筆者は、自らも商品企画に加わっている「Thinking Power Project」が企画している「Thinking Power Notebook」という、現代版のオリジナル・ツバメ大学ノートを普段から愛用している。
そのプロジェクトで2016年、歴史上初めて、東京下町の「ツバメノート」と革製品の老舗である「小泉製作所」(ブランド名「cobu」)とのコラボレーションで、100%完全手作りの本革製手帖である「ツバメ ダ・ヴィンチ手帖」を製造し、販売を開始した。
制作に関わった職人は、全部で3人。専用インクを使い手引きでフールス紙の5mm方眼を一から描く罫引き職人、そして手帖としての最高の強度と開閉感を出す製本職人、最後の装丁を極めて限られた数量しか取れない革で精密に作り上げる革職人だ。
クラウドファンディング大流行の昨今だが、この企画はリスクテイクもファンドもメーカーが全責任を持つ。わかりやすいが、流行には超乗り遅れたフォーメーションの偏屈・変態プロダクトなのだ。
そんな筆者が愛用しているツバメ ダ・ヴィンチ手帖にぴったりな筆記道具を2016年からずっと探していたときに、今回、やっとご紹介できる銀座・五十音と信頼文具舗の共同企画商品である「ヴィニャス万年筆」(以降、ヴィニャス)と出会った。
2016年の企画段階でお話を伺ったところ、“完全受注生産”で年が明けて製造が安定してきた頃でも納期は受注後2~3ヵ月。とにかくこれは速攻で注文しないと……ということで、2016年末に注文した筆者のヴィニャスが先月やっと手元に届いた。
あまり面白い製品がない万年筆の新星「ヴィニャス」
ご存知のように万年筆の歴史は古代の葦ペンまでさかのぼると、すでに数千年の歴史だ。一方、同じ筆記具でもボールペンは、ここ100年くらいだろう。
歴史と伝統があるためか、筆者の数少ないコレクションを見ても、ボールペンにはさまざまな工夫やお遊びがあるのに、歴史と伝統の万年筆には同様の面白い製品がそれほどないというのが筆者の印象だ。
筆者の持っている万年筆の中でも楽しそうなのは、パイロットやLAMIのキャップレス万年筆や、BICの変態中折れ万年筆くらいしか思い当たらない。
いずれももう相当前にそのオリジナルモデルは存在しており、そう考えると、万年筆の世界ではもうずっと昔と同じことを繰り返しているように思えてくる。
歴史と伝統を正しくトレースすることで、より後発の製品に磨きがかかることも事実だが、それだけでは少し寂しいし面白くない。
そんなことを一人で思っている時に、さまざまな観点で伝統的な万年筆の枠を外れたユニークな万年筆であるヴィニャスが発売されたのだ。
“万年筆風”鉛筆補助軸が本物の万年筆に!
ヴィニャスは、万年筆モデルに先行して、「ミミック」(擬態)と呼ばれる“万年筆風”鉛筆補助軸モデルが発売されている。鉛筆補助軸とは、削って短くなった鉛筆をクリップして、一定の長さを保ち、従来通りの使いやすさと筆記機能を提供する道具だ。
筆者は以前、このミミックを色違いで2本手に入れて、一方は本来の鉛筆補助軸として使用。もう一方はオプションの真ちゅう製アタッチメントを追加で購入して、人気の高いジェットストリームのリフィルを入れてボールペンとして活用している。
そして今回のヴィニャスは、キャップを装着した外観は、ミミックの雰囲気そのままで、内部は見事に万年筆に変貌したモデルだ。
あえてヴィニャスをミミック同様の呼び方をするとすれば、「万年筆風 鉛筆補助軸風 万年筆」という何か訳のわからない表現になってしまうが、単なる万年筆ではないことは想像できるだろう。
ヴィニャスの本体軸はミミックと同様アセチロイド製。一般的な万年筆製造の旋盤ではなく、「ろくろ」と呼ばれる往年の道具を使い、職人が1つ1つ造っていく完全手工業製品だ。
軸の柄(模様)の違いで、現在は、ペンギン(白黒ストライプ柄)、ナンテン(雲のような白と鮮やかな赤の組み合わせ)、パシフィック(アンバーカラーのネオべっ甲風)の3種類がある。
キャップはねじ込み式が多い万年筆では珍しく、シンプルなキャップ方式を積極的に採用している。
伝統的な万年筆のねじ込み式キャップを開けながら、一時の物思いにふけるのも決して悪くはないが、ヴィニャスのキャップは、着想が降臨した時の速攻筆記体制を優先した結果だろう。
精度の高い造りのアセチロイドゆえ、スムースな開閉とインクの乾燥防止を両立させている。
ペン先はM(中字)とMF(中細字)の2種類が提供されている。筆者の購入したのは、パシフフィックのM(中字)だ。
標準オプションとして軸色にマッチしたクリップが1つ付属する。筆者のパシフィックには、金色塗装のクリップが付属していた。
クリップはほかに、真ちゅうメッキとクローム(銀色塗装)の全部で3種類が用意され、別途1つ309円で追加購入も可能だ。
筆者の購入したパシフィックのイメージは古い言葉で言うなら、昔から日本にある「べっ甲」だ。それゆえ、周囲のクラシカルなものとのマッチングも期待できる。
ペン先(ニブ)には14金を採用。もちろん筆記感覚も職人が1つ1つ完全にチューニングしてから出荷しているので完璧だ。
コンバータを使用してさまざまなインクを楽しむ!
適合カートリッジは、欧州統一規格のインクカートリッジなら基本的に大丈夫だ。筆者はペリカンのカートリッジを使用している。
カートリッジを使用した時のヴィニャスは筆者が普段愛用している数本の万年筆の中では最軽量の17gだ。ツバメフール紙(5mm方眼)を使用したツバメ ダ・ヴィンチ手帖との相性は抜群だ。
しかし、万年筆の楽しさは、カートリッジだけでは限度のあるカラーバリエーションを、市販のお気に入りのインクや昨今流行の自分だけの調合インクに替えて楽しむ時だろう。
筆者は、文具屋さん巡りをしていて偶然見つけて、色味より瓶の形とパッケージを気に入ってしまったカランダッシュの「アイデリック・ブルー」というインクを使ってみた。
瓶入りのインクを使用する場合には、万年筆それぞれにサイズを適合化した「コンバータ」という部品を使用する。ヴィニャスの場合は、カートリッジと同じメーカーであるペリカンがベストマッチのコンバータだ。
欧州統一規格のものであれば、基本的に使用は可能だが、実際にロットリングのコンバーターとペリカンのコンバータの2つを見比べてみたところ、ほとんど同じで問題ないと思える。しかし、実際に両者を取り付け、取り外してみると、意外とその差異が体感できる。
ロットリングのコンバータは万年筆との結合部分が浅く、丸い接続部分がわずかだがルーズだ。
一方、ペリカンのコンバータは奥までしっかり深く挿入でき、接続部分も二重の丸い形状でタイトに固定できるため、インク漏れや持ち運び中のコンバータの脱落などはまずないだろう。
歴史と伝統ある万年筆は、当初、カートリッジやコンバータという概念はなく「つけペン」(ペン先にインク壺のインクをつけながら筆記・描画に用いるペン)だったであろうから、ペン先にインクが付くことは大した問題ではなく、ニブもインク瓶に浸かる部分もインクの付着や腐食に強い素材が使われている。
しかし、筆者は昔からどうもコンバータを使い、ペン先部分をどっぷりとインク壺に突っ込んでインクを吸い上げることが苦手だ。
インクを充填後、何より、ペン先部分に付着した余分なインクをクリーニングペーパーやティッシュペーパーで拭き取る時、そのインクの量が半端なく多くて苦手なのだ。
そんな筆者は、まずコンバーター単体をインク瓶に突っ込んで、インクをコンバータ内に一杯にしてから万年筆と結合する。ペン先を注意深く見ながら、コンバータのネジつまみを軽く回してインクをペン先ににじむくらいまで送り込んで使っている。
コンバータで直接インクを吸い込んだ場合は、周囲にあふれる余分なインクは極めて少なく、不用意に指先を汚すこともない。
考えられる問題としては、コンバータの付け外しが少し多くなり、最悪、ペン先とのドッキングにおいて多少甘くなるかもしれないが、インクの充填は連日行なう作業でもなく、最悪、新しいモノに交換しても1000円以下の出費だ。
それだけで、余分なインクが付着しないきれいなペン先と指先を確保できるなら安いものだ。
筆者のような使用法は、明らかに伝統的な万年筆のお作法からすれば“掟破り”だろうが、もともと、万年筆風鉛筆補助軸から生まれた掟破りの新世代の万年筆だから、万年筆を知らない新しい世代が楽しみながら工夫しながら、ユニークなインクのバリエーションと、筆記感覚を楽しめれば最高だ。
伝統的なモノのよさを取り込んだ新しいプロダクトの魅力
普段、筆者のカバンの中には、2本のミミックと今回のヴィニャスの3本をソフトレザーのペンケースに入れて収納している。
ジャケットだけで出かける時には、ポケットにツバメ ダ・ヴィンチ手帖とヴィニャスを無造作に突っ込んでいる。
目的のページを瞬間的開いて、キャップを引き抜くだけで筆記をはじめることができるこのコンビネーションはクセになる。
腕時計や万年筆、手帖……古くていいもの、古くて伝統的なモノのよさを取り込んだ新しいモノ、これらの理想の組み合わせを見つけていくのがこれからの万年筆のあるライフスタイルだろうと思っている。
ツバメ ダ・ヴィンチ手帖とヴィニャス万年筆は、歴史と伝統をすべて受け入れるだけでなく、それらを深く理解した上で、さらなる工夫をし、自分たち独自の使い方やモノに対する考え方や取り組みを創り出していく、違いが分かる人たちに使ってほしいアイテムだ。