'89年『時間ですよ』に出演したころの川越さん
「別れてから連絡してなかったので、結婚して幸せになっていると思ってたのに……」
レコード大賞新人賞にも輝いた女優の川越美和さんが、'08年4月に都内のアパートで孤独死していたことを先週、『週刊女性』は報じた。すると、各方面から大きな反響が寄せられ特に、生前に彼女と交流のあった人々からは、驚きと悲しみの声が上がった。
「'04年から'05年の1年ほど交際していたんです」
そう話すのは、現在50代になるカメラマンのA氏。川越さんとは、'02年ごろに仕事関係のパーティーで初めて会ったという。
「出会ったころから、彼女は酒浸りの生活を送っていたんです。お酒はそれほど強くないのですが、とにかく飲まないと寝られない。弱いのに飲んでいる姿が、よけいに痛々しかったんです」
友人だった川越さんの恋愛相談に乗っているうちに、彼女から“じゃあ、付き合ってよ”と告白されたというA氏。付き合い始めてからも、彼女の泥酔はやまなかった。
「当時、彼女はそんなに仕事がなかったので、部屋にいることが多かったんです。毎日、僕が仕事を終えて帰ってくるころには、すでに酔っぱらっていて、将来のことや仕事の話など、まったくといっていいほどまともな話ができない。なので、なんとしてもお酒を断たせようと、一緒に病院に行くことにしたんです」
彼が調べて、杉並区内にあるアルコール治療に詳しい病院へ。お酒を飲むと不快感が出る抗酒薬を処方してもらったのだが……。
「彼女はそれがほとんど効かなかった。薬を飲んでも、お酒を普段どおり飲んでしまうんです。最終的には先生に“本人の意思でやめるしかない”って言われてしまいました」
先週号で、川越さんが芸能界引退後に勤めた不動産会社の同僚は、鹿児島に住む両親や姉妹とは断絶関係にあったと証言している。だが、A氏と交際していたころは、家族関係は良好だったという。
「月に1度、多いときは2度も、お父さんから4リットルの芋焼酎ボトルを何本かまとめて送ってきたりしていたんですよ。あと、食材とかも送ってもらっていましたね。やはり、生活が苦しいのがわかっていたので、お父さんが心配していろいろ送っていたんだと思いますよ」
交際時には渋谷区内のマンションに住んでいたというが、家賃が負担になり下町である墨田区に引っ越したという。
「渋谷区のマンションの家賃は10万円を超えてて、家賃と最低限の生活費で月の収入は消えてしまうって感じだったと思います。
所属事務所が固定給か歩合給だったかは聞いていないですが、どこからお金が出ているのかはわからなかったです。3か月ほど彼女のマンションで同棲しましたが、相変わらずお酒は飲んでいましたし、引っ越しも重なって僕がついていけなくなり別れちゃったんです」
お酒を断ちきれなかった川越さん。だが、女優への意欲が衰えることはなかった。
「このころドラマや映画などの仕事は少なかったけど、出演するときはすごい気合が入って、普通の役者さん以上に入り込んでいました。それくらい仕事にまじめだったんです。僕と出会う前、桃井かおりさんのお兄さんのお店で、自分で脚本を作ってひとり舞台をしていたくらいですから」
桃井かおりの兄が当時を振り返る
'02年に行ったひとり舞台のチラシには、川越さんが自らデザイナーに頼んで作った
《誰かこの女知っていますか》と自虐的に書かれた舞台のチラシがある。'02年に行われた川越さんのひとり舞台のタイトルだ。この公演を後押しし場所を提供した脚本家の桃井章氏は当時を振り返る。
「ひとり舞台は11月と12月の2回、行いました。当時、川越さんが所属していた事務所社長と僕が友達で、それが縁でお店に来るようになった。
でも、毎日、酒浸りみたいな状態で……。そんな彼女を見ていたら、男だけど“母心”っていうか、“川越のためになんとかしてあげたいね”って思って、ひとり舞台をするよう持ちかけたんです」
川越さんが出演し'00年に公開された映画『花を摘む少女と虫を殺す少女』の矢崎仁司監督が舞台のセットを担当。
彼女を何とかしたいという関係者が多く集まった。
「脚本や演出も彼女がこなし、舞台はよかったですよ。彼女が物を作ることをやりたいんだなっていうのは、すごくわかりました。だからこそ、なぜ酒浸りになったのかがわからない。ただ、1度だけ“20歳のときに月に200万円使える身分だったのよ”って言ったことがあったんですよ。“16歳でデビューして200万円使えるようになったら、人間どうなっていくかわかるでしょ”って。それは言い訳の気もするけど……」
だが、その成功が女優としての仕事を狭めていたという。
「田舎の超有名な美人が東京に出てきて、20歳までに月に200万円も稼ぐ女優になったら、そりゃ、くだらない仕事はしたくないでしょ。周囲がバカに見えてくるんでしょうね。
事務所にしたら彼女に合う仕事を持ってきてるつもりなんだけど、2時間ドラマなんかで、私がやんなくてもいい役って思っちゃうと拒否しちゃうんです。それで、お金もなくなっちゃうわけです」
生活が苦しくなり、桃井さんなど身近な人から1万円、2万円の借金を繰り返した。
「少ない額ですが、それが何回も続いていくんですよ。返してもらえないなって思いながらね。僕だけでなく、ほかにも何人もいたと思いますよ。それで、彼女からどんどん人が離れていっちゃう。もしかしたら、そういうことで実家からも見捨てられちゃったのかもしれないですね。
いろんな人からお金を借りて追いつめられていくわけでしょ。だったらプライドを少し捨てて、心を入れ替えてどんな役でもやってれば彼女の知名度やスキルがあれば、置いてくれる事務所はいくらでもあったと思いますよ。そうすれば、贅沢まではできないとしても生活には困らなかったでしょう。でも、それができなかったんです」
愛犬であるフレンチブルドッグのキミとボク('07年)
お酒にまみれ、借金を繰り返していた川越さん。そして、最後は薬にも頼っていた。
「いま思うと、亡くなる半年くらい前に一緒にドッグランに行ったんです。そのとき川越さんは“うつ病で薬を飲んでいる”って言ってました。1回に処方されている量の倍を飲んじゃうんで、薬がすぐに切れちゃう。
それで、救急車で病院に運ばれたことも何回かあったって聞きました」(愛犬家仲間のひとり)
A氏と付き合っているころ、お酒を断つための病院だけでなく、心療内科にも行くようすすめた。だが、当時の彼女は頑なに拒んだという。
「僕と付き合う前に、ある知り合いの女性から“あなた太ったわね。誰だかわからなかったわよ”って言われたらしいんですよ。それにショックを受け、摂食障害というか食事をとれなくなっちゃった。
僕が付き合っていたころもやせていて、食事はほとんどとらなかった。もともと繊細で人のことを気にする子だったんですが、そのひと言が、彼女をずっと追いつめてしまったのかもしれない。そう思うと、やりきれないです」
芸能界そして都会で生きるには、彼女はあまりに繊細すぎたのかもしれない─。