「副業」ではなく「複業」。本業の片手間に小遣い稼ぎをする副業ではなく、複数の仕事をすることで何倍もの成果、成長を達成する。メディアでは「副業」が取りざたされ、政府も副業・兼業を後押しするが、実際に解禁している企業はそれほど多くはない。5月14日に行われた「複業FES 2017」(主催:HARES)で、2012年から複業を解禁しているサイボウズ社長の青野慶久氏と、同社のデジタルビジネスプロデューサーであり農業法人「NKアグリ」にも勤務する中村龍太氏が「なぜ今、『副業解禁』なのか?」というテーマで対談した。聞き手はHARES代表取締役で複業研究家の西村創一朗氏。
禁止する理由がみあたらなかった
——サイボウズがいち早く複業を解禁した理由を教えてください。
青野慶久(以下、青野) 「解禁した理由」というより「禁止している理由」がみつからなくなった。新入社員がテニスサークルで教えたいと言い一度禁止したのですが、その理由は「その社員の成長のため」。しかし、それは僕らが目指す「働き方の多様化」と矛盾します。一般には情報漏えいを防ぐために複業を禁止する会社が多いようですが、情報漏えいは複業を解禁しなくてもすることがある。過重労働になるのが問題という人もいます。しかし、私が「しろ」と言っているわけではなく、本人が希望してセルフマネジメントの元でするわけです。そう考えると禁止する理由がない。一回思い切ってやってみよう、問題が出てきたらそれをつぶせばいい、それが改善策になる、と解禁しました。
サイボウズの青野社長。複業を禁止する理由はない、という。
撮影:安楽由紀子
——中村さんは、サイボウズに入社されるまで複業には縁がなかったそうですね。
中村龍太(以下、龍太) はい。マイクロソフトにいたときは、会社から言われたノルマをどうにかこなすだけ。帰ったらヘトヘトで複業の「ふ」の字もなく、子育ても嫁まかせだったので、こうなったことが不思議です。
——その後、サイボウズに入社していきなり複業したきっかけは。
龍太 簡単にいえばお金の話。
青野 龍太さんに来てもらいたくて、マイクロソフトで給料がいくらだったか聞いたら僕より高かった(笑)。
龍太 でもサイボウズで働きたかったので、解決策はないか考えて、「他からお金をもらえばいいんだ」って(笑)。
———大事な話ですよ。お子さんもいらっしゃるわけですし。
龍太 当時、子どもは2人とも大学生でいちばんお金がかかる年でしたし、複業という選択をせざるをえなかったんです。
——複業禁止だったら転職しなかったかもしれなかった?
龍太 そうですね。別にマイクロソフトをクビになったわけではないので、今でもそこで一生懸命ノルマをこなしている自分がいたかもしれない。
「他流試合」をするから強くなる
——サイボウズが複業OKだからこそ、中村さんのような優秀な方を採用できたということですね。会社側の視点で見たときに複業解禁のメリット・デメリットは?
青野 うちの情報共用ソフトは基本的にオフィスワーカー向けなので、農業の知識も販路もなかった。ところが龍太さんが複業先として農業法人で働いていたので、クラウドを使った事業を提案。それが他の農業法人にも広がっていった。複業家がひとりいることで一業界を開拓できたんです。オープン・イノベーションとよく言われますけど、複業によって手が届かなかったところに人脈が広がる。この効果は大きいですね。
サイボウズの中村さん。転職後、複業生活を始めた。
撮影:安楽由紀子
あとは採用力。自由な働き方を志向する人にはサイボウズは魅力的な職場となり、ブランド力がつく。本業は別にあってサイボウズが「副業」という人もいて、週1、2日手伝ってくれるという場合もあります。経営者からすると給料を安く抑えた上で、その人の人脈をフルで活用できるわけです。
社員の成長力も高まります。複業家はどうすれば自分のバリューをもっと高く売れるか、自分で“稼ぐ”感覚が出てくるんです。経営視点を持っているので会話しやすい。将来、経営人材が巣立つだろうと感じますね。デメリットももちろんありますけど、メリットが大きい。
ずっと自分のチーム内で練習試合をしては高い視点が持てない。「他流試合」をするから外のレベルを知り強くなれる。他流試合の視点は必要なんです。
——実践している社員の立場でのメリットは?
龍太 大きくは3つ。まずお金が稼げる。2つめはスキル、知見が上がる。3つめは、社会資本、つまり人脈が加速度的につく。この1、2年はお金以上に、2つめ3つめで大きなメリットを感じています。結果として自己有用感、自分は役に立っているという幸福感が生まれ、次は何をしようかモチベーションも上がる。このサイクルが回り始めると楽しくなります。
——デメリットはありますか。
龍太 働く時間が多くなり疲れます。その延長線上に、両方追いかけて両方失ってしまうケースもあると思う。サイボウズは仕事だけでなく社員の生活も含めてお互いに知り合おうという環境があり、複業がうまくいっていなそうなときは「大丈夫?」という対話が生まれるので、僕はその危険は回避できていますが、一般的には仕事のアウトプットの理想を、信頼を損ねる前に下げる対話を関係者とします。具体的には納期を遅らせるとか、他の人に手伝ってもらうとかです。その結果、信頼度が下がったとしてもそれも学びです。
また、両方の仕事からいろいろな情報を得てインプットがあるので、アウトプットのときにこの情報を出していいのか判断が難しい。たとえばサイボウズのチームワークメソッドについて、僕が論文を書いてキンドル ダイレクト・パブリッシングで発行するのは複業なのか。ノウハウは会社のものだから会社がお金を受け取るべきか。
青野 結構議論しましたね。今は会社で受けている講演依頼もすべて複業にしてみようかという話が出ています。サイボウズで働いている以上、サイボウズのノウハウはどうしても絡む。それを「会社の仕事だ」と言っていたら複業できなくなってしまう。
龍太 もうひとつ、複業家のデメリットは孤立しがちということがある。僕には共感してくれる会社にアドバイスしてもらえるけれども。
青野 トラブルが起きたときに相談できる人脈がないと困ると思います。ただ、ふだんから情報を開示して公明正大に複業する必要があります。ある日突然「実は複業していて複業先でこんなトラブルがありまして……」と言われてもフォローできません。
経営戦略として複業を使えた方が有利
——総論として企業は副業を解禁すべきか否か。
青野 いろいろな会社にいろいろな事情があるので一概には言えないけれど、意味もなく禁じていると、その企業の魅力はどんどんなくなり沈没の方向に向かっていくでしょう。成長力も社外ネットワークを作るのも遅い、閉鎖的な日本企業から脱せないと思います。経営戦略として複業をうまく使えたほうが成長力が増して有利。
龍太 複業している立場としては、解禁する会社が増えれば選択肢が増える。ただ、機械の代わりに労働者を雇うような会社だと、解禁すると最悪のケースになる。今後、形式的に解禁するケースも出るかもしれないので要注意です。働く側も会社から言われたことだけやってればいい、それでお金さえもらえればという考えで複業するのはちょっと違うと思う。
青野社長 と中村さんは、会場からの質問に自由に答えた
撮影:安楽由紀子
——国にとってはメリットはありますか。
青野 人手不足の問題を考えたとき、一社で一人を囲うのはあまり効率的でない。フルタイムで雇用しても週5日分の仕事があるかはわからない。社で培ったノウハウを外へ出し、人手不足を解消するために複業を解禁したほうがいい。複業とは、1人が2役3役がこなせるということ。A社とB社という複業もあれば、男性が家事育児を担うという複業もある。
もうひとつはオープンイノベーション。終身雇用で歯を食いしばれば勝てた時代はもう終わっている。もっといろいろな知識が集まって新しいバリューを生み出せる場をたくさん作っていかなくてはならない。
——ベンチャーやIT企業など社員数が少なければ解禁できても、大手は実行しづらいと思います。何から始めればいいでしょうか。
青野 とにかく成功事例を作ってノウハウを高めていくために、立候補制で時間限定で始めたらどうでしょうか。全員が複業しなければならないものではありませんから、複業したいと思う人がしたいタイミングで行えばいい。ずっと複業しなくても一時的でもいいんです。先着10人までと制限をかけてもいい。そうすれば比較的一歩が出やすい。
——ベンチャー企業に出向させるという実験もアリでは。
青野 いいですね。大きめの企業でしたら出向させたい先がいっぱいあると思う。ベンチャー側も人手不足で困っている。それを皮切りに複業の成功事例を作っていくのはいい。
縛り付けないマネジメント力が必要
参加者からの質問 複業を推奨している会社のミドルマネージャーが、ひとつの組織をなすために求められるものは何ですか。
青野 マネージャーは簡単ではないでしょう。多様な人材の個性が発揮できるようにどのタスクを割り振っていくのか、その力量が求められます。ただ大変だけれども、大変だからこそ実現できればバリューが高い。できない会社は多様な人材を集められず、おもしろいことができなくて沈んでいく。マネージャーはその大変さを乗り切ってほしい。もし複業の方がおもしろくなってサイボウズを離れていっても悪いことではないと思う。その人が生き生きと辞めていくならその人の人生にプラスだし、それくらい気持ちよく辞めていくなら、転職した先でもサイボウズの製品を買ってくれたり、伝道師として広めてくれたりする可能性もある。こちらとすればそれに給料1円も出さなくて済むわけですよ(笑)。それくらい広い視野を持って、無理に縛りつけないマネジメントをしていくことが大事。
参加者からの質問 複業している方とサイボウズは業務委託契約の形か、それとも別の形の契約なのか教えてください。
青野 業務委託と正社員、ケースバイケースです。サイボウズ以外の仕事が主でサイボウズが副になっている人とどういう関係を作っていくのかを模索しています。サイボウズにかけてくれる時間が短ければ、短時間でアウトプットを出してもらうためにできるだけ僕らの情報を開示していかないとならない。たとえば金曜日しかサイボウズと接点を持てない人だったら月曜日から木曜日に起こったことも全部共有しておかないとパフォーマンスが落ちる。言い換えると、信頼度の高い人でないとサイボウズを副として選んでもらうのは難しい。いる時間が短いからこそ、その人が本当に僕たちの理念に共感しているか、公明正大な人かを見ていかなければならないので、難易度が高い。
参加者からの質問 プロジェクト単位で採用するんですか。
青野 プロジェクト単位になるとそれは単に外注に出すのと変わらなくなってしまう。一体感がない。出社は週一回だけど誰よりも社員っぽい、その距離感をどう作るかチャレンジしています。
---------------------青野慶久: サイボウズ代表取締役社長。1994年、松下電工(現パナソニック)入社。1997年、サイボウズを設立。2005年より現職に。「100人いたら100通りの働き方」を掲げ、働き方を選べる「選択型人事制度」「在宅勤務制度」などを導入。
中村龍太:サイボウズ社長室勤務。日本電気、マイクロソフト(現日本マイクロソフト)を経て、2013年、サイボウズとダンクソフトに同時転職。2015年、NKアグリに入社しリコピン人参の栽培を行う。自営農家でもある。
西村創一朗:HARES代表取締役社長。2011年、リクルートキャリア入社。本業の傍ら「二兎を追って二兎を得れる世の中をつくる」をビジョンに掲げ、2015年、HARESを創業。2016年、リクルートキャリアを退職。NPOファザーリングジャパン、一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会理事。