cat_oa-flash_issue_4dfb6738432f oa-flash_0_4dfb6738432f_237社で働いたスーパー派遣女性「大企業は人材崩壊してる」 4dfb6738432f

237社で働いたスーパー派遣女性「大企業は人材崩壊してる」

 

「私、日雇い含めて237社で働いてきたんですよ」
 目の前に座ったゆかりさん(仮名・39歳)は、驚くべき数字をさらりと口にした。

 

「リーマンショックの後、本当に仕事がなくて、求人誌だってペラッペラだったじゃないですか。日雇いの仕事はなんとかあるので本当にいろいろ行きました。やってきたのは物流63社、オフィス39社、食品製造28社、サービス60社、製本25社、その他、自動車とか……」

 

 目の前に座るキャリア女性然とした空気をまとう彼女と、「日雇い」という言葉がどうしてもつながらなくて混乱した。

 

 現在はIT関係で派遣で働き、時給は2500円だという。彼女は持参した資料を私に見せながら、これまでやった日雇いの過酷な実態を説明してくれる。

 

 離婚して、2007年頃、当時3歳だった娘を連れて実家に戻ったゆかりさんを襲ったのが、2008年のリーマンショック。

 

「とにかく仕事がなくて、私自身もスキルがない。日雇いの仕事しかないので、底辺みたいなすごい工場に行くんですよ。そうすると、地元は本当にヤンキーが多いので、『てめえ、何やってるんだ殺すぞ』とか、すごいんですよ。

 

 結構な規模の会社でも、日雇いの人が持ち込んだ携帯を『何持ち込んでるんだ』ってその場でバキッと割るとかね、すごかったです……」

 

 そう言うと、ゆかりさんは自作の資料を見せてくれた。そこには誰もが知っているコンビニや運送業などの名前がずらりと並んでいる。

 

「例えばあるコンビニのデザート工場では、ラインに入ったらトイレに行っちゃいけないってルールがあって、お漏らしをしながらデザートを作らされる。

 

 6時間の契約なんですけど、トイレ休憩が認められていない。私なんかは抜け出て行っちゃうんですけど、それができない人は本当にお漏らししながらやってました。そういうところは2ヶ所くらいありましたね」

 

 食品工場で、お漏らし。あまりにもハードすぎる話である。

 

 日雇いの現場ではタダ働きという問題もあった。例えば4時までの契約なのに「5時まで」とお願いされ、承諾するものの、5時になっても社員が一向に現れないので作業を続けるしかないなど。その間はタダ働きとなってしまう。そんなことを、派遣社員20人に対して毎日続ける現場もあった。

 

 しかも困るのは、そのせいで送迎バスに乗り遅れてしまうことだ。工場は駅から遠く離れた不便な場所にあることが多いのでバスに乗り遅れると大変だ。

 

「帰りは徒歩で、最寄りの駅まで徒歩85分ってこともありました」

 

 そうして彼女は次々とスキルを手に入れていく。
 最初はテレフォンオペレーター。電話は苦手だったものの、テレフォンオペレーターができると時給は1200円ほどになるという。今では「かなりベテラン」で、なんと「1日で1ヶ月分のノルマを達成することもある」というから驚きだ。

 

 その他にも様々なスキルを手に入れた。

 

 もともと簿記2級は持っていたものの、英文経理も勉強。また、IT・エンジニア関連のスキルも続々と手に入れていく。CAD利用技術者の2級を取り、JAVAという言語プログラミングの資格も取得。が、「国内の、それくらいの資格じゃ通用しないので」、昨年、世界基準の資格を取ったという。

 

「LPIC(エルピック)っていう、世界基準のネットワークエンジニアの資格を取りました。そうしたら、世界が変わってくる。時給も2000円以上だし、派遣会社の対応が違います。2000円以上になると楽なんですね。わがままを言える。今、エンジニアは、かなり不足してるので」

 

 どの資格も、ほぼ独学で取ったというから驚きだ。ゆかりさんは、すべてを「努力」と言った。

 

「とにかく劣等感の塊だったので。いじめに遭ってきたし、本当に『バカ』『殺す』とか言われてきて、それが最近ここまで上り詰めて。スーパー派遣って言われたり、最近は社員の人に『先生』って言われて。

 

 スキル、芸は身を助けるってことですよね。今まで大企業って安定してるって思われてたと思うんですけど、大企業なんてもう勤めない方がいいんじゃないかって思います」

 

 そう思う背景には、派遣で見ている日本企業の杜撰さもあるようだ。

 

「もう人材崩壊ですね。派遣で経費削減だけ考えていたがために、会社の根幹部分が崩壊してる。最近、私は基幹システムばかりやってるのですが、会社の核となる大事な情報が詰まっているメインフレームやサーバーのデータの内容や構造を知ってる人は社員で誰もいないってこともある。

 

 だから派遣をぞんざいに扱ってると、ろくなことはないって話です。一番いいのは正社員が増えて責任を持って会社の発展のために尽くすことですけど。

 

 私はずっと派遣をやっていて、でもその会社に興味ないから(正社員になるのを)断ってきたっていうのもあるんですね。全面的に責任を引き受ける気持ちも、忠誠心も、社員の方と比べればありませんから」

 

 彼女のスタンスは、これからの日本社会においてメインストリームになっていくものではないだろうか。下手に会社に忠誠心なんて持ってしまうと過労死しかねない社会である。

 

 自分のスキルを生かし、自由な働き方をする。しかし、そのためにはスキルを常に磨かなければならない。237社で働き、努力に努力を重ねて「スーパー派遣」となったゆかりさん。彼女がこれからどんな新しい働き方・生き方をしていくのか、そこに大きなヒントが詰まっている気がしたのだった。

 



 

 以上、雨宮処凛氏の新刊『非正規・単身・アラフォー女性 「失われた世代」の絶望と希望』(光文社新書)を元に構成しました。現在のアラフォーは、多くがフリーターや派遣になった「受難の世代」。数多くの不安を抱えて生きる現代アラフォー女性たちの「証言」から見えてくるものとは?

 

●『非正規・単身・アラフォー女性』詳細はこちら
https://honsuki.jp/stand/3393.html

外部リンク

cat_oa-flash_issue_4dfb6738432f oa-flash_0_146c7807f5a7_米倉涼子、森光子の後押しで悪女役に挑戦「一生やりなさいよ」 146c7807f5a7

米倉涼子、森光子の後押しで悪女役に挑戦「一生やりなさいよ」


 

 女優の米倉涼子が、4月22日放送の『1番だけが知っている』(TBS系)に出演し、故・森光子との交流について語った。

 

 森と「亡くなる直前まで親しくさせていただいた」という米倉。初対面は、彼女が女優として駆け出しの23歳のときで、森の舞台を観に行った米倉が楽屋へ挨拶しに行ったのがきっかけだった。

 

 

 米倉はそのとき話した内容について「宇宙人の話とか」と説明。さらに「体調崩されたときとか、お家に遊びに行って肩もみすると、わたしには『痛い!』とか言う。イケメンな人がやると『ああ、いいわあ』って。ちょっとイケズで、すごく女っぽい」と、森の素顔について振り返る。

 

 米倉が舞台『CHICAGO』に挑戦する際は、「『こういうのは無謀な話ですかね?』と相談すると、『いいんじゃない』と言ってくださった」と後押ししてくれたという。

 

 加えて「私が『黒革の手帖』という悪女をやり始めた時期も、『悪女はあなたに似合っているから一生やりなさいよ』というけっこうな長文の手紙をくださった」と明かす。

 

 あるとき女優・杉村春子を演じることになった米倉。杉村と親交があったという森に話を聞きにいくが、その場でこんなやりとりがあったと振り返る。

 

「楽屋に伺って『こういう役、私にできるかな?』って言ったときに、(森が)『ちょっと目をつぶって』と背中に手を当てて、2人で瞑想した記憶があります。『私の知っている杉村春子はこんな感じです』と、以心伝心みたいなのをやってくれた」

 

 番組では、森とのやりとりを懐かしがり「好きな人でした」と、涙ながらに語っていた米倉。いまの活躍も、支えてくれた森の存在があったからこそなのだろう。

外部リンク

cat_oa-flash_issue_4dfb6738432f oa-flash_0_3b7ff1bb2e49_アンゴラ村長、相方・スーパー3助は「天才なんじゃないか」 3b7ff1bb2e49

アンゴラ村長、相方・スーパー3助は「天才なんじゃないか」


 

 にゃんこスターのアンゴラ村長が、4月22日放送の『おぎやはぎの「ブス」テレビ』(AbemaTV)で相方で恋人のスーパー3助について語った。

 

 おぎやはぎの矢作兼がアンゴラに「スーパー3助とけっこう続いているよね?」と話を振ると、アンゴラは「3助さんは、時折“天才感”をチラッと見せてくるんですよ」と自慢。

 

 

 最近のエピソードとして、3助が『ネタ書いてくる』と出掛けて、2時間後、アンゴラが彼に会いに行ったという。「2時間すごく悩んで、ノートに『へちま』とだけ書いてあったんです。『これは天才なんじゃないか』と思った」と話して、スタジオは爆笑に包まれた。

 

「お互い我が強くて」ネタはそれぞれで書いているが、「お互いを尊重してやるようにしてます」と仲睦まじさをアピール。

 

 1月14日放送の同番組では、アンゴラが3助への浮気防止策を告白。「3助さんが夜中飲みに出かけて帰ってこないとき、電話を30回以上かける」と言い出し、「申し訳ないなと思うんですけど、3助さんが誰かをお持ち帰りして話題になっても、面白くなる自信がない」と話した。

 

 その話に矢作は同意し、3助に対し「マジメにネタを書け!」と一喝していた。

 

 子供向けのなわとびイベントなどで人気を集めているにゃんこスター。2人の愛情のパワーでさらに活躍の場を広げそうだ。

外部リンク

cat_oa-flash_issue_4dfb6738432f oa-flash_0_ac6cfa9a2b41_さまぁ~ず・大竹、半年も足の親指が痛くて…まさかの理由 ac6cfa9a2b41

さまぁ~ず・大竹、半年も足の親指が痛くて…まさかの理由


 

 さまぁ~ずの大竹一樹が、4月22日放送の『さまぁ~ず×さまぁ~ず』(テレビ朝日系)で体の不調を明かした。

 

 大竹は半年もの間、足の親指が痛くて、一度外科に行き、魚の目のようなものの一部を削ってもらうが、まだ痛いという。

 

 

 次に皮膚科に行くと「刺さっているね」と言われ、「短い毛が刺さっていた」と予想外の診断を受けたという。医師は「けっこうある」と同様の痛みを抱える人がいるという。

 

 実際、その毛を抜いてもらうと、大竹は「それ以来、もうなんにも痛くない」と半年間の悩みが一気に解消されたことを明かしていた。

 

 過去にも同番組で大竹は体の不調を訴えていた。2016年12月1日の放送では、大竹が首に「巨大なおでき」ができて、三村マサカズから「ちっちゃなマカロン!」といじられたという。

 

 だが、あまりに大きくなり、ついに医者に行った。医者から「これは切らなきゃダメだな~」と診断されるが、この日の夜、大竹は海外に行かなければならず、逡巡する。

 

 結果、大竹は首に麻酔を打って切ったが、医者から「ぎゅーって(膿を)絞り出してもらって、後は自分でケアして」と、処置方を教えてもらった。

 

 リアルで痛々しい説明をする大竹に会場はドン引きし、三村から「なんていうトークをしてるだよ!」とツッコまれていた。

 

 また、2016年6月には筋膜炎になり激痛で歩けなくなり、一時、車いす生活だった大竹。妻・中村仁美は第3子妊娠中。それだけに体調には気をつけて欲しいものだ。

外部リンク

cat_oa-flash_issue_4dfb6738432f oa-flash_0_af03f3e3bf98_やんごとなき「皇室献上品」創業450年の老舗が誇るイカの塩辛 af03f3e3bf98

やんごとなき「皇室献上品」創業450年の老舗が誇るイカの塩辛


 

 平成の終わりに味わいたい選りすぐりの逸品が、「宮内庁御用達」と並び、栄誉ある「皇室献上品」。献上品は、皇室が使うために購入する御用達と違い、全国からお墨付きの自信作が集まる「名産品のセンバツ大会」なのだ。

 

 そのなかから、ネット通販で買える商品を探して、こんな一品をご紹介!

 

 

●「元祖糀入 いかの塩から」

小田原みのや吉兵衛【神奈川県小田原市】本桐箱入り300g×2 5800円(税込み)

https://www.minoya450.co.jp/

 

 創業450年の老舗かまぼこ店。同店からはほかにも、「かまぼこ美濃」「梅干」を献上している。塩辛は、北海道函館の新鮮な真イカの身と、伊豆大島産の塩「海の精」を使用。塩の辛さと糀の甘みが絶妙だ。


(週刊FLASH 2019年4月16日号)

外部リンク

cat_oa-flash_issue_4dfb6738432f oa-flash_0_43182d48221a_食品リサイクル最前線…廃棄された恵方巻きは豚が食べる 43182d48221a

食品リサイクル最前線…廃棄された恵方巻きは豚が食べる


 

 500リットルの赤い容器にぎっしり詰め込まれた「廃棄食品」が、工場には入りきらず、搬入口の外までいくつも並べられていた。細長く切られたキュウリ。きれいな長細い形の黄色い卵焼き。ソーセージのように見えた赤く長細いものは、マグロのたたきだった。ご飯とのりが混ざり合い、崩れた恵方巻きと思われるものもある。

 

 もったいない。頭に浮かんだのはそのシンプルなフレーズだった。

 

 2018年2月3日、節分の日。私は、神奈川県相模原市にある日本フードエコロジーセンターの工場を訪れた。首都圏の消費者向けの食品工場が立ち並ぶ一角にある工場までは、都心からは電車を乗り継いで1時間半ほど。

 

 

 2005年に立ち上げた会社が母体で、獣医師でもある高橋巧一社長が「食品ロスを減らしたい」という熱い思いで、食品リサイクルの環を広げてきた。

 

 この工場には、食品工場やスーパーなどから、売り物にはならなくなった食材が運び込まれる。午後3時を過ぎ、コンビニやスーパーではまだ、熱い「恵方巻き」商戦が続いていたが、すでに廃棄する品が持ち込まれ始めている、と聞いていた。

 

 現場に着くまでは、半信半疑だった。恵方巻きについてはすでに数年前から、コンビニのアルバイト店員たちが「ノルマが大変」と訴えたり、スーパーで大量に廃棄されている様子を写真で投稿したりして、注目を集めていた。

 

 当然、消費者の批判の矛先は運営側へと向かう。その声が届いていないはずはないし、多少なりとも気にするだろうから、同じような事態が起こらないように気をつけるのではないか、と思ったからだ。

 

 実際、前の年と比べると、「ノルマ」についての投稿は減っているように見えた。廃棄が出るのを望んでいるわけでは決してないのだが、無駄足になる可能性もあるのでは、と思っていた。

 

 だが、その「期待」は裏切られる。節分当日の夕方にもかかわらず、すでに恵方巻きの残骸や、その食材でいっぱいになった容器が並べられていたからだ。

 

 この日、高橋社長はあいにく出張中で、案内をしてくれたのは総務部課長の高原淳さんだ。「普段のご飯ものと比べると、2倍くらいの量ですね。毎年、この時期になると、恵方巻き関連の食材が増えます」という。

 

 捨てられた食べ物が集まる場所ということで、ある程度においがするのだろうと覚悟していた。だが、予想に反し、ひんやりとした工場の中は酢のようなにおいがほんのりと漂う程度で、腐臭は全くしない。

 

 それもそのはず、考えてみると、ここに持ち込まれるのは、腐った食べ物ではない。まだ食べられるのに、工場や店の側の事情で商品としては売れなくなった品だ。家庭で出る生ごみとは全く違い、新鮮さを保っているのだ。廃棄物といえば廃棄物だが、中には食材と呼んでいい品もたくさん交じっている。

 

 巨大な容器に入った恵方巻きの残骸は、フォークリフトで持ち上げられ、どどどど、と裁断機に流れ込む。容器に残った食材に水をかけ、全てを落とす。

 

 私は2階部分から見下ろす形でその様子を見ていたのだが、水圧は強く、かなりの重労働であることがうかがえる。裁断機のカッターに飲み込まれ、食材はあっという間に原型をとどめない状態になった。

 

 さらに、その「食材」──と呼んでいいかもはやわからなくなった物体が、ベルトコンベアで流れていく。プラスチックや割り箸、タバコなどの異物が混入していないかの選別は人力だ。

 

 この工場は365日稼働しており、こうして集められた食品廃棄物を、独自の技術で殺菌・発酵させ、「エコフィード」と呼ばれる豚の液体飼料として生まれ変わらせる。

 

 夏場でも10日から2週間は腐敗せず、乾燥させて固形飼料にするよりエネルギーと二酸化炭素排出量を大きく削減できるという。取引先は、食品メーカーやスーパーなどの180カ所以上。1日35トンが持ち込まれ、これが約42トンの飼料になる。廃棄物処理費用と、飼料の販売代金が、事業収入になっている。

 

 できあがった飼料を見せてもらった。茶色いどろどろの物体で、発酵しているため、ヨーグルトのような酸っぱいにおいが漂う。

 

 この飼料を食べた豚がブランド豚として、スーパーやデパートなどで売られているのだ。

 



 

 以上、仲村和代/藤田さつき著『大量廃棄社会 アパレルとコンビニの不都合な真実』(光文社新書)をもとに再構成しました。朝日新聞の人気企画「2030 SDGsで変える」企画からの書籍化です。

 

●『大量廃棄社会』詳細はこちら

外部リンク

cat_oa-flash_issue_4dfb6738432f oa-flash_0_ab920ae83b75_新潟から世界へ「焼きあごだし」ラーメンでブームを作る ab920ae83b75

新潟から世界へ「焼きあごだし」ラーメンでブームを作る


 

 東京のラーメン界に、珍しかった「焼きあごだし」のラーメンで参入してブームを作った。「あご」とはトビウオのこと。焼いたあごで取るだしは、コクと上品な旨味があることで知られる。

 

 高橋夕佳さん(36)は、教員を多数輩出する、新潟大学の教育人間科学部(現・教育学部)出身。ラーメン好きが高じて、7年前に東京・茗荷谷に店を構えた。

 

 

「出身地の新潟では、焼きあごをラーメンに使う文化があります。学生時代に遊びで東京に来たとき、焼きあごだしのラーメン屋さんが一軒もない。これをやったら必ず喜んでもらえるだろうと確信しました。今から15年以上前のことです。

 

 当時から、テレビで東京のラーメン屋さんがよく紹介されていました。大成功しているラーメン屋さんには、スター経営者がいて華やかで夢があって……。それに刺激されて、ラーメン屋を目指す人も多いそうです。私もそのなかの1人でした」

 

 だが、すぐにラーメン屋を始めるつもりはなかった。大学卒業後、スケールの大きな仕事に憧れて、東証一部上場のデベロッパーに就職した。

 

 しかし結婚、出産を機に退職する。19歳のころからつき合っていた彼氏と、想定外の早い結婚だった。そこで人生設計を改めた。

 

「子育ての時期が早まっただけ。20代で仕事に復帰できなくはないし、そのときが来たら、今度こそ社会的、経済的に自立しよう」

 

 その設計どおりに、27歳までに二男一女をもうけた。

 

「復帰後は、仕事に全力で生きると決めていました。きょうだいが3人だったら、子供たちも寂しくないかなと思って。さらにペットも増えましたが……」

 

 2011年、28歳のときに夫と2人で、高樹食研(現・ヒカリッチアソシエイツ)を設立。2012年、茗荷谷で「らー麺とご飯のたかぎ」を始めた。

 

「焼きあごを使ったラーメンを作ることは決めていましたが、実際には営業しながら、2年以上かけて味を調整しました。

 

 いまでこそ、焼きあごは全国的に市場が拡大していますが、開店当時は関東では馴染みのない食材でした。焼きあごの説明をしながら、お客様に食べていただいて、魅力を知ってもらう。それを繰り返しました。

 

 そのうちお客様の反応から、徐々に自分の仕事に大きな可能性を感じるようになりました。世界進出を目標にするようになったのもこのころからです」

 

 2015年2月に茗荷谷の本店を閉め、本店を「焼きあご塩らー麺たかはし」に改名して、新宿・歌舞伎町に移転した。

 

「当時の歌舞伎町は、治安の悪い街という印象がありました。飲食店は大手チェーンばかり。オーナーみずから厨房に立つラーメン専門店は見当たらず、出店には資金と覚悟が必要な街でした。

 

 でも 新宿という巨大な商圏は、やはり魅力的。『そこに、おなかを満たすだけでなく、心も満たす店を作れば、価格や利便性を売りにする大手と差別化ができるし、チャンスがある』と思った」

 

 13席、カウンターだけの小さな店。だが大きな転機となった。高橋さんの思惑どおり、店が大化けしたのだ。2016年からは多店舗展開が始まる。

 

 2018年には、行列が絶えない新宿本店の目と鼻の先に、グループ客が利用しやすいように、広くてテーブル席がメインの歌舞伎町店を作った。これがグループ内でいちばんの売り上げを誇る人気店となった。

 

「うちの第一の特長は、焼きあごに対する専門性。年間の使用量が増え、最近では、焼きあごを素材から開発していて、購買競争力もついてきました。

 

 うちは、水や釜にもこだわって炊いたご飯を、焼きあごだしのスープでお茶漬けにして、おいしく食べてもらうように提案しています。

 

 そこで第二の特長が、地元の新潟の契約農家からコシヒカリを買って、毎日精米していること。最後に、人の成長に時間とお金を使う会社であること。これは相当力を入れていると、自信を持っています」

 

 現在都内に5店舗、中国に1店舗を展開する。5月には大阪に出店予定で、2023年までに国内外で45店舗に増やす計画だ。

 

 高橋さんが現場を離れて3年。経営者として、「たかはし」のいちばんの財産は「人」という考えをベースにして、今日も世界進出の青写真を描いている。

(週刊FLASH 2019年4月16日号)

外部リンク

cat_oa-flash_issue_4dfb6738432f oa-flash_0_4a74f4b05819_メイウェザー、250億円で「年末にパッキャオとやる!」 4a74f4b05819

メイウェザー、250億円で「年末にパッキャオとやる!」


 

「今年の年末、総額250億円のファイトマネーで、すでに両者合意という段階まで話が進んでいます」

 

 と格闘技関係者が語るのは、フロイド・メイウェザー・ジュニア(42)とマニー・パッキャオ(40)の試合のことだ。

 

 

 メイウェザーといえば、2018年大晦日の那須川天心(20)との一戦が記憶に新しいが、4月9日にも来日し、自身も出場する格闘技イベント「TMT」の日本での開催を発表。

 

 メイウェザーが、対戦相手として元WBA世界ミドル級王者・村田諒太(33)に興味を示している、という話も浮上した。だが、実際にメインカードとしておこなわれるのは、冒頭のパッキャオ戦だという。

 

 しかし、2015年にラスベガスでおこなわれた両者の試合のファイトマネーは、メイウェザーが270億円を得る、総額450億円に。それよりも少ない金額で、さらには、なぜ日本で試合をするのだろうか。

 

「メイウェザーは、昨年の天心戦で味をしめているんです。アメリカで試合をするとなれば、エキシビションやショーでは許されない。

 

 でも日本なら、銀座で買い物をして、叙々苑の焼き肉を食べて、アップもせずにリングに上がるだけで10億円です。日本でエキシビションをすれば、楽にお金になると気がついたのでしょう。

 

 さらに、2人の試合の交渉役として、元山口組系組長の作家・菅原潮氏が噛んでいるそうですよ」(メイウェザー陣営関係者)

 

 菅原氏は「猫組長」の名でメディアにも出演し、「元経済ヤクザ」の経歴を生かした著書を多数持つ人物。そういった知識や経験を買われ、メイウェザー側から菅原氏に接触を求めたそうだ。

 

 菅原氏は4月9日深夜、日本での会見後のメイウェザーを、六本木のキャバクラで歓待。冒頭の写真は、関係者が撮影した六本木での歓待後のメイウェザーと菅原氏だ。キャバクラは、セット料金だけで2万円も取られる高級店だったという。

 

 菅原氏と面識のある別の関係者がこう話す。

 

「格闘技イベント『TMT』のスポンサーに名乗りを上げている会社はいくつかあるが、利権争いで揉め事を起こさないためにも、最終的には数を絞る予定です。

 

 大口の一社がすでにあって、それだけで200億円近くのスポンサー料の目途は立つ。エキシビションということもあり、ファイトマネーの分配は両者できっちり半分ずつ。会場は横浜アリーナか、さいたまスーパーアリーナを狙っている」

 

 2015年の対戦より減ったとはいえ、メイウェザーが得るのは125億円。しかも自身主催の格闘技イベントというのだから、まさにメイウェザーの意のままに……といった印象だ。

 

 都内某所で、本誌は交渉役とされる菅原氏を直撃した。

 

−−日本でのメイウェザー対パッキャオ戦の交渉を、菅原さんがしているというが?

 

「たしかに2人とは会いましたよ。でも、いまは忙しいからちょっとノーコメントで」

 

 ひと言だけ答えた菅原氏は、大きな猫の絵が目立つグッチのリュックを手にし、思わせぶりな表情で足早にタクシーに乗り込み、去っていった。

 

 両者の一戦が実現すれば、再び日本に「メイウェザー狂騒曲」が巻き起こることは間違いない。

 

(週刊FLASH 2019年5月7・14・21日合併号)

外部リンク

cat_oa-flash_issue_4dfb6738432f oa-flash_0_bf3e3d2f844d_次回W杯「カタール」建設ラッシュでも、人が全然いない! bf3e3d2f844d

次回W杯「カタール」建設ラッシュでも、人が全然いない!

ショッピングモール内の川

 

 2022年サッカーワールドカップ(W杯)の開催地に決定しているカタール。首都・ドーハは建設ラッシュの真っ只中だ。

 

 この国の人口は約215万人。7世帯に1世帯が1億円以上の金融資産を有しているという。そんなカタールで開催される2022年W杯は国内の7都市12会場で実施される予定だが、そのうちドーハに6会場が集まっている。いま4つのスタジアムが新規建設される計画だ。

 

 

 ドーハの会場のうちのひとつ、「ハリーファ国際スタジアム」は、2006年アジア競技大会のメインスタジアムにも使用された巨大スタジアムだ。いま、そこから1キロほど歩いたところに、地下鉄の「スポーツシティ駅」が建設されている。この駅に通る路線は今年10月に開通予定のため、急ピッチで工事が進んでいる。

 

 現在、カタールの公共交通機関は国営バスのみ。そんな国に世界的イベントで数百万の観光客が訪れるため、地下鉄の整備は急務だ。

 

 だが、首都ドーハは巨大道路がいくつも伸びる「自動車都市」。いたるところに巨大な駐車場もあるし、なにより春で最高気温35度超、夏には50度に届かんとする気候のため、日中に外を歩いている人は観光客以外いない。

 

 スポーツシティ駅に地下鉄が通ったとしても、スタジアムまでは周辺にある運動公園を突っ切って15分ほど歩かなければならない。おそらく駅が開業しても、ワールドカップ以外に役に立つことはないだろう……。

 

 4路線85駅の開業を目指しているドーハメトロだが、全体で今後どれほど需要があるのかは疑問だ。

 

 スタジアム周辺にある「アスパイア・パーク」と名付けられた運動公園は、88ヘクタール(東京ドーム約19個分)の敷地に、前述のスタジアムや競泳場、体育館、ホテルにフットサルコートなどがある充実した公園だ。

 

 だが、日曜日に訪れても、作業員やスタッフ、開催されている「アジア陸上競技選手権」の関係者以外、ほとんど公園には誰もいない。

 

 公園内にはさまざまな健康器具が設置してあるのだが、もちろん誰も使っていない。記者が日中、試しに使ってみようと思ったが、その日も気温は35度近く、鉄で出来た器具は触るだけで熱くて、じんわりと手汗をかいてきた……。

 

 そんなスタジアム周辺で、唯一、人だかりがあるのは近くに併設されている巨大ショッピングモールだ。涼しいし、なかにはレストランやショップ、遊園地、スケートリンク、なんなら川だって流れている。だが、どう見ても人が少なすぎるのが、最大の問題のようだ。

外部リンク

cat_oa-flash_issue_4dfb6738432f oa-flash_0_d176fc0bf94c_森高千里、『私がオバさんになっても』歌うとテンション上がる d176fc0bf94c

森高千里、『私がオバさんになっても』歌うとテンション上がる


 

 歌手の森高千里が、4月21日放送の『Love music』(フジテレビ系)に出演した。

 

 番組では21年ぶりとなる全国ツアーに密着。番組冒頭で森高は、「まずそんなに空いてたんだなと。最近は東京だけだったので、(全国で)待ってくれている人がいるのは幸せなこと」と、感謝の言葉を口にする。内容については「ほとんどシングル曲メインに考えた。ベスト盤のコンサートみたい」と明かす。

 

 

 続いて、お馴染みのミニスカートに関し「ステージに立つ以上は派手にキラキラした感じでやりたい。いちばん後ろのお客さんまでわかる、存在感がある衣装でありたいなと。出てきたのに地味だったら、ちょっとガッガリみたいな感じになると思うので」とその理由を語った。

 

 続いてスタジオでは、森高が作詞した代表曲『私がオバさんになっても』の話題に。1992年に発表されたこの曲も今回のコンサートのリストに入っている。

 

 共演者のアンジャッシュ・渡部建から「この曲はいまどういう存在ですか?」と聞かれると、「もちろん(いま)この年齢のときまで歌っているとは思って作ってないです」と発言。「20歳過ぎたときに『女盛りは19までだよな?』って言われて、『え? そんなことないでしょ』と思った」と、名曲が誕生したきっかけを語る。

 

 歌の世界観からすると、若い女性が歌うことを前提としている。渡部に「心境の変化はないのか?」と問われ、森高はこう続ける。

 

「コンサートをまたやり始めて、曲をセレクトしていくときに『聞きたい』っていうファンの人たち(がいる)。それをあえて外すことはできないかなと。私も歌っていて楽しいし、テンションが上がる。もう自然に歌っています。(年齢のことで)突っ込まれても、歌ってやろうかなって(笑)」

 

 ライブでは、50歳という年齢が信じられない抜群のスタイルと明るさでステージに現れた森高。こんな彼女だからこそ、周囲に違和感を与えることなく名曲を歌い続けることができるのだろう。 

外部リンク