西部開拓時代の町並みが残るリビングストンは、自然豊かなイエローストーン国立公園の玄関口だ。そして作家や俳優らセレブリティーが暮らし、居心地のよいレストランや個性的な書店が軒を連ねる“文学の町”でもある
BY NATALIE STOREY, PHOTOGRAPHS BY LYNN DONALDSON, TRANSLATED BY G. KAZUO PEÑA(RENDEZVOUS)
<STAY>
「マレー・ホテル」
イエローストーン国立公園を訪れる観光客を迎えるため、ノーザン・パシフィック鉄道により1904年に建設された「マレー・ホテル」は、町の鉄道車庫の向かい側にあり、常にリビングストンの中心的位置を占めてきた。かつてリビングストンが、カントリー・ミュージックなどが演奏される、ワイルド・ウェストの安酒場(ホンキートンク)の町であったころ、西部開拓時代のガンマンで興行主であったバッファロー・ビルや女性ガンマンのカラミティ・ジェーンもこのホテルに泊まった。また、映画監督のサム・ペキンパーは1970年代後半から80年代にかけて、このホテルの3階で暮らしていた。宿泊客はロビーに展示されている写真や工芸品を通して、ホテルの歴史の多くを見ることができる。また、いまだ現役の「オーチス社」の手動操作のエレベーターに乗ることもできる。マレー・ホテルを1991年に買収したオーナーのダンとキャスリーン・カウルは、全25部屋の大幅な改修工事を終わらせた。どの部屋も居心地が良く、古風な雰囲気が漂っている。
murrayhotel.com
「Chico Hot Springs(チコ・ホット・スプリングス)」
リビングストンの町とイエローストーン国立公園の中間地点には、1900年に設立された、癒し効果のある温泉水で知られる「チコ・ホット・スプリングス」がある。ゴールドラッシュ以前には、クロウ族、フラットヘッド族、ブラックフィート族などのアメリカ先住民族が、この”水溜り”を頻繁に訪れていた。その後は、2つの木製のバスタブを備えた入浴場として金鉱労働者が使用していた。コリンとシーブリング・デイヴィス夫妻が所有している現在、チコには様々な宿泊設備もできている。宿泊客は、改修された車掌用の車両や、丘の上に並ぶ8軒のラグジュアリーな山小屋に泊まったり、あるいは大型の幌馬車の中でキャンプすることもできる。こうした物件に泊まる醍醐味は、観光客の群れが到着する前の朝方に、天然のミネラル温泉に入り、高さ10,900フィートある壮大なエミグラント山の景色を楽しむことができることである。
www.chicohotsprings.com
(写真左)マレー・ホテル
(写真右)チコ・ホット・スプリングス
「A Stone’s Throw Bed and Breakfast(ア・ストーンズ・スロウ ベッド & ブレックファースト)」
居心地のよい“クラフツマン様式”のこちらのB&B(朝食付き宿)は、地元のカップルであるミック・バーリントンとドナルド・ザノフが、友達の力を借りて、自ら設計と建設を行った宿泊施設だ。バーリントンは人気のあるツーステップのインストラクターで、ザノフは熱心な“馬乗り”である。「ア・ストーンズ・スロウ」では、カウボーイ文化に対する敬意がそこここに感じられる。建物の壁に飾られている、ウェスタンをテーマにしたアート作品のほとんどは、彼らの友達が手がけたものだ。また家具の多くと、いくつかの幌馬車の車輪は、ザノフが以前勤めていたワイオミング州の大牧場から持ち込んだものである。一方でバーリントンは、自ら作った回転台をつけたパイン材の大きなテーブルで、丁寧に作った朝食を提供してくれる。
astonesthrowbandb.com
<EAT>
「The Second Street Bistro(ザ・セカンド・ストリート・ビストロ)」
シェフでもありテレビ番組の司会者でもあった故・アンソニー・ボーディンや作家のジム・ハリスンなど著名なグルマンのお墨付きもあって、このビストロはずいぶん以前から、アメリカのグルメ・スポットとして有名だ。シェフのブライアン・メンゲスは、2004年にマレー・ホテルの古いダイナーを引き継ぎ、ワインを豊富に取り揃えた高級レストランとして生まれ変わらせた。フランス料理から着想を得ながらも、堅苦しくない雰囲気のビストロでは、(メンゲスは冗談で、自分がかつてファミリー・レストランのチェーンであるパーキンズの地域担当マネージャーだったと語る) 伝統的な料理には、地元の牛肉、鶏肉、羊肉に加え、レストランが所有する近所の農場で採れた農産物を最大限に活用している。メンゲスは、自身が経営する隣の「マレー・バー」の方にいることがある。そこで彼は、安いビールを飲みながら、前述したアンソニー・ボーディンやジム・ハリスンにまつわる逸話を語るのである。
secondstreetbistro.com
「Mustang(マスタング)」
「マスタング」の定期的に代わる旬のディナー・メニューは、イエローストーン・グラスフェッド・ビーフやフラットヘッド・チェリーなど、モンタナ州産の食材が目玉である。ランチの時間帯には、このフレンドリーな雰囲気のカフェは、シェフの名物であるチキン・ポットパイや野牛ミートローフのサンドウィッチなど、高級デリのような食事を提供する。オーナーのキャロル・サリバンは、1997年にケータリング会社を立ち上げて以来、リビングストンのセレブ達のために料理を作ってきたが、2001年にマスタングをレストランへと変身させた。近所に暮らすマイケル・キートンやジェフ・ブリッジスは、パーティーの料理を今でもサリバンに依頼しているが、彼女は最近ではケータリングを引き受けるのを減らしている。事前の予約がオススメだ。
mustangfreshfood.com
「Pinky’s Cafe(ピンキーズ・カフェ)」
朝食と昼食のスポットとして人気のこの店を、地元の人たちは、“デスティネーション・パンケーキ(究極のパンケーキ)”と呼ぶ。リビングストンのバーで踊りながら一夜を過ごした翌朝に立ち寄れば、濃いコーヒー、しぼりたてのオレンジジュース、そしてベーコンエッグを食べることができる。シェフのモーガン・ミルトンは、忙しすぎる高級レストランの世界から、気分転換を求めて2013年にこのレストランを引き継いだ。元のオーナーであったミュージシャンのリッチ・“ピンキー”・ラッグルズに由来する店名はそのまま存続させたが、それまでは何十羽ものプラスチック製のフラミンゴが飾られていた店内のデザインは、改めることにした。現在の世界観はモダンな農家をイメージしたもので、厨房からはミルトンいわく、「創造的なコンフォート・フード(ホッと安心させる、子供の頃を思い出すような家庭料理)」が提供される。特にパンケーキは、地元の作家であるウォルター・カーンのお気に入りだそうだ。
pinkyscafemt.com
(写真左)マスタング
(写真右)ピンキーズ・カフェ
<SHOP>
「Cactus Blossom Collective(カクタス・ブロッサム・コレクティヴ)」
親友のクリスティー・リードとジェシー・コンリーは、女性の職人や起業家のための共同作業場、兼小売スペースを提供する目的で、2016年に集合店舗を設立した。コンリーは回収された古布や古いウェスタン・ブランケット、ヴィンテージのブロケード生地、鹿革などの素材を使ってユニークなバッグを制作している。リードはヴィンテージの洋服を見る目があり、ハイウェストのラングラーのジーンズ、花柄のドレス、ペンドルトンのフランネルなど、相当な数をセレクトしてきた。店の奥では、リードの義理の姉妹である、元バレリーナのジョーダン・リード・ボイドが、オーダーメイドのレオタードや水着を縫い、ステンドグラスのアーティストであるケイティ・シサムは、イエローストーンに着想を得た手吹きガラスの作品を売っている。
cactusblossomcollective.com
「Elk River Books(エルク・リバー・ブックス)」
リビングストンには、今もなお3軒の書店が存続している。詩人のマーク・ボーディンとジャーナリストのアンドレア・ピーコックが運営するエルク・リバーは、風景画家のラッセル・チャットハムがかつてスタジオとして利用していた、メインストリート沿いにある明るい店である。この書店では、地元やウェスタンの作家による比類のないコレクションを所蔵している。店舗の奥にあるロー・ヴィーガンのジュース・バー「ウィートグラス・サルーン」では、ジュースやお茶を購入することができ、それらを片手に、モンタナ州をテーマにしたコーナーを見て回ることもできる。木曜の夜には、2階にあるギャラリー・スペースで朗読会、講演会、コンサートなどが開催される。
elkriverbooks.com
「Out of the Blue(アウト・オブ・ザ・ブルー・アンティークス)」
ファンキーなミッドセンチュリー・ウェスタンの室内装飾品を取り扱うこのショップのオーナーであるキャサリン・ボーンマンは、店内を折衷的なエステート・ジュエリー(故人の遺品など、かつて個人が所有していたジュエリーのこと)、ヴィンテージの帽子、古い標識、廃品回収された剥製、ティーポット、家具やその他の掘り出し物でいっぱいにしている。ボーンマンが所有する宝物の中には、100年前の機関車の警笛が2つ、そして1907年に製造された「コペンハーゲン」という未開封の状態の嗅ぎたばこがある。陳列ケースにはヴィンテージのターコイズの指輪やブレスレット、懐中時計、ロケット(写真入りペンダント)、そしてリビングストンで一番のループタイのセレクションが並んでいる。
outofthebluemt.com
(写真左)アウト・オブ・ザ・ブルー・アンティークス PHOTOGRAPH BY TONY DEMIN
(写真右)カクタス・ブロッサム・コレクティヴ
<SEE>
「リビングストン芸術文化センターとパークス・リース・ギャラリー」
画家のパークス・リースは2001年に自身のギャラリーを、メインストリートにあるこの煉瓦の建物に移動し、それ以来、リビングストン芸術文化センターとその空間を共有している。後者は、地元で制作されたアート作品を求めやすい価格で販売し、地域のためのギャラリー・スペースを提供している。一方で、リースのギャラリーでは、モンタナ流のシュルレアリスムの傾向がある自身の絵画作品を展示している。最近の作品には、釣り人を食べる恐れのある巨大なマスを描いた『Live Bait(生き餌)』や、マスの口の中に乗る二人の裸の人物を描いた石版『Adam and Eve Tour Yellowstone(アダムとイブ、イエローストーンを巡る)』などがある。
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「イエローストーン川」
探検家のウィリアム・クラークは、1806年にイエローストーン川沿いでキャンプした際に、この川は「広く、力強く、速く、深い」と日記に記した。現在、ダムでせき止められていない川としては、アメリカ合衆国の中で一番長いイエローストーン川は、レクリエーション、氾濫原の開発、そして気候変動による影響がますます高まっているにもかかわらず、依然として釣り人にとっては楽園のような場所だ。夏になると、州が制定したエミグラントのフィッシング・エリアからスプリングデールまでの区間に、ゴムボートやドリフトボートが点々と見られるようになる。リビングストンにあるいくつかのガイドショップに行けば、観光客には遠足に必要な装備を提供してくれるし、釣りをしたい客には、何人もいる町のガイドを紹介してくれる。最も引っ張りだこのガイドたちは、町を出てすぐのところにある、国道89号南線沿いの「スウィートウォーター・フライ・ショップ」や、ダウンタウンのパーク・ストリート沿いにある老舗フライ・フィッシング専門店の「ダン・ベイリーズ」を拠点としている。水位が充分に低くなると、地元の子供は今もなお、タイヤ販売店から15ドルで購入した古い黒いタイヤのチューブを使って川を下る。観光客は「ラバー・ダッキー・リバー・レンタルズ」からゴムボート、カヤック、パドルボードやその他の水上の乗り物をレンタルすることができる。
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リビングストンのすぐ南にあり、イエローストーン川の支流である、デプイ・スプリング・クリークにて魚釣り
「パインクリーク・フォールズ(滝)」
リビングストンからイエローストーン国立公園に向かう途中、観光客はパラダイス・バレーを通過する。そこにはセレブ達の住宅や、アメリカ南北戦争直後に開墾され、今も酪農を行っている牧場がある。谷床より高いところにある土地のほとんどは、944,000エーカー(約3,820㎢)もあるアブサロカ・ベアトゥース自然環境保護地域に指定されている。この地域の魅力を味わうためには、リビングストンの約9マイル南に位置するパインクリーク(教室が一つだけの校舎が今も残る)に車を止め、パインクリークの滝までハイキングすることをオススメする。この荒野は、森林火災のあった跡地を丁寧に再生させた実例である。そして初夏のちょうど良い頃に訪れれば、おやつにつまめるハックルベリーの実がたくさん採れる。
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