自転車大国中国ではすでに大きなシェアを得て、ほかの国や地域にも浸透し始めているシェアサイクル。日本では観光客向けに自治体や観光関連業者が提供しているイメージが強かったが、都内でも「ちよくる」が定着しつつあるように、都市の生活に根ざしたサービスも増えている。そのような中、世界最大のシェアサイクルサービス「モバイク」が、2017年夏から札幌で実証実験をスタートした。
ところで札幌には「ポロクル」というシェアサイクルがすでに定着している。同じ街に2種類のシェアサイクルが展開されており、しかも一方は世界的にシェアを伸ばしているモバイク。これは乗り比べてみないわけにはいかない。なお本稿は、あくまで冬季サービス休止期間に入る前、2017年10月に筆者が札幌で乗り比べてみたレポートとなるのでその点はご注意を。
モバイクは実証実験中のため提供エリアが限定的
乗り比べてみた感想を述べる前に、大前提について触れておきたい。モバイクは現在実証実験の段階であり、西区琴似近辺の限定的なエリアでのみ利用可能だった。札幌駅から函館本線で数駅移動した辺りで、住宅地が広がっている。そのため、モバイクを体験するためには札幌市中心部から少し移動しなければならない。
もうひとつ、積雪の多い地域のため冬の間はサービスを休止していることにも注意が必要だ。これはモバイクもポロクルも同様。
当時、取材のため札幌駅近辺に滞在していた筆者は、札幌駅近くのポートでポロクルを借り、モバイクのサービス提供エリアまで移動した。そのあとポロクルを専用駐輪スペースに停め、モバイクに乗り換えてあちこちを走り回ってみた。シェアサイクル専用に開発されたモバイクは、一般の自転車とはデザインも乗り心地も一線を画すものだった。
しかしそれ以外に、サービス登録の手順や駐輪の自由度など、モバイクとポロクルの細かい違いが多く見つかった。印象をひとことでいえば、とてもよくできたフィーチャーフォン(ガラケー)と、世界標準のスマホのような違いを感じた。
技術的にはレガシーだが観光客にも使いやすい配慮があるポロクル
筆者がまず向かったのは、ポートと呼ばれるポロクル専用の駐輪場。ふと思いついてシェアサイクルを利用する人と同じ気分で利用するため、あえて事前情報を調べずに向かった。ポート自体は札幌駅近辺にたくさんあり、あちこちで目にしていたので、見つけるのは簡単だ。
ポートについて、利用方法を確認。会員登録のためPCもしくは携帯電話のEメールが必要、1回のみのプランと1ヵ月ごとの定期プランがある、料金支払いのためにクレジットカードが必要。ここまでは予想通りだった。しかしポロクル利用にはもうひとつ、満たさなければならない条件があった。それが、本人認証のためのICカードだ。
選択できるのはおサイフケータイ、SAPICA、ポロクルカードの3つ。筆者はiPhone派なのでおサイフケータイには対応していない。iPhone 7にはFeliCaが内蔵されているのでもしかしたら使えるかも? とタッチしてみたが、無反応だった。SAPICAは首都圏でいうPASMO、関西ではPiTaPaに当たるサービスだ。こちらは駅に行けば簡単に手に入るが、札幌を離れたあとの使い道がない。というわけで消去法で、ポロクルカードを探すことになった。
このポロクルカードの入手方法だが、良い意味でアナログだった。定期利用する場合のカードはオンラインで申し込んで郵送してもらうのだが、1日利用のためのカードは観光客がアクセスしやすい場所で有人販売されている。駅の観光案内所はもちろん、大手ホテルのフロントでも手軽に入手できるのだ。
できるだけオンラインで済ませたい人が多い昨今だが、初めて使うサービスについては人に聞くのが手っ取り早い。ホテルのフロントの人は対応に慣れている様子で、1日パスを購入するときに最寄りのポートや会員サイトにカードを登録する方法なども教えてくれた。カードと一緒にもらえるパンフレットには札幌市内のポートマップが印刷されていて、自転車での観光にも役立った。
メンテナンスに課題を感じたもののワイヤー錠などこなれた装備が便利
ポロクルに乗り、北海道大学内にあるクラーク像を見学したりしつつ、一番近いモバイクステーションがある桑園駅を目指した。ポロクルの自転車は、ごく普通のいわゆる「ママチャリ」だ。後輪にハブ内蔵型の3段ギアがついているが、ママチャリなのでそれほどスピードが出るわけではない。また一般的なチェーン駆動なので、チェーンやギアの錆が気になった。もし頻繁に使うことがあったら、個人的に潤滑剤スプレーを持参するかもしれない。
モバイクになくてポロクルにあるもの、それもかなり大きな違いを生むもののひとつが、ワイヤー錠。ナンバーロック式の何の変哲も無いワイヤー錠だが、これがついているおかげでポート以外の場所でも気軽に停車できる。サイクリングの途中にのどが乾いてコンビニに立ち寄ったときも、ワイヤー錠で施錠して一般の駐輪エリアに停められるのだ。これもレガシーな手段だが、レガシーだからこそ融通が効く部分だと感じた。ちなみに、ワイヤー錠の番号は利用中にのみ、会員サイトで確認できる仕組み。
1日パスなので、ポロクルをポートに戻したあとも、別のポートから何度でも走り出せる。乗り出したポートに戻さなければならないという制約もないので、札幌駅から観光しながらサイクリングを楽しみ、行った先のポートにポロクルを返却して電車で戻ってくることも可能。1日パスは当日限り有効なので、最後のライドを終えたら、ポートに備え付けのカード回収ボックスに返却する。
IoT、スマホアプリと最新技術で作り上げられたモバイクは契約もスマホのみ
桑園駅に到着した筆者は、駅のポートにポロクルを返却して近くのモバイクステーションに向かった。こちらも、いきなり使ってみる想定で何の準備もなしにモバイクが並んでいるエリアに向かった。ポロクルのポートが説明書きでうまっていたのとは対照的に、モバイクステーションはあっさりしたものだった。
スマホアプリが必要だという事前知識はあったのだが、何も知らない人はどうするのだろう。そう思いつつモバイクステーションに近づいてみると、使い方の説明は後輪フェンダーにシンプルにまとめられていた。こまかい操作はアプリの指示に従えばいいので、これだけの情報量で十分なのだ。
指示に従ってモバイクアプリをインストールし、個人情報と支払いに使うクレジットカード情報を入力。初回はデポジットとして3000円支払う必要があるが、これは解約時にクレジットカードに払い戻される。それとは別に、モバイクを利用するための料金をウォレットにチャージする。こちらは500円から。アプリは各ステップがシンプルに作られているうえに日本語化もバッチリで、スマホの操作に慣れていれば数分で済む作業だ。
会員登録などの準備が整ったら、モバイクについている2次元バーコードをアプリで読み取る。何度か試したところ、ロック解除までは早くて数秒、場所や通信状況によっては数十秒といったところ。この間にバーコードで認識された自転車とモバイクのシステムがセルラー通信網を通してロック解除の手続きを行なっているのだから、稼働台数を考えるとかなり優秀なレスポンスと言うべきだろう。
シェアライド専用開発車の乗り味は独特の硬さ、悩みはステーションの少なさ
乗り始めてすぐに感じるのは、自転車全体の硬さ。シェアサイクルを前提にオリジナルで設計されたというモバイク。その指標となったのは、3年間ノーメンテナンスで使えることだと聞く。デザイン性と剛性とを両立させる太いフレームが印象的なデザインだが、硬さを感じるのはフレームだけのせいではない。パンクとは無縁のエアレスタイヤは、慣れるまではゴツゴツした感触を体に伝えてくる。また、サビが問題になりやすいチェーンやギアを排するため、シャフトドライブを採用してフレーム内に収めてある。チェーンのような遊びがなく、こちらも慣れるまでは硬さを感じさせる要因のひとつと感じた。しかし乗り方に慣れてくれば硬さは心地よい剛性感に変わる。独特の乗り味を楽しむだけでも、乗ってみる価値はある。そんなことを考えながら、実証実験エリア内でサイクリングを楽しんだ。
悩んだのは、途中で自転車を停める場所がないということだ。ポロクルの場合はワイヤー錠が備え付けられていたので、店舗や観光地の駐輪場を利用できる。モバイクの場合はそうした一時的ロック手段が用意されておらず、ロックすなわちライド終了という扱いになる。ここで問題になるのが、モバイクのライド終了時にモバイクステーションに停めなければならないということ。それ以外の場所でライドを終了するのは、厳密にいえば許されていない。しかし、サイクリングで乾いた喉を癒すためにコンビニに立ち寄りたいことだってあるし、モバイクステーションを備える店舗は少ない。
試しに、モバイクステーションを備えるコンビニと、一般の駐輪場しか備えないドラッグストアの双方に立ち寄り、通常通りロックして買い物をしてみた。モバイクステーションに駐輪すると、正しい場所でライドを終了したとしてポイントが加算された。逆に一般の駐輪場に停めた際にはポイントは加算されなかった。どうやらペナルティ方式ではなく、正しく停めた場合にプラス評価するという方式のようだ。もっともこれは実証実験段階での話。市民の足となり、ポロクルと同等程度にステーションが増えれば、停車場所の悩みもなくなることだろう。
それぞれの良さはあるものの、モバイク流が世界の流れか
ポロクルは地元に根付いた交通系ICカードを使えるなど、地元住民の使いやすさに配慮され、自転車を戻すためのポートも多く整備されている。実証実験から10年近くをかけて築いてきた交通網だ。ホテルで1日乗車券を手軽に入手できるなど、観光地札幌ならではの対応も練られている。しかし多くの人手を介することでサービスが成り立っていると言わざるを得ない。特に自転車のメンテナンスについては、サビ対策などでかなりの手間がかかっているのではないかと感じる。
対してモバイクは、良くも悪くも硬い。乗り心地だけではなく、サービスに人を介さないので冷たく硬い印象が残るのだ。しかし、そのおかげでグローバル展開もしやすく、一度会員になれば世界中で同じ品質のサービスを得られるというメリットがある。
どちらにも良い部分はあるものの、これからのビジネスを考えたとき、どちらが有利かははっきりしている。日本の自治体はとかく同じようなサービス、システムを個別開発する傾向にあるが、地元最適にこだわっているとあっという間にモバイクのようなグローバル視点のサービスに席巻されてしまうのではないか。そんなことを考えたライド体験だった。