cat_oa-dnews_issue_dcf58a4a3559 oa-dnews_0_dcf58a4a3559_チューバの演奏でワニが発情する? dcf58a4a3559

チューバの演奏でワニが発情する?

2019年1月10日 20:00 Discovery編集部


チューバの音を聞くとワニが発情する…。突拍子もないことだが、実はこの話、50年以上に渡って伝わるものだ。その発端はニューヨークの交響チューバの音を聞くとワニが発情する…。突拍子もないことだが、実はこの話、50年以上に渡って伝わるものだ。その発端はニューヨークの交響楽団が博物館で行ったコンサート。そ。その公演

中にチューバの演奏を聴いたワニが反応、発情したのだという。

信じがたい話だが、さっそく検証に移ろう。オーランド州最大のワニのテーマパークでその実験は行われた。オーケストラから3人のチューバ奏者がこのためだけにワニが佇む池のほとりで演奏を始めたのだ。

するとどうだろうか。池でのんびりと水面を漂っていたワニたちが突如興奮しだし、水面でバタバタと騒ぎ出したのだ。この原因ははっきりとはしていないが、チューバの音がオスのワニのうなり声に似ており、その声にメスが興奮するのだといわれている。

このような世の中にある不思議なことを紹介するのが「嘘のような本当の話」シリーズだ。ぜひ次回もご期待頂きたい。

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cat_oa-dnews_issue_dcf58a4a3559 oa-dnews_0_7b20497538c3_飛行機が欠航しても大丈夫…かも?プールやカジノ、大自然まである世界のスゴイ空港 7b20497538c3

飛行機が欠航しても大丈夫…かも?プールやカジノ、大自然まである世界のスゴイ空港

2019年1月10日 11:30 Makiko Sato

空港は、もはや飛行機の離発着だけの場所とは言えないのかもしれない。世界の空港には、驚くような施設が併設されていて、エンターテイメント性も高く、ファミリーやカップルが出かけるのに最適な場所もある。

今回は、充実した施設がある世界の空港を紹介しよう。これらの空港なら、乗り継ぎの時間や、予定の便が欠航・遅延したときでも、有意義に過ごすことができるかもしれない。

 

無料映画館がある!チャンギ国際空港(シンガポール)

さまざまな施設が充実している空港として必ず名前が挙がる、シンガポールのチャンギ国際空港。食事、買い物、セキュリティなどを総合評価する、スカイトラックス社の「世界ベスト空港」に6年連続で1位に選ばれている。その理由は、無料で視聴できる24時間営業の映画館があるほか、建物屋上にはプールやジャグジー、プールサイドバーが設けられるなど、とにかく魅力的な施設があることだ。


4階分の高さを滑り降りるスライダー(滑り台)など、大人から子どもまで楽しめる施設もいっぱい。このほか、グルメスポットやショッピング、植物園などもあり、ぜひフライト時刻より早めに行って空港で過ごす時間を確保しておきたいところだ。


 

ジム&スパも金の買い物も!ドーハ・ハマド国際空港(カタール)

カタールにあるドーハ・ハマド国際空港には、スポーツジムが併設されている。マシンで軽く汗を流したり、25Mの屋内プールでひと泳ぎしたり、ラグジュアリーなスポーツジムのような空間だ。


さらにフェイスや脚のマッサージ、マニキュアなどのメニューが用意されているスパや、ゆったりとした空間でくつろげる仮眠室もある。また、中東のリッチなお国柄、空港内には金製品を取り扱うブティックも多く、それらの店でショッピングを楽しむこともできる。


 

スロットマシンで一発勝負!マッカラン国際空港(アメリカ、ラスベガス)

エンターテイメントの街、アメリカ・ラスベガスにあるマッカラン国際空港では、旅行の最後までラスベガス気分に浸ることができる。なんと空港の中に、スロットマシンが設置されているのだ。21歳以上なら、ここで運試しをすることもできる。くれぐれも、スロットに夢中になって飛行機に乗り遅れた…なんてことにだけは気をつけておきたい。


 

大自然と一体化!ナルサルスアーク空港(グリーンランド)


一方、充実した施設がある空港とは真逆で、何の併設施設もない空港とえいば、グリーンランドのナルサルスアーク空港。

冬になるとあたりは一面の銀世界。その真っ白な中に、ぽつんと小さな建物が見えるのが、ナルサルスアーク空港だ。グリーンランドの自然に包まれた、一体感を味わえる。

 

それぞれの空港に、それぞれの土地のカルチャーが息づいている。世界を旅した際は、こんな空港での時間も楽しんでみてはどうだろう。

 


Makiko Sato*Discovery認定コントリビューター

雑誌編集者や広告のプランナー、コピーライターとして長年経験を積み、フリーランスのプランナー、エディターとして活動中。

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cat_oa-dnews_issue_dcf58a4a3559 oa-dnews_0_26a461f80ab7_月裏探査にサンプルリターン…中国の月面探査計画の思惑 26a461f80ab7

月裏探査にサンプルリターン…中国の月面探査計画の思惑

2019年1月9日 23:00 Naoki Tsukamoto

2019年1月3日、中国の月探査機「嫦娥(じょうが)4号」が、月の裏面に降り立った。

世界初となるこのミッションは、さらなる中国による宇宙開発の道標となるはずだ。

ここでは、中国による月の探査計画の最先端に迫ってみよう。

 

世界3番目の月探査に成功


冷戦時代に月面探査をリードしていたのは、アメリカと旧ソ連だ。まず旧ソ連が1966年に世界で初めて、探査機「ルナ9号」による月面軟着陸に成功。一方アメリカも、同年に「サーベイヤー1号」を月へと送り込んでいる。

そしてアメリカや旧ソ連から50年近く遅れたが、中国は2013年に着陸機「嫦娥3号」と探査車「玉兎号(ぎょくとごう)」を月面へと着陸させた。玉兎号は月面を走行し、画像撮影などさまざまな活動を実施した。

中国の月探査計画は、それぞれのミッションをまとめて「嫦娥計画」と名付けられている。これまでにも月を周回する探査機「嫦娥1号」「嫦娥2号」が2007年と2010年に打ち上げられ、探査ミッションを成功させている。

 

2段構えの探査ミッション


そして今回成功した嫦娥4号のミッションでは、まず先行して中継衛星「鵲橋(じゃっきょう)」が2018年に打ち上げられた。

そもそも月裏探査の難しさは、月が常に片方の面を地球へと向けていることにある。これは、潮汐力により月の自転と公転が同期していることに由来し、月裏の探査機と地球との通信を妨げることになる。

そこで鵲橋は、嫦娥4号や搭載されていた探査車「玉兔2号」により観測された写真やデータを、地球へと中継送信する役割を担当する。嫦娥4号や玉兔2号による観測データは、月裏面の地質学な性質を知る上で貴重なものとなるはずだ。

 

サンプルリターン目指す、中国の思惑


さらに、中国は月からサンプル(試料)を持ち帰るサンプルリターン計画として、「嫦娥5号」「嫦娥6号」を準備している。それにしても、なぜ中国ここまで宇宙開発に力を入れているのだろうか。

実は現在、月や小惑星からの資源採掘が、ビジネス的に大いに注目を集めている。また月や火星の氷は、飲料用だけでなく燃料として活用することも模索されているのだ。

かつてはアメリカとソ連により主導されてきた宇宙開発だが、今はアメリカと中国が技術を競っている。そんな中で中国が月からのサンプルリターンに成功すれば、大きなイニシアチブを示すことなることだろう。また、アメリカもそれにつられて宇宙開発に力を入れるという、好循環も期待される。

独自の技術開発により、着実に月探査の道を歩む中国。その宇宙大国への道のりは、もはやとどまるところを知らない。


塚本直樹

*Discovery認定コントリビューター

IT・宇宙・ドローンジャーナリスト/翻訳ライター。フリーランスとしてドイツを中心にヨーロッパにて活動しつつ、日本でのラジオ出演やテレビ、雑誌での解説も。 @tsukamoto_naoki

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cat_oa-dnews_issue_dcf58a4a3559 oa-dnews_0_42e01d4744b4_おぞましい生贄の儀式を裏づける新発見か?皮を剥ぐ神に捧げた神殿がメキシコで出土 42e01d4744b4

おぞましい生贄の儀式を裏づける新発見か?皮を剥ぐ神に捧げた神殿がメキシコで出土

2019年1月9日 20:30 Chitra Yamada

メキシコ中部・プエブラ州にあるンダチヒアン・テワカン(Ndachjian-Tehuacan)遺跡から血にまみれた過去を持つ神殿が出土した。神殿に祀られていたのはアステカ族を含む多くの先住民に崇められていた豊穣と戦の神「シペ・トテック(Xipe Totec)」。その名はアステカのナワトル語で「皮を剥がされた我らが主」を意味する。

シペ・トテック神は農業と再生を司り、自らの皮を剥いで人々に食物を与えたという。まるで薄皮を剥いたトウモロコシの実があらわになるように、皮を剥いだシペ・トテックの体は黄金色に輝いているとされた。

そのシペ・トテックを崇めるために、かつて人は人の皮を捧げた。春には20日間がかりの盛大な祭りが執り行われ、大勢の生贄がむごたらしく殺された。生贄の体から剥ぎ取った皮を黄金色に染め、司祭が身にまとうことで豊穣を祈願したそうだ。今回の発見ではそんな戦慄の過去を物語る出土品が確認された。



 

シペ・トテックの禍々しい痕跡

メキシコ国立人類学歴史研究所(Instituto Nacional de Antropologia e Historia)が発表したところによれば、神殿は先住民ポポロカ族がおよそ1000~1260年頃に使っていたもので、祭壇のような建造物もふたつ見つかった。生贄が処刑されるための場所だった可能性もあるものの、祭壇の用途はまだはっきりとわかっていない。


遺跡からは皮を剥がれた人間の頭部のような工芸品も2点見つかっている。フロリダ大学のジレスピー教授(Susan Gillespie)がAP通信に語ったところによれば、ふたつの祭壇は人身御供の亡骸を納めた場所であった可能性もあるそうで、この岩で墓場に通じる穴をふさいだとも考えられるそうだ。


なによりシペ・トテック神の存在を裏付けたのは砕かれた状態で発見された石像の胴体部分だった。写真から見て取れるように、左手の腕の先には手のひらがふたつ付いている。ひとつは胴体の持ち主のもの、そしてもうひとつは生贄の皮がぶら下がったものだ。


 

生と死のはざまに

シペ・トテック神は人の皮をまとった状態で表現された。自分の皮を剥いて人々に豊穣を約束する見返りとして生贄の皮をまとったのだろうか。

農業の守護神と同時にシペ・トテックは戦の神としても崇められていた。The Dark Side of Historyは、その頃の戦が農業と密接な関係を持っていたと指摘している。

現にアステカ族はほかの先住民に戦をしかけることで領土(すなわち農地)を拡大するとともに、人身御供を確保していた。いわく「野の花を摘み取るように」敵地から人をさらったので、「花戦」と言われたほどだったという。

生け捕りされた捕虜たちは生贄となり神々の名のもとに殺されていった。シペ・トテックを祀る儀式においては兵士にいたぶられ、または一度にたくさんの矢に打ち抜かれて大量出血したのちに司祭により石のナイフでまだ動いている心臓をえぐり取られた。死体から丁寧に剥がされた皮は20日間の祭りを通して司祭たちの身にまとわれ、やがて朽ちて悪臭を放つ。とうとう死人の皮が腐り果てた末には下からみずみずしい生きた人の肌が露出し、「再生」に見立てられる――。

このようにして春の息吹、そして自然の再生する力を祀ったのがシペ・トテック信仰の根幹にある。そのおぞましい歴史の実態は遺跡のさらなる発掘とともに次第に鮮明になってくるはずだ。


 


山田 ちとら

*Discovery認定コントリビューター

日英バイリンガルライター。主に自然科学系の記事を執筆するかたわら、幅広いテーマの取材やインタビューにも挑戦中。根っからの植物好き。シペ・トテックの記事を書きながら、とある有名なマンガに登場する人物「のっぺらぼう」を連想せずにはいられなかった。 https://chitrayamada.com/

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 実は50年以上前に開発されていた!知っておきたいVRの歴史

2019年1月9日 19:30 Discovery編集部


近年注目を集めるVR、実は50年以上前に既に開発されていたと聞くと驚く人も多いのではないだろうか。

VRのコンセプトとしてはSF界に大きな影響を与えたスタンリイ・G・ワインボウムの小説『Pygmalion’s Spectacles(ピグマリオン劇場)』が有名だ。このなかに既に「VR(バーチャル・リアリティ)」という言葉が記述され、ホログラム映像が浮かび上がるゴーグル型のシステムが登場している。

この技術を初めて実現しようとしたのは、意外なことにIT系の技術者ではなく、映画撮影技師のモートン・ハイリグだった。彼は1962年に「センソラマ(Sensorama)という娯楽用の装置を開発し、それは 3次元映像、ステレオ音響、振動や匂い、風まで利用した豪華なものだったようで、その大きさも相当なものであったという。

これの小型化に取り組んだのが計算機科学者であるアイバン・サザランドであった。そして開発されたのがヘッドマウント型の「Thw Sword of Damocles(ダモクレスの剣)」だ。常に身に迫る一触即発の危険な状態をいう故事から名前を取ったと思われるこの機器は小型化されたとはいえ、その利用には天井からの吊り下げが必要であったという。

そして時が経ち1993年にはセガが民生用のヘッドセットを、その2年後には任天堂がバーチャルボーイを発売するに至った。ただし。この時期のVRは暗闇の中に小さな映像が映るだけのもので、視界を変えることもできなかった。本格的なVR機器としては2012年にオキュラス社が開発した「Oculus Rift」の登場を待たなければならなかった。

現在、VR市場は急速な成長を遂げており、2018年の270億ドルから2022年には2087億ドルにまで成長すると予測されている。私たちがSFだと思われていた世界はすぐそこまで来ているのかもしれない。

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cat_oa-dnews_issue_dcf58a4a3559 oa-dnews_0_e35b73ad2fbe_風邪の治療法は3千年以上前から変わっていない e35b73ad2fbe

風邪の治療法は3千年以上前から変わっていない

2019年1月9日 11:30 Daisuke Sato

あなたは風邪をひいたとき、まずどうするだろうか?

市販の風邪薬を飲む?病院に行って点滴をうってもらう?栄養満点の食事をとって暖かくして安静に寝ている?

これらは最終的に体の免疫力を高め、風邪のウイルスや細菌を体自身に根絶してもらうための方法だ。そして、こういった風邪の治し方は3000年以上前から変わっていないようだ。

 

風邪の歴史

風邪は、少なくとも鉄器時代にはあったという。最も古い記録だと、紀元前16世紀のエジプトまで遡る。

昔は、風邪は体の中に冷気が入り込むことによって起こると考えられていた地域もあり、治療には暖かい飲み物を使用していたのだという。古代ギリシャでは、風邪は頭に老廃物が溜まることによって起こると信じられていた。

3000年前の中国では、植物の「麻黄」を使ったお茶が鼻づまりの症状を治癒する薬として利用されていた。麻黄には、現在市販されている風邪薬の成分「プソイドエフェドリン」が含まれている。

皇帝ネロの時代のローマ帝国では、治療にチキンスープが用いられていた。現在の研究では、鶏肉には鼻づまりに効果があるアミノ酸のシステインが含まれていることがわかっている。

こういった科学的裏付けがあるものばかりでなく、中世のヨーロッパではくしゃみをすると魂が体を離れてしまうと信じられていた。風邪をひいた患者には口を塞ぐように指示をしていたのだ。現在のアメリカやヨーロッパなどの英語圏でくしゃみをすると、周りにいる人から「God bless you/ Bless you(神のご加護を)」と声をかけられるのはその風習の名残だ。

19世紀後半になるとウイルスが病気の原因になることが明らかにされていった。イギリス医学研究評議会によって1946年に設立された「Common Cold Unit」などの研究によってさまざまな風邪のウイルスが判明していった。

だが、原因が明らかになった現在でも、風邪の特効薬は存在しない。ウイルスを撃退するのはあくまでも私たちの体なのだ。


風邪の予防には

ウイルスや細菌が起因する風邪の予防としては、体への侵入ルートを断つことが重要だ。最も効果的とされるの方法の一つが「手洗い」である。

ウイルスは感染者の咳やくしゃみによって飛散し、周囲の人の口や鼻に入ることで感染する。これらウイルスを大量に含む飛沫は空気より重く、地面へと落下するため、テーブルといった人の手が触れる場所へ付着しやすい。そういった場所に触れ、気づかないうちに口や鼻に手を当てた際に粘膜からウイルスが入ってしまうのだ。

手洗いは、誰でも今すぐ始めることができる効果的な予防法だ。風邪をひかずに健康に過ごしたいなら、常に手洗いを心がけよう。

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cat_oa-dnews_issue_dcf58a4a3559 oa-dnews_0_cb3d48de89d4_まるで1400年代のAmazon?書籍販売業の雄であったヴェネツィアの商人たち cb3d48de89d4

まるで1400年代のAmazon?書籍販売業の雄であったヴェネツィアの商人たち

2019年1月8日 23:00 IzawaSachiko

Eコマースの巨人「Amazon.com」が誕生する500年以上前に、誕生したばかりのグーテンベルクの印刷技術をいち早く導入し、書籍販売の雄となったのがヴェネツィア共和国であった。

「1400年代のAmazon」と歴史家たちが呼ぶヴェネツィア共和国の書籍の出版と販売業は、どのようにして拡大されていったのであろうか。

 

500年前は印刷技術の普及、21世紀はインターネットの普及

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Credit : Wikimedia Comons[/caption]

書籍販売をコアビジネスとするアマゾンと1400年代のヴェネツィアの商業には、商売が軌道に乗るための大きな分岐点があった。

1455年にヨハネス・グーテンベルクが聖書を印刷したのを皮切りに、活版印刷技術が普及し書籍の生産がそれまでとは比べ物にならないほど飛躍的に増える。アマゾンがインターネットの普及と同時に巨大化したのと似た現象が、500年前のヨーロッパでも発生したのだ。

グーテンベルクが聖書を印刷したのはドイツのマインツであったが、その新しい技術は海洋王国ヴェネツィアで成長したのである。安定した政治と経済が、事業の発展の理由であった。

 

リアルト橋周辺に200以上あった印刷所

ヴェネツィア共和国には、1500年前後には200以上の印刷所があったといわれている。大学都市で文芸が盛んであったボローニャは50、花の都フィレンツェは20、ローマ法王のお膝元のローマは30というから、ヴェネツィアはまさにその数で抜きんでていた。

そして、交易で栄えたヴェネツィアにふさわしく、その印刷所からはラテン語やイタリア語だけにとどまらず、英語、キリル文字、フランス語、ドイツ語、アラビア語、ギリシア語などあらゆる言語の書籍が生まれていたのである。イタリア半島内外から注文が殺到したのも当然であろう。

 

書籍販売の雄となったヴェネツィアのアルゴリズム

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Credit : Pixabay[/caption]

ヴェネツィア共和国は、すでに香辛料や織物の流通において欧州では比肩するものがいない強力なネットワークを完備していた。だから、書籍も印刷さえすれば販売経路には困らなかったのである。

生産から流通、そして販売までの時間を短縮するために、書籍本体の印刷はヴェネツィア本国で行い、装丁やイラストの挿入は受け入れ先で行うというシステムまで整っていた。

書籍の価格は、紙が高価であったことや大量生産できないなどの理由から、当時の一般庶民には手が届かない高価なものであった。かつ識字率も低かったことから、書籍は一部のエリート層だけのものであった時代が長かったのである。

しかし、現実主義のヴェネツィアの商人たちが出版した書籍は、聖書をはじめとする宗教書よりも、実用本が多かったというのがこれまた現代のノウハウ本の隆盛と似ているではないか。

 

ヨーロッパの共通語であったラテン語の文法書や会計の本がバカ売れ!

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Credit : WIkimedia Commons[/caption]

というわけで、当時もっともよく売れたのがヨーロッパでエリート階級の言語とされていたラテン語の文法書であったという。また、商人に必須の算術や会計マニュアルがベストセラーとなった。その他、ワインの正しい醸造法、機織技術、サイコロ遊びの本がよく売れていた記録が残る。

書籍はこうして、エリートたちだけのものから一般の人々にまで浸透する時代を迎えるのである。レオナルド・ダ・ヴィンチが自ら作成した書籍のリストには、1465年に著された料理本『正しい食卓がもたらす歓びと健康』がある。この書籍も、1475年からヴェネツィアで出版されている。

 

印刷技術がもたらした書籍の価格革命

貴族や富裕層が所有していた美麗な写本に比べると、印刷によって実現した実用本は非常に安価であった。

1484年から1488年にかけて、ある出版人が印刷した2万5千冊のタイトルと価格の記録がある。700部が売れたラテン語教本は、鶏肉やウサギの肉とほぼ同額であったという。また、ラテン語の文法書は5ソルドであった。これは当時の熟練技術を持つ労働者の、日給の半分であった。つまり、庶民にも十分に手の届くレベルまで書籍の価格が下がったことを示す。当時のベストセラーは、数百部が基準であったがこの価格ならばあっというまに売り切れたことは想像に難くない。

一方で、富裕層のための書籍も出版販売は続いていた。同時期に、ローマで出版された『ローマ法大全』は、上質な革のブーツ十足分と同様の値であったという。

 

出版案内、句読点とイタリック体、小型本を発明したマヌーツィオ

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Credit : ccphotosearch[/caption]

数々の出版人の中でも、とくに高名なアルド・マヌーツィオである。

自身も教養人であった彼は、全財産を投資して出版工房を開業する。全出版物の価格が明記されたカタログを作成し、顧客に郵送するサービスを開始したのはマヌーツィオである。イタリック体や句読点を使用し、小型本を発明したのも彼であった。これによって、書籍は従来の八分の一の価格に抑えられたというから画期的である。

1450年から50年のあいだに、ヴェネツィア共和国内で出版された書籍はある調査によれば800万冊に及ぶという。書籍の概念を根底から覆した、革命的な事象と言えるだろう。

 


Sachiko Izawa

*Discovery認定コントリビューター

イタリア在住ライター。執筆分野は、アート、歴史、食文化、サイエンスなどなど。装丁が気に入った本は、とりあえず手に入れないと気持ちが落ち着かない書籍マニア。最近のひとめぼれは、『ルーカ・パチョーリの算数ゲーム』。@cucciola1007

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cat_oa-dnews_issue_dcf58a4a3559 oa-dnews_0_7feacaa91dd3_杵つきもちの美味しさに隠された科学的秘密 7feacaa91dd3

杵つきもちの美味しさに隠された科学的秘密

2019年1月8日 20:30 Ayaka Ikeda

日本のお正月に欠かせない餅。

スーパーで手に入れる餅より、手作りのお餅の方が美味しく食べ応えがあると感じたことはないだろうか?

なんと、その理由は科学的に調べられていたのだ。

 

餅の味覚が異なる科学的理由

餅は、もち米・水・塩のシンプルな3種類の素材からつくられる。

餅を作る機械は、古典的な杵と臼のようにつくスタンプ式とパン製造機械のように羽がまわるミキサー式の2種類に大別される。

餅の物理学的性質を調べた研究によると、実は見た目が同じ餅であっても、ミキサー式とスタンプ式では餅の微細な構造が異なり、その構造の違いが食感や加熱した際の形状差につながっているというのだ。

 

顕微鏡による餅の微小構造の観察

研究者らはスタンプ式で作られた餅とミキサー式で作られた餅を、通常の顕微鏡及び電子顕微鏡(DNA等nmサイズの細かな物質まで見ることのできる顕微鏡)を用いて観察した。

すると、スタンプ式の餅はミキサー式の餅と比較し、もち米の粒が残っており、また残っている粒のサイズも大小まばらであることが明らかとなった。

一方、ミキサー式の餅は粒がほとんど残っておらず、残っている粒も小さく、ペースト状の割合が大きいことがわかった。さらに、ミキサー式では多くの気泡が含まれていたという。

 

構造による味覚への影響

では実際にスタンプ式とミキサー式の餅ではどのような違いが生じるのか?

・硬くなるまでの時間の違い


スタンプ式とミキサー式の餅を比較すると、常温ではミキサー式の餅の方が早く硬くなるという。

実際に、活性化エネルギーという物質の状態が変化する際に必要なエネルギーを求めたところ、ミキサー式の餅の方が、硬い状態から柔らかくなる状態に必要な活性化エネルギーが大きかったそうだ。

これは、ミキサー式の餅の方がより硬いため、柔らかくなる際に必要な最初のエネルギーが大きいためであると推測されている。

・お鍋でのとろけ易さの違い


スタンプ式とミキサー式の餅を比較すると、ミキサー式の餅の方が加熱した際にとろけ形状が維持されにくいという。

これは餅の構造が、粒が残る形状であるかペースト状かの違いによると推測されている。

では何度以上で餅の形状はなくなりやすくなるのだろうか?

永島らの研究によると、餅は60℃以上で柔らかくなり、この温度が続くと形状を維持することが難しくなってくるという。

沸騰直前の鍋の湯温は90℃近いと思われることから、熱々の鍋にミキサー式の餅を入れると表面から溶け出し、中心が柔らかくなることには溶けてしまう。

研究結果を踏まえると、鍋に餅を入れる際には餅を常温にし、沸騰直前ではなく70℃程度の鍋になるべく短時間入れることが形状維持には良いと思われる。

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Credit : Creative Commons[/caption]

 

餅の味覚はその微細な構造に影響されることが分かった。

杵つき餅が美味しいのは、餅の構造だけでなく、手作りという背景があるからではないだろうか。

お餅に込められた手間暇と思いを感じつつ、正月の余韻を味わいたいものである。


池田あやか

*Discovery認定コントリビューター

大学では薬学を専攻。科学の面白さを伝えようと、見て楽しい・触って楽しい科学イベントやサイエンスライターをしている。最近のお気に入りはモルフォ蝶の羽の構造色を利用したピアス。

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cat_oa-dnews_issue_dcf58a4a3559 oa-dnews_0_c192c9066130_体重51キロの女性をボディービルダーが持ち上げられないわけ c192c9066130

体重51キロの女性をボディービルダーが持ち上げられないわけ

2019年1月8日 19:00 Discovery編集部


体重わずか51キロの女性を持ち上げようと必死の形相のボディービルダーたち。しかし、女性は余裕の笑みでその様子を見つめる…。そのようなウソみたいな本当の話を取り上げるのが「嘘のような本当の話」シリーズだ。

「それが本当ならその女性は特別な訓練か何かを受けたのだ」と思われた方も多いのではないだろうか。例えば、合気道、あるいはソレに類する格闘技の専門家ではないのかと。しかし、実はそんなことはなくこれは誰にでもできる技なのだ。

そのトリックは簡単。持ち上げられようとするときに、片方の足を一歩後ろに下げる、これだけ。これは物理のごくごく初歩的なトリックで、そうすることで体の重心が後ろに下がり持ち上げることができなくなるというものなのだ。

ちなみにこの技、19世紀にルル・ハーストという女性が披露したのが最初だという。今度知人にちょっとしたイタズラとして試してみてはいかがだろうか。

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cat_oa-dnews_issue_dcf58a4a3559 oa-dnews_0_c9748935cf14_戦争でゾウを利用していた2300年前の巨大要塞跡、エジプトで発見 c9748935cf14

戦争でゾウを利用していた2300年前の巨大要塞跡、エジプトで発見

2019年1月8日 11:30 Makiko Sato

1818年に発見された、「ベレニケ」と呼ばれるプトレマイオス朝の遺跡。ここは2012年に発掘が再開されるまで、詳しいことが明らかとされていなかった。

しかし、巨大な要塞が建設されていたことがこのたび判明し、当時戦争で利用されていた像に関する貿易の情報も明らかになりつつある。

 

エジプト紅海沿岸で巨大要塞発見

先日、エジプト紅海沿岸の遺跡ベレニケで、アメリカの考古学研究チームによって巨大な要塞跡が発見された。

これは、2300年ほど前、エジプトがプトレマイオスによって統治されていた時代に建設されたもので、紅海から守るためのものと見られる。

要塞は大規模で、大きな部分は160m×80mにもなり、要塞の西側は2重に造られている。要塞の中には巨大な中庭が設けられ、地下水と雨水17,000L分を貯蓄できる合計2つの巨大プールも見つけられた。これは、当時の気候が現在よりも湿度の高い気候だった可能性を示唆している。


 

ゾウの骨も発見

さらに研究チームは、要塞の中からコインやゾウの頭蓋骨なども発見。これまでの研究記録から、彼らはゾウを戦争における戦力として利用していて、東アフリカにあるエリトリアや中東アフリカからゾウを輸入していたことがわかっている。

プトレマイオス朝が紀元前30年に滅び、ローマ帝国時代に突入すると輸出入が盛んになり、この要塞が貿易の拠点となっていたものと考えられる。


 

今回の発掘は、当時の都市建設での初めての発見だ。今回の大規模発掘が、古代の生活や貿易などを知る大きな足がかりとなるものと期待されていることだろう。

 


Makiko Sato*Discovery認定コントリビューター

雑誌編集者や広告のプランナー、コピーライターとして長年経験を積み、フリーランスのプランナー、エディターとして活動中。

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