさんたちは居場所がなくなってきた。一方で、若い人たちからは「そうは言っても、トクしてきたじゃん」という反発もありますよね。私自身も、おっさんが君臨する企業文化の中で「何も決まらない、進まない」という不満を感じることは多かったので、正直、あまりおっさんに同情できないんです。
若林:そうですねえ。自分たちが考えて来なかったせいだろ、と思うところはあるので、個別の人たちの幸福についてはどうでもいいんですが、社会全体としてみたら、くすぶってる「おっさん」をどうするのかは大きな問題だと思うんですよ。おっさんも個別に見ていくと、「変わらないといけない」と分かっている人が多いんですよ。ただ、個人が頭で理解していても、これ社会全体の問題なので、そこまで簡単には変わらないとは思うんです。
っていうのは、ある意味これって女性の問題でもあるんですよ。
例えば、内部告発をするって、あるおっさんが決めたときに、まずそれを止めるように諭すのってたぶん妻だったりするんですよ。もしくは、大企業を辞めて自分でビジネスをやるってなったとき可能性として最も説得が必要な相手ってやっぱり妻や彼女だったりするわけじゃないですか。大企業に内定が決まってる息子がビットコインのスタートアップに就職したいって言ったら、まあ、反対したい心情は分からなくないじゃないですか、とか(笑)。なので、おっさんだけが変わればいいという話でもなさそうな気もするんです。「おっさん」を成立させていた社会構成そのものの変容ってことだと思うので、難しい問題だと思うんですよ。うまくやっている企業とかあるんですかね。
浜田:サイボウズの青野社長は明確に「人の意識は簡単に変わらない」と言っていて、男女や年齢に関係なく、柔軟な働き方に対応できない管理職は、マネジメント職から外すようにしていると言っていました。意識を変えろ、と言っても難しいからと。私も自身の内なるおっさん的部分を自覚しているから分かるんですけど、否定されると意固地になってしまうんですよ。
若林:そうなんですよねえ。おっさんは意固地になると、もう説得不能ですからね(笑)。
おっさんの持ち物を再定義する
浜田:どうしたらいいと思いますか?
若林:えー。おっさんはおっさんできっと役に立つところもあるはずなので、「おっさんって何を持っているんだっけ?」っていう持ち物の再定義をしたほうがいいんじゃないですかね。それは若い人たちに差し出せるものとしてですけど。
今の若者は相当不安を感じているんですよね。自身が所属する組織(会社)がいつまであるのかもわからないし、自分がいつまでいられるかも分からない。なんの見通しも立たない中で、そもそも誰と戦っていいのかも分からないから、武器の選びようもない。
浜田:その不安は、BIの読者からもよく寄せられます。
若林:そういうなかで若者が何を必要としてるかを、もうちょっと理解すると、おっさんの持ち分ってのも出てくるのかな、と。つまりお金なのか、コネクションなのか、なんらかの知恵なのか。
おっさんって、ほら気のいいところもあるので、一つ聞かれると全部教えたがるじゃないですか(笑)。なんだけど、それいらんわ、ってことも多い気もするんですよ。つまり答えがちぐはぐなんだと思うんです。基本は呼ばれたときにだけ出てけばいい、ってことなんだと思うんですけどね。そのときにきちんと理にかなったソリューションを提案できるかが、言ってみればおっさんのお仕事だと思うんですが、それって、ある種の「技術」のはずなんですよね。物事について経験を積むと技術って身につくわけですよね。
ただ、それは当然ゲームが変わっちゃうと通じなくなるものでもあるので、例えば、ぼくが「雑誌の原稿ってのはこう書くもんだ」って教えても、「いやいや、雑誌なくなるっしょ」って話になるわけですが、その技術ってものをもうちょっと抽象的なレベルで応用可能なものにすることはできるんじゃないかとも思うんです。
浜田:今の若い人たちは「おっさんたちが知っていることなんて使えねーよ」と思いがちですけど。
若林:それはある意味正しいけど、間違ってる部分って絶対あるんですよ。ただ、問題は当のおっさんの側が、それを見極めきれていないってことなんですよね。それを見極めるためには、新しいゲームをプレイしてみないとなんですよね。そしたら、なんだ昔の営業とやってること変わんねえじゃねえかよ、ってこともあるかもしれないじゃないですか。
邪魔にならないためにはとっとと手放せ
浜田:これまでの企業文化なら、何も考えなくても年齢に応じた役割が与えられたし、おっさん世代は自分のキャリア開発なんて考えてこなかったと思います。だから、時代の変化に応じて自分の役割を変えていくことに慣れないのかも。
若林:うーん。そうですねえ。とはいえ、昔はもう少し「大人の役割」「大人であること」の意義や価値って社会的に定義されていたような気もするんですけど、ある時期から「大人」がいらない社会になっちゃったんですかねえ。それって「プロ」がいらない社会ってことなのかもしれないですけど。
社会の構成員としての「市民」って、ある時期までは、良くも悪くも「つくる人たち」つまり「生産者」だと定義されてきたんだと思うんです。なので「作る側」の論理で世の中が動いてきたわけですが、それがいつからか「消費者」として定義されるようになるんだと思うです。そうなるとどうしたって女性と若者が前景に出てくるし、おっさんの一番の持ち分だった「作る側の論理」や、それに付随する「プロ性」みたいなものの出番なんかなくなるわけですよね。消費者としては、おっさんはとにかく一番後進的なマイナーな存在じゃないですか(笑)。
そういうなかで、おっさんが世の邪魔にならない方法としてまず早いのは、とっとと手放すことなんじゃないですかね。
浜田:早くリタイアしなさいと?
若林:いや、自分がいつまでもメインのプレイヤーだって思わないことじゃないですか。ちゃんと権限移譲しようよってことなんですが。
随分前に、ノルウェーのジャズフェスを取材したんですけれど、すごく感心したのは、フェス自体はノルウェー外務省がバックアップしてしっかりお金もついているイベントなんですが、メインのオーガナイザーが30歳くらいなんですよ。で、一応おっさん階層に目配せしたプログラムはあるんですが、それさえあればあとはお好きにどうぞって感じなんですよね。外務省の担当の偉い人は、その人自身大のジャズファンなんですけど、メイン会場の近くで一軒家借りて勝手でライブやっているんですよ。「オレらはこっちで好きにやってるから、あとは頼むよ」って感じで。見事なもんだな、と思いましたね。
浜田:いかに若い人に権限を渡せるか、ですね。
若林:おっさんって当たり前だけど、知っていること多いじゃないですか。でも、逆に情報をたくさん持っていることって“弱み”なんですよね。ぼくなんか、歳取れば取るほど、何聞いても「あー、それまさに俺が思ってたことだ」って思っちゃうわけですよ(笑)。自分の思考回路のなかでだいたい処理できちゃうんですよ。
浜田:経験の蓄積と参照能力があるから。
若林:そうなんです。ただ、自分が理解できちゃうものってきっと新しくないんですよ。「WIRED」の編集長になったとき、若いアートディレクターを起用したんですよね。当時彼は26歳だったんですけど、もちろん才能はあったんですが、起用した一番の理由って「若いから」だったんですよね。自分のセンスで「WIRED」をつくったら、これ、どうしたって90年代の『WIRED』みたいになっちゃうんですよ(笑)。でも、それじゃ意味ないじゃないですか。時代の感性が非常にデリケートなディテールに宿るデザインのような領域におっさんが下手に自分のセンスで突っ込むのは、ほんとアウトなんですよ。自分が分かんないんだから、きっといいんだろうって思ってたほうがよくて、さっきのノルウェーのジャズフェスで重要なのは、おっさんは座組みつくって、自治体と調整して、お金調達してみたいな部分は全然若い子よりできるからそれはやるんだけど、コンテンツにはまるで口を挟まないってところなんですよね。
20年後に世界を変えられるか
浜田:日本の組織はまだまだ年功序列で職能も明確ではないから、どうしても年長者に権限が集中する。意識的に世代交代していかないと、ということですね。若者側はおっさんから上手に学ぶためには、どんな心構えでいたらいいんでしょう。
若林:若者は若者らしく反発するのが仕事だと思いますよ。それしないんなら若者ってなんの意味があるんだって思いますから。「うちの会社のおっさんたち、何も分かってねーっすよ」という突き上げはどんどんやるべきだと思うんです。ただ、よっぽどの才覚の持ち主でないかぎり、その突き上げってほとんど実効力をもたないだろうってことはうっすらでも理解しといたほうがいいと思うんです。
カート・ヴォネガットが、どこかの高校だか大学の卒業式で講演した文章っていうのがあって、それがぼくは好きなんですよ。「大人はみんな『これからの世界を変えるのは君たちだ』なんて言うけれど、君たちには地位も人脈もないんだから残念ながら世界は変えられません」って言うんです。でも、変えられるときは必ず来るから、そのときが来たらちゃんと変えなさいってなことを言うんですが、ここが実際は本当の勝負だと思うんです。20年ガマンして、やっと何かを変えられる地位や権限を得たときには、自分もすっかりあれだけ嫌ってたおっさんになってるっていうのが、わりとありがちなことだと思うので。クソだなって思うこと自体、若いうちは簡単なんですよ。でもその思いを持ち続けることは結構難しい。
室井で戦うか青島で戦うか
若者は「世界を変えられるとき」まで反発心を持ち続けよ。
撮影:今村拓馬
浜田:たしかに。「うちの会社はダメだ」と大企業を飛び出して、起業する人もいますが。
若林:それも一つの方法ではあるんですが、まあ、それは向き不向きだろうと思うんです。
名古屋で登壇したイベントに、某大手自動車メーカーの2年目の社員が来てて「会社では話が合う人がいないから、大学時代の仲間と起業しようかと」と言うので、「どういう部署にいるの?」って聞いたら「北米供給担当」の部署だって言うんです。ってそれもうめちゃエリートコースなわけですよ。で「まあ待て」と(笑)。世界的な大手企業で、それなりに偉くなったとしたら、そりゃ相当高い山から世界を見れるはずですが、その高さの山をスタートアップでつくるのってもう限りなく不可能に近いわけですよね。
もちろん、社内競争に敗れてその高みに登れないってことはありうるんですが、でもほんとに世界を大きく動かすようなデカい仕事したいなら、そりゃ大手企業にいたほうがよかないかって話はあるんですよ。逆に小さい山でもいいから一から自分でつくってみたいってことならスタートアップいいじゃん、とは思うんですが。これって、人としての指向性の違いでもあるので、どっちがいいってことではなくて、どっちに殉ずるかみたいなことかなと。室井さんと青島の違いみたいなもんですよ(笑)。
浜田:警察庁で戦うのか、湾岸署で戦うのか。「踊る大捜査線」ですね。例えに世代が……(笑)。
若林:便利なモチーフなんですけどね(笑)。なんにせよ、「仕事」って社会変革のチャネルとしてはほんとうにデカイものなので、ぼくはあんまりないがしろにしないほうがいいと思うんですよね。選挙で一票入れるのは大事だとは思いますが、仕事って、ことによってはそれよりもはるかに大きなインパクトを社会にもたらすことができる回路でもありうるわけじゃないですか。なんだかんだで一番多くの時間と労力を割くわけですし。
浜田:その過程でおじさんとぶつかったとしても。
若林:若者はぶつかっていけばいいと思うんです。で、おっさんはそこで逃げちゃダメだとは思うんです。伝えるべき大事なことがあるのなら、きちんとそれは説明されるべきですよね。古くてもいいものは残したほうがいいと思うので。
そういうものをちゃんと言語化して一般性のありそうな価値として一応定義しておく、というようなことは、多少なりとも昭和を知ってるぼくたちの世代が努力しないといけないところなのかもしれないですね。
(構成・宮本恵理子、 撮影・今村拓馬)
---------------------若林恵(わかばやし・けい):雑誌「WIRED」日本版元編集長。1971年生まれ。ロンドン、ニューヨークで幼少期を過ごす。早稲田大学第一文学部卒業後、平凡社に入社。「月刊太陽」の編集部で日本の伝統文化から料理、建築、デザイン、文学などの記事編集に携わる。2000年にフリー編集者として独立。