cat_oa-rp92670_issue_f86b1de47626 oa-rp92670_0_f86b1de47626_『花男』西門総二郎役・松田翔太とも重なる? 『花のち晴れ』C5の金髪イケメン、鈴木仁の可能性 f86b1de47626 f86b1de47626 『花男』西門総二郎役・松田翔太とも重なる? 『花のち晴れ』C5の金髪イケメン、鈴木仁の可能性 oa-rp92670

『花男』西門総二郎役・松田翔太とも重なる? 『花のち晴れ』C5の金髪イケメン、鈴木仁の可能性

2018年5月8日 06:00 Real Sound

 道明寺司役の松本潤に続き、完全なる花沢類として小栗旬がサプライズ出演するなど、ますます盛り上がりを見せる『花のち晴れ~花男 Next Season~』(TBS系)。舞台は『花より男子』から10年後。“F4”に代わって英徳学園を統率するカリスマ集団 “C5”の中で、スタイル抜群の金髪イケメンとして一際話題となっているのが、成宮一茶役を演じる鈴木仁だ。

参考:C5の紅一点 ツインテールで小悪魔的かわいさ振りまく今田美桜が気になる!

 183cmという高身長にブリーチ姿と、“C5”の中でも異色の存在感を放つ鈴木は、2014年に受けた『アミューズオーディション』でファイナリストに選出。2016年に『第31回メンズノンノモデルオーディション』で準グランプリを獲得し、MEN’S NON-NO専属モデルとしての活動をスタートした。MEN’S NON-NOといえば、阿部寛、田辺誠一、谷原章介、竹野内豊、伊勢谷友介、反町隆史ら、日本を代表する役者陣を輩出。近年では東出昌大や坂口健太郎、成田凌らもメンノンモデル出身であり、人気俳優の登竜門としての期待値も高い。

 鈴木はモデル活動を始めたばかりの2017年、ドラマ『リバース』(TBS系)で、浅見康介(玉森裕太)の生徒でありサッカー部キャプテン・相良了平役を演じて俳優デビュー。続けて映画『心に吹く風』では主人公・日高リョウスケ(眞島秀和)の高校時代役、映画『兄に愛されすぎて困ってます』では、ヒロイン・橘せとか(土屋太鳳)が恋に落ちるテニス部の先輩役を演じるなど、役者としても着実に経験を積んできた。

 そんな鈴木が今回抜擢されたのは、“C5”随一のイケメンで超女好きという成宮一茶役。長身×ベビーフェイス、金髪×和装と、第1話から数々のギャップで女子のハートをくすぐってきた成宮だが、第3話でついに江戸川音(杉咲花)と接触。音を罵る一茶ガールズを「俺、イジメとか嫌いだから」「コイツなんて汚い言葉使ってると、ぶちゃくなっちゃうから要注意」と制し、音には「気にしないで、ウチのぶちゃいやつが迷惑かけたお詫び」とウインクする軽さを露呈。突然放たれたあまりの王子様オーラに、「いやいや」と思いながらも、ついつい口元が緩んでしまうのが乙女心。と同時に、”F4とつくし(井上真央)”のように、“C5と音”の今後の展開にワクワクする瞬間でもあった。

 そこで思い出されるのが『花より男子』で「一期一会」がモットーの女好き、茶道の家元・西門総二郎を演じた松田翔太。今、振り返ると「“F4”はとにかく豪華だった」というイメージがあるが、『花より男子』シリーズの放送が始まった2005年は、松田の役者デビュー年。当時ほとんど無名に等しかった松田だが、20歳で出演した今作を機に一躍ブレイクを果たし、その後の活躍は言うまでもない。一方の鈴木も、実はこの春高校を卒業したばかりというフレッシュさ。“色”が付いていないことは最大の武器とも言え、かつての松田同様、その可能性は無限に広がっている。

 鈴木は「モデルプレス」のインタビューで、成宮を演じる上での監督からの指示について「すべてがちょっと軽い感じにと。だんだん深刻なシーンも出てくるから最初は軽くていいよと言われました」(https://mdpr.jp/interview/1760716)と明かしており、今後、成宮を中心とした物語も展開されていく模様。このチャンスを生かし、鈴木も大ブレイクなるか。物語の行方とともに、彼の成長と飛躍からも目が離せない。

 そして欲を言えば、松田のサプライズ出演による“西門総二郎&成宮一茶”の共演シーンも拝みたいもの。「華の成宮 茶の西門」と称されるなど2人の関係が深いだけに、期待は高まるばかりだ。

(nakamura omame)

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cat_oa-rp92670_issue_f86b1de47626 oa-rp92670_0_9f61ca882e3e_エイベックス創業者 松浦勝人、新たな楽曲制作への挑戦を宣言「最後になるかもしれないけど一番やりたかったことをやる」 9f61ca882e3e 9f61ca882e3e エイベックス創業者 松浦勝人、新たな楽曲制作への挑戦を宣言「最後になるかもしれないけど一番やりたかったことをやる」 oa-rp92670

エイベックス創業者 松浦勝人、新たな楽曲制作への挑戦を宣言「最後になるかもしれないけど一番やりたかったことをやる」

2020年7月11日 11:00 Real Sound

 エイベックス創業者・松浦勝人が、7月10日放送の『アナザースカイII』(日本テレビ系)に出演した。

(関連:浜崎あゆみ、デビュー当時の苦悩明かす「何をするのにも怖くて何もできないと思っていた」

 松浦が訪れたのはハワイ・オアフ島。ここには彼が約20年前に購入した別荘がある。敷地面積約2700m平方メートル、2階建10部屋ある豪邸で、ワイキキから20分ほどの人気エリアに建設。海とダイヤモンドヘッドが一望できる。別荘の立地ならではの趣味として、松浦は目の前にある海に向かい、颯爽と水上バイクに飛び乗る。ハワイでは水上バイクは5台、スポーツカー2台、バイクを7台所有している。エンジンを積んだ乗り物に目がないのは、もともと中古車業を営む家庭に生まれ育ったからだという。

 1986年、当時21歳。横浜の上大岡でレンタルCD店「友&愛」の店長を任されたのが松浦のスタートだった。ダンスミュージックに特化させた経営が大成功。1988年、東京・町田に輸入レコード卸売業「エイベックス・ディー・ディー」を設立。その後、1990年にレコードレーベル「avex trax」を設立し、小室哲哉のプロデューサー起用。浜崎あゆみ、Every Little Thingなど直接プロデュースしたアーティストが躍進し、日本を代表するメジャーレーベルとなる。2004年、社長就任。「dTV」「音楽配信AWA」「a-nation」「ULTRA JAPAN」などの事業で業績を拡大。2017年には東京・青山に自社ビルを構えるまでに事業は膨らんだ。しかし、今年CEOを退任。

 20年前、当時の会長に「松浦君は物を作るのが好きだから、ハワイに行って一生物を作った方が良いよ」と言われた松浦。2000年の頭からハワイに来て、浜崎あゆみのアルバムを作っている時に、良さげな家だと思ったのが今の別荘だったという。松浦はハワイで音楽活動をするつもりだったが、1年もしない間に、日本から会社を立て直すから戻るようにと通達される。日本に戻り松浦は社長に。ハワイには全く来られなくなった。「自分が15~16年ぐらい社長をやっている間、誰もちゃんとプロデュースしたことがなかったので、ずっともう一回やりたいなと思っていて、そもそも音楽を作ってる方が好きだったから、そういうのに専念する仕事をしたい」と社長を退任しハワイへ訪れた理由を松浦は語る。

 松浦は20年ぶりにハワイの地で楽曲制作をスタートさせている。収録日も朝から音源チェック。松浦はかつて苦楽を共にした精鋭を集め楽曲作りに臨んでいた。20年前と同じ場所だが、思い出に浸るためではなく、松浦にとっては全く新しい挑戦だ。

 「『40歳になったら曲が作れない』とか一緒にやってたやつがよく言ってた、若い時だから。それすごい印象に残ってて、40歳過ぎたぐらいから社長になるんですけど、15~16年社長やってきたけど、横で秋元(康)さん見てるとずっと作ってたりするじゃないですか。やっぱ作れるんじゃないかな? 働いてて良い時期ってやっぱり今の感覚だと40歳、50歳だと思うんで、最後になるかもしれないけど、一番やりたかったことをやってみよう。『そもそも何で俺はこの業界に入った?』ってことを考えたら、そういえば途中でやり残したことがあるなと思って、20年前、途中までやってたことをもう一回やろうと思ったと。5年以内に結果が出なければ終わるから」と背水の陣で新たな制作に挑むことを宣言する。

 会社における老害になりたくないと話す松浦が欲しているのは、地位よりも自分の音楽。現在の本当の評価が知りたい。だから、新作はあえて名を伏せて発表するつもりだという。「アナログの時代からデジタルの時代に変わる隙間に生きてんだよ、俺らって。両方知ってるんだよね。デジタルの方が強いっていうけど、実はこのアナログを知ってる奴らの方が強いっていう……風にしたいね。だから『作る場所を選ぶ』とかアナログですよ。今はデジタルで場所なんかどこでもいいわけだし、だからここなんです。だからここでやってるんです。昔からここでやってたから、これからもここでやる。それだけです」とハワイに居たい、居続ける理由を明かした。

 松浦はファッションリーダーとして社会現象を巻き起こした浜崎あゆみ、安室奈美恵を例に挙げ、「一生に一人作れたらプロデューサーとしてはいいと思うんですけど」と話した上で、次の狙いを「一生懸命探しています。何人かはいるんですけど。今年中に何かしらは出ていくかもしれないです」と松浦が手がける変名もしくはチーム名での楽曲が近いうち世に出ることを示唆していた。

 次回は7月17日にオンエアを予定している。(向原康太)

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cat_oa-rp92670_issue_f86b1de47626 oa-rp92670_0_9873dfa05832_第163回芥川賞はどうなる? ノミネート5作品を徹底読解 9873dfa05832 9873dfa05832 第163回芥川賞はどうなる? ノミネート5作品を徹底読解 oa-rp92670

第163回芥川賞はどうなる? ノミネート5作品を徹底読解

2020年7月11日 11:00 Real Sound

 さきの6月16日、第163回芥川賞(2020年上半期)の候補作が発表された。区分上は2020年代最初の芥川賞であり、文学の将来をうらなう意味でも注目される選考である。今回ノミネートされた5作品と著者について簡単に紹介するのが、ここで求められていることだ。

関連:【画像】ノミネート作品掲載の各文芸誌の書影

■高山羽根子「首里の馬」(『新潮』2020年3月号)

 高山氏は、今回唯一のノミネート経験者である。これまでの「居た場所」(2018年冬季号)、「カム・ギャザー・ラウンド・ピープル」(2019年5月号)に続く、3回目の候補作入り。いずれも受賞作として遜色ないクオリティの作品でありながら、惜しくも選考に漏れることが続いており、今回いよいよの受賞が期待されている。

 本作の舞台は、沖縄。主人公・未名子は「資料館」と「スタジオ」というふたつの空間に出入りしながら暮らしている。前者は「順さん」という年老いた女性民俗学者が収集した沖縄の歴史についての個別具体の膨大な情報のひっそりとした置き場所。そして、後者はおもに「日本語を母語としない者」たちに向けて、オンラインモニター越しにクイズを読み上げ、答えさせるという抽象的で奇妙な仕事場である。

 ある台風の夜、一頭の宮古馬が未名子の家の庭に迷い込む。その日をさかいに、未名子の人生は少しずつ景色を変える。なかでも作品後半、一見して無関係に思える「資料館」と「スタジオ」というふたつの空間が感動的なかたちで結びつく展開には唸らされた。どういうわけか、高山氏の小説では毎度、すこし不思議なことが、こともなげに気に起こる。この作者独自の魅力である。

■岡本学「アウア・エイジ(Our Age)」(『群像』2020年2月号)

 2012年、群像新人文學賞を「架空列車」で受け、以降、おもに『群像』に良作を発表してきた岡本学氏の候補作。初ノミネートであるものの、今回の候補者の並びでは(このあとに紹介する作家らがデビュー作&第2作での候補作入りなので)どちらかといえばベテラン作家になるだろう。その年齢感は本作のテーマとも密接に関連している。

 あらすじはこう。40歳を過ぎ、生き飽きた気分だという大学教員の「私」は、学生時代にバイトしていた映画館に置かれていた「映写機の葬式」への招待をきっかけに、1枚の古い写真を盗み出す。写真には赤と白に配色された塔が写っており、余白に「our age」と読める文字が書かれている。写真のもとの持ち主は、いかにも「殺されそうな女」と周囲から評されたバイト先の同僚「ミスミ」。写真は彼女の母の遺品らしく、学生時代の「私」はその塔を探すのを手伝っていた。

 失意の中年が「塔」の発見をつうじて再起するという大筋には、(年齢的なものだろうか)正直あまり乗れない。随所に見られるペダンティックと取られかねないふるまいも、ややひっかかる。だが、作品後半のレトロな探偵小説的展開には、それでも引き込まれた。そして、明らかになった塔の正体について、作中の「私」さながら、わたしも画像検索して「おお!」となったことを白状する。

■三木三奈「アキちゃん」(『文學界』2020年5月号)

 三木三奈氏の第125回文學界新人賞受賞作=デビュー作。さきに言うなら、本作はなるべく事前情報を入れずに読むほうがいい(なぜそのほうがいいのか、についても知らないうちに読むのがいい)タイプの小説である。ノミネート作のなかでは、もっとも広い読者にリーチする可能性がある小説だと思う。

 大人になった「わたし」は、小学5年生の頃の級友「アキちゃん」を回想する。そこでは、人前では「わたし」をあだ名で呼ぶのに、2人になると「オマエ」って呼ぶから嫌、といった具合に「アキちゃん」への憎しみが語られる。呪いで「アキちゃん」を痛い目にあわせたり、その兄に接近し弱みを握ろうとしたりする。

 小学生の人脈なので、基本的に限られた世界の話だが、ときおり垣間見える親たちの経済事情(彼/彼女らにとっては、これが大問題なのだ)による「階級」が、物語の背景にある社会構造をのぞかせる。そしてなにより、さきほどから伏せている作品後半の仕掛けにより、(場合によっては)読者の偏見が暴き立てられる。絶妙にコントロールされた語り口だ。が、通史的にみると、村田沙耶香『コンビニ人間』(2016年)や、今村夏子『むらさきのスカートの女』(2019年)といった近年の芥川賞受賞作の語り口を連想してしまう。この点が受賞にプラスに働くのか、あるいは逆か、が気になる。

■遠野遥「破局」(『文藝』夏季号)

 「破局」は、2019年に「改良」で文藝賞を受けた遠野遥氏の第2作。前作で「女装」に惹かれる主人公を理不尽に襲う暴力、とりわけ「男性」性の暴力を扱った遠野氏が、次は加害者(となる)男性の側から問題にアプローチを試みたのが今作と言えるだろうか。

 ラグビー経験者で、筋トレを日常とする大学生・陽介が肉を食い、公務員試験突破を目指し、母校の高校でコーチとして後輩を指導する。そして、麻衣子と灯というふたりの女性との恋愛を赤裸々に、けれどもドライに語っていく。そこには「私はセックスするのが好きだ」という報告や、観覧車を見ながらの自慰の描写も含まれており、あまりにもな記述を可笑しみつつも、読んでいるうちにさすがに辟易してくる。しかも、当人は真面目でやさしく、正義感の強い人間と自己規定しているらしい。多弁でありながら遠近法のずれた一人称の語りは、読者に一定の不快感を募らせることに成功している。

 「私」は、作品ラストで断罪される。だが、自らを客観視できない「私」を除いて、この男に「破局」への道以外が残されていないことは(そもそも、それがタイトルなのだし)自明である。この点、ストーリー上の意外性が減じているのは悩ましい。とはいえ、さきの三木氏「アキちゃん」と同様、社会的な問題をタイトに小説化し、なおかつ面白さと両立してみせる新世代の作家らの巧妙な手つきには、やはり強く心を惹かれた。

■石原燃「赤い砂を蹴る」(『文學界』2020年6月号)

 演劇ユニット・燈座で活動する石原燃氏のデビュー小説。いちおう触れておくと、すでに報道されているとおり、石原氏は作家・太宰治の孫、同じく作家・津島佑子の娘に当たるらしい。とはいえ、作品を読めば、そうした言い回しは自然と慎まれるのではないだろうか。

 「私」は母の友人だった芽衣子の帰郷に同伴し、ブラジルを訪れる。そこには、ヤマと呼ばれる日系移民たちの農場がある。「私」は画家であった母・恭子を癌で亡くしたばかりで、そこに幼くして風呂で溺死した弟の記憶が重なる。一方、芽衣子もまた異郷の地・日本で、アルコール依存の夫の死や、姑の「躾」による流産を経験してきた。彼女らの人生の周囲には、堕落と死が充溢している。本作は互いに共感できたり、できなかったり、それでもゆるやかに連帯しながら、それぞれが人生の呪いに向き合う、ふたりのロード・ノベルだ。旅のムードを象徴する一文を作中から引用しよう。「私と芽衣子さんは、間違いなく同志だった。父親がいないからといって、ひとくくりにはできない。でも、なにか同じものと戦っている、そういう感じ」。

 ちなみに、今回のノミネートで彼女を知った方は、ぜひ本作と併せて、石原氏が津島佑子のコレクション『悲しみについて』に寄せたエッセイ「人の声、母の歌」(2017年)を読んでほしい。それは「母」に向けられた、フィクションのベールを纏わない剥き出しの言葉であり、翻って、本作=フィクションの役割を考えるきっかけになるに違いない。



 以上が今回の候補作である。選考結果が発表されるのは、きたる7月15日(水)。余白に記すつもりで書くと、わたしは石原燃「赤い砂を蹴る」を、次いで高山羽根子「首里の馬」を推している。どうなるだろう。

(文=竹永知弘)

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Hey! Say! JUMP『Last Mermaid…』が27作連続1位 クリエイター陣の底力を感じさせる楽曲の幅広さ

2020年7月11日 10:00 Real Sound

参考:2020年7月13日付週間シングルランキング(2020年6月29日~2020年7月5日)

 27作連続で1位を獲得したのがHey! Say! JUMP。7月13日付のオリコン週間シングルランキングでは、『Last Mermaid…』が1位に輝きました。

(関連:

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『13歳からのアート思考』著者が語る、ゆたかなものの見方 「自分で見たり、考えたりすることこそがアート思考」

2020年7月11日 10:00 Real Sound

 経済/経営の世界で「ビジネス、テクノロジー、クリエイティブを架橋するBTC人材が必要だ」「デザインシンキングやアートシンキングが必要だ」と言われるようになって久しい。ただ「美意識が大事だ」「右脳的発想が重要だ」などと言われても、具体的なプロトコル(手順)として落とし込まれていない限り「思考法」として使いこなすことは難しい。そしてともすればアートの話は「教養」(=知識)のことだと解されがちでもある。

参考:「アート」はビジネスパーソンに必要なのか? ビジネス書界の「アート思考」ブームを考える

 そこに現れたのが、武蔵野美術大学卒業後に都内の中高で美術教師を務め、アーティストでもある末永幸歩氏が書いた『13歳からのアート思考』(ダイヤモンド社)だ。ピカソやデュシャンといった20世紀のアート作品を題材に、アートの思考法を整理したユニークな一冊で、子どもが自分の関心を深める方法を見つける練習にも、「大人の学び直し」にも役立つ。

 末永氏にいまの社会の子どもにも大人にも必要な教育/アート思考について訊いた。(飯田一史)

■美術に「正解」があるような教育への疑問

――末永さんは従来型の美術教育が知識や技術(制作)偏重であることに疑問を抱いて、ひとりひとりがそれぞれの「ものの見方」「自分だけの答え」を見つけて深めることを重視するようになったそうですが、その理由は?

末永:「美術教育」とひとことで言っても、ねらいはふたつあると思っています。

 ひとつは一般的に多くの人がイメージするような、知識を身に付けたり、絵の描き方や彫刻のつくりかた自体を覚えること。

 もうひとつは、美術そのものではなく、美術を通して思考すること、物事を違った視点から捉えることです。私は後者に面白みを感じていますが、武蔵野美術大学ではそれが当たり前でした。ムサビにはアーティストやその卵がたくさんいて、フラフラしているようにしか見えない人、普通の意味ではうまいとは言えない意味不明の作品を作っている人たちがたくさんいました。でも話してみると、それぞれすごく独特な視点があり、表現したいことが詰まっていた。だから美術には独自のものの見方、考えが反映されたものという思考が染みついていたんです。

 ところが教員になり教育現場に行って廊下に飾られている生徒の作品を見たりすると、みんな見映えがよく、まったく同じ技法で作られたり、描かれていたりする。「同じ方法が使われている」ということは「同じものの見方をしている」ということです。でも人間は本来ひとりひとり違うはずですから、これは自然なことではありません。ひとつのものの見方を教えられて優劣を付けられている、美術なのにあたかも「正解」があるような教育システムになっている。これは私が考えるアートのおもしろさ、よさとは違うな、という疑問があり、本に書いたような授業スタイルを試行しはじめました。

■大人・親・教師が無意識にしている言葉づかい、思考法とは別の仕方で

――本では小学生までは図工が好きな子が多いのに中学生に入ると美術が好きな子はぐんと減るという「13歳の分岐点」があるとの調査が紹介されていましたが、一因としてはその「正解志向」の窮屈さが「美術嫌い」の増加に影響している、ということですよね。本の執筆動機は?

末永:本に書いたものとほぼ同じ内容の、美術を通して「異なる角度から物事を見てみよう、広げてみよう」という授業を中高生相手にしてきました。授業を作りながら家庭で夫と「こんな授業しているんだ」「次どうしようか」と話しているうちに、「この授業は中高生だけじゃなくてビジネスパースンも楽しめるよ」と言ってくれるようになったんです。夫はアート関係者ではなく一般企業で経営企画の仕事をしていて、かつては美術館に行くことはあっても古典絵画ですら「きれい」とか「いい」という感想すらなく、現代アートは「わけわかんない」という人間でしたが、私の授業を通じて美術にどんどん興味を持つようになってくれました。夫のような左脳型のビジネスパースンでも楽しめるなら、本にして広く伝えていきたいなと考えたんです。

――本はどんな人に読まれていて、どんな感想が多いという印象ですか?

末永:タイトルでは「13歳からの」と言っていますが、基本的にはビジネスパースン向けに書いたので、そういう方が一番多いです。そういう方からの声はふたつに大別できます。

 この本では、「アートという植物」は、好奇心や疑問が詰まった「興味のタネ」が無数に伸びて「探究の根」となり、目に見える「表現の花」を咲かせる、という話をしています。ひとつは、この「アートという植物」を抽象化して、ご自身の仕事や生き方に置き換えて読んでくれるというもの。もうひとつは「現代アート入門としておもしろかった」というものです。それはそれで、美術を通してものの見方を広げる、常識を疑うということにつながってくれているのかなと思います。

 それ以外に教育関係者からもたくさん感想をいただいています。私のような疑問を抱えていて「何かもっとできることがあるはず」と思いつつも自分の授業は生徒のアウトプット重視になっていたり、鑑賞の授業をどうやればいいのか悩んでいたり……でも「この本を参考に自分もやってみます」と。

 ほかには小さいお子さんがいる親御さんたちが読んでくれて「自分の子どもが描いた絵に対する見方が変わった」「子どもの行動を今までひとつの価値観でしか観れなかったけど、接し方が変わった。変えていきたい」といった感想もあります。

――子どもが絵を描いているときに「何描いているの?」と大人は聞きがちだけど、「何か」を描いているとは限らなくて、クレヨンがすべったりするのが楽しいとか、塗っていたら茶色い塊ができたのが発見だった、とか、行為自体の喜びを共有したいのかもしれない、と本に書いてあって、たしかにそうだな、と我が身を顧みて反省しました。

末永:そこは「おもしろい視点だった」と言ってくれる方が多いですね。大人に「何を描いているの?」と聞かれ続けると子どもは「『何か』を描かなければならない」「『何か』を描くのが正しい」という風に思って育ってしまう。悪気はなくても子どもに無意識に答え探し、正解探しを促す声かけだと思うんですよね。「将来何になりたい?」という問いかけも同じですね。暗に今ある答え、今あるやり方に大人があてはめて子どもの答えをジャッジしていくものです。学校現場以上に家庭での教育は影響力があると思うので、声のかけ方は意識してもらえたらと思っています。大人の目線とは違う子ども自身の視点で見る、ひととは違う視点で見ることを肯定してあげてほしいなと。

■社会の流れや文科省の号令と教育現場との齟齬

――授業をすると、中高生はどんな反応ですか?

末永:多くの生徒がおもしろがってくれて、私も授業するのがどんどん楽しくなっていって今のかたちになりました。生徒たちは「前の先生とはまったく違う」「美術はきらいだったけど、こんなにおもしろいなんて」と言ってくれますね。はじめは「この先生はなかなか何かをつくらせないから、不安になった。いつつくりはじめるんだろう?」と思うようですが、でも最後には「未来につながることを今学期学んだ」と。

――学習指導要領で謳われている美術教育はこういうことを大事にせよということに対してどんな意見をお持ちですか? 一応文科省としては「生きる力」とか「主体的・対話的で深い学び」を重視せよと号令をかけていると思いますが、そうはなっていない?

末永:おっしゃるとおり、本来は文科省としては「生きる力」や「主体的な学び」を大切にし、アピールしています。でも不思議なことに学校現場では私の実感としては自分が中学校のときに受けた教育から本質的には変わっていません。社会がこんなにも変わっていて、文科省の号令も変わったのに、です。教育は一番変わるべきものだけれども変化は一番遅いのかな、と感じています。

 文科省が各学校に「こういうことを指針に教育してね」と示した「学習指導要領」には、すべての教科に通じる「総則」と、各教科ごとのものがあります。総則のほうには探究学習とも言える生きる力の大切さなど全体としての方向性が述べられ、各教科のほうには細かい指導内容が書かれている、という風に分かれています。美術であれば後者には絵と彫刻とデザインを教えなさい、といったことですね。そうすると、本来は総則があってこその細部なのに、現場では各教科の細かいところを重視して、総則のほうを大事にしない、という現象が起きている気がします。

――なるほど、いかにもありそうですね。学校の先生も細かい「正解」探しに必死というか。最近の中高生が、自分の中高時代と違うなと思うところは?

末永:レポートの課題を課したときに感じたのですが、自分のころは情報がないなか自分で考えたことを手書きで書くだけだったのに、今の子はパソコンを使って見た目にはすごく立派なレポートを書いてきます。でもよく見てみるとネットでたくさん情報が手に入るからか、8割方他人の意見なんですね。その人なりの考え方、意見は1、2割しか書かれていない。

 もちろん「私の授業では見映えのよさでは評価しない、自分自身が考えたこと、探究したこと、プロセスを見ていくからね」と伝えているので、徐々に変わっていくのですが。

■アート思考のお手本は「子ども」

――自分の力で考えないといけない度合いは昔より強まっているのに、放っておくと自分の力で考えない度合いが昔より強まってしまう、というのは由々しき事態ですね……。『13歳からのアート思考』には、「アートの見方は作家本人が決めると考えがち」「自分がどう感じたかよりも『作者はこう考えたんじゃないか』ばかりを大事にしがち」という問題、言いかえると「アートであろうと正解があるからそれを探す」という思考パターンの問題について書かれていました。なぜそういう思考法になってしまうのだと思いますか?

末永:今の教育のベースは18世紀半ばから始まった産業革命のときに生み出された、工場で効率よく働ける人材を生み出すためのシステムになっています。疑問を持ったり質問したりするのは非効率で、上意下達で「正解」に従ってやっていけばいい、正解をいち早く理解して実行する人が優秀だ、というものです。でも今は状況が急変するのが常態化したVUCAの時代と言われていて、昨日の常識は今日の非常識、自分で考えて答えを探さないといけないし、つねに変化に適応していかないといけない。でも教育のベースが変わっていないので、他人が与えてくれるのではない自分なりの見方、考え方が持てない人が子どもにも大人にも多いのだと思います。

――一方で、この本ではアート思考をするためのプロトコル(手順)が明確です。「興味のタネ」が「探究の根」「表現の花」に育てていくには、作品を観て気がついたことや感じたことをアウトプットする「アウトプット鑑賞」や、作品だけを観て自分でなにかを感じとったり、考えたりする「作品とのやりとり」、意図的にこれまでとは少し違った角度から作品を眺める「常識を破る鑑賞」、作品背景を知った上でそれらを自分なりに考えてみる「背景とのやりとり」をしよう、と。

 あるいは章(授業)ごとに「授業前にあなたがとらわれていたアートの常識は?」「授業を踏まえて今はどのように考えますか?」「授業を通り越して考えられることは?」と手順を踏んでいきます。

 つまりこれは、ただ「自分で考えてね」と言っても何も手がかりを与えないと正解をほしがる人たちたちは動けないから、プロトコルは示す。それに沿って考えていけばある程度自分なりの見方ができますよ、ということかなと思いました。ただ本当は思考のフレームワーク自体をそれぞれが作れたらいいですよね?

末永:そのとおりだと思います。手っ取り早く正解を探すのではなく、自分で見たり、考えたりすることこそがアート思考ですから、私自身はアート思考に決められた手順があるとは思っていません。書いたことはひとつの例でしかなく、必ずこうしてくださいというものではありません。

 私はよく「子どもがお手本」だと言っています。先日、4歳の息子さんと8歳の娘さんがいるお父さんからいただいたメールのなかに、本の冒頭に掲載したモネの睡蓮の絵を家族でいっしょに見た、というエピソードが書かれていました。お父さんは先に解説文を先に読み、元気で虫取りが好きな息子さんは「絵の中には蛙とザリガニがいる!」と言い、少しませている娘さんは「モネの絵でしょ、知ってる」と言ったそうなんですね。これは推測なんですけれども、8歳の娘さんはそう言った時点で、それ以上、絵自体を見なかったんじゃないかと。「モネの絵」という知識をあてはめただけで思考がストップしてしまった。一方で4歳の子は自分で見て自分で考えて答えた。この4歳の子みたいな視点がアート思考だなと思うんです。

■ゆたかな「ものの見方」は、失われやすいものだからこそ大切に

――読字に障害があるディスレクシアの方のなかには映像記憶が優れている方が多い、逆に言うと言葉、文字で世界を認識するようになると人は「犬」とか「葉」としてものを見ることはできても個別具体的な特徴を捉える力が失われやすい、と何かの本で読みましたが、通じる話な気がします。

末永:先ほどの話には続きがあって、お父さんは子どもにアート思考を伸ばしてほしい、でも奥さんはお受験をさせてちゃんとした将来を作ってあげたい、と考えているそうなんですね。ですから8歳の娘さんはお受験の勉強でモネのことを覚えたのかなと。4歳の子も塾に行きはじめていて、塾では皆と同じように脱いだものを畳んできちんと着替えるなどといった作業がなかなかできず、よく自信をなくして帰ってきて、お母さんは「うちの子はまたできない」と悩んでいる、と。私からすると、4歳の子がしているようなものの見方が8歳の子ではもう消えていることを考えると、ゆたかなものの見方は教育によってすぐ失われてしまうすごくもろいもので、だからこそ大切にしてほしいと思っています。

――お受験的な作法を身に付けるにしても、それを解除したアート思考への切り替えもできるようになるといいですよね。末永さんが今後していきたい活動があれば教えてください。

末永:この本は「体験型」にしたい、一方的なレクチャーにしたくないと思い、そういう工夫を盛り込みました。とはいえ本である以上、一部には読み飛ばしてしまう人もいるのかなと思います。でも実際に時間をかけて自分でやってみたり、考えたり見たりするのと、読み飛ばすのとでは、思考の深さや、自分の中に残る度合いが全然違います。

 ですから大人向けの講座も含めて、実践的、体験的なものをやっていきたいですし、それから、また新たな授業を作っていけたらと思っています。そして新しい授業ができたら、また本にして多くの人に伝えられれば。(飯田一史)

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実話サスペンス『バルーン 奇蹟の脱出飛行』 題材のモデルが明かす、決死の脱出劇の真相

2020年7月11日 10:00 Real Sound

 ドイツ映画『バルーン 奇蹟の脱出飛行』が現在公開中だ。本作は、ドイツが東西に分断されていた1979年に実際に起きた、特殊技術も持たないごく平凡な一般市民が、手作りの気球で東ドイツから西ドイツへの亡命に成功させたという実話をもとにしたサスペンス。

 1982年に、ウォルト・ディズニー・プロダクションによって『気球の8人』として映画化もされたこの題材。リメイクに情熱を燃やしたのがミヒャエル・ブリー・ヘルビヒ監督だ。当事者たちへの取材や膨大な資料をもとに、入念な時代考証と物語づくりに取り組んだ。

 今回リアルサウンド映画部では、元となった実話で気球制作に取り組んだ人物、ギュンター・ヴィッツェルにオンラインでインタビュー。本作のコンサルタントとして製作に協力したヴィッツェルが、当時の思いを振り返る。

参考:よりにもよって気球で亡命!? 『バルーン 奇蹟の脱出飛行』は実録サスペンス映画の秀作

■なぜ亡命手段に気球を選んだ?

ーーミヒャエル・ブリー・ヘルビヒ監督から話をもらってから引き受けるまでの経緯を教えてください。

ギュンター・ヴィッツェル(以下ヴィッツェル):まず2012年に、監督から私たちの物語を映画にしたいと連絡をいただきました。しかし、『気球の8人』の際にこの物語の映画化の権利をウォルト・ディズニー・プロダクションに渡していたのです。つまり、彼が交渉すべき相手は私たちではなかった。でも監督は、そういう状況でも「この作品にはあなたたちのサポートが不可欠だ」とおっしゃられました。そして2012年にそれぞれの家族に取材を行い、そのあと監督が数年かけてディズニーから承諾を得て、2015年にようやくスタートしました。

ーー話をもらったときの率直な気持ちはいかがでしたか?

ヴィッツェル:ヘルビヒ監督は、主にコメディ映画をたくさん撮っている方で、私ももちろん名前は知っていました。私自身はコメディ映画そのものがすごく好きというわけではないのですが、観客を魅了する監督だとは思っていたので、彼だったら私たちの物語もきっといい映画にしてくれるだろうなと思いました。

ーー今作では、ヴィッツェルさんをはじめ実際に気球で脱出されたみなさんがコンサルタントとして参加していますね。映画は実話に対して忠実に製作されたのでしょうか?

ヴィッツェル:そうです。全て事実です。とにかく監督は、正確な情報を得て、それを映画として再現したいということでした。実際の情報を集めたいというところで、私たちもシュタージ資料館からの資料を元に情報を彼に渡しましたし、他にも旧東ドイツを知る人をたくさん取材していました。しかし、この映画はあくまで劇映画でエンターテインメントの視点で作られており、多少脚色をしているのも確かです。例えば、幼稚園の先生がシュタージ(秘密警察)に私たちのことを密告をするかしないかというシーン。ああいったことは実際にはなく、旧東ドイツの全員が密告者だったわけじゃないといったことを伝えたかったんだと思います。

ーー素朴な疑問なのですが、亡命手段は他にも様々な手段がある中、なぜ気球を選んだのでしょうか?

ヴィッツェル:旧東ドイツから脱出したいという思いはずっと持っていました。おっしゃるように逃亡の手段はいろいろありますが、どれも危険極まりないので思い留まっていたんです。そんな中、1978年の3月に西ドイツの記事を偶然目にする機会がありました。それはニューメキシコで毎年行われている熱気球のイベントに関する記事で、たくさんの気球が軽やかに浮かんでいる写真が載っていました。それを見たときに、「気球だったら材料は少ないし、比較的簡単に安全に西へ逃亡できるんじゃないか」と思い立ったのが最初です。そしてこのアイデアを相方のペーターに話し、彼も「これだったらいけそうだね」ということで、それぞれの妻を説得して、1978年3月8日にこの計画が動き出しました。

■西ドイツの土を踏んだ瞬間の感情

ーー映画内ではペーターさんが電気技師ということが明かされていましたが、ヴィッツェルさんは気球に関する知識がもともとあったのでしょうか?

ヴィッツェル:専門的な知識は全くありませんでした。私は計3回、気球を作ったのですが、最初のものは、記事を見てなんとなく想像して作っただけだったので、大失敗だったんです。そして2回目に作ったものが、映画の序盤に登場する気球です。2回目に挑戦するときは、数学や物理を駆使して、計算すればちゃんと設計できることがわかり、よりいいものを作るように努力しました。当時の東ドイツは、生活する上で何か故障や不具合が起きても自分で修理しなければいけない状況でした。なので、みなさん手先が器用で、自分で工夫してものを作るスキルがあったんですよ。

ーー実際に西ドイツの地を踏んだと確信したときの気持ちを教えてください。

ヴィッツェル:まず最初に気球が着陸したときは、自分たちがどこにいるかわかりませんでした。とにかく着陸したことで緊張が一気に解けて、急に不安な気持ちや疲れが出てきたんです。そんな中で周りの状況を確認しようと、歩き出して電柱を発見しました。そこには地名が書かれてあったのですが、私の知らない地名でした。そして道路に出ると警察の車がいて、その車がアウディだったんです。そこで西に入ったことを確信しました。ペーターが一応「ここは西ドイツですか?」と警察に聞くと、「他にどこだと?」と答えが返ってきたんです。そのときの幸せな気持ちは忘れられません。

ーー車の車種で気づいたんですね。

ヴィッツェル:警官も私たちが東ドイツから逃亡してきたのだとわからなかったようです。なにせそこは国境から10kmも離れていたし、当時はRAFというドイツ赤軍がテロを起こしていたので、僕たちのことをテロリストじゃないかと警戒していたようです。警官と話をした私が家族を呼ぶために照明弾を放ったところで、私たちの素性に気づいたわけです。彼らはすぐに署に連絡を入れて、赤十字の車で警察署まで連れて行ってもらい、聴取を受けました。それと私は着陸時に足を怪我してしまったので、そのまま入院することになりました。なので、そのあとメディアの対応は全てペーターが行ったのですが、彼がまるで全て自分の手柄のように話してしまい、それを修正できなかったのが心残りです(笑)。

(取材・文=安田周平)

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傷を抱えた中年男性と猫、辿りついた「幸せの形」とはーー涙なしには読めない『おじさまと猫』

2020年7月11日 09:00 Real Sound

 何年たっても癒えない心の傷は、人間相手には言いにくい。言葉で伝えられることなど限られているから、抱えてきた傷が深くて大きいほど、誰とも共有したくない・できないと思い、偽りの自分で生き続けてしまう。けれど、その傷が“動物”という小さな家族によって癒され、真新しい自分で明日を迎えられるようになることもあるのかもしれない。

関連:【画像】3巻ではおじさまのピアニスト姿が表紙に

 『おじさまと猫』(桜井海/スクウェア・エニックス)は、そんな思いがこみ上げてくる温かい猫コミックエッセイだ。Twitterで話題となり書籍化された本作は現在、第5巻まで発刊されており、最近では「みんなが選ぶTSUTAYAコミック大賞」にて2位を受賞した。

 数ある猫コミックエッセイの中でも、これほどまでに本作が人気を集める理由……。それは桜井氏が「かわいい」の裏に隠された、動物を取り巻く現状をしっかりと描いた上で、そんな中でも人間を信じる動物や、ペットとしてではなく家族として動物と向き合う人間がいることを伝えているからだ。

■心に傷を負った2人が辿りついた「なにげない幸せ」に感涙

 おじさまと愛猫ふくまるの出会いは、何度読んでも号泣してしまう。1歳になるエキゾチックショートヘアのふくまるはペットショップで売れ残っており、自分がいるショーケースの前を素通りされることに慣れてしまっていた。私のことなんて、誰も欲しがらない……。絶望交じりの諦めを抱きながら、代わり映えしない日常を送っていたのだ。

 そんな時に出会ったのが、おじさま。自分を抱き、「この猫をください」というおじさまに対して初め、ふくまるは期待などさせないでほしいと願う。自分には愛される価値、愛でられる価値がないと思っていたからだ。

 繰り返し経験した絶望により、ガチガチに凍ってしまった心。それを溶かしたのは、家族へのプレゼントかと尋ねる店員に向けおじさまが発した温かい言葉。

〈「私が欲しくなったのです とても可愛くて 可愛くて」〉

 ふくまるを迎えたおじさまは、愛情のこもった名前を贈る。

〈「ふくまる お前の名前はふくまるだ お前に出会えたことが幸福だから ふくまるだよ」〉

 これまで猫と暮らしたことがなかったおじさまは、ふくまるの一挙一動を愛おしく思い、大の猫好きに。ふくまるも自分に対して惜しみない愛情を注いてくれるおじさまのことを“パパさん”だと思うようになり、2人はなにげない日常を通して、絆を育んでいく。ショーケース越しで、ずっと捕まえられないと思っていた「人間の指」にやっと触れられ、その温かさを知ることができたふくまるは、どれほど嬉しかっただろうか。

 人間に助けられた、1匹の猫の物語――。初めは、そんな印象を受けるかもしれないが、実は心を救われたのはおじさまのほうなのかもしれない。おじさまはかつて天才ピアニストとして活躍していたが、コンサート中に最愛の妻を亡くしてから表舞台に立てなくなり、温厚な笑顔の下で、ずっと泣き続けてきた。

 そんな日々を変えてくれたのが、ふくまる。人間相手に本音や弱音をさらけ出せなかったおじさまは動物という小さな家族との交流によって、人に頼ることの大切さを学び、傷を打ち明ける勇気も得ていく。

 迷い、悩みながらも前に進もうとするおじさまの姿。そこに自分を重ね合わせる人もきっと多いはず。似たような孤独を抱えてきた2人が共に「今日」という日を楽しみ、「明日」を待ちわびる様子に、読者の涙腺は崩壊してしまうのだ。

■「かわいい」に隠された動物の現状がここに

 本作はハートフルなストーリー展開だからこそ、時折描かれる動物を取り巻く悲しい現状が胸に響く。例えば、生後間もなく母猫であるママさんやきょうだい猫たちと引き離されたふくまるの涙を見ると、動物の心よりも利益を優先する今のペット業界の在り方に疑問を抱く。また、ペット禁止のマンションに引っ越すから愛猫がいらなくなったと簡単に命を破棄しようとする人間の冷たさには強い憤りを感じる。

 これは決してフィクションではなく、日本のどこかで今この瞬間にも起こっていること。本作はただ感動を与えるだけでなく、動物の命を守ることや最期まで共に生きることの大切さも訴えかけているからこそ、これほどまでに熱い支持を得る作品となっているのだ。

 なお、最新刊ではふくまるが外へ出てしまい、迷子に……!家に帰る道を探すふくまると、必死に愛猫を探すおじさまの姿に感動すると共に、室内飼いの猫が外で生き抜くことの難しさを痛感させられ、自分にできる命の守り方を改めて考えたくなる。

 綺麗ごとだけでは語れない「動物を取り巻く世界」を丁寧に描きつつ、人間と動物は言葉がなくても繋がり合えることができると教えてくれる本作。これは、猫好きの桜井氏だからこそ描けた“心の処方箋本”でもある。

(文=古川諭香)

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cat_oa-rp92670_issue_f86b1de47626 oa-rp92670_0_a29d8bb0d801_上白石萌音、『未満警察』でハードボイルド演技を披露 『恋つづ』”勇者ちゃん”から大人の階段登る a29d8bb0d801 a29d8bb0d801 上白石萌音、『未満警察』でハードボイルド演技を披露 『恋つづ』”勇者ちゃん”から大人の階段登る oa-rp92670

上白石萌音、『未満警察』でハードボイルド演技を披露 『恋つづ』”勇者ちゃん”から大人の階段登る

2020年7月11日 08:00 Real Sound

 Sexy Zoneの中島健人とKing&Princeの平野紫耀がW主演を務める連続ドラマ『未満警察 ミッドナイトランナー』(日本テレビ系)の第2話にゲスト出演した上白石萌音。「恐らく私史上最もハードな内容のストーリー」と言うように、誘拐される家出少女役で、れまでの清純派イメージから一変。その変貌したクールなキャラとハードな体当たり演技に、驚きの声が上がっている。

参考:中島&平野登場の場面写真はこちらから

 ドラマや映画だけでなく、ミュージカルや声優、そして歌手として、様々なシーンで活躍する上白石。初主演映画『舞妓はレディ』では、京都の花街で舞妓を目指す地方出身の少女役や、広瀬すず主演の映画『ちはやふる』シリーズでは、古典に造詣が深く、かるたをこよなく愛する呉服屋の娘・大江奏役など、素朴で清楚な役が似合う印象だ。今年の1月期に放送されたドラマ『恋はつづくよどこまでも』(TBS系)では、少しドジだけど、恋に一途で仕事に一生懸命な新米看護師・佐倉七瀬役を熱演。佐藤健演じるドS医師の天堂浬との恋の行方を多くの視聴者が応援した、あの天真爛漫でピュアな“勇者ちゃん”のイメージを持っている人も多いかと思われる。

 上白石の演技が愛される理由は、頑張る演技にもどこか余韻を残し、ふとした表情に儚さや、役の背景を感じさせるからこそだろう。そして共演者の魅力を引き出す巧みさにも注目だ。例えばインタビューでは、『恋つづ』での演技について、「健さんからのキュンが私をはさんで視聴者の方に届くわけなので。とにかく私は、その邪魔になりたくないと思って取り組みました」(参照:上白石萌音、『恋つづ』で佐藤健と大切にした感覚 「表現者である前に、人として豊かでありたい」)と語るように、しっかりと相手が引き立つ演技プランを考えて役に挑んでいる。相手が光るからこそ、上白石の役がよりピュアで健気に見えてくるのである。

 上白石が出演する『未満警察』第2話と第3話は、原作となる韓国映画『ミッドナイトランナー』のストーリーが描かれるだけに、ハードボイルドかつ重要な回でもある。本間(中島健人)と一ノ瀬(平野紫耀)が、街中で偶然すれ違った亜未(上白石萌音)が車に拉致される様子を目撃したことから始まる第2話で、亜未が耳かき屋で働き、金髪の男が管理する家出少女たちが集まって暮らすアパートに住んでいることが判明。亜未は少女たちと一緒に家を出ようと計画していたが、その計画がバレてしまったことで拉致されていたのだ。本間と一ノ瀬は亜未を奪還しに2人で乗り込む。

 亜未役での上白石は、これまでの素朴なイメージからは想像できない、大人の色気漂う、クールな雰囲気を見せる。男に殴られては殴り返す気の強さと鋭い眼光を披露し、犯人グループの監禁シーンでは、殴られて口から血を流し、おそらく薬を打たれたのであろう、グッタリした様子が伺えるなど、あの“勇者ちゃん”とは思えない、これまでにないダーティーな役どころとなっている。上白石がこれだけの役を演じたことは、大人の女優へのステップアップとして本作が重要なターニングポイントになることを意味している。

 『未満警察』では、第1話の真木よう子も、洗脳した人間を操る狂気の殺人者の演技を見せており、ゲスト俳優にこれまでのイメージにないキャラクターを演じさせる方向性を感じさせる。第3話では、亜未の奪還に失敗した本間と一ノ瀬は、警察学校で体を鍛え直すために特訓に励み、再び柴本(加藤雅也)が仕切る、人身売買組織へ戦いを挑む。そして仲間を守る上白石の反撃もあるようで、「どんな逆風にもめげない若さと熱意を、眩しく感じていただけるのではないかと思います」と本人が言うように(参照:『未満警察』第2・3話ゲスト、上白石萌音のコメント到着 「わたし史上最もハードな内容」)、希望のある後半戦になりそうだ。共演者を引き立てるのが上手い上白石だけに、主演の中島と平野をどう引き立てるのかにも期待される。第3話も目が離せない。 (文=本 手)

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cat_oa-rp92670_issue_f86b1de47626 oa-rp92670_0_282176b86949_あの”ガチンコ・ファイトクラブ”がYouTubeで復活!? 竹原慎二×一期生・網野の対談動画が公開 282176b86949 282176b86949 あの”ガチンコ・ファイトクラブ”がYouTubeで復活!? 竹原慎二×一期生・網野の対談動画が公開 oa-rp92670

あの”ガチンコ・ファイトクラブ”がYouTubeで復活!? 竹原慎二×一期生・網野の対談動画が公開

2020年7月11日 07:00 Real Sound

 プロボクシング元世界チャンピオンでタレントの竹原慎二が7月8日、自身の公式YouTubeチャンネル「竹原テレビ」で、バラエティ番組『ガチンコ!』(TBS系)の名物企画「ガチンコ・ファイトクラブ」で共演した網野泰寛氏と対談する「竹原ガチンコ対談」と題した動画を公開した。

(参考:格闘家YouTuber朝倉未来、あおり運転で怒鳴り込んできた男を撃退「めちゃめちゃダサい」

 網野氏は、不良少年をプロボクサーに育成する企画「ガチンコ・ファイトクラブ」の一期生で中心的存在。同企画でスパルタ指導を繰り広げたコーチの竹原とは“犬猿の仲”として知られ、ことあるごとに反抗的な態度を取っていた。

 当時を振り返って、竹原は「網野には1回ぶん殴って“訴えてやるぞ問題”があって。それからこいつは腐ったやつだと思いました」とコメント。一方の網野氏は「組んだ瞬間に全然ビクともしないんで、動物的に怖がっちゃって、『これはダメだ、勝てない』と思って、口とか法的に対抗しようと思った」と、竹原の膂力に恐れを抱いていたことを明かした。

 網野氏は「プロボクサーを全然目指していなかった」と言い、「僕、視力が0.02しかないんです。プロになるには0.7必要じゃないですか。どだい無理なので、3回くらいで『やってらんねえよ!』って辞めるはずの役だったんですよ。そしたら、(スタッフから)『1番人気があるから、お願い辞めないで』って言われて」と裏側を赤裸々に告白した。

 網野氏は現在、母親が日本におけるプリザーブドフラワーの第一人者である関係から華道家として活躍。さらに竹原から「すごいのが、立教(大学)行ってるんですよ。東大落ちて立教。それでおかしくなったらしい」と知られざる経歴を暴露されると、当の本人は「言わないでくださいよ(笑)」と苦笑いした。

 かつては、カメラが回っていない時でもいがみ合っていたという竹原と網野氏だが、今はお互い40代。すっかり角が取れたのか、竹原が「網野がいたから僕もここまで有名になれたんですよね」と感謝の気持ちを示すと、網野氏も「うれしいな~ありがとうございます」と喜び、「(竹原と)仲良くしたくてうずうずしています」と笑みを浮かべた。

 動画はわずか2日間で200万再生を記録(7月10日現在)。「ガチンコ・ファイトクラブ」はその刺激的な内容から、放送当時の映像を編集した違法アップロード動画が多くの再生数を獲得してしまうことあるYouTube内の人気コンテンツ。その秘話が当時の中心人物同士の対話によって聞けるとあれば、視聴者が殺到するのも無理はないというものだ。コメント欄には、「この企画はズルいわwアラフォーアラサーみんな集うだろこれ」と、竹原と網野氏の邂逅を喜ぶ声が並ぶ。

 今回の「ガチンコ対談」には第1回とナンバリングされている。第2回、第3回と回を重ね、網野氏以外のファイトクラブメンバーが登場する可能性は高く、今後も目が離せない。

(こじへい)

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オークションで3800万円叩き出した“任天堂プレイステーション”、自作する男が現れる

2020年7月11日 07:00 Real Sound

 PlayStation5が2020年の年末発売に向けて注目を集めている一方、ソニーがPlayStationを開発する切っ掛けとなった幻のゲーム機が、別の方向から話題になっている。

(参考:PS5とXbox Series X、戦略の差は“独占タイトル”にあり? 勝負を決めるのは価格か

・スーパーファミコンとPS1のハイブリッド、大金を投じずに実現

 『スーパーファミコンCD-ROMシステム(Super NES CD-ROM)』は、スーパーファミコンの周辺機器として、1990年代に任天堂とソニーが共同で開発を進めていたもので、後に“任天堂プレイステーション”とも呼ばれるようになった。実際にリリースされることはなかったが、モックアップ画像は90年代のゲーム雑誌にも登場している。

 この超レアもののゲーム機を欲しくて仕方がなくなったあるゲーマーが、大金を投じることなく、なんと自分で作ってしまったと『Nintendo Life』が報じている(参考:https://www.nintendolife.com/news/2020/07/random_rather_than_pay_a_fortune_for_the_legendary_snes_playstation_one_man_built_his_own)。

 “任天堂プレイステーション”を自ら作ってしまったのは、LASTFANTASYという名のゲーマーだ。

 一体どのようにして、まとまった開発費用もかけずに作ったのだろうか。彼によると、任天堂がリリースしたスーパーファミコン専用周辺機器でデータ放送を受信する端末Satellaviewを、PlayStation 1で動作するCD-ROMドライブに変換したのだという。

 これはオールインワンのSNES PlayStationのオリジナルプロトタイプと全く同じではないが、よく似ている。いわば、スーパーファミコンとPS1のハイブリッドを構築したもので、仕組みは、至って簡単だそう(参考:https://kotaku.com/fan-builds-his-own-snes-x-ps1-hybrid-1844299831)。

 LASTFANTASYは、その制作過程を動画にて公開している。

・90年代の夢が、ついに現実に!

 “任天堂プレイステーション”は、Mega CDやTurboDuo等のCDベースのシステムへの対抗策としてソニーと任天堂がコラボしたものだが、結実はしなかった。その代わりに、任天堂はフィリップスと組んだが、Philips CD-iでいくつかのゲームをリリースしただけだった。

 そして2015年に当時の試作機が発見され、2020年にオークションが行われ、Nintendo PlayStationは36万ドル(約3800万円)で落札された(参考:https://www.theverge.com/2020/3/8/21170206/rare-nintendo-play-station-console-auction-sony)。

 ちなみに落札したのは、Pets.comとToys.comの創設者Greg McLemore氏。200台あったプロトタイプのうち199台は、このプロジェクトが頓挫したことで破壊されたとされている。

(Nagata Tombo)

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