ミッドライフ・クライシスとは……誰もがなりうる「中年の危機」
「中年の危機」は誰にでも訪れる可能性があります。40~50代になれば、個人差はあれ、頭も体も若い頃とはかなり違ってきます。人生に限りがあることをはっきり意識することもあるでしょう。
「この先、残された時間をいかに有意義に過ごしていくか?」といったことが大きな課題になるかもしれません。「残りの時間」は、実際には50年以上ある可能性も十分あるのですが、この時期特有のそうした感情が心の焦燥を呼び、ある日突然、よい家庭人だったはずの人が妻と子供を残して家出してしまう……といったことが起こったりします。
ここでは、こうした深刻なミッドライフ・クライシスが起きないよう、40~50代の方が心の健康を守るために知っておきたいポイントを解説します。
離職・不倫・家出……ミッドライフ・クライシスに見られる行動
一例として、次のような状況を思い浮かべてください。
――40代のある男性が、ある日突然妻にこう言います。
「自分の人生はもうおしまいだ。こんな生活にはもう疲れた」。妻はなんで夫が突然そんなことを言い出すのか、全く理解できません。あまりに突然のことで、おそらく、「何わけの分からないことを言っているのよ」と軽く聞き流すことが大半でしょう。夫側には、その発言に至るまでにさまざまな葛藤があったのかもしれません。
いずれにせよ、そういった発言の後で夫が家族を残して家出をする……といった真のミッドライフ・クライシスが発生した時、残された家族にとって、それは晴天の霹靂となることが多くあります。
このケースのように、発症の前兆があっても、家族を始めとする周りの人がなかなか深刻度に気付けないことは少なくありません。当人の心の苦しみがマグマのように溜まった結果、圧力から逃れるかのように、短期間のうちに周囲の人には考えられないような行動を実行に移すことがあるのです。
家出という行動だけでなく、長く勤めていた会社を家族に相談することなく辞めてしまう、不倫相手を探し始める、長い旅に出る、高価な買い物をいくつもする……など、その表れ方はさまざまですが、一つの行動に限らず、ごく短期間のうちにいくつもの大きな行動を取ってしまうこともミッドライフ・クライシスの特徴です。
その間、当人は周囲の人の言葉に耳を傾けることはあまりなく、気持ちのおもむくままに行動し続けてしまいます。精神科医による対処が必要となる場合もありますが、医師が向かいあう相手は当人よりもご家族になることが多くなります。本人への働きかけのアドバイスのほか、ご家族自身が受けたショックから回復するための治療が必要になるのです。
ミッドライフ・クライシスが起きる原因
ミッドライフ・クライシスが起きる要因には、生活環境の変化、加齢が生み出す生理機能の変化など、さまざまなものがあります。
冒頭でお伝えした通り、40~50代になり、先の人生に限りがあることを感じて、焦燥に駆られるのも大きな原因と言えるでしょう。その時点でのライフスタイル・心のありかたが自分に合っていなければ、心の葛藤が深刻化する可能性もあります。「自分のピークはもう過ぎてしまった……」といった観念が心の苦しみをさらに強める可能性もあるのです。
ミッドライフ・クライシスの対処法・予防法は「自分再定義」
そうはいっても、上記のような非常に深刻なミッドライフ・クライシスが起こることは稀です。一般的には、「毎日がパッとしない」といったレベルの悩みが多いはずです。
それを乗り越えるために、「いかに自分を再定義していくか」が大きな課題になります。「これから自分はどう生きるべきか」、いわば「これからの自分自身」を再定義していくという作業です。「中年期をどう生きるべきか」といった哲学的な問いに対する答えはさまざまあるでしょうが、過去の偉大な先人たちが述べたことは参考になると思います。
例えば、アイデンティティなどの概念を生み出した発達心理学者エリク・エリクソン(1902~1994)によれば、「40~60代までの成人後期の発達課題は”生殖性の獲得”にあり、もしこれに失敗すれば人生が停滞しやすい」としています。
「生殖性」というのは、自分がそれまでの人生で身につけたことを次の世代に伝えていくということです。子育ても「生殖姓」の一形態です。エリクソンによれば、人は中年期に入ると、「自分」という狭い意味の成功では十分な満足感を得にくくなり、心身を充実させるためには、周囲の人、ひいては社会の役に立っている、という意識が重要だとしています。
ミッドライフ・クライシス症状を悪化させる飲酒は控えめに
人は何かで心が苦しくなると、その不快な感情に対処すべく、別の何かをしたくなるものです。もしその気持ちが飲酒などに向かってしまうと、事態が深刻化する可能性もあります。
アルコールは嗜好品とはいえ、中枢神経系を抑制するタイプのれっきとした「薬物」です。およそ6人に1人はアルコールを含む薬物使用に精神科的な対処が望ましいとされる、という数字もあるなど、依存症は決して珍しいものではありません。
飲酒などで一時的に気分は晴れても、その使用がエスカレートしていけば、事態は確実に深刻になります。そしていったん依存症のレベルになってしまうと、回復することは決して容易ではなく、かなりの時間がかかります。
薬物使用は依存症レベルになる前にストップをかけることが非常に重要です。そして、飲酒問題の深刻化は心の葛藤が強くなっている時に起きやすいことを、ぜひ知っておいてください。
冒頭の例に戻ってみましょう……。
妻が夫の言葉を理解できなかったのは、夫が何か深刻な問題を隠しているからかもしれません。夫をサポートしていく過程で、問題がはっきりわかることもあります。また、夫がうつ病になっている可能性もあります。その場合は早期に治療を始めることが予後を良好にしますので、ぜひ早めに精神科(神経科)を受診してください。
文 : 中嶋 泰憲