ハリウッドには「良い作品ほど訴訟が多い」という言葉があるそうだが,それはゲーム業界にも当てはまるようだ。世界的な超人気シリーズの「グランド・セフト・オート」ともなれば,常に訴訟にさらされている印象で,とりわけ,5500万本以上のヒットを記録したという「グランド・セフト・オート V」では,終わったと思ったらまた次という感じで,ひっきりなしに裁判のニュースが流れてくる。今週は,そんな「グランド・セフト・オート V」周辺で起きた2つの訴訟を紹介したい。
ハリウッドスターがGTAVにおかんむり
Rockstar Gamesのクライムアクション「グランド・セフト・オート」は,訴訟を起こされてることでも有名なシリーズだ。2003年から2008年頃までは,アメリカ人弁護士(当時)ジャック・トンプソン(Jack Thompson)氏がゲームの暴力的表現を糾弾するため,たびたび「グランド・オート・セフト」シリーズの名前を挙げており,これについては本連載の第63回「業界の話題をさらった反ゲーム弁護士の顛末」に詳しいが,4Gamer.netの背景がまだ黒かった時代,筆者の連載に最も多く登場した人物の1人だ。
ちなみに,トンプソン氏は2008年頃,その行き過ぎた言動から地元フロリダ州の弁護士資格を剥奪されている。アクティビストとして今でも反ゲーム活動などを続けている様子ではあるものの,彼の発言力は以前とは比較にもならず,北米ゲーム業界に与える影響はごくわずかだ。
話がそれたが,発売からすでに2年半が経過したシリーズ最新作,「グランド・セフト・オート V」(PC/PS4/PS3/Xbox One/Xbox 360)でもまた,いくつもの訴訟にさらされている。そのうち話題になったのが,ハリウッドスターのリンジー・ローハンさんが起こしたものだ。
スマホを片手に赤いビキニの女性がピースサインを決めるという同作のアートワークは,発売地域によってはパッケージのデザインやディスクのレーベルにも利用されており,同作を象徴するイラストとも言える。ローハンさんは2014年10月,このビキニ女性のキャラクターが自分の肖像権を侵害しているとして告訴したのだ。Rockstar Gamesは,「事実無根」としてカリフォルニア州の裁判所に棄却を求めていたが,2015年3月,裁判所がローハンさんの言い分を認める決定を下したため,裁判に発展する可能性が高くなった。
このビキニの女性は,ゲーム内にレイシー・ジョナスという名前で登場し,「自分の写真は1枚で6桁の価値があるのよ」などど,いかにもハリウッドのセレブらしい発言をしたりする。「何も悪いことはしていないわ。私,有名人なんだから」というのも口癖で,こうしたことから,本業である女優よりも私生活のほうが大きく注目される,いわゆる“お騒がせセレブ”の1人であるローハンさんを連想した北米のプレイヤーも少なくなかったかもしれない。
2013年,「グランド・セフト・オート V」がリリースされた当初から,ローハンさんのこの動きを察知した北米のゴシップ番組「TMZ」は,ローハンさんが水着を着てピースサインをした写真を番組中で公開した。ポーズが異なるにせよ,似ていることは確かではないだろうか。
もっとも,このアートワークの女性の立ち姿は,ローハンさんではなく,「スポーツ・イラストレイテッド」誌に掲載された人気モデル,ケイト・アプトンさんのグラビア写真をトレースしたかのではないかという疑惑が,ゲームの発売前からファンの間で流れていた。実際,レイシー・ジョナスはローハンさんの,というよりはハリウッドセレブのステレオタイプであり,「特定の人物」を対象にした肖像権の侵害となるかどうか,筆者には疑問だ。スポーツ・イラストレイテッド誌とアプトンさんが,グラビア写真のトレース疑惑を訴えたほうが,よほど説得力があるだろう。
以前にもローハンさんは,コマーシャルに登場する赤ん坊が,「ミルク依存症のリンジーちゃん」という設定であることに対して企業を告訴し,自分に有利な形で示談に持ち込んだことがあるという。果たして,訴訟に発展した場合にRockstar Gamesがどう対応するのか,非常に興味深い。
Rockstar Gamesの上級幹部に勃発した抗争
以上はゴシップの域を出ないような出来事だが,4月の初め,より深刻な訴訟が起きた。「グランド・セフト・オート III」以来,Rockstar Northを率いてきたレズリー・ベンジース(Lezlie Benzies)氏が,Rockstar Gamesを訴えたのだ。
ベンジース氏は1995年,当時DMA Designと呼ばれていたゲームメーカーに入社し,Nintendo 64向けのアクションゲーム「Space Station Silicon Valley」の開発にプログラマーとして携わったあと,「グランド・セフト・オート III」チームのリーダーに抜擢された。同作の大ヒットによりRockstar Gamesの基礎が盤石となって以来,約20年にわたり最高幹部として活躍してきた人物だ。「グランド・セフト・オート V」にはエグゼクティブ・プロデューサーとしてだけでなく,ゲームデザイナーとしても参加していた。
Rockstar Gamesの前身は,ニューヨークの音楽レーベルからゲームビジネスに乗り出したBMG Entertainmentのプロデューサー,サム・ハウザー(Sam Houser)氏と,DMA Designの品質管理部門に入社したばかりのダン・ハウザー(Dan Houser)氏の兄弟が設立したBMG Interactiveだった。同社はDMA Designが開発中のレースゲームをパブリッシングするために作られた会社で,そのゲームがタイトルを「Grand Theft Auto」に変更した直後,BMG InteractiveはTake-Two Interactiveに買収されて,Rockstar Gamesとして出発することになった。
1997年に発売された「Grand Theft Auto」は大きな話題になり,その4年後,Rockstar Gamesは「Grand Theft Auto III」が大成功を収めた直後にDMA Designを傘下に収め,同社の名前をRockstar Northに改めた。
こうして,Rockstar GamesとRockstar Northは二人三脚で成長してきたのだが,2014年の後半になると,ベンジーズ氏は突然Rockstar Northに出社しなくなり,一部メディアでは,彼の去就についての噂が流れた。ベンジース氏は2016年1月に正式に退社したが,ゲームメディアのKotakuはその件について,(Rockstar Gamesのレポートを元に)ベンジース氏が自ら決定してRockstar Northを去ったと報じている。
しかし,今回のベンジース氏の告訴を受け,同氏が裁判所に提出した訴状をGameIndustry.bizなどのメディアが掲載しているのだが,それを見る限り,円満退社ではなかったようだ。
ハウザー兄弟とベンジース氏は2009年,Another Game Companyという会社を設立しているが,これはTake-Two InteractiveがRockstar Gamesの幹部を経営の第一線から退かせるために作られたもので,3人には月々,ロイヤリティが支払われる契約になっていた。ロイヤリティの総額は,6億ドルを超えるという。
ところが,2014年末にベンジース氏が休暇に入ると,彼のロイヤリティの支払いがストップする。休暇を終えて翌年4月に会社に戻ったときには,もはやRockstar Northのオフィスにも入れないという状況で,ハウザー氏らに追い出されたと感じたベンジース氏は弁護士と接触。その動きを知ったTake-Two InteractiveとRockstar Gamesは先手を打ち,ベンジース氏が契約違反を犯したとして訴訟の準備を進めた。そういったことが1年ほど続いたという。
ベンジース氏の訴状には,「グランド・セフト・オート・オンライン」のゲーム内の売り上げが5億ドルに達したことや,ダン・ハウザー氏がRockstar San Diegoで進めていた「Red Dead Redemption」の開発が難攻し,経験豊富なベンジース氏に救援を要請したこと。そして,その混乱をベンジース氏がしっかりまとめ,発売時期に合わせて完成させたことなど,これまで外部には知られていなかった事柄が,当時交わされていたEメールなどを証拠に,赤裸々に語られている。
ベンジース氏は,ロイヤリティや給与の未払い分,1億5000万ドルを要求しており,いずれ大きな裁判に発展していきそうだ。「Red Dead Redemption 2」や「Grand Theft Auto VI」などのプロジェクトが内部で進行しているという噂もあるRockstar Gamesだが,飛ぶ鳥を落とす勢いの快進撃の果てに起きたこの訴訟。今後,どのような展開が待っているのか注目していきたい。
<著者紹介:奥谷海人>
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。