cat_oa-wired_issue_0768bec022ca oa-wired_0_0768bec022ca_顔認識技術が使用禁止に? サンフランシスコでの動きが改めて示す、その潜在的なリスク 0768bec022ca

顔認識技術が使用禁止に? サンフランシスコでの動きが改めて示す、その潜在的なリスク

2019年2月18日 08:00 WIRED

PHOTO: BYCZESTUDIO/GETTY IMAGES

テクノロジー業界に苦言を呈するひとりの地方議員がいる。もし彼の主張が通れば、サンフランシスコ市は米国の都市として初めて、顔認識技術の使用を禁止することになるかもしれない。

サンフランシスコ市監理委員会のメンバーであるアーロン・ペスキンは、市の監視体制強化に一連の規則を設ける条例案を2019年1月29日に議会に提出した。顔認識技術の使用禁止もその一部だ。

可決されれば、同技術の禁止に加え、市当局は新たな監視技術を使ったシステムを購入する前に委員会の承認を得なければならなくなる。市当局は、そのツールを必要とする理由および潜在的な危険性について、公的に説明する義務を負うことになるのだ。

条例案はほかにも、狙撃探知システム、監視カメラ、ナンバープレート自動読み取り機など、すでに導入済みの監視技術について監査の実施を求めている。市側はこうした技術の利用状況、地域住民からの苦情、情報の開示先について、毎年報告しなければならなくなる。

政府による利用に潜むリスク
こうした規則の内容は、近隣のオークランド市とサンタクララ郡ですでに可決された同様の条例にならうことになるだろう。だが顔認識については、規制をかけるというより全面的に禁止すべきだとペスキンは主張する。「わたしにはこの技術を使うメリットがわかりません。政府関係者がこの技術を使って、わたしたちに何かを強制したり、高圧的な態度に出たりするようになる可能性が高いと思うのです」と彼は言う。

携帯電話のロックを解除したり、Facebookで友達をタグ付けしたりと、顔認識技術はますます一般的になっている。だが依然として、特に非白人層の識別に使われる場合に、何らかのバイアスが生じる可能性が高いことも事実だ。

ペスキンのように批判的な見方をする人々が主張するのは、政府がこの技術を使うようになると、リアルタイムでいとも簡単に市民を監視できてしまうということである。なにしろ、当局は個人の顔と名前を集めた膨大なデータベースを所有している。運転免許証の情報やLinkedInのプロフィールについて考えてみればわかるだろう。

使い始めには悪用されない
「わたしはかつてこのような法案を見たことがありません。顔認識をほかに類のない危険をはらんだ技術と認め、それ相応の取り扱いをすべきだと真剣に考えた初めてのケースです」と語るのは、法律とコンピューターサイエンスを専門とする米ノースイースタン大学教授のウッドロー・ハーツォグだ。

テキサスとイリノイの両州では、顔のスキャン画像や指紋を含む生体情報を登録する場合、対象の住民に対して事前に通知して同意を得ることが、プライヴァシー保護条例によって義務づけられている。だがハーツォグの説明によると、このやり方は必ずしも現実的とはいえない。技術が普及するにつれて、単純に「自分は関わりたくない」とは言えなくなるのだ。

サンフランシスコ市議会に提出された条例案は、公共の場でのプライヴァシー監視については言及せず、別の切り口からの提案をしている。「顔認識技術の使用を一時的に停止したり禁止したりすることで、この技術があらゆるものに組み込まれるのを防ぐことができます」とハーツォグは言う。「悪用や乱用は使い始めには起きません。その技術が定着し、いまさらなくすことなど考えられなくなったときに起こるのです」

MSの懸念と警察当局の関心
こうした懸念は、有名テクノロジー企業の幹部たちの間にも広がっている。マイクロソフトの最高経営責任者(CEO)であるサティア・ナデラもそのひとりだ。

彼は19年1月下旬にスイスで開かれた世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、政府による監視体制が整わない限り、顔認識技術の使用は「終わりなき競争」に陥る可能性があると警告した。マイクロソフトによると顔認識技術には、企業側による秩序維持の範囲を超えた悪用の危険性が潜んでいるという。

それでも依然として警察当局はこの技術に関心を寄せている。フロリダ州オーランド市とオレゴン州ワシントン郡の警察では、アマゾンの画像分析システム「Rekognition」が試験運用されている。

サンフランシスコ湾岸地区では、18年の秋ごろに駅構内での暴力事件が相次いだことから、一時的にではあるが警察官が顔認識技術を使って通勤用高速鉄道(BART)の警備に当たった。この件はたちまちプライヴァシー擁護を訴える人々の批判を浴びた。

警察当局の反発も
地元サンフランシスコの産業界の根幹を揺るがす法案をこれまでにいくつも提出しているペスキンは、テクノロジー業界にはうとまれる存在だ。

例えば18年には、Facebookの個人情報流出騒ぎを受けて、フェイスブックCEOであるマーク・ザッカーバーグの名を冠した市内の総合病院から、彼の名前を削除する条例案を支持した。また、集客に苦戦するレストランを救済するために、企業に社員食堂を設けることを禁じる条例案を出したこともあった。もちろん、彼の案がすべてすんなり可決されてきたわけではない。

今回の条例案は、サンフランシスコ市監理委員会のノーマン・イー委員長の賛同を得て提出された。しかし、警察当局との対決にもつれ込む可能性がある。

18年には、地元自治体に監督権を与えて州警察の監視技術利用に目を光らせようという条例案が、カリフォルニア州議会に提出された。顔認識技術のみに言及した案ではなかったが、警察当局の反対を受けて否決された。コメントを求められたサンフランシスコ市保安官事務所は、条例案の内容を精査中であると答え、サンフランシスコ市警察はコメントを差し控えると述べている。

とにかく市当局が何らかの動きを見せた場合に監視を怠らないのがサンフランシスコ市民の気質なのだと、米国自由人権協会(ACLU)北カリフォルニア支部の弁護士マット・ケーグルは言う。彼はこの条例案の支持者だ。「テクノロジーの中核都市サンフランシスコで、わたしたちは声を大にして言います。単にそれが可能だからという理由で、監視技術を導入すべきではないのだと」



TEXT BY GREGORY BARBER

TRANSLATION BY MITUSKO SAEKI

外部リンク

cat_oa-wired_issue_0768bec022ca oa-wired_0_331d507b3cca_世界最速のスパコンが深層学習の最速記録、気象予測を新たな次元へ 331d507b3cca

世界最速のスパコンが深層学習の最速記録、気象予測を新たな次元へ

2019年2月18日 07:30 WIRED

オークリッジ国立研究所のスーパーコンピューター「Summit」。2018年、中国から5年ぶりに世界最速の座を奪還した。PHOTOGRAPH COURTESY OF CARLOS JONES/OAK RIDGE NATIONAL LAB

米西海岸では、世界有数の企業が人工知能(AI)の性能を上げようと競い合っている。グーグルは大量の高性能プロセッサーを使った実験を、フェイスブックは35億枚もの写真を用いた試みを鼻高々にひけらかしているのだ。

しかし2018年の暮れ、テネシー州東部で実施されたあるプロジェクトがひっそりと、ほかのAI研究所が及びもつかないことをなし遂げた。手綱を握っていたのは米国政府である。

この記録的なプロジェクトで用いられたのは、オークリッジ国立研究所がもつ世界最高のスーパーコンピューター「Summit(サミット)」だ。Summitが栄冠を手にしたのは2018年6月のことで、米国にとっては中国から5年ぶりに最速の座を奪還したことになる。気象研究の一環としてSummitに機械学習の実験を行わせたところ、史上最速の記録をマークした。

100年分の気象シミュレーションを解析
Summitが占める面積はテニスコート2面ぶんで、実験では27,000個以上のGPUを使用した。利用目的はAIの最前線を支える技術である深層学習アルゴリズムを訓練することにあり、Summitはその作業を1秒間に100京回(スパコン業界で言うところの「1エクサフロップ」)の計算速度で実行することができる。

「深層学習がこれほどの速度で実行されるのは、これが初めてのことです」と、ローレンス・バークレー国立研究所の国立エネルギー研究科学計算センターで研究チームを率いるプラバート(この呼び名で通っている)は語る。彼のチームは、Summitの本拠地であるオークリッジ国立研究所の研究員と共同で研究を行った。

世界最高性能のコンピューターによるAIが主に取り組んだのは、その能力にふさわしい世界最大級の問題──つまり気候変動だ。

テック企業では、人の顔や道路標識を認識できるようにアルゴリズムを訓練している。これに対して政府の科学者たちの目標は、膨大な数の気象シミュレーション(3時間の気象予測を100年分)を通して、サイクロンなどの気候パターンを把握することにある。もっとも、このプロジェクトでどのくらいの電力が消費され、二酸化炭素が排出されているかは定かではない。


Summitのラックを結ぶ光ファイバーケーブルの長さは総計185マイル(約300㎞)以上。さらに37,000個のプロセッサーを冷却するために毎分4,000ガロン(約15,000リットル)の水を循環させている。PHOTOGRAPH COURTESY OF CARLOS JONES/OAK RIDGE NATIONAL LAB

グーグルやNVIDIAも協力
Summitを用いた今回の実験で、AIと気象科学の双方の未来が大きく変わることになった。従来は核爆発やブラックホール、新物質などの物理的・化学的なプロセスをシミュレートしてきたスーパーコンピューターに、深層学習を適用できることを証明したのだ。また、コンピューターの性能を上げるほど、機械学習の恩恵が大きくなることもわかった。将来起こる技術革新がさらに楽しみになる結果だ。

「実際にやってみて初めて、これほどのことができるとわかったんです」と、グーグルのエンジニアリング・ディレクターであるラジャト・モンガは話す。彼は同僚とともにグーグルのオープンソース機械学習ソフトウェア「TensorFlow」をSummitの巨大なスケールに適合させるかたちで、同プロジェクトに協力した。

深層学習のスケールを向上させる作業のほとんどは、複数のサーヴァーが問題解決の作業を分担できるインターネット企業のデータセンター内で実施される。複数のサーヴァーがひとつの巨大なコンピューターにひも付けされているのではなく、比較的ゆるやかに接続し合っているからだ。

一方、Summitのようなスーパーコンピューターは構造が異なる。特別な高速接続を用いて、数千ものプロセッサーをまとめてひとつのシステムとして動かすのだ。最近まで機械学習をこうした機構のハードウェアで利用しようという試みは、ほとんどなされていなかった。

モンガによると、TensorFlowをSummitの規格に合わせる作業を行ったことは、グーグルが自社のAIシステムを発展させることにも役立つという。同プロジェクトにはNVIDIA(エヌヴィディア)のエンジニアも参加しており、Summitに万単位で組み込まれているNVIDIA製のGPUが同時にスムーズに動作するか確認を行った。

演算能力は2012年以降、毎年11倍に
深層学習アルゴリズムを支える演算性能の向上を模索し始めたことが大きな要因となり、近年になって深層学習は大きく進化した。Siriが音声認識に、ウェイモ(Waymo)の自律走行車が道路標識の識別に利用している深層学習技術が実用に耐えるほど大きく進化したのは2012年のことだが、これはNVIDIAのGPUを用いて深層学習を行うことに成功したのがきっかけだった。

2018年5月にある調査結果が公表された。OpenAI(イーロン・マスクらが設立したサンフランシスコの研究所)の研究者たちが計算したところ、公開されているうち最大規模の機械学習実験で用いられるコンピューターの演算能力は、2012年以降は3.43カ月ごとに倍、つまり1年ごとに11倍になっているというのだ。

グーグルの親会社であるアルファベットのAIが、複雑なボードゲームやヴィデオゲームで人間のチャンピオンを下したり、グーグルの翻訳サーヴィスが飛躍的に精度を増したりしたのも、こうした進歩のおかげといえる。

この流れを持続させるべく、グーグルをはじめとする企業はAIに特化した新しいチップの開発に取り組んでいる。グーグルによると、1,000個のAIチップ(TPU、Tensor Processing Units)からなる「ポッド(Pod)」は、100ペタフロップス(Summitの10分の1)の演算能力があるという。

人類の気象予測はさらに鮮明に
Summitプロジェクトが気象科学にもたらした結果を見れば、高性能AIがいかに気候パターンの把握に役立つかわかるだろう。研究者がこの先100年間の気候を予測しようとする場合、その結果をすべて読み取るのは困難だ。

「再生時間が100年あるYouTubeの動画を想像してみてください。そのなかに出てくるイヌやネコを数えるのは手作業では不可能ですよね」と、ローレンス・バークレー国立研究所のプラバートは語る。また、現在そうしたプロセスを自動化する際によく使われているソフトウェアは、不完全なものだという。

Summitがもたらした結果によって、機械学習がこうした状況を改善する可能性を秘めていることがわかった。嵐による洪水や物的・人的被害を予測することにもつながるはずだ。Summitの実験結果により、オークリッジ国立研究所、ローレンス・バークレー国立研究所、NVIDIAの研究者たちは、スーパーコンピューターの性能を躍進させたとしてゴードン・ベル賞を授与された。

スーパーコンピューターで深層学習を実行するというのは新しいアイデアで、気象研究者にとっては渡りに船なのだと、カリフォルニア大学アーヴァイン校教授のマイケル・プリチャードは言う。従来のプロセッサーの進化が行き詰まりを見せていたことで、スーパーコンピューターに組み込むグラフィックチップの数を増やしたところ、パフォーマンスが明らかに向上したという。「もはや一般的な方法では演算能力を継続的に高めることはできなくなってしまったのです」

こうした状況の変化によって、従来のシミュレーションは適応が求められている。そして同時に、グラフィックチップと相性がよい深層学習の力を利用するきっかけにもなった。

今回の実験の結果、人類の気象予測はさらに鮮明になるだろう。プリチャードの研究チームは2018年、機械学習を利用することで雲の動きをより現実に近いかたちでシミュレートできると発表した。これによって降雨パターンの予測も向上するだろう。


TEXT BY TOM SIMONITE

TRANSLATION BY SHOTARO YAMAMOTO/DNA MEDIA

外部リンク

cat_oa-wired_issue_0768bec022ca oa-wired_0_24251df75a93_Apple Watchのアンチテーゼ? 現在時刻を「音で聴く」高級腕時計、お値段なんと4,000万円 24251df75a93

Apple Watchのアンチテーゼ? 現在時刻を「音で聴く」高級腕時計、お値段なんと4,000万円

2019年2月17日 17:00 WIRED

PHOTOGRAPH COURTESY OF H MOSER & CIE

スイスのジュネーヴで1月中旬に開かれた高級時計の国際見本市「SIHH(通称・ジュネーヴサロン)」では、多種多様な魅力をもつ新しい腕時計が展示された。ここであるブランドが、一見すると「Apple Watch」によく似ているものの、そのアンチテーゼとしか表現しようのない時計を公開した。

H. モーザー(H.Moser & Cie)の「スイス アルプ ウォッチ コンセプト ブラック」は、アップルのスマートウォッチのファンにはおなじみの黒っぽい長方形をしているが、時刻を表示させるコマンドに対応することはない。しかもこの高級腕時計には、ダイヤルや針など、現在時刻を表示するための部品が見当たらない。その代わり、時刻を音によって知らせるのだ。


PHOTOGRAPH COURTESY OF H MOSER & CIE

あえてApple Watch風のデザインに
その仕組みを説明しよう。コンセプト ブラックは6時の位置に、ムーヴメントが重力の影響を受けないようにするための機構「ミニッツ フライング トゥールビヨン」を備えている。そして時刻を確認する際には耳を澄まし、音で時刻を知らせるミニッツリピーターの機構から時刻を知る。

電気と発光技術が普及するずっと昔、腕時計のユーザーは、時計から奏でられるひと続きのチャイムの音によって正確な時刻を確認していた。つまり、非常に慎重に、時刻を知らせる音に耳を傾けなければならないのだ。

H. モーザーは、明らかにスマートウォッチのような外観でありながら、同時に「非常に権威のある時計製造の伝統への賛意」と自らが謳う時計をつくり出すことを楽しんでいるようだ。事実、同社はコンセプト ブラックについて、意図的にスタンバイ状態のスマートウォッチのように見えるようにしたと説明している。

プラチナ製のコンセプト ブラックは手巻き式で、87時間ほど動作する。しかし、心拍モニターの記録を心臓医に見せたり、電話をかけたり、音楽をストリーミングしたりすることはできない。


PHOTOGRAPH COURTESY OF H MOSER & CIE

すでに増産のリクエストも
それに時刻を調整するには、かなりのスキルを要するだろう。時刻合わせには、竜頭に刻まれた目盛りを利用する。この竜頭を引き出すと、12段階の目盛りによって5分刻みで時刻を調整できるようになっている。

時刻を知らせる音は1時間、1/4時間、1分ごとに、斜めに取り付けられた2つのゴングから奏でられる。この音を響かせて増幅するために、中央のケースは完全に空洞になっている。

この時計の価格は、なんと27万4,852ポンド(約3,916万円)もする。いかにハイエンドな腕時計のファンとはいえ、Apple Watchに似ているのにはるかに高額で、精度が劣り、実質的に正確な時間を知ることができない腕時計を所有したいと考えるのは、驚くべきことのように思える。

しかし、すでに購入した人たちがいる。H. モーザーのもとには、異なるカラーヴァリエーションで増産してほしいというリクエストが届いているそうだ。腕時計の世界とは、かくも素晴らしく、ときに常軌を逸しているとさえ感じられるものなのだ。


TEXT BY JEREMY WHITE

TRANSLATION BY TOMOKO MUKAI/GALILEO

外部リンク

cat_oa-wired_issue_0768bec022ca oa-wired_0_7e1ab5032826_スポーツから生まれるイノヴェイション:スペインサッカーのラ・リーガがマイクロソフトと組む理由 7e1ab5032826

スポーツから生まれるイノヴェイション:スペインサッカーのラ・リーガがマイクロソフトと組む理由

2019年2月17日 16:00 WIRED

PHOTO: GETTY IMAGES

この春、ラ・リーガ(リーガ・エスパニョーラ)では、ふたつの熱い戦いが繰り広げられる。スペインの強豪サッカーチームたちによるピッチ上での戦い。そして、テクノロジーによるスポーツの変革に挑む世界各国のスタートアップたちによるピッチ合戦だ。

ラ・リーガ×マイクロソフトが初開催するコンペ
ラ・リーガとマイクロソフトのグローバル・スポーツ・イノヴェイションセンター(GSIC)は、スタートアップを対象としたコンペティションを開催すると2019年1月29日に発表した。

全世界からの応募を3月30日まで受け付けているこのコンペは、「メディア」「ファンエンゲージメント」「スマートヴェニュー(スマート会場)」「スポーツパフォーマンス」の4分野のほか、ビッグデータや人工知能といった分野でスポーツやエンターテインメントに革新をもたらそうと試みるスタートアップも対象としている。

書類審査による一次審査、オンラインプレゼンテーションによる二次審査を通過したファイナリスト10社には、ラ・リーガのエグゼクティヴたちによるメンタリングやGSICによる3カ月のアクセラレーションプログラム、ラ・リーガが保有するアセット(データやパートナーネットワーク)の提供、さらにラ・リーガとともにパイロットプロジェクトを進めるチャンスなども与えられるという。

今回発表されたコンペは、ラ・リーガとマイクロソフトが2016年に開始したコラボレーションの一環として開催されるものだ。そして、こうしたスポーツチームや関連団体によるスタートアップへの積極的な投資は、ここ数年でどんどん増えている。

2015年から投資を続けるロサンジェルス・ドジャース
米メジャーリーグのロサンジェルス・ドジャースが、ヴェンチャーキャピタルのR/GA Venturesとともに3カ月のアクセラレーションプログラムを発表したのは2015年のことだった。

ドジャースの最高財務責任者(CFO)タッカー・カインは設立当初から、「必ずしも野球にかかわるソリューションである必要はない」と語っていた。その言葉の通り、同プログラムがこれまで支援したスタートアップのなかには、バスケットボールのリアルタイム解析ソフトを手がけるShotTrackerなど、直接野球とは関係のないスタートアップも含まれている。その後、ShotTrackerは同じくドジャースのプログラム参加企業で、自動スポーツ映像制作ソフトを手がけるKeemotionと提携し「Courtcaster」という自動試合中継システムをつくりあげている。

また、ドジャースは2018年1月に「イノヴェイションはチームスポーツである」というアプローチのもと、スタートアップとの提携に焦点を当てた新プラットフォーム「Global Sports Venture Studio」をR/GAとともに設立。アディダスやFOXスポーツといった関連企業のほか、メジャーリーグベースボール(MLB)やメジャーリーグサッカー、ナショナルホッケーリーグ(NHL)といった他競技団体もパートナーに迎えている。さらに、eスポーツ関連団体をパートナーに迎えることも視野に入れているという。


PHOTO: GETTY IMAGES

アーセナルFC、FCバルセロナ、NBA、DeNAベイスターズらも参入
2018年には、インテルがナショナル・バスケットボール・アソシエーション(NBA)と「イマージング・テクノロジー・イニシアチヴ」を発表。両者は今後数年にわたり、スポーツテクノロジーとエンターテインメント分野に共同で投資を行っていくことになる。イニシアチヴは全世界のあらゆるステージの企業を対象としているが、特に米国のスタートアップへの投資に注力するという。

また、サッカーチームが単体でヴェンチャーへの投資を行う例も出ている。17年3月にはFCバルセロナが、スポーツに関する知識とイノヴェイションのためのハブ「Barça Innovation Hub」を設立。スタートアップの育成やツール提供を行っている。また2018年には国際サッカー連盟(FIFA)と提携のもと、トレーニングや試合中のモニタリングデータ利用に関する新規格を共同で開発したことも発表した。

17年9月には、イングランド・プレミアリーグのアーセナルFCも「Arsenal Innovation Lab」という10週間のアクセラレータープログラムを開始した。応募総数224社から、消費者のブランドに対するインタラクションを分析するツールを提供する「KonnecTo」や、モバイルチェックアウトによって飲食スタンドの待ち時間を減らす「WoraPay」など6社がファイナリストに選ばれている。

もちろん、日本でもこうした取り組みは始まっている。2017年12月には横浜DeNAベイスターズが、スポーツ分野のヴェンチャー企業を対象にした独自のアクセラレーションプログラム「BAYSTARS Sports Accelerator(ベイスターズ スポーツアクセラレータ)」を開始した。

また2018年4月には、サッカーJ1の清水エスパルスが日本IBMと共同でオープンイノヴェイションを目的とした「SHIMIZU S-PULSE INNOVATION Lab.」をローンチ。「スタジアムでの観戦体験」や「パートナーシップ(地元活性化)」など5分野でアイデアを公募した。


PHOTOGRAPH COURTESY OF LA LIGA

「スポーツをエンパワーする技術」≠「スポーツに関する技術」
「スポーツをエンパワーするテクノロジー」と聞いてまず頭に浮かぶのは、選手のトラッキングシステムやスポーツで使われることを前提に開発されたテクノロジーかもしれない。しかし、思わぬテクノロジーがスポーツ分野で役に立つことだってある。

そのいい例が「TrackMan」だ。デンマークを拠点とする同名の企業が開発したこの弾道測定技術は、創業者らが「ゴルフの弾道追跡にミサイルの弾道を追尾する軍事用レーダーを応用できないか?」と考えたことがきっかけで生まれた技術だ。

もともとはゴルフのため開発されたTrackManだが、2015年にメジャーリーグの全球場に導入されたリアルタイム解析技術「スタットキャスト」にも採用されており、日本のプロ球団の多くも導入している。

またアーセナルが選出したファイナリストたちのように、直接スポーツとは関係なくとも、エンターテインメントとしてのスポーツを盛り上げる企業がスポーツ団体の興味の対象になることもある。それを考えると、こうしたスポーツ産業による投資の恩恵を受ける分野はかなり広い。

今回発表されたラ・リーガとGSICによるコンペのFAQにも「ほかのマーケットのソリューションでも、スポーツに応用できる可能性があるものは歓迎します」と書いてある。今年わたしたちは、マドリードから意外なスタートアップがスポーツの分野で花開くのを目の当たりにするかもしれない。

TEXT BY ASUKA KAWANABE

外部リンク

cat_oa-wired_issue_0768bec022ca oa-wired_0_b794106a66b2_アカデミー賞ノミネート作品が告げる「ドキュメンタリー新時代」の幕開け b794106a66b2

アカデミー賞ノミネート作品が告げる「ドキュメンタリー新時代」の幕開け

2019年2月17日 14:00 WIRED

Huluの『Minding the Gap』をはじめとして、ドキュメンタリー作品を新たな領域に押し上げる作品が、このところ数多く登場している。PHOTO: ©PBS/COURTESY EVERETT COLLECTION/AFLO

映画『Minding the Gap』には、すべてがシフトする瞬間がある。2018年のサンダンス映画祭で好評を博し、ブレイクスルー・フィルムメイキング部門で審査員特別賞を受賞したのちにHuluが獲得したこの作品は、イリノイ州のスケートボード仲間3人組にカメラを向ける。そして、失業者の増加によって荒れ果てた貧しい地域で、何世代も続く虐待の連鎖について掘り下げている。

そんな現実を描くこのドキュメンタリー作品は、残りあと20分というところまで、登場人物のひとりが虐待的な行動をとっているかもしれない、とほのめかすことしかしない。監督のビング・リュウは、このイリノイ州のティーンエイジャー3人(そのうちのひとりは監督自身だ)の境遇の近さや結びつきの深さが、観る人が想定しているであろうレヴェルを超えているのだということを、ひたむきに示していく。

リュウの友人であるザックに、息子が生まれる。そしてザックは、子どもの母親であるニーナとの不安定で争いの絶えなかった関係を振り返る。ニーナとザックは別居中だ。

「女を殴っちゃいけないが、ビッチどもはひっぱたくしかないときもあるだろ」

缶ビールを片手に、ザックはあっさりとそう語る。「言ってる意味わかるかな?」

次の瞬間、場面は別のインタヴューに切り替わる。カメラは、静かにじっくりとリュウの表情を捉え、次に彼の母親の顔を映し出す。彼女の顔に浮かぶのは、むき出しの絶望だ。ふたりはリュウの義父だったアルコール中毒者による家庭内暴力の被害者だった。

出典: YouTube

VIDEO COURTESY OF HULU

「癒し」と「傷つくこと」の狭間で
不愉快な沼地のような現実のなかで、この映画は「癒し」と「傷つくこと」の間にある、あのとてつもない隔たりについての作品であることが明らかになる。それは最も衝撃的で困難な瞬間だ。それと同時に、最も輝かしい瞬間でもある。

『Minding the Gap』は、NBA選手を夢見る黒人の少年たちを追ったドキュメンタリー映画『フープ・ドリームス』の流れをくむ、珍しいタイプの映画だ。隠れていたものを暴き、痛みに満ちていて、闇に包み込まれていながらも、希望がある。

ドキュメンタリーの当たり年となった2019年、並外れた作品はほかにもある。1月22日に発表されたアカデミー賞ノミネート作品の長編ドキュメンタリー部門に、虐待について変革的に描いたビング・リュウの作品と並んで、『Hale County This Morning, This Evening』が入っていたのだ。そこには希望が感じられる。

この作品は、アラバマ州セルマを舞台に、南部の黒人たちの暮らしを見たままに瞑想するかのように、じっくりと捉えたラメル・ロス監督の作品だ。ほかにはイスラム過激派の家族を追ったタラール・デルキの『Of Fathers and Sons』、ロッククライミングをテーマにした大作『Free Solo』、そして、85歳で米国最高裁判事を務めるルース・ベイダー・ギンズバーグを描く『RGB』がノミネートされている。

新たな域に達したドキュメンタリー
『Minding the Gap』がドキュメンタリーの限界に挑戦する一方で、『Hale County This Morning, This Evening』は、新しいフレームワークを余すところなくとり入れようとしている。どちらも、ドキュメンタリーというジャンルが新たな域に達したことを告げ、その可能性を広げようとしている作品だ。

『Hale County This Morning, This Evening』も、小さなコミュニティの人たちが、よくある困難や、ありきたりでない困難にぶつかる様子を記録している。フォトグラファーを本業とするロスが撮影したこのドキュメンタリーのトーンは、ポエティックな様相を帯びている。

ゆらめき、急降下し、浮上したと思えば、ズームアウトし、光を発し、逆回転し、にじみ、ひび割れ、雑音も入る。それでいて、レンズの前を横切る人や出来事から決して目をそらさない。そのリリカルなトーンが、この映画のテクスチャーや構造に、温かく受け入れるような明るさを添えている。

5年間をかけて撮影した1,300時間分もの映像を、76分という短い上映時間にまで削ぎ落とした本作だが、この長さでもかなりの重量感が伝わってくる。

出典: YouTube

VIDEO COURTESY OF PBS

“黒人らしい”生活を描いた作品
映画のなかには、いくつかの質問がチャプターを区切るかのように挟み込まれている。「夢はどんな軌道を描いているのだろうか?」「誰かをフレームに入れないようにするには?」「これは誰の子なんだ?」

こうした問いにロスは明確には答えず、この地域に暮らす4人を観客に紹介する。NBA選手を目指す大学生のバスケットボール選手、ダニエル。ダニエルの母で、この街のナマズ加工工場で20年働いてきたマリー。そしてブージーとクインシーという、若くして親になったふたり。

この街に住むほかの住人たちは、写真や一瞬の映像で登場するのだが、ロスは会話のほとんどを映画から取り除いている。ある男性が銃のない世界を想像している声が聞こえてくる。今度は老人がふたり、月明かりの下でギターを弾いている。

重々しい緊迫感はない。また、多くの黒人たちの命が失われてきたここヘイル郡で、うまくやっていくこと、つまり状況を乗り越え、生き延びるためにはどうしたらいいのかという問いに対して、明確な答えは示されない。

ただ、非常に“黒人らしい”生活が、シンプルな飾り気のない光のなかで映し出されている。厄介で先のこともわからない灰色の世界を、大胆に、そして慈しむように、美しく案内してくれる作品だ。

黒人の生きざまを描いた映画は「パーソナル」ではない
実際に『Hale County This Morning, This Evening』を観てみると、『Minding the Gap』を観たときと同じように、思慮深さに満ちた神聖さを感じられるほどの日常の描き方に、意表を突かれた。

振り返ってみると、黒人の生きざまを描いた映画は、スペクタクル巨編に偏っている。ストリートハスラーの年代記(『ニュー・ジャック・シティ』『Paid In Full』)や、人種差別を乗り越えるしかないアスリートもの(『グローリー・ロード』)。あるいは、死と貧困がテーマの作品(『ボーイズ’ン・ザ・フッド』『プレシャス』)といったものだ。

また、黒人の歴史に焦点を当てた非常に重要で素晴らしいドキュメンタリー作品が、ここ10年でいくつも登場している。『13th 憲法修正第13条』や、『私はあなたのニグロではない』、そして、17年のアカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞した『OJ: Made in America』といった作品だ。

関連記事:約8時間の壮大な記録映画『O.J.:メイド・イン・アメリカ』を生んだ苦闘の日々

しかし、どれもが伝説的な人物や非常に大きな問題を取り上げたものといえる。パーソナルな作品というよりは、社会的な記録としての役割が大きい。

高まるストリーミング各社の存在感
ロスの視線はほかのところに向けられており、それが素晴らしい効果を生んでいる。エメラルド色の風景が広がるアラバマ州を素早く動き回り、さまざまなシーンや人々の暮らし、家、体験から出たり入ったりすることで、観る者の心を振り回すのだ。物語はこちらがつくるもの、こちらが選んでつかむものになっていく。まるで人生そのもののように。

19年のアカデミー賞ノミネート作品を見ると、ストリーミング各社の存在感がこれまでになく大きくなっているのがわかる。特に『ROMA/ローマ』や『バスターのバラード』など、いくつものノミネートを獲得しているNetflixが強力だ。

ほかのカテゴリーでも歴史はつくられている。『ブラック・クランズマン』『ブラックパンサー』『ビール・ストリートの恋人たち』といった作品のノミネートによって、アカデミー賞がインクルーシヴであることを嫌っているような印象は少しばかり和らいだ。それでもやはり、『Minding the Gap』と『Hale County This Morning, This Evening』のノミネートこそ、希望を感じるものだ。

しかも、多くの批評家たちがノミネートを確実視していた、米国の国民的子ども番組司会者ミスター・ロジャースのドキュメンタリー映画『Won’t You Be My Neighbor?』を抑えてのノミネートとなれば、その重大さもひとしおだ。

「準備はいいかい?」
確実な予測などというものはあり得ない。だが、今後数年で『Minding the Gap』や『Hale County This Morning, This Evening』のようなインディーズ系ドキュメンタリー作品が、映画祭やストリーミングサーヴィス、映画館、賞シーズンを席巻するだろうということは賭けてもいい。ライアン・クーグラーが『ブラックパンサー』というこれまでに例のない作品で、白人ではない映画製作者たちに扉を開いたのと同じような影響が出てくるだろう(ドキュメンタリー市場が活況を呈しているのも大きい)。

もちろんドキュメンタリー映画の規模は、『ブラックパンサー』のような映画と比べると、非常に小さい。それでも、これは歓迎すべき変化といえる。なによりドキュメンタリー業界自体が、自分たちの保守的傾向にうんざりしているのだから。

そこで思い浮かぶのが、『Hale County This Morning, This Evening』にちらりと映る、あるシーンだ。黒人の男の子が自転車に乗り、カメラの真ん前に突入してくる。走り出す前、彼は満面の笑みを浮かべてロスに、そして観客に問いかける。「準備はいいかい?」と。

それはいみじくも、変化しつつある未来をいまこそ受け入れるべき、アカデミー会員たちに向けた問いにもなっている。


TEXT BY JASON PARHAM

TRANSLATION BY AKARI NAKARAI/GALILEO

外部リンク

cat_oa-wired_issue_0768bec022ca oa-wired_0_528c41586890_人気のキックスケーターにハッキングの危険性、走行中でも遠隔操作が可能に(動画あり) 528c41586890

人気のキックスケーターにハッキングの危険性、走行中でも遠隔操作が可能に(動画あり)

2019年2月17日 10:00 WIRED

PHOTOGRAPH COURTESY OF XIAOMI

混雑した街を走り回る大量の電動キックスケーターを想像してみよう。これだけでも十分に危ない感じがするが、さらにハッキングのリスクが存在することが明らかになった。

モバイルセキュリティー企業のZimperiumが、電動キックスケーターの人気モデル「Xiaomi M365」のシステムに脆弱性があることを発見したのだ。悪用すればブレーキや加速を含めた基本操作すべてを遠隔で行うことも可能だという。

Zimperiumでソフトウェアリサーチを担当するラニ・イダンは、M365のシステムの確認を始めてから数時間でこの問題に気づき、実際にハッキングできるか試してみた。システムはバッテリー管理のためのプログラム、ハードウェアとソフトウェアの調整を行うファームウェア、スマートフォンのアプリからの操作を可能にするBluetooth関連のモジュールから構成されるが、セキュリティホールが存在するのはこのBluetooth関連の部分だ。

Bluetooth周りの“穴”を突かれる
具体的には、Bluetooth経由でシステムに接続する場合にパスワード認証を迂回することが可能で、デヴァイスを騙してマルウェアを含んだファームウェアをインストールできる。システムはそれがシャオミの正式なアップデートかをチェックしないという。イダンは「どんな操作でも認証なしでできます。急ブレーキをかけたり、クルマが渋滞している場所に突っ込むといったことも可能です」と話す。

出典: YouTube

VIDEO COURTESY OF ZIMPERIUM

Bluetooth周りのセキュリティーリスクは、以前から頻繁に指摘されている。特にIoTデヴァイスで認証システムの不備が狙われることは珍しくない。

また、ソフトウェアやファームウェアの更新において、それが本当に製造元から配信されたアップデートなのかを確認するプロセス(「インテグリティーチェック」と呼ばれる)も盲点になっていることが多いという。結果として、今回のようにユーザーの生命が危険にさらされることすらあるのだ。

メーカーは「対応できない」と回答
以前も「Segway miniPRO」が同種の脆弱性を悪用したハッキングによって、遠隔から操作できることが明らかになったことがある。この問題を受けてセグウェイの親会社である中国のナインボットは、数カ月で修正パッチを配布した。

関連記事:人が乗っている「セグウェイ」がハッキングされた瞬間をカメラが捉えた(動画あり)

しかし、Zimperiumは今回の発見について、より大きな不安を抱いている。シャオミに連絡をとったところ、セキュリティホールの存在は認識しているが、Bluetooth周りのシステムの開発は他社に外注したため、自分たちだけで修正プログラムを用意することはできないと言われたからだ。

シャオミは「社内では知られている問題で、共有もしている。サードパーティーと協力して開発した製品で、解決策を見つけるために該当企業と連絡をとり合っている」と回答したという。この点についてシャオミにコメントを求めたが、回答は得られていない。

つまりM365は、いまも悪意のある攻撃に対して無防備なままなのだ。スマートフォンの専用アプリにはAndroid版とiOS版があり、どちらもパスワードを設定するオプションは用意されている。しかし、Zimperiumのイダンが安全性の概念実証(PoC)を行なったところ、パスワードが設定してあってもBluetooth以外の接続では認証の必要はなかった。

身の回りのデヴァイスに潜むリスク
こうした背景もあり、Zimperiumは問題の深刻さを知ってもらうために、修正パッチなどが配布されていない状況でこの脆弱性について公開する措置に出たのだ。Zimperiumの最高技術責任者(CTO)のジョン・マイケルセンは、メーカーなどの製造元が本気で対策に取り組もうとしないとき、セキュリティ企業が唯一できることは情報公開だと説明する。

M365は非常に人気のあるモデルで、電動キックスケーターのシェアリングサーヴィスでも使われている。なお、電動キックスケーターシェア大手のBirdの場合、最初に採用したのはM365だったが、現在はこのモデルの数を減らしている。理由は明らかにしていないが、脆弱性が見つかったこととは無関係だという。

Zimperiumのイダンは次のように警告する。「IoTデヴァイスは、いまや身の回りのいたるところに存在します。家庭で日常的に使われている製品が、非常に機密性の高い個人情報をやりとりしているのです。消費者はこうしたデヴァイスには厳重なセキュリティがかけられているはずだと信じていますが、残念なことに必ずしもそうとは限りません」

この脆弱性の結果として起こり得る事態を考えれば、シャオミはいますぐ対策を取る必要がある。また、ユーザーはプログラムを常に最新版にアップデートしておくことはもちろん、電動キックスケーターに乗るときには危険防止のためにヘルメットを着用してほしい。




TEXT BY LILY HAY NEWMAN

TRANSLATION BY CHIHIRO OKA

外部リンク

cat_oa-wired_issue_0768bec022ca oa-wired_0_60d643055bee_トランプがつくる「国境の壁」は、なんの解決にもならない 60d643055bee

トランプがつくる「国境の壁」は、なんの解決にもならない

2019年2月16日 19:00 WIRED

PHOTO: SPENCER PLATT/GETTY IMAGES

米国のトランプ政権がメキシコとの国境に計画している「壁」に関して、これまで長い議論が交わされてきた。ドナルド・トランプ大統領は国家非常事態宣言を出して壁を建設する意向を示した。しかし、壁がもたらす問題解決よりも、ずっと多くの問題が生じることになる。

移民問題の解決策としての壁の政治化という域を超えて、国境警備の専門家たちは、物理的な壁は国境での法の施行を支える現実的・効果的な方法ではまったくないと強調し続けている。この見解は、トランプが選挙運動を繰り広げていたときから変わりがない。

こうしたなか、人権団体やプライヴァシー保護団体が、物理的な壁の代替案として挙がっている“スマートウォール”のような国境監視技術に重大な懸念を示している。だが現実問題として連邦議会では、議員の所属政党とは関係なく、国境警備と取り締まりに必要な技術の資金をいかに確保するのかについて、広く同意が得られている。

関連記事:長編ドキュメント:動きだした「スマートボーダー計画」の光と影

「米国への現在の(移民の)流入数からすれば、国境の壁は高価で不要なものです」と、ケイトー研究所の上級移民政策アナリストであるアレックス・ナウラステは指摘する。「こういった政府の大規模建築物の計画は、たいていは少なくとも当初予算よりも50パーセント以上は高くつきます。わたしたちは1マイル(約1.6km)の壁を建設するごとに、約3,600万ドル(約40億円)かかると試算しています。さらに壁には大きな抑止効果はありません。なぜなら大部分の人々は亡命を希望してやってくるからです」

いまや越境者の多くは亡命希望者に
いまから30年前なら、不法入国の大部分は米国に仕事を求めて入国しようとするメキシコ人男性によるものだった。これまでに米国が物理的な障壁づくりに費やしてきた数十億ドルは、そうした事実に基づいていたのである。

しかし今日では、国境に近づいたり越境を試みたりする人々の大多数は、亡命を求める女性と子どもたちである。それは多くの場合、公式な国境ゲートで起きる。そうではない場合も亡命を求める人々は、たいていはすみやかに自ら出頭しようとする。

半官半民のシンクタンクであるウィルソン・センターのメキシコ研究所副所長を務めるクリストファー・ウィルソンは、いま最も建設的といえる予算の使い道は、「物理的な壁以外の方法による国境警備」だと指摘する。

「予算を必要としているのは通関手続地との間のエリアよりも、通関手続地そのものです」とウィルソンは言う。「通関手続地なら国境警備を強化できますし、そのうえ合法的な旅行と貿易との両方を円滑化する観点から、いま実施されている以上のことができるようになります」


トランプ大統領が国家非常事態宣言を出したあと、壁の建設に反対して抗議活動をする人たち。PHOTO: PACIFIC PRESS/LIGHTROCKET/GETTY IMAGES

犯罪者は別の場所に移るだけ
ウィルソンは国境の物理的な障壁が、歴史的にマリファナの密売の抑止に役立ってきたことは認めている。その反面、合成オピオイドのフェンタニルのような強力な薬物の流入を抑えるうえでは、あまり効果がなかったとも指摘する。

そうした薬物は、はるかに少量での取引が可能で、検問所や飛行機、郵便などの合法的なルートで密輸できる。ケイトー研究所のナウラステは、壁を建設するという案は「昔の問題に対する、昔のやり方による解決策」にすぎないと語る。

さらに物理的な壁は、犯罪行為を排除することもできない。犯罪者は別の場所に移るだけなのだ。

「個人の行動を抑止する役割を壁だけに求めるなら、技術による摘発の手法や職員による対応を改善していくこともできません。国境を越えるルートは阻止されるのではなく、ほかに移るだけなのです」と、ニューヨーク州立大学オールバニ校の国土安全保障研究者であるブランドン・ベーレンドルフは言う。「国境を守るには、カメラやセンサー、データベースといった技術に加えて、国境警備員とサポートスタッフが必要なのです」

壁は警備活動の妨げにもなる
また、米国とメキシコとの国境は多様な地形なので、壁ひとつですべて解決するわけではない。確かに、問題が起きたときに職員が駆けつけるまでに時間が必要な僻地では、すでに国境にある数百マイルもの柵のような物理的な障壁は、時間稼ぎとして有効ではある。

一方で、国境警備隊が配備されているか駐留している地域では、そうした物理的な障壁は警備活動の妨げになりかねない。現場で何が起きているのかを警備隊が把握し、すみやかに適切な地点に移動することを困難にしかねないのだ。

そこで1,159ページもの予算案では、75億ドルを国境警備の技術に振り分けている。このうち5億7,000万ドルは「通関手続地での非開披検査装置」にあてられることになっている。

ここ数年、税関・国境警備局と国土安全保障省は、国境周辺に見えない網やドームのようなものを構築するための技術開発に取り組んできた。その技術には、ボディスキャナーやカメラ、赤外線センサー、レーダーなども含まれる。

税関・国境警備局は、さまざまなタイプのセンサー技術を統合した固定式タワープロジェクトを進めている。これにより、センサーが地上やフェンス、支柱、さらに高所にも設置されている。

もうひとつ不可欠な要素は、空からの監視である。これには有人機やヘリコプター、ドローン、センサーを装備した小型飛行船などを利用する。今回の予算には、ドローンを含む国境警備関連の“乗り物”について、2023年までに約25億ドルを費やす計画も含まれる。


米国のニューメキシコ州にあるメキシコとの国境を国境警備隊がパトロールしている。ひとくちに国境といっても、地形は多種多様だ。PHOTO: JOHN MOORE/GETTY IMAGES

議論に費やした期間にできたこと
「トランプ大統領の壁には予算を投じないが、両党が常に支持してきた“スマートボーダー”によるセキュリティ施策は支持します。これには通関手続地での警備や国境での人道的支援の強化なども含まれます」と、上院院内総務のチャック・シューマーは14日に語っている。「最も重要なのは政府を閉鎖しないことです」

なにより、壁に関する議論に費やしたこの数カ月と数年があれば、さまざまな国境警備対策の実施をもっと効果的に実行できただけでなく、人道的でプライヴァシー保護にも沿ったかたちにできたかもしれない。

「国境沿いに新たな技術を配備しても、それをいかに利用していくかという多くの問題が生まれます」と、ウィルソン・センターのウィルソンは指摘する。「例えば、保護されるべき個人情報も収集することになるのか、といった問題です。そうした重要な議論をする代わりに、壁に関するでたらめな政治的議論をしているなんて、ばかげています」

危険な先例
アナリストたちは国境警備の問題を、地政学と政策決定の文脈という広い観点から考えることの重要性を、一貫して強調している。

「国境警備は独立した問題ではありません」と、ニューヨーク州立大学のベーレンドルフは言う。「それは、より大きな入国管理と国境警備のシステムの一部です。そして国境警備に最も効果的な解決策のひとつは、国境を守る直接的な努力以外のところにあります。新しい技術の導入は確かに重要です。しかし、移民裁判所の未処理業務を減らすことで、難民申請を含む米国への合法的な入国を改善することも重要でしょう。国境とは常に均衡状態を模索していくシステムなのです」

その間にトランプは、明らかに非常事態ではない事態に国家非常事態宣言を出すという危険な先例をつくることになる。だがトランプを止める力を、いったい誰がもっているというのか。




TEXT BY LILY HAY NEWMAN

外部リンク

cat_oa-wired_issue_0768bec022ca oa-wired_0_0a1066e266a9_オスカー最年少受賞監督が描く〈月とキッチン〉:『ファースト・マン』監督、デイミアン・チャゼルに訊く 0a1066e266a9

オスカー最年少受賞監督が描く〈月とキッチン〉:『ファースト・マン』監督、デイミアン・チャゼルに訊く

2019年2月16日 17:00 WIRED

デイミアン・チャゼル|DAMIEN CHAZELLE

1985年、米ロードアイランド州生まれ。高校時代はミュージシャンを目指し、ジャズドラマーとして厳しい指導を受ける。その体験が元となっている『セッション』(2014)は、アカデミー賞で3部門を受賞。監督・脚本を務めたミュージカル『ラ・ラ・ランド』(16)は、監督賞を含めアカデミー賞で6部門を受賞。今後はNetflixのミュージカルドラマ「The Eddy(原題)」(19)を監督し、パイロット版の製作なしで「Apple TV」向けに依頼を受けたドラマシリーズでも、監督・製作総指揮を務める予定。PHOTOGRAPH BY KAZUHIKO OKUNO

 

アポロ計画に興味なんてなかった
往年のハリウッド映画を下敷きにしたミュージカル映画『ラ・ラ・ランド』で米国アカデミー賞史上最年少となる32歳で監督賞を受賞したデイミアン・チャゼルが次に選んだテーマは、果たして、20世紀の米国の英雄のひとりニール・アームストロングであった。

1969年に人類で初の月面着陸を成功させたアポロ11号の船長で、あの有名な「ひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」という言葉を残した人物だ。

音楽(とりわけジャズ)と映画にのみ没頭してきた1985年生まれのチャゼルは、いったい、冷戦時代の宇宙開発戦争、あるいは歴史上の人物である宇宙飛行士のどこに興味をもったのか。

「プロデューサーからこのプロジェクトの話が来たときは、ちょうど『セッション』が終わって、『ラ・ラ・ランド』の準備を始めたころだったんだ。最初は躊躇したよ。ニール・アームストロングもアポロ計画もよく知らないし、ほとんど興味をもったこともなかった。

けれど、ジム(ジェイムズ・R・ハンセン/歴史学者)が書いたニールの伝記を読んで、興味を惹かれたんだ。当時のロケットは、いま考えると驚くほどアナログなものだった。そんなロケットで宇宙に行くなんて無謀に思えた。ぼくらの世代は、月面着陸を成し遂げたという事実を、記録映像などの断片を見て知っているだけだ。なので、いとも簡単に成し遂げられたと錯覚してしまっていたんだ。

ニールは、国を挙げて取り組んだプロジェクトというプレッシャーとリスクをたったひとりで背負い、第一歩を踏み出した。その勇気に感銘を受けたんだ」


PHOTOGRAPH COURTESY OF UNIVERSAL PICTURES

彼の生涯をなぞることに意味はない。通常の伝記映画を撮る気はなかった、とチャゼルは明言する。人類初の“偉業”を讃えることにも興味がなかった。

チャゼルが目指したのは、「アームストロングの目線で、このミッションがいかに困難で危険なものだったか。それを成し遂げるために、どれだけの大きな代償を払わなければならなかったのか」を描くこと。

「ニールは、冷静沈着な資質が要求される宇宙飛行士のなかでも、極めてクールだといわれていた。だからこそぼくは、感情を決して顔に出すことはせず、控えめなこの男を宇宙の旅という壮大な物語に据えるべきだと思ったんだ。

彼の人生には多くの喪失があった。宇宙飛行士になる前には、幼い娘を亡くした。同僚を事故で亡くしてもいる。結婚生活でも葛藤があった。そうした彼が、冷静な顔の下で感じているさまざまなことを表現することに興味を覚えた。実際に、あの任務は恐ろしく危険を伴い、肉体的にも精神的にも、そして感情的にも多くの犠牲を払わなければならなかっんだ」

カタルシスの代わりに目指したもの
『ファースト・マン』は、ヴェネチア国際映画祭でプレミア上映された後、多くの映画祭で上映されおおむね高い評価を得てきた。だが、一部では「高揚感がない」という批判も聞こえてきた。それもそのはずだ。

チャゼルには、『アポロ13』でロン・ハワードが提供したようなカタルシスを観客にもたらすつもりは毛頭なかった。代わりに彼は、「危険で不安に満ちた宇宙へのミッションを追体験させる」ことを目指した。特にロケット内のシーンは、アポロ11号の狭いコックピットに座った宇宙飛行士たちがおそらく体感したであろう圧迫感や緊張感、熱、振動などが体感できるほどの臨場感だ。


『ファースト・マン』

監督/製作:デイミアン・チャゼル、原作:ジェイムズ・R・ハンセン、製作総指揮:スティーヴン・スピルバーグ、出演:ライアン・ゴズリング、クレア・フォイほか、配給:東宝東和 全国にて上映中。PHOTOGRAPH COURTESY OF UNIVERSAL PICTURES

「映画を観終わったあと、月に行って帰ってきたような気持ちになってほしかったんだ。3Dを使わなくても、立体的に音や映像を構築することで、観客がすべての感覚を使って没入感を体験できるようにしたかった。これは、ぼくにとってこの映画をつくるにあたって最も大事にしたことだね」

撮影のコンセプトを端的に言葉でいえば、〈月とキッチン〉だ。宇宙という壮大なスケールを描くとともに、平凡な家庭をもつひとりの男の内面に迫る感情のドラマを描く。

『ラ・ラ・ランド』でも組んだ撮影監督リヌス・サンドグレンは、フィルム撮影を支持しているカメラマンだが、今回は16㎜、35㎜、65㎜IMAXを使い分けている。

例えば、家庭でのアームストロングの生活は親密さを演出するため16㎜フィルムでドキュメンタリーに近い手法で撮影された。


PHOTOGRAPH COURTESY OF UNIVERSAL PICTURES

「狭いコックピットの中も、16㎜フィルムで撮影した。手づくりのようなフィーリングが、没入感をもたらすようにね。今日、われわれが思い浮かべるロケットと違って、当時のコックピットはとてもアナログ的だ。(16㎜の)粒子の粗さによってその質感や圧迫感を表現しようとしたんだ。また狭いスペースで撮るから、顔のクローズアップが多くなった。それによって細い表情や汗や涙まで捉えることによって、セリフでは表せない物語を伝えられる。カメラの後ろに人間味が感じられるんだ」

感情のドラマを語るにしても、技術力がものをいう。それが映画のマジックだ。この作品における最大のチャレンジは、月面でのシークエンスの撮影だったとチャゼルは語る。プロダクションデザインを手がけたのは、クリストファー・ノーランとの仕事で知られるネイサン・クロウリーだが、『インターステラー』で宇宙空間を手がけた彼も、今回の月面のセットを組むのは困難だという結論に達した。

「ぼくたちは、アトランタの南部に採石場を見つけ、そこで月面のシークエンスを撮影することにした。夜に巨大な照明を焚いて、太陽の光をつくり出したんだ。けれど、この照明はメンテナンスがたいへんで、2回もバーンアウトした。さらに天候もまったく協力的じゃなくて、撮影2日目には雪が降って、撮影を延期せざるをえなくなった。マイナス10度近い気温下での撮影は、簡単ではなかった。でも、『事実をきちんと伝えるんだ』という責任感で、乗り切ったよ」

この作品でニール・アームストロングを演じるライアン・ゴズリングは、『ブレードランナー2049』で演じたレプリカントと同じように、寡黙で冷静で、感情を決して外に表さない。ハンセンの伝記を読めば、そんなゴズリングはまさにアームストロング役にふさわしい唯一の俳優に思えてくる。“感情”は、この作品のなかではひそかに隠されておくべきものなのだ。

「静かの海」に向かって何を投げたのか?
そんな、緊迫感に満ちたこの作品のなかでも、とりわけエモーショナルなのは、月面に降り立ったアームストロングが、幼くして亡くなった娘カレンのブレスレットを「静かの海」に向かって放るシーンだろう。実際ハンセンの伝記では、アームストロングはほかの宇宙飛行士と違い、私的なものをほとんど持って行かず、家族にも何も持ち帰らなかったと記されている。当時の妻ジャネットはそのことで心を痛めていた。

「あのシーンは、いってみれば推測なんだ。もし、彼が何かを月に持って行ったとすれば、おそらく亡くなった娘のものではないかと、ぼくと(脚本家の)ジョシュ(・シンガー)は考えた。ニールは、決して明かすことはなかったから、伝記のなかで、ジム(・ハンセン)は、ニールの妹のジューンに「ニールは何かカレンの形見を月に持っていったか」という問いを投げかけている。ジューンは、「そうだったらと心から望んでいる」と答えた。ぼくは心からジューンの願いが本当であったらいいなと思っているんだ。つまり、彼女の願いこそが、ぼくとジョシュをインスパイアしたんだよ」

ハンセンは、著書のなかでこう記している。“七年前以上前に死んだ最愛の娘の大切な記憶を、その写真やおもちゃや衣服、一房の髪やブレスレットに託す父親がもしいたら、初の月面着陸は「全人類にとって」ますます意義深いものになっていたことだろう” 。

出典: YouTube

©2018 UNIVERSAL STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.


TEXT BY ATSUKO TATSUTA

外部リンク

cat_oa-wired_issue_0768bec022ca oa-wired_0_540786683f65_「改良の余地がないクルマ」は、かくして進化した:新型「ポルシェ 911」試乗レヴュー 540786683f65

「改良の余地がないクルマ」は、かくして進化した:新型「ポルシェ 911」試乗レヴュー

2019年2月16日 14:00 WIRED

第8世代のポルシェ 911(タイプ992)。ポルシェを象徴するこのクルマを少しずつ進化させていく同社の伝統は続いている。PHOTOGRAPH COURTESY OF PORSCHE

大きな弧を描く左カーヴにクルマの“鼻先”を向けながら、元F1ドライヴァーのマーク・ウェバーはこう言った。「これからのポルシェのエンジニアは大変だと思いますよ」

そして彼は、スペインのリカルド・トルモ・サーキットの縁石を450馬力のクルマでかすめながら、引退したF1のレジェンドにふさわしい周回タイムを出す。「これをどうやったら改良し続けられるのか、本当に不思議に思うときがあるんです」と、彼は語る。

そのクルマとは、新しい「ポルシェ 911」である。1964年以来ずっと運転するものを身震いさせ続け、純粋主義者を生み出し続けている愛すべき911の第8世代だ。価格は11万4550ドル(約1,266万円)からとなっている[編註:日本で予約受注が始まった「カレラS」は1,666万円。発売時期は未定]。

問いへの答えは宙に浮かせたまま、ウェバーはタイヤが音を立てるくらいの速さで911を次のカーヴへと進める。コーナリングでタイヤから得られるグリップにも、時速0-60マイル(97km)の加速で削れるタイムにも限界はある。エンジンがガソリンから絞り出せるパワーにも限度がある。

こうしたなか911は、どうすれば素晴らしい先代モデルの性能を上回ることができるのだろうか。そもそも先代モデル自体が改良を何十年も重ねてきたクルマなのに、この後継モデルはいかに性能を高めたというのか。


新しいインテリアは911の初期のデザインを思わせる水平基調の強いレイアウト。大きくなったインフォテインメント画面と、LTE接続に標準対応した音楽ストリーミングサーヴィスも強化ポイントだ。PHOTOGRAPH COURTESY OF PORSCHE

ポルシェの答えは、とにかくシンプルである。考えられるあらゆる数値とコンポーネントを、ほんの少しずつ改良し続けていく。その繰り返しによって永続的に進化させていくのだ。

2パーセントでも、3パーセントでもいい。あらゆる能力を少しずつでも引き上げていけば、ラップタイムが2パーセント、あるいは3パーセントよくなるかもしれない。少なくともサーキットではそれでリードを保てると、ウェバーは断言するはずだ。

よりパワフルに、もっと賢く
「992型」と呼ばれる今回の新しい911では、「カレラS」と全輪駆動の「カレラ4S」が最初に登場する。ポルシェが言うところの「微細な改良」は、シャシーやボディ、駆動系、電子機器で行われている。

リアに搭載された新しい3リッター水平対向6気筒エンジンは、インジェクション(燃料噴射装置)の精度向上や高圧縮比化、そしてヴァルヴの非対称な動きによって燃費が改善し、スムーズに性能を発揮するようになった。

また、ターボチャージャーは大型のツインターボになって応答性が高まり、効率と出力がともに向上した。一連の改良によってエンジンは420馬力から443馬力になり、トルクも向上している。


ホイールはリアが21インチで、がフロント(20インチ)よりも大きい。ポルシェによると、スポーツ走行時の挙動がリニアになるのだという。リアの荷重が大きいため、圧力の分布を均一化させることで接触面の変形が小さくなり、温度の安定性が向上するのだ。PHOTOGRAPH COURTESY OF PORSCHE

新しい8速の自動変速機は、交通情報とナヴィゲーションシステムからのデータを利用し、状況を予測しながら動作する。例えば、渋滞などで遅いクルマに出くわしたら、シフトアップせずにエンジンの回転数を高いまま維持する。つまり、追い越すための加速に素早く対応できるようになるわけだ。

上り坂の手前でも同じようにしてパワーを引き出せるようにして、坂に差しかかったらすぐに力強く加速できるようにする。こうして常にベストな状況で、よりスポーティに走れる。

要するに、ドライヴァーが自動変速機の動きを予測しながら手動で操作したりしなくても、最大限に楽しめるクルマに仕上がっている。もちろん、どうしても自分でコントロールしたい人のために、いつでもマニュアルモードに切り替えることができる。

コーナリング性能を高める“仕掛け”
ほかにもさまざまな変更点が、数値の面では911をさらに少しずつ進化させている。スチールの使用比率は63パーセントから30パーセントと半分以下になり、軽量なアルミ素材の採用を増やした。さらにシャシーの剛性を高めるため、さまざまな強化策がとられている。

前面の空気取り入れ口は可変フラップを備え、ブレーキ冷却の精度が向上した。リアの可変スポイラーは、エコまたはパフォーマンスのモードに設定が可能。高速走行時にブレーキペダルを踏むと、跳ね上がって空気抵抗を高めることでエアブレーキとして機能する。

ホイールはリアが21インチで、がフロント(20インチ)よりも大きい。ポルシェによると、スポーツ走行時の挙動がリニアになるのだという。リアの荷重が大きいため、圧力の分布を均一化させることで接触面の変形が小さくなり、温度の安定性が向上するのだ。

こうした微妙な違いにコース上で気づくのは、マーク・ウェバーでもない限りは難しいかもしれない。だが、ステアリング性能の変化はわかりやすい。よりダイレクトな反応を実現しながらコーナリングの精度を高めるため、ポルシェは剛性の高いトーションバーを追加。電動のリア・アクスル・ステアリングをオプションとして用意し、これを選べばコーナーリングでの安定性はさらに向上する。

同じく電動アシストのフロントステアリングは、ギア比が最適化され、先代と比べて応答性が10パーセント向上している。リアのシステムは動作が6パーセント高速化されている。

より現代的なデザインへと変化
サーキットで前後に停止していたとき、前の911のドライヴァーがステアリングを回すと、リアエンドが思わせぶりに小刻みに揺れるのに気づいた。リアのタイヤが、どちらの方向にも2度の角度で動くのだ。

例えば、車線変更の際にはフロントタイヤと同じ向きになり、さらにステアリングを切ると角度が逆向きになる。このシステムによって、サーキットでは明らかに俊敏性と直接性が高まり、本来なら自分ではコントロールできないような速度でコーナーを走り抜けていけることが実感できた。


スチールの使用比率は63パーセントから30パーセントと半分以下になり、軽量なアルミ素材の採用を増やした。さらにシャシーの剛性を高めるため、さまざまな強化策がとられている。IMAGE COURTESY OF PORSCHE

このほかの進化は、911が走るほとんどの場所がサーキットではなく市街地で、ドライヴァーと同乗者が週末の楽しみのために乗るであろうことに配慮している。視覚的な変化として注目すべきなのは、ドアハンドルがドアに一体化されて自動で手前に飛び出すようになったことや、より現代的なデザインになったリアエンドが挙げられる。縦長のハイマウントストップランプと、車幅いっぱいのLEDテールライトが特徴的だ。

インテリアは水平基調のインパネが採用されており、初期の911を思わせる。大きくなったインフォテインメントの画面と、LTE接続が標準装備になってことによって音楽ストリーミングサーヴィスの接続性が向上したこともポイントだ。

これなら雨の日でも「滑らない」
安全面では、雨天時のウェットモードが刷新された。フロントのタイヤハウスに装備された音響センサーが水しぶきなどの音を検知し、路面の状況を解析して安定性とトラクションをコントロールしたり、スロットルの応答を制御したりすることで、クルマが制御不能にならないようにする。

サーキットの濡れたコースでスリップさせようとしてみたが、うまくいかなかった。ときおり少し効きすぎて不自然さをわずかに感じることもあったが、きちんと動作してコースから飛び出ないようにしてくれた(濡れたコーナーをドリフトで抜けたいなら、この安全装置の効果を弱めることも可能だ)。

また、ドライヴァーを補助する機能も高度になっている。例えば、車線を維持するレーンキープ・アシスト、道路標識の認識、動物や歩行者も検知する赤外線暗視機能、そして先行車両に追随して走るアダプティヴ・クルーズコントロール(ACC)といった具合だ。

見えてきた次なる飛躍
ハイウェイを離れてスペインの田舎道に入ると、急にクルマに対する感覚が変わった。深いところまで理解されたうえで開発され、そのうえで完全に近代化されたクルマであるように感じられたのだ。決して無理に最新テクノロジーを詰め込んだクルマというわけではない。

それでいて、クラシックなポルシェを思わせる感覚もある。速くて運転していて楽しい。大通りから曲がりくねった山道に入ってしまったときに、道を外れないようにしてくれるだけではないのだ。

911は少しずつ進化し続けており、どの新モデルも多くの小さな改良点がある。新モデルを待ち続けていた人たちは、サーキットや山道、そしてオフィスへの道のりなど、どこを運転しても楽しいときを過ごせるはずだ。

だが、ポルシェはすでに次なる革新的な飛躍に着手している。トランスミッションには空きスペースが用意されており、そこは電動アシスト用のモーターがすっぽり入る大きさだ。エンジニアによると、「ハイブリッド化という選択肢」のためなのだという。

この世代の911にハイブリッドモデルが準備されているのは明らかである。さらに燃費をよくし、コース走行のタイムを何秒か削ることで、「改良の余地がないクルマ」のさらなる改良を目指しているのだ。


TEXT BY ERIC ADAMS

TRANSLATION BY GALILEO

外部リンク

cat_oa-wired_issue_0768bec022ca oa-wired_0_9664a2f12d85_フレディ・マーキュリーと同じ「移民の子」として:ラミ・マレック、『ボヘミアン・ラプソディ』を語る 9664a2f12d85

フレディ・マーキュリーと同じ「移民の子」として:ラミ・マレック、『ボヘミアン・ラプソディ』を語る

2019年2月16日 12:00 WIRED

『ボヘミアン・ラプソディ』でフレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレック。アラブ系の俳優がステレオタイプのあるキャスティングを乗り越えて主役の座を手に入れるまでの道のりは、平坦ではなかった。PHOTO: NICK DELANEY/©TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORP. ALL RIGHTS RESERVED./EVERETT COLLECTION/AFLO

ラミ・マレックがホイットニー美術館に併設されたカフェのバルコニーに座っていたると、黒い服の青年が近づいてきた。彼は不安そうな面持ちで、マレックに「1枚だけ写真を撮ってもいいですか? ポルトガルから来たんです」と尋ねた。

マレックは青年のほうに向き直ると、灰色がかった青い目の周りにシワを寄せて笑い、「ぼくに会うためだけに、はるばるポルトガルから来てくれたの?」と言う。この冗談で、青年は緊張が解けたようだった。彼はマレックと肩を組んでセルフィーを撮ると、「邪魔して本当にすみませんでした」とつぶやいて立ち去った。

人気テレビドラマ「MR.ROBOT/ミスター・ロボット」で主役のエリオット・オルダーソンを演じて以来、マレックは街なかで声をかけられることが増えた。この日の彼はさっぱりとひげを剃り、袖口を折り返した黒いシャツジャケットを着ている。クイーンのフレディ・マーキュリーを演じた『ボヘミアン・ラプソディ』のプロモーションツアーで、ヨーロッパから帰ってきたばかりだという。

マレックは「MR.ROBOT」について、「ニューヨークを舞台にした作品に出演できて本当によかったと思っている。役者として最高の経験だよね」と語る。

「そうしたら、次に来たオファーがこの映画だろう。ぼくは生きていくうえで役者という仕事を選んで、それを楽しんでいる。でも今回の役では、これまでやってきたことが根本から覆されたよ。つまり、フレディのようなタイプの人間だと、とにかくとてつもなく内省的な感じになるだろうと思ってたんだよね。それなのに、1年後にはスパンコールのコスチュームを着てステージの上で跳ね回っていたんだから」

両親はエジプトからの移民だった
スパンコールを散りばめたステージ衣装と同じで、プロモーションで世界を飛び回るのもまったく新しい体験だった。マレックは「母も連れて行ったんだ。喜んでたよ」と言う。彼が仕事絡みのイヴェントに家族を連れ出すのは珍しいことではない。2年前にはエミー賞の授賞式に、いとこ同伴で現れている。

アーティストでエイズ活動家でもあったデイビット・ウォジャローウィッチュの作品が展示されている部屋のガラスのドアを開けながら、マレックはこう話す。「そう、いとこがいるんだ。人には『ぼくの家族です』って紹介することが多いんだけど、前に双子の片割れに『家族みたいにして育ってきたのは確かだけど、本当は家族じゃなくて親戚だろう』って言われたことがあるよ」


2019年2月10日に英国アカデミー賞の授賞式に出席したラミ・マレック。彼は主演男優賞を受賞した。PHOTO: GARY MITCHELL/SOPA IMAGES/LIGHTROCKET/GETTY IMAGES

ロサンジェルス生まれのマレックの両親は、エジプトからの移民だ。子どものころはよく真夜中に父親に起こされて、エジプトのいとこたちと電話で話をしたという。「父はぼくたちが互いをきちんと知っていなきゃならないと思ってたんだ」

マレックと同じように、マーキュリーも移民の家族の下に生まれ育った。本名はファルーク・バルサラで、両親はインドからザンジバルにやって来たパルーシー(インドに住むゾロアスター教徒の集団)だった。マーキュリーは17歳のときに家族とともに英国に移住している。

「ファルークってアラブ系の名前だよね? フレディの生涯や文化的な背景、本当の名前を知ったとき、彼のことを理解できる気がしたんだ。自分も昔、彼と同じような経験をしていたかもしれないって思った」

マレックも感じていた「違和感」
マレックは80年代後半から90年代のロサンジェルスで少年時代を送ったが、ラミという名前について常に「違和感」があったという。

「自分を含めた家族やその伝統が場違いだと感じていたんだ。そういう気持ちで学校に行って、それでも自分の文化を隠さないでいるっていうのは、いつもすごく混乱した。アイデンティティをどこに位置づければいいのか葛藤があったんだ。フレディもそうだったと思うよ」

マレックは「モラル面で難しい状況を抱えていて、でもそれに……なんて言うんだろう?」と続け、少し言葉に詰まった。「向き合うっていうこと?」と助け舟を出すと、マレックは嬉しそうに「ああ、それだね。でもその状況に向き合うのを避けているキャラクターが好きなんだ」と言った。

彼は冗談めかして「ごめんね、アラビア語が母語だからさ」と笑う。マレックは4歳までは家ではアラビア語を話していたという。

動画を見ながら“練習”した日々
『ボヘミアン・ラプソディ』のあとでは、マレックとマーキュリーを重ね合わせずに見ることはほとんど不可能だ。ただ、ふたりにはいくつもの共通点がある一方で、主役に決まるまでの道のりは平坦ではなかった。

マレックがニューヨークで「MR.ROBOT」の撮影をしていたとき、『ボヘミアン・ラプソディ』のプロデューサーのグレアム・キングとデニス・オサリヴァンからデモテープを送ってくれないかという連絡があった。マレックはこの時点ですでにオーディションを済ませていて、この役に選ばれるのはほぼ確実だろうと考えていた。

だが、プロデューサーたちは周囲を納得させなければならなかった。彼は淡々とした口調で「こういう世界だからね」と言う。

マーキュリーになり切るのにどれくらいの時間が必要なのかはわからなかったが、ネットで見つけたマーキュリーのインタヴュー動画を見ながら準備をした。

「インタヴュアーの役をしてくれる相手がいなかったから、質問も答えるのも自分でやって、それを撮影した。フレディの映像を何回も観ながら、彼に魅了されていったよ。最初は『これは自分とは違うな』と思ったんだど、急に自分の声や手の動きが変化して、フレディみたいになっていくのに気づいたんだ」

本当にフレディみたいになっていく自分
作品はまだ製作資金を確保できていなかったが、マレックは毎晩、ありし日のマーキュリーの姿を見続けた。プロデューサーを説得してロンドンに行かせてもらい、イギリス英語と身体表現だけでなく、歌やピアノのレッスンも受けた。身体表現のコーチとは、1日4時間もマーキュリーのインタヴューやパフォーマンスの動画を観たという。

「じっと座って彼のインタヴューを観ながら、どんなポイントでどんな動きをするのか観察したんだ。まばたきをするのはいつか、歯を隠すのはどんなときか。なんでその瞬間に歯を隠すのか。2時間くらいそんなことをしてから、次は例えばライヴエイドでの『RADIO GA GA』をやったり、『キラー・クイーン(Killer Queen)』をマリー・アントワネット風に歌ってみたり、そんなことばかりしていた」


『ボヘミアン・ラプソディ』のワールドプレミアに出席したラミ・マレックは、クイーンのブライアン・メイとロジャー・テイラーとともに撮影に応じていた。PHOTO: MIKE MARSLAND/MIKE MARSLAND/WIREIMAGE/GETTY IMAGES

一方で、伝説のヴォーカリストを演じることに対して、恐れに似た感情もあったという。マレックはこれを「名誉(honor)と慄き(horror)」と表現するが、役づくりを進めるにつれ、クイーンのパフォーマンスを再現するというアイデアに興奮が高まっていった。

「彼の特徴、いたずっらぽいところや、その喜び、自由、自分を抑えない奔放さ(少なくともそう見えるよね)、そういう部分を真似し始めたとき、本当にフレディみたいになっていく自分を感じた。要するに、自分らしさをきちんと理解しているっていうことだよね。それが彼だったんだ。自分が何者なのかということに対して、ものすごく自覚的な人だった」

ステレオタイプな役柄を乗り越えて
いまでこそ有名になったマレックだが、キャリアを通じて主役ばかりを演じてきたわけではない。ベン・スティラーの『ナイト ミュージアム』では、シリーズの3作品すべてで古代エジプトのファラオの役だった。

テレビドラマ「24 -TWENTY FOUR-」にはテロリスト役で顔を出している。アラブ系という出自によるステレオタイプな役柄にはうんざりしたこともあったという。

2016年には「MR.ROBOT」での演技でエミー賞のドラマ部門主演男優賞を勝ち取ったが、非白人男優の受賞は実に18年ぶりだった。マレックの成功は、マイノリティに属する俳優の勝利として賞賛された。

マレック自身はこれについて、「ぼくのエスニシティのために、どんな役を与えればいいのかわからなかったんだと思う。自分自身も主役をやろうなんて望んだことは一度もなかった」と話す。

「だから『MR.ROBOT』でラミ・マレックが主役を演じたっていうのは、ある意味では革命的だったんじゃないかな。若いころだったら、いつかあんなことが起きるなんて考えもしなかったよ」

『ボヘミアン・ラプソディ』についても、10年前ならマーキュリー役は確実に白人俳優だっただろうとマレックは言う。「ファルーク・バルサラという側面は無視されていただろうね」

あの「義歯」の秘密
ギャラリーの出口に向かう途中で、淡い水色のコラージュ作品が彼の目を引いた。タイトルは「Fuck You Faggot Fucker」で、中央には男性ふたりがキスをしている様子が描かれている。マレックは少し考え込みながら、「なんだろう。妙な高揚感があるよね」とつぶやいた。

「色かな。映画でも、色調を変えるだけで、ものすごく雰囲気が変わるんだ。色って感情に直接に訴えかけるから。フレディがエイズの診断を受けるシーンがあるけど、あそこも色を変えると印象がまったく違ってくる。(ウォジャローウィッチュの)この絵は全体的に綺麗な水色だよね。暗い青じゃなくて水色っていうのが、明るい感じを醸し出しているのかもしれない」

マレックは「さあ、外でもっと明るい話をしよう」と言って、軽い足取りで階段を降りていく。わたしたちは館内の喧騒から逃れ、ハドソン川沿いの静かな遊歩道に向かった。再びスパンコールのステージ衣装の話を始めたマレックは、「グラムロックのミュージシャンの写真は見たことがあったけど、まさか自分があれを着るとはね……」と言う。

「初めのころは、これに慣れるまで時間がかかるだろうなと思ってたんだ。でも最後のほうになると、衣装係に『同じデザインで真っ赤なやつをつくれる?』って聞いてたよ」

撮影用の小道具といえば、あの義歯は欠かせない。マレックはマーキュリーの歯並びに近づけるために特殊な入れ歯をはめて、歌もその状態で歌っていた。

「あの歯はとってあるよ。実は金メッキをしてもらったんだ。これまでの人生で最高の贅沢かもしれない。でもフレディの気持ちになって、彼みたいにすごく風変わりなことをやるとしたらなんだろうって考えたんだ。そしたら全部を金歯にしちゃうのが、いちばん彼らしいかなって思ったんだよね」

映画『ボヘミアン・ラプソディ』をもっと理解するために

  • フレディ・マーキュリーが得た「成功と代償」:映画『ボヘミアン・ラプソディ』レヴュー
  • クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」は、なぜわたしたちの心を揺さぶるのか?
  • 『ボヘミアン・ラプソディ』のサントラから、偉大なシンガーの不在という「冷酷な事実」が見えてきた


TEXT BY YASMINE AL-SAYYAD

TRANSLATION BY CHIHIRO OKA