愛媛県南部3市がボランティア受け入れ開始 現地で必要とされているものは

2018年7月10日 20:16 バズフィード

氾濫や土砂崩れなどで激しい被害を受ける一方でメディアでの注目が薄い愛媛県南部の3市が、災害ボランティアの受け入れを始めた。

車椅子などを洗う大洲市の高校生ボランティアら
4600世帯が床上浸水し、4人が亡くなった大洲市では、市社会福祉協議会が10日から災害ボランティアセンター(携帯:080−5076−9426/電話:0893−23−0313)を開設し、ボランティア希望者の受け入れを始めた。初日は47件の登録があった。

10日に受付を始めた大洲市災害ボランティアセンター
被災者から求められる作業内容とボランティア希望者をセンターがマッチングし、派遣する仕組みだ。初日は2組が被災者宅などでの作業に出て、残りは福祉協議会の事務所周辺での準備作業などを行った。

担当者は「いつか起きる災害に備えてマニュアル類を整備し、7月15日にセンターの立ち上げ訓練を行おうと思っていた矢先に水害が起きた。ぶっつけ本番になってしまった」と語る。

大洲高校3年生の松井陽さん(18)はこの日、授業が午前中で終わったこともあり、午後から友人4人とボランティアに加わった。自宅は無事だが「地元のために何かしたいと思った」という。

野村町地区の中心部が冠水して大きな被害を受けた西予市は11日朝から、市社会福祉協議会(0894-72-2306)でボランティアの受付を始める。

泥だらけの家財道具が散乱し、住民らが片付けを続ける西予市野村町地区
市民からは、冠水した家屋の片付けや家具の運び出し、清掃などの要望が寄せられているという。この地区は、高齢者の比率が5割を越えており、若い力が必要だ。

希望者は野村町地区にある社協で登録する。作業の派遣先は社協から徒歩圏内が中心になるという。

なお、西予市役所がある同市宇和町地区と野村町地区を最短で結ぶ県道29号は10日現在、通行止めで、大洲市方面から国道441号に迂回する必要があるため、注意が必要だ。

宇和島市は市民限定で募集

地滑りなどで大きな被害を受け11人が死亡した宇和島市の社会福祉協議会(0895-23-3711)も、10日からボランティアの受付を始めた。

ただし、現段階では宇和島市民に応募を限定。特に、被害の激しい同市吉田地区の地理に詳しい人を歓迎している。道路が寸断されているためだ。

ボランティアセンターを立ち上げ、打ち合わせする宇和島市の担当者ら
市社協の担当者は「まだ、どれだけのニーズがあるか全体像を把握できていない。すでに宇和島出身で県外在住の方などからお問い合わせを頂いているが、『募集を拡大した時点で連絡します』とお伝えしている」という。

ボランティアに必要な装備

ボランティアを希望する人に、3市の担当者が「自力で準備してほしい」と口をそろえることがある。手袋や作業に適した服装を自分で持ってくること
現地は断水が続くため、水と食事は自分で準備
遠方からの場合、必要なら宿泊先も自分で手配
水害で広がった泥が乾き、粉塵となって舞い散っているため、マスクやゴーグルなどが必要
長袖の服や帽子、タオルなど、暑さ対策

大洲市災害ボランティアセンターには、水害ボランティアに必要な装備品のイラストが張られている。全国社会福祉協議会などが作成したものだ。全社協は、このイラストを含むボランティアのマニュアルを公開している。

愛媛県では梅雨明けが宣言された。暑さで被災地では泥が乾き、粉塵となっている。マスクなどの対策が必要だ。
援助ニーズを調査するため愛媛県に入ったNPO「ジャパン・プラットフォーム」の山崎久徳さんは「瓦礫の片付けから再建、復興に向け、ボランティアの必要性はこれから中長期的に続く。ボランティアを希望する人は、まず各市や市社協のホームページなどの情報をよく確認し、地元のニーズにあわせてほしい」と話す。

物資は大洲市のみ受け入れ

愛媛南部3市のうち、援助物資を受け入れている自治体は大洲市だけだ。宇和島、西予両市は「物流そのものは途絶えていないため、自力で賄えている」という。両市の担当者は「物資を送るよりも、復興支援に向けてふるさと納税制度を活用いただけるとありがたい」という。

大洲市は床上浸水の被災者数が1万人を超えていることもあり、市総合体育館に直接、持ち込むことを条件に、水や衣類、タオル、ボディシートなどの救援物資を受け入れている。

最も必要なのは水

現地で最も必要とされているのは、水だ。

宇和島市吉田地区、三間地区、西予市野村町地区などで浄水場などが被害を受けたため断水が続いており、復旧のめどは立っていない。

宇和島市立吉田病院は70人余の入院患者を抱える。断水で、65トンの貯水槽が残り7トンにまで減った。病院が一日に使うのは30トンだが、水洗トイレの使用を中止し、災害用ポータブルトイレに切り替えて節水を続けてきた。

宮城県大崎市から宇和島市立吉田病院に運び込まれた飲料水
7月9日にメディアを通じて独自に水の提供を呼びかけたところ、各地で反響を呼び、担当者が手一杯になるほどの連絡が入った。

10日午前にBuzzFeed Newsが病院を訪れると、災害派遣の航空自衛隊春日基地(福岡県)の隊員らが病院への給水を始めた。

病院の村上幸男事務局長が、佐藤慎一3等空佐に「助かります」と深々と頭を下げると、佐藤さんは「仕事ですから。これからも供給を続られるよう努力します」とさりげない様子で言った。

同時に、宇和島市の姉妹都市・宮城県大崎市から、500ミリリットル入り飲料水2万2200本が大型トラックで到着。大崎市の担当者らが18時間かけて運んできたという。村上事務局長は「これで一息付ける」とほっとした様子だった。

現地では各自治体の連携や自衛隊などの活動が広がって、水や支援物資の配布の仕組みなどが、徐々にできあがりつつある。

被災者宅の片付けなど、行政が手が届きにくい部分を埋めるボランティアの力が適切に発揮されれば、復興に向けた動きは早まるはずだ。

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行方不明者は1千人以上。写真が語る、アメリカ山火事の悲惨な現実

2018年11月18日 10:48 バズフィード

アメリカ・カリフォルニア州の山火事の被害が拡大している。

「キャンプファイヤ」と呼ばれるこの火災では、東京都の半分以上の面積が焼失。

1万戸近くの家屋が被害にあった。

AFP通信によると、死者は16日(現地時間)の段階で61人。

当局が通報を見直した結果、643人だった行方不明者は1011人に急増している。

同州で起きた山林火災としては、過去最悪の規模だ。

深夜に山火事が広がったことが、被害拡大の要因ともみられている。

原因はわかっていないが、高圧電線の故障という見方もあり、すでに一部住民による訴訟も起きている。

トランプ大統領は11月17日、被災地を訪問した。

特に被害が大きいパラダイス町は、再建に数年かかるとみられている。

被災者たちはテント暮らしを強いられている。

カリフォルニア州では別の山火事「ウルージー」も発生。高級住宅地に燃え広がり、3人の死者が出ている。

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白人女性が、レストランでスペイン語を話していた家族を侮辱

2018年11月18日 09:01 バズフィード

先週、1人の白人女性が、バージニア州のレストランで食事をしながらスペイン語を話していた家族を侮辱し、パスポートを見せるよう要求するという事件があった。ネットで瞬く間に拡散した、この事件の一連の動画では、レストランで食事をしているだけの家族が、暴言を浴びせられる様子が撮影されている。


このバージニア州のロベッツビルのレストラン、アンディーズで10月17日に起こった事件の一部は、グアテマラの女性によって撮影された。この女性はTelemundo 44でこの動画をシェアした。女性は、同じように人種差別で苦しんでいる人たちにも声を上げて欲しいと思い、動画を投稿したと話している。この動画では、身元は判明していない1人の女性が、レストランで7歳の子供や他の家族と一緒に食事をし、スペイン語を話していた女性に対して暴言を浴びせている。


動画では、女性は「お前らは自分の国に帰れ!」「アメリカに来て居候するんじゃねえ!」と家族に向かって叫んでいる。

その後レストランの外に出ても、この女性は叫び続けている。「お前らみたいなのにはウンザリなんだよ!...汚ねえアメリカの居候共が!」


ラウドン郡の保安官事務所の広報担当者のクレイグ トロクセル氏は、女性が客ともめているという通報を受け、警官がレストランに向かったと話した。

「問題の女性は、マネージャーにその場を離れるように求められると、その後は問題を起こしませんでした」とトロクセル氏は話している。今回の事件では誰も逮捕されていない。

そして月曜日にレストランの従業員が、今回の事件については「現在事態を収拾しようとしている」以外に特にコメントは無い、とBuzzFeed Newsに話してくれた。

しかしレストランのFacebookの投稿では、レストランは家族を侮辱した女性の言動を非難し、もう店には来てほしくないと語っている。

「この度はありがとうございました。お客様が二度とアンディーズに来るべきではない人物だということが分かり、感謝しています」とレストランはFacebookに書いている。「今後アンディーズにはお越しいただかなくて結構です」
(記事下のリンク先にて視聴できます)



この記事は英語から翻訳・編集しました。

動画・音声をオリジナル記事で確認する

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最悪の事態は避けることができた? ハリケーンで息子を失った母親を殺人罪で告訴

2018年11月18日 09:01 バズフィード

カイデン・リー・ウェルチ君
20歳の女性がハリケーン・フローレンス上陸時にバリケードを迂回して高速道路に侵入し、洪水によって1歳だった息子が死亡した。彼女はこの件で、過失致死罪に問われている。


9月、ダジア・リーさんはハリケーン・フローレンスが直撃していたノースカロライナ州ウェイズボロの家族の元へ向かう途中でバリケードを迂回して高速道路に侵入し、結果的に息子のカイデン・リー・ウェルチ君が死亡したと当局が発表した。このハリケーン・フローレンスは、少なくとも43名の死者を出した。


ユニオン郡のエディー・キャシー保安官は、2人が乗っていた車は洪水に押し流され、フロント部分が下を向いた状態で木々の間に挟まったという。さらにキャシー保安官は、水の勢いによってリーさんがカイデン君の手を放し、カイデン君は「水中から出ることができなくなった」と語った。

カイデン君は洪水が収まった後に近くのリチャードソン・クリークで発見された。彼の遺体はバンパーと近くの木に挟まれていた。

ダジア・リーさん
「我々は今後とも、この小さな命が失われたことで苦しんでいるすべての人に祈りを捧げていきます。しかしながら、徹底した捜査とすべての事実を鑑みて法律に照らした場合、これらの告訴は妥当だと思っています」今回の告訴をフェイスブックで発表したキャシー保安官はそう述べた。


リーさんは閉鎖された、または開通していない高速道路での走行に関しても罪に問われているが、息子を失った後のインタビューで自身の行動を擁護した。

「私は息子の手を握り、放さないようにし、引っ張り上げようとしていました。ですが限界に達し、手を放してしまいました」彼女はFox 46のインタビューでそう話した。「私はあの子をお腹に宿した時から、その瞬間からあの子を失ったあの時まで、自分にできることはすべてやってきました。あの子を救い、守るために、親としてできることをすべてやってきました」


ユニオン郡保安官事務所は、さらなるコメントの求めにすぐには応じなかった。

この記事は英語から翻訳・編集しました。

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実の親と一緒に過ごすことはできなかった。それでも生きてきた私には「育ての親」がいる。

2018年11月18日 07:01 バズフィード

お兄ちゃん、お姉ちゃん、弟に妹。家族だと思える人たちはたくさんいる。でも、彼らとの間に血のつながりはない。

物心ついた頃には児童養護施設にいた。生後4ヵ月で乳児院に預けられ、19歳になるまで児童養護施設と自立援助ホームで過ごしてきた山本昌子さん(25)にとって、施設で暮らすことは自然なことだった。

「職員さんとお兄ちゃん、お姉ちゃんたちと過ごす日々がごくごく自然な日常でした。当時はまだ家庭的養護という言葉もない時代でしたが職員さんは必死に家庭のような雰囲気をつくろうとしてくれていました」

いま振り返ると、そう感じるという。


「運動会も施設の職員さんたちが見に来てくれたんです。小学5年生とか6年生になると、周りの女の子が『あのカッコいい男の人は誰?』ってザワつくんですよ(笑)。 親以外の人が見に来ていることを気にしたことはありませんでしたね。気が強い性格なので、いじめられることもなかったんです」

本当の親との幸せな思い出がある子ほど、その幸せだったときの面影を追いかける傾向があるようだ、と彼女はつぶやく。

「でも、私はそういう幸せを欲しいと思ったことはありません。良くも悪くも、私は血のつながった家族と過ごす幸せを知らないので」

いまでも、困ったときに頭に浮かぶのは「育ての親」の顔。

真ん中に写っているのが「育ての親」と慕う元施設職員。右に映るのは同じ児童養護施設で育った「お姉ちゃん」だ。
彼女はある元施設職員の女性を「育ての親」と呼んでいる。山本さんが高校に入った年に体調を崩して施設を去ったが、いまでも誕生日には必ず彼女に会いに行く。相談ごとがあるとき、真っ先に頭に浮かぶのはそんな育ての親の顔だ。

「基本的にはすごく厳しい人なんですよ。マナーとか、宿題とか、門限とか。相談すると、返ってくる言葉はいつだって痛いところを突いてくる。笑 でも、この人は最後まで責任を持つって決めて育ててくれたと話していると感じるんです」

いつもは厳しいが、クリスマスのようなイベントは誰よりも盛り上げてくれる彼女のことが山本さんは大好きだった。高校時代に施設に帰りたくない日々が続き、無断で外泊を続けたときも、そばにいてくれたのは育ての親だ。

児童養護施設での体験を楽しそうに振り返る。そこにあるのは、暗く重いエピソードばかりではない。
とても明るい性格の山本さん。いつも笑いが絶えないグループホームでの日々があったから、明るい性格でいられるのだと教えてくれた。


山本さんの育った児童養護施設では育ての親の強い意向もあり、家庭に近い環境で育つことができるように子ども、そして職員の入れ替えは極力避けられていた。しかし、小学校4年生に上がったタイミングで同じグループホームで育ったお兄ちゃん、お姉ちゃんや職員と散り散りになってしまう。

「悲しくて、すごく泣いたのを覚えています。何でなんだろう?と不思議でしょうがなかったんです。施設での暮らしは、たとえ職員にとっては仕事でも私にとっては生活なんです。だから職員の人に対して強く当たってしまうこともありました。どうせ仕事なんでしょ?って」

育った児童養護施設には、山本さんの顔見知りの職員はもうほとんど残っていない。

一度は絶たれた夢。それでも、生きなくていけないと思えた理由。

児童養護施設で育つ子どもには、必ず卒園の日がやってくる。グループホームのみんなが大好きだった山本さんは、18歳になって卒園を目前に控えたときに初めて孤独を感じた。


「それまでは、周りの人たちにかわいそうって言われても、え?何が?って思っていました。でも、そのとき初めて自分ってかわいそうな人間だと感じたんです。帰る場所も、頼れる場所も、居場所もない。結局、自分も職員の人にとってはたくさんいる児童養護施設の子どもの1人だったんだって」

当時、山本さんは父親のもとへ帰り、児童福祉について学ぶために専門学校へ入ることが決まっていた。しかし、高校を卒業する直前に父親の都合で帰ることができなくなった。専門学校への入学も辞退。しかし、父親を責める気にはなれなかった。

「私の父ってずっと嘘つきだったんです。私のことを引き取るって言い続けていたけど、結局引き取られることはなかったし、何かを期待させては裏切ってきた。だから、あのときも正直、またかって思いましたね」


卒園した途端に、生きている意味がわからなくなったと当時を振り返る。それでも生きることを選んだのは自分を必死に育ててくれた人たちの顔が思い浮かんだからだった。

「私はどんなに辛くても、育ての親のために生きなきゃいけないと思ったんです。恩を仇で返しちゃいけないって。お父さん、お母さんと過ごした時間はないけど、それと引き換えに得た育ての親との時間は何にも代えがたい宝物なんです」

いつだって追い続けたのは、「あの人」の背中だった。

どんな壁が立ちはだかっても、専門学校へ行って児童福祉を学ぶという夢を手放すことはなかった。中学時代から追い続けていたのは児童養護の世界で働く育ての親の背中だった。


自立援助ホームに入所し、アルバイトをしてお金を貯める生活を1年続けた。夜遅くまで必死に働く日々。そんななかで、専門学校へ進学するという目標を自立援助ホームの職員に伝えると、返ってきたのはネガティブな反応だった。

「専門学校に入るのにもお金がかかるし、入ったところで続くわけがない。どうするの?って最初は反対されました。その頃は、まだまだ奨学金も少なくて、就職以外の選択肢が少なくて」

それでも専門学校へ入学し、懸命に働きながら卒業。保育士の免許を手にした彼女が選んだのは、児童養護施設の職員として働く道ではなかった。その選択の裏側にあるのは、育ての親の一言だ。

「児童養護施設で働きたいって伝えたら、『それって自分の居場所を求めているだけじゃないの?』と言われてしまったんですよね。『あなたは子どものために働きたいの?それともあなたのために働きたいの?』って」

気付けばそこには、児童養護施設で働くことで自分の居場所へ帰ろうとする自分がいた。当時は児童福祉のプロとしてではなく、社会的養護出身の当事者の1人として児童養護施設を見ていたと振り返る。

子どもと向き合うとき、常に基準としてしまうのは自身がどのように施設で育ってきたか。自分の体験を思い返しながら、子どもの目線に立つことができる一方で、「児童養護施設はこうあるべきだ」という自分の価値観の押し付けにもなりかねないと、いまならわかる。

山本さんはいま、新宿区にある児童館の職員として働いている。

誰かに頼ることも1つの選択肢。だから、迷わず頼っていい。

山本さんの成人式の後撮り写真。
仕事を続けながら、山本さんは社会的養護を受けている子どものために自分なりの一歩を踏み出した。


2016年、全国の児童養護施設出身の女性たちに、振袖を着て成人式の前撮りを撮影する体験を届ける「ACHA project」をスタート。

学費と生活費を稼ぐことで精一杯で高額な振袖を着ることを諦め、成人式にも参加しなかった20歳の頃の山本さん。それでも、1人の知人がお金を払って彼女に振袖を着せてくれた体験がこの活動の原点にはある。

撮影を希望する女性たちは、その多くが集団生活を経験し、自分だけの物や時間が欲しいという思いを押し殺した体験を持っている。だからこそ、自分の成人を祝うその日くらいはその子のためだけの時間を作りたいと山本さんは語る。だからこそ、1回の日程では基本的に1人の撮影しか行わない。

社会的養護のもとで育った若者は、児童養護施設の場合は原則18歳で、自立援助ホームであっても原則20歳になると自立することを社会から求められる。後ろ盾のない中で、一度つまづくと仕事を失い、住む場所を失ってしまうこともある。そうした状況から立ち直ることは容易ではない。

「児童養護施設出身者は努力していないという声を耳にすることもあります。でも、私からすれば生きているだけで十分頑張っているんです。18歳〜22歳の時期に命をつなぎとめたいと思って、ACHA projectに取り組んでいます。生きたいと思えるきっかけを少しでも届けたいんです」


山本さんには育ての親やグループホームで一緒に過ごした仲間をはじめ、頼ることのできる人々がいた。仕事もACHA projectも、育ての親は応援してくれている。そんな彼女にとって「自立する」とはどういうことだろう?

「依存してはダメだと言う人もいますが、その人は誰か1人にだけ寄りかかってしまうことが怖いのだと思います。人に頼っても良いんですよ。誰かに頼ることだって1つの選択肢ですから。その選択肢を自分の意志で選ぶことができていれば、それは自分の人生を生きていると言えるのではないでしょうか」

BuzzFeed Japanは、児童虐待や子どもの権利に関する記事に #ひとごとじゃない のハッシュタグをつけて、継続的に配信していきます。
ACHA projectホームページachaproject.org

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ドラッグの大物売人になった男 ジャーナリストだった彼はなぜ、ケムセックスの世界に迷い込んだのか

2018年11月17日 21:01 バズフィード

ドラッグの大物売人になった男 ジャーナリストだった彼はなぜ、ケムセックスの世界に迷い込んだのか

キャメロン・ヨークは、ジャーナリストの仕事を捨て、ケムセックス・シーンの大物売人になり、すべてを失った。「まるで降りることのできないジェットコースターでした」と彼は語る。BuzzFeed Newsによる独占取材。
玄関の扉が激しくノックされる。それが、終わりの始まりだった。扉を叩いていたのは警察だった。近所の誰かが、隣の部屋から狂ったような叫び声が聞こえると通報したのだ。

英国ロンドン北部にある高級住宅地ベルサイズ・パーク。金曜日の午後2時にこのような騒ぎが起きるのは珍しい。警官たちは夫婦げんかか何かだろうと思っていた。

これから目の当たりにする光景のことなど想像すらしていなかった。

騒音の主は、虐待的な配偶者ではなく、メタンフェタミン(覚醒剤)でハイになった男の狂気の叫び声だった。そして、玄関の扉を開けたのはドラッグの売人だった。売人の名前はキャメロン・ヨーク。2015年6月の出来事だ。

ヨークは、教養ある都会的な中年男性だ。出身地はニュージーランドで、職業は旅行ジャーナリスト兼ライター。モデルと実業家の経験もある。

しかし、わずか数カ月で、ヨークは社会的地位をすべて捨て去り、ロンドンのケムセックス・コミュニティーの需要を満たす大物売人になった。

ヨークの常連客は、3000人以上のゲイ。クリスタルメスとも呼ばれるメタンフェタミンから、GBL(ガンマ・ブチロラクトン)、バイアグラ、メフェドロン、コカイン、大麻、MDMA(別名「エクスタシー」)まで、数日間のセックスパーティーに必要なあらゆる薬物を扱っていた。

顧客リストには、超有名人、警察幹部、裁判官、医師、シェフ、教師、弁護士などが名を連ねていたという。一晩で数百人が、ヨークの自宅を訪ねてくることもあった。そのままグループセックスに発展することもあり、多くの顧客がヨークの助けを借りてクリスタルメスを注射していた。

ヨークにドラッグを供給していた売人たちは、ヨークがケムセックス・シーンに現れるまで、ゲイとの接点がほとんどなかった。ヨークは、売人とゲイの仲介役を果たすようになった。

金曜日の午後、警察が自宅にやって来たとき、ヨークは話術を駆使し、玄関先で時間を稼いだ。そして、数分間にわたって警察の質問に答えた後、そろそろヨークの指示が実行されたころではないかと思った。ヨークは玄関を開ける前に、リビングルームにいた裸の男たちに、すべてのものをどこかに隠すよう指示していたのだ。

ヨークの読みは外れた。

警察が家の中に入れるよう要求し、突入すると、ケムセックス・パーティーの真っ最中だった。慌てて服を着た5人余りの男の周りには、クリスタルメスのパイプ、筋状に並べられた白い粉、皿に入ったコカイン、注射針、大麻のジョイント、バイアル(注射剤をいれるための容器)など、ドラッグとその道具が散乱していた。

意識を失っている男も1人いた。数分前にクリスタルメスを大量摂取し、大量の汗をかいている男もいた。台所には、5リットルのGBLが入ったドラム缶が置かれていた。

しかし、ヨークがついに売人をやめ、投獄されたのは、その10カ月後のことだった。その間に、ヨークはもう一度逮捕され、1人の男がリビングルームで死んだ。

そのヨークがBuzzFeed Newsの取材に応じ、どのように事態がエスカレートし、すべてが崩壊したかを語ってくれた。ヨークは、人生と健康、パートナーとの関係、正気、金を失い、最後に、自由を奪われた。

この事実を知る者はいないが、ヨークの背後には、常にある人物の存在があった。何千キロも離れた場所で死を迎えようとしていた1人の年老いた男性が、ヨークのアパートであの日起きたことと、どう関係しているのだろう。そして、ライターとして成功したヨークはどのように転落し、短期間で英国のケムセックス・シーンの黒幕へと上り詰めたのだろう。

ヨークは、南フランスの質素なアパートで、「もし5年前に、私はこのようなことをすると誰かに予言されたら、私は大笑いしていたでしょう」と語った。ヨークは現在52歳で、数カ月前からこのアパートに暮らしている。

ヨークはたばこを吸いながら、大きな声でまくし立てるように話す。最悪の思い出を笑いながら振り返り、そのたびに抜けた前歯が見える。時折、警察や看守、国外退去処分を下した英内務省への怒りを爆発させるが、結局、すべての責任は自分自身にあると考えている。

ヨークは、これまで知られていなかったケムセックス・シーンの全貌を語ってくれた。この知られざる世界に足を踏み入れたら、犯罪行為と破滅の渦に滑り落ちてしまう可能性があるということを。しかし同時に、ただ寂しいだけの人や弱いだけの人がこの世界に引き寄せられ、その結果、多くの人がさらに苦しみ、ときに依存症となり、しばしばトラウマを抱えることになるという。

BuzzFeed Newsが2016年の記事で報じたように、ケムセックス・シーンは外の世界から完全に切り離されているため、性的暴行やレイプ、精神障害、自殺、過剰摂取を経験したり目撃したりすることは珍しくないが、多くの人は決して口外しない。そして、当局は全貌をつかもうと躍起になっている。

ヨークは今も、自身の転落について必死に理解しようとしている。

それは一見、テレビドラマ「ブレイキング・バッド」のゲイ・バージョンだ。ブレイキング・バッドの主人公は、高校の化学教師で、クリスタルメスの大物売人になる。

しかし、ヨークの話を聞くとすぐ、全く違う物語であることがわかる。

ヨークの物語はすべて現実なのだ。

ヨークは、鼻にかかった高い声の持ち主で、ニュージーランドなまりを貫いている。しかし、19カ月の刑期を終え、2017年にニュージーランドに強制送還されたときには、母国を離れてすでに30年が経っていた。

2017年夏のある日曜日の朝、ヨークはニュージーランド、オークランドの空港に降り立った。所持金は112ポンド(約1万6500円)。刑務所の調理場で週給12ポンド(約1770円)の仕事に従事し、3カ月で貯めた全財産だ。住む場所も仕事もなく、友人もおらず、あるものといえば犯罪歴だけ。「ぼうぜん自失の状態でした」とヨークは振り返る。

ヨークを助けられるかもしれない人物が1人だけいた。父親だ。ただし、問題点が2つあった。

「私たちは20年以上も口をきいていませんでした。しかも、彼はアルツハイマー病で死にかけていました」

ヨークの物語は父親で始まり、父親で終わる。

ヨークは、ニュージーランド北島の美しい沿岸地域ホークスベイで生まれ育った。当時、ゲイはまだ違法だった。ヨーク家は保守的な農家だった。現在のヨークは、フランス、カンヌ郊外のアパートでソファに座り、休みなく視線を動かしながら、「とても偏狭な環境でした」と振り返る。

ヨークは19歳のとき、東京でモデルの仕事をした後、オーストラリアに移住。アデレードで1人の女性と出会い、結婚した。しかし、20代が終わるころ、2人の関係は崩壊した。

ヨークはメルボルンに引っ越すと、同性愛を探求し始め、母親にカミングアウトした。このとき、両親はすでに離婚していた。その日、母親が電話で話す声が聞こえてきた。「来週は必ずランチに来てね。ゲイの息子が家にいるから!」

父親は、母親ほど喜んでいなかった。翌日、ヨークは父親にカミングアウトしようとしたが、姉に先手を打たれた。電話で父親の反応を伝えられたのだ。「姉に言われました。“わざわざ父親に会いに行かなくてもいい。私が伝えておいたから。あなたが彼の家で歓迎されることはないわ”」

結局、ニュージーランドに強制送還されるまで、ヨークが父親と話すことはなかった。ゲイであることを父親に拒絶されたと知っている状態で、ヨークは20年間を過ごすことになった。

「私は証明しなければなりませんでした。何でもいいから、自分の力で成功できるということを」

ヨークはまず、わかりやすい定番のやり方で証明してみせた。最初のボーイフレンドとインテリア会社を設立し、オーストラリアに3店舗を持つチェーンに育て上げたのだ。ヨークはこの経験を通じて、儲かるビジネスの基本を学んだ。素晴らしい商品、適正価格、マーケティングだ。しかし8年後、2人は別れ、すべてを売り払った。

変化を必要としていたヨークは、ヨーロッパ旅行に出掛け、1冊の本を書き上げた。これが編集者たちの関心を引いた。ヨークは間もなく、旅行雑誌の最高峰「コンデナスト・トラベラー」のライターになり、その後、さまざまな雑誌の仕事をするようになった。

2007年、ヨークはついにロンドンにたどり着き、ベルサイズ・パークのアパートに入居した。そして、新しいボーイフレンドと、ドキュメンタリーの制作を始めた。ボーイフレンドの名前はジョバンニとでもしておこう。ヨークの破滅の引き金になった人物だ。

2014年前半までに、「私たちは同時に2つのドキュメンタリーをつくり上げ、カンヌ国際映画祭に出品しました」とヨークは語る。「ところが、カンヌに出発する3日前、彼は荷物をまとめて出ていきました」

ジョバンニは、2人の関係と映画プロジェクトの両方を捨てた。しかも、「銀行口座の金をすべて引き出しました」。それでも、制作スタッフの報酬を支払わなければならない。「私は無一文でカンヌから帰ってきました。これからどうなるのだろうと思いました」

ヨークは当時49歳で、失意に沈み、一文無しだった。

ヨークは、友人のマークに電話をかけ、助けを求めた。マークは、ロンドン西部チズウィックの自宅に招き入れてくれた。ヨークに同情したマークは、ある提案を行った。「ひどい目に遭ったね。ドラッグをいろいろ買って、ハイにならない?」

ヨークはあまり乗り気ではなかった。しかも、ヨークはこれまで、エクスタシーやコカインのような昔ながらのドラッグにしか手を出していなかった。「大丈夫。君の痛みはこれで必ず消えるから」とマークは言った。

ドラッグはすぐに届いた。

「彼は注射器を取り出し、何かを吸い上げました。“それはいったい何だ?”と私は思いました」

マークが吸い上げていたのはクリスタルメスだった。注射すると「最高の気分」になると言われた。マークは、ヨークを安心させるため、自分は看護師の資格を持っていると告げ、絶対気に入ると断言した。

ヨークの血管に注射針が刺され、しばらくするとクリスタルメスの効果が現れ始めた。クリスタルメスは、性欲と精力が大幅にアップすることで有名なドラッグだ。2人はハイになり、眠ることなくセックスし続けた。そして、正気を取り戻し始めたとき、マークに感想を聞かれた。ヨークは「最高だった」と答えた。

「それは良かった」とマークは言った。「あと5人招待してあるから。1時間後にパーティーを始めよう」

パーティーは3日続いた。ヨークはそれまで、1対1の長期的な関係しか経験したことがなかった。パーティーが終わった後、心の葛藤に苛まれたとヨークは振り返る。自分自身が怖くなったが、その一方で、興奮していたことも否定できなかった。

この日を境に、ヨークはものすごい勢いでケムセックスにハマっていった。ゲイ専用の出会い系アプリ「Grindr」で、クリスタルメス、GHB/GBL(通称G)、メフェドロンを使ったセックスに関心がある相手を探し始めた。これらのドラッグは三位一体となり、増強効果と脱抑制効果を発揮する。

「数週間後、これを行っている地元のグループを見つけました」とヨークは振り返る。「ベルサイズ・パークはまるで悪の巣窟でした。午後10時に通りを歩けば、セックス目当てにあちこち渡り歩く人々に出会うことができるんです」。数軒しか離れていない場所で行われることもあった。

ヨークは、自分がこれほどはまってしまった理由を探ろうとしている。

「私は、関係が終わったことを嘆き悲しんでいました。私は48歳の“売れ残り”で、もう魅力的ではないと悩んでいたため、受け入れられていると実感して、自信をもちたかったのだと思います」

ヨークはしばしば、社会的地位の高い男たちと出会った。大使館職員や警察幹部もいた。こうしたすべての男たちが、ヨークに1つの確信を与えてくれた。「これは普通のことだ」という確信だ。

そのため、数カ月後の2014年秋、ある友人から思いがけない提案を受けたとき、まだ無一文だったヨークは完全に納得した。

「君が売人から買っているドラッグは最高だ」と友人はヨークに言った。「だからそのドラッグを、僕たち地元グループに売ってみたらどうだろう? クリスマスまで続けて、少し稼げば、今の苦境を切り抜けられるのでは?」

ヨークはそのとき、クリスタルメスを吸っていた。「とても当たり前のことに感じられました」。まるで趣味の良い応接間を案内しているかのように、ヨークは手のひらを動かした。

数週間だけのつもりだったが、このとき、爆弾の導火線に火がつけられた。

ヨークの売人は、一帯で最も純度の高いクリスタルメスとGを持っていた。そのため、ヨークが提案に乗り、近所の限られた友人たちにドラッグを売り始めると、全員がすぐさま飛びついた。

「みんな気に入ってくれました」とヨークは話す。「友人たちは上質なドラッグの入手に苦労しており、1グラムではなく0.5グラムずつ渡されていました。つまり、カモにされていたのです。私が上質なドラッグを適正価格で供給し始めると、友人からその友人、さらにその友人へと口コミで広がっていきました」

あまりに急速に広まったため、ヨークは需要を満たすだけで精いっぱいだった。

「3カ月足らずで顧客が1200人を超えました」

しかし、予想外の展開だったため、違法薬物の大量販売を隠す準備が整っていなかった。安全対策も講じておらず、秘密の取引場所もない。男たちはただ、ヨークの自宅に押し寄せてきた。

「金曜日に350人が押し寄せ、週末用のドラッグを買っていったこともあります」。いつも「30人ほどが、リビングルームでドラッグの調合を待っていました」。自分が迷い込んでしまった異常な世界が普通に見えるよう、ヨークはその間もドラッグを使用し続けていたという。その結果、ヨークは自分を止められなくなった。

ドラッグを売れば売るほど、売人からの仕入れも増える。ヨークは、小売業界にいた経験から、この意味をよくわかっていた。値下げ交渉ができるということだ。

「もともと、かなりの高値で買っていましたが、あるとき、“大量購入しているのだから値下げしてくれ”と言うことができるようになりました。最終的には、1グラム35ポンド(約5150円)でクリスタルメスを仕入れ、最高品質の商品として150ポンド(約2万2000円)で販売していました」

また、ヨークは実業家だった経験から、事業拡大の方法は再投資だということをよくわかっていた。ヨークは儲けた金で購入単位を増やしていき、その後、いわゆる品ぞろえを拡大していった。

「ワン・ストップショップのような存在でした」とヨークは説明する。「パイプ、ライター、バイアグラ、クリスタルメス、ケタミン、トリップ、大麻、MDMA、ピル、GHBなど、何でも扱っていました。クリスタルメスは常に200グラム以上ありました」

ヨークは、ドラッグと道具だけでなく、静脈注射に慣れていない顧客へのサービスも提供した。ほとんどが立派な職業に就いている男たちだ。

「安全な注射の方法を教え、管理者の役割を果たしました」とヨークは話す。「自宅に20人余りの顧客がいて、そのうち12人が注射を打ちたがったこともあります。私は列をつくらせて、12人分の針を用意し、一人ずつ注射していきました」

ヨークはこのとき初めて、自分の行動を正当化しようと試みた。「やめるわけにはいきませんでした。とても多くの人が私を頼りにしていたためです」。まるで、公共サービスを提供しているかのような口ぶりだ。

クリスタルメスは注射してもらえるし、あらゆるドラッグが手に入る。顧客たちは、ヨークの自宅のリビングルームを安全な場所と判断し、セックスパーティーに興じるようになった。

「私は孤独を感じました。全員がペアになっているのに、私は部屋の隅で爪を磨いていたのですから」。ヨークは笑いながらこう言った後、自身も顧客の多くとセックスしていたことを認めた。

しかし、月日とともに、セックスの魅力は失われていったとヨークは振り返る。ヨークはビジネスにのめり込んでいった。

「私はただ事業を拡大していきました。当然ですが、私の売人たちは異性愛者で、ゲイ・コミュニティーの“一員”ではありません。そのため、私がゲイ・コミュニティーにすべてを供給していました」

ヨークの顧客は5カ月足らずで3500人を突破し、金も増えていった。ヨークはケムセックス・コミュニティーの頼りになる売人、つまり、ロンドンのケムセックス・シーンの中心地となったのだ。

「まるで、降りることのできないジェットコースターでした」。ヨークは当時を思い出して狼狽しているような表情を見せた。「手に負えない状況に陥っていきました。夜に店じまいしたとしても、翌日、留守番電話に300件以上のメッセージが入っているような状況でした。ドラッグが一晩手に入らないだけで、顧客たちは私を怒鳴りつけるのです」

心理的なゆがみも大きくなっていった。あまりに多くの男たちがヨークを頼りにしていたため、純度の高いドラッグと安全な場所を提供し、自分できちんと注射できるように指導することが「道徳的責任」であるかのように感じていたという。今でさえ、こうした自己正当化は続いているように見えた。その後、ヨークの周りではさまざまなことが起きたのだが。

「倫理に反する行動を取り続けていたとは思いません。私は常に、ドラッグを買ってくれる人々の身を案じていました」。ヨークは自分のしたことを「誇りには思っていない」が、決して恥じてもいないと断言する。「この一件に関わった多くの人と同様、私も犠牲者の一人です」

ヨークはベルサイズ・パークの自宅で、自分なりの「ハーム・リダクション・センター」(中毒者に対してドラッグを安全に提供するための保護施設)を運営し続けた。セックスパーティーとドラッグによる精神障害が絡み合い、混乱はエスカレートしていった。

「男たちが相手を変えながら、何時間もウサギのようにセックスしていただけではありません。バスルームのタイルをはがして床を掘り、中国に逃げなけれならない。英国のシャーロット王女が、クローゼットの中でカクテルパーティーをしている。人々はこのような幻覚を起こすようになっていました」

ヨークは、忘却を求めてアパートにやって来る男たちと話をした。

「ゲイ社会でも、最も傷つきやすい人々がいました」とヨークは振り返る。「トラウマを抱える人、愛する誰かを失った人、別れを経験した人、カミングアウトできない人、何かから逃げている人などです。(ケムセックスの)ターゲットはそうした人々です。幸せでバランスの取れた正気の人は、そもそもドラッグを必要としません」

そうしたなかでヨークは、特に傷つきやすく、現実逃避と安らぎを求めていたある顧客と話をすることになった。ヨークは今でも、彼のことを思い出すと心が痛む。その顧客とは、歌手のジョージ・マイケルだ。

「私は彼をよく知っていました」とヨークは話す。「彼も、同じ状況に置かれたほかの人たちと一緒でした。彼はクリスタルメスに依存していて、注射も吸引もしていました。彼はうつ状態で、とても悲しい状況でした。本当に魅力的な人物でしたが、私たちと同じで、ドラッグを使うと別人になりました」

ヨークがマイケルの自宅を訪ねることもあれば、マイケルがベルサイズ・パークに来ることもあった。マイケルの自宅はハイゲートにあり、それほど離れていなかった。

「午前2時に“今何してるんだ?”と電話をかけてきたこともあります。私は起きて電話番をしていました。注文の電話をかけてくる人々がいるためです。彼がこちらにやって来て、私たちは一緒に吸引しました。午前6時に彼が現れ、一緒にコカインを吸ったこともあります。(彼は)いつも何かが失われている、という感じでした。彼はいつも…何より寂しかったのだと思います。私が目にした中で最も悲しいことの一つでした」

しかし、マイケルが2016年のクリスマスに死去したとき、ヨークはすでに刑務所にいた。「刑務所に送られて最も後悔したことの一つが、もし彼のそばに付いていたら、何かできたのではないかということです」。検視官はマイケルの死因を自然死と結論づけている。

2015年6月の金曜日の午後、顧客の錯乱した叫び声が原因で、警察の訪問を受けたとき、ヨークは売人になってから1年が経過していた。しかし、あらゆる証拠がそろっていたにもかかわらず、警察はケムセックスに使われるドラッグを把握しておらず、重要な証拠を見落とした。

「台所にGBLが入った5リットルのドラム缶があったのですが、警察は冷蔵庫の中身を見るため、そのドラム缶に乗りました。GBLはそのまま台所に残されました」

警官たちはヨークを逮捕し、ホルボーン警察署に連行。ヨークは起訴された。しかし翌日、保釈金を支払って釈放された。

問題はパスポートを没収されたことだった、とヨークは話す。その結果、ヨークは旅行ジャーナリストの仕事に戻ることができなくなった。ヨークは売人の仕事を続け、それが悲劇につながった。

逮捕からわずか3カ月後の2015年9月10日夜、モハメド・サリームという男がヨークのアパートにやって来た。サリームは美容師で、妻子とは別れていた。数週間前、ゲイ用の出会い系サイト「Grindr」でヨークと出会ったばかりだった。サリームが現れたときは、すでに先客が何人かいて、そのほとんどが意識を失っていた。

「私たちは一緒にクリスタルメスをやりました」とヨークは振り返る。「そして、彼は私とセックスをしたがり、一晩中つきまとわれました。私は彼を追い出すことができませんでした。ひどい状態で、最終的には、彼の要求を受け入れなければ解放されないことがわかりました」

ヨークはその後で、サリームに「あっちへ行け」と言った。サリームがリビングルームに入る音が聞こえた。3日間寝ていなかったヨークはすぐ眠りに落ちた。翌朝、ヨークは遅い時間に起き、約束があったため、そのまま家を出た。午後3時ごろ、友人とともに帰宅すると、サリームが目に入った。

「彼はリビングルームで死んでいました」。死因は過剰摂取だ。「彼は、片方の肘をソファーに乗せた状態で、しゃがみ込んでいました」。死体を見たのはこれが初めてだった。ヨークは救急車を呼んだ。救急隊がサリームのポケットからGBLの瓶を見つけたとヨークは話している。ただし、ヨークが売ったものではなく、サリームがGBLを摂取したかどうかはわからないという。

その後、警察がやって来て、ヨークは数時間にわたって質問を受けた。

「私はある意味で、彼が死んで悲しいとは思っていず、事態を怖がっていました」とヨークは述べる。「自分も同じ状況に陥る可能性があること、自分には止める力がなかったこと、私には人々がしていることをコントロールする力がなかったことが、恐ろしかったのです」

地方紙の報道によれば、ヨークはサリームの死に関する審問での証言を拒否している。ヨークはこの時期の出来事を語るとき、支離滅裂とトラウマの間を行き来しているように見える。まるで、まだ心の整理ができていないかのようだ。

2015年11月ごろには、ヨークの精神状態はかなり悪化していた。

「私は何かに関心を持つことができなくなっていました」とヨークは話す。「すべてを終わらせたいと思いました。私がいなければ、世界はより良い場所になると自分に言い聞かせました」。ヨークは自殺の方法を考えていた。

2度「自殺を考えましたが、どちらも実行する前に友人が現れました」とヨークは甲高い声で笑った。

原因は、ドラッグやサリームの死、孤独だけではないとヨークは語る。「とても長い間、水面下でさまざまな気持ちが渦巻いていました」

2016年2月前半、再び逮捕されたとき、ヨークはどうでもいいと思った。ヨークによれば、逮捕の理由は不法入国だという。市民権がなく、しばらく出入国していなかったため、ビザが無効になったそうだ。「私は不注意で怠惰になっており、アパートにはドラッグが散らばっています。だから、彼らはいろいろ調べたのでしょう」

ヨークはペントビル刑務所で、出廷のときを待った。同じ監房に入っていたのは、麻薬取引に関わっていた62歳の大男だった。彼は、中南米の山刀「マチェテ」を誰かに「振り下ろした」という。「簡単に言えば、殺人鬼です。旅行ジャーナリストとして生計を立てていたニュージーランド出身の中流階級の小男にとっては、とてもショックな事実でした」

ヨークは有罪になった。2016年4月、ドラッグを仕入れていた売人たちの名前を明かした後、5年の実刑判決を言い渡された。ヨークの予想をはるかに超える重い刑だった。

「私は震え始めました」とヨークは振り返る。「とてもショックでした」

ヨークは、ロンドン南東部にあるカテゴリーB(訳注:警備が少しゆるやかな刑務所のこと)のテムサイド刑務所に送られた。自分の殻に閉じこもることで生き延びた、とヨークは話す。ヨークは、ほかの受刑者を避けながら、おびえて暮らした。

ただ、ヨークは刑務所の図書館で働き始め、そこで2人の友人ができた。1人は異性愛者で、もう一人はゲイだ。ヨークによれば、ゲイの友人は出所後に自殺したという。「Gの過剰摂取でした」

図書館は気晴らしの場所だった。ヨークは、自身が体験したことを理解しようと、3冊の自伝を書いた。「書くことが乗り越える助けになりました」

自分のためだけではなかった。ヨークは、ドラッグとケムセックス・シーンの現実を知ってもらいたいと思った。何より、愛する人が迷い込んだ世界に当惑している家族たちに向けて。

19カ月後、ヨークは当局から取引を持ちかけられた。ニュージーランドへの強制送還を受け入れれば出所できるという内容だ。ヨークは取引に応じた。帰国する途中の最初の一晩は、Airbnbで安い部屋を借りることができた。友人はもういなかったし、家族はオーストラリアに移住してしまっていた。父を除いて。

地元の慈善団体の助けを借り、ヨークはしばらく暮らすモーテルを見つけ、失業給付の手続きを行った。金はなく、知り合いもいない。刑務所より悲惨な状況だったとヨークは語る。「少なくとも、刑務所は1日3食付きで、暖房が完備されていました。自分だけの空間もありました。ニュージーランドに戻ったら何もなかったのです」

2017年後半のある日、ヨークは父親を探し始めた。まだ帰国からそれほど経っていなかった。

「父親は死にかけていました」とヨークは振り返る。アルツハイマー病で寝たきりになり、周囲に反応しないことも多かった。「ほとんど毎日彼と過ごし、いろいろな昔話をしました。眠っているときも話しかけました。“とにかく話してあげて。耳は、最後まで動く器官だから”と看護師たちに言われたためです。そして最後に、3時間座って話をした後、私は言いました。“僕たちは出だしでつまずき、自分の口から(ゲイだと)伝えることができなかった。僕はそのことを残念に思っている。姉に言われてしまい、伝えるチャンスを失ってしまったんだ”」

父親の反応は、すべての前提を覆すものだった。

「彼は目を開け、“そんなことは起きていない”と言いました」

姉が父親に電話をかけて、ヨークはゲイだと伝えた事実はなかった。つまり、ヨークが家に行くことを父親が嫌がった事実もなかったのだ。ヨークは20年以上経ってから、父親の一言によってこれらを知らされた。

「父は言いました。“おまえが出て行ったのは、私たちの顔を見たくないからだと思っていた。20年以上も口をきかなかったのは、おまえが私たちに関わりたくないからだと思っていた”」

ヨークは、それまでと全く違う表情を見せた。驚きと苦痛が入り交じった表情で、まるで顎にパンチを食らったかのようだ。

それ以来、ヨークは姉と口をきくのをやめた。父親が生きている間に謝罪できたことだけが救いだ。2018年に入ってすぐ、父親は他界した。

「受け入れるのに時間がかかりました」とヨークは話す。「父親と一緒に過ごせたかもしれないのに、(刑務所で)2年間も過ごしてしまいました」

ただし、刑務所での時間は貴重な教訓を与えてくれた。「私は自分で思っていたよりはるかにタフだとわかりました」とヨークは悲しそうに言う。しかし同時に、「もっと自信を持たなければなりません」とも述べる。

2018年夏、ヨークはカンヌに引っ越し、新しいボーイフレンドと出会った。取材中、ボーイフレンドはせわしなく部屋を出入りしていた。「かつて私の自宅に来た3500人のうち、今信頼できるのは4人だけです」

ヨークはたばこを巻き、ゆっくりと煙を吸い込む。もし数年前に戻ることができ、転落する前の自分に会うことができたとしたら、ヨークは自分に何を言うのだろうか?

「どうでしょう」。ヨークは黙り込む。当時の恐怖を思い出しているのだろうか。「選択肢は必ずある。それを思い出せ、と伝えたいですね」

最後にもう一つ質問を投げ掛けた。父親はどのような存在だったのだろうか?

「厳しい父親でした」とヨークは答える。「彼は私に簡単には与えてくれませんでしたし、なんであれ、助けてはくれませんでした」。ヨークは一瞬下を向くと、声を落として続けた。

「私は本当に幼いころから、自分で道を切り開くしかないとわかっていたのです」

この記事に出てきた人物の一部は仮名を使用している。

この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan

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新しいヘッドセットを買う金はない、けどカチューシャならある。あなたならどうする?

2018年11月17日 21:01 バズフィード

トイペの芯でもできる、この格安スピーカー。「Bose」ってわざわざロゴを入れたところが強い

マウスが動かない... 壊れたか?と思ったらデデンデンデデン

ワカモレ作りたいんだけど、皿を洗うのが面倒くさい。そんなあなたに紹介したい、名付けて「ザ・アボカドボウル」

まんまですが。

問題:MacBook Airって、片方がめっちゃ斜めってるじゃん?なんのためだと思う?

答え:ケーキを切るため(嘘)

原始的だって?目的を果たせばいいのだ

朝はあんなに晴れてたのに、夕方急に雨が降って来た!そんな時は、ビニール袋をかぶればいいのさ

しかも防水だし。

ドーナッツ、またはベーグルをお弁当に持っていきたいけど、潰れちゃう?DVDの容器をお使いください

新しいヘッドセットを買うお金はないけど、使わなくなった古いカチューシャはある

ジュースを冷やしたい、けど冷蔵庫に入らん。そんな時は、冷房の前にぶら下げとけばいい

フォークを忘れた?平気平気。クリップで代用しよう

コーヒーメーカーの下って熱くなるでしょ?その熱を使ってトルティーヤ作った

コーヒーが今すぐ飲みたい!けど熱い!の巻

スプーンがない。けど、スープが飲みたい!の巻

これはあんまりじゃないか。
この記事はスペイン語から翻訳・編集しました。
この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:日比友紀子

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「空耳アワー」存亡の危機? ある老舗レンタルCD店の閉店が話題に

2018年11月17日 18:03 バズフィード

テレビ朝日「タモリ倶楽部」の名物コーナー「空耳アワー」が存亡の危機にある、というTweetが話題を呼んでいる。

これは、11月16日深夜に放送された空耳アワーの今年ベストを決める「空耳アワード2018」で明らかにされた内容を受けたもの。

これまで、スタッフが膨大な楽曲を借りていた神田神保町にレンタルCD店「ジャニス」(本店)が閉店するというものだ。

果たして、これが「空耳アワー」と何の関係があるのか。

「ジャニス」は創業37年の老舗レンタル店。

「在庫8万枚!音の図書館を自負する」(ホームページより)といい、毎回様々な国の楽曲に関して大量の応募がある空耳スタッフも重宝していたという。

25年以上にわたり、毎回80〜100枚を利用していたほど。

放送された「タモリ倶楽部」では、「一大事」「(今後は)配信を使うかもしくはコーナーをやめるか」と紹介され、Twitterで話題を呼んだ。

ジャニスの広報担当者はBuzzFeed Newsの取材に対し、「タモリ倶楽部さんには長年ご利用いただいて、本当に助かりました」と話している。

「番組によって、閉店をご存知なかったお客様にもたくさんご来店いただいています」

レンタル営業はすでに終了。11月末の閉店まで、CDは販売の形で営業するという。

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身長差ありすぎ…有名女優とNBA選手が並んだ画像が、完全にフォトショ加工レベル

2018年11月17日 17:01 バズフィード

ミュージカル出身女優クリスティン・チェノウェス。トニー賞&エミー賞を受賞したベテラン女優ですけど、身長150センチと小柄なことでも知られています。

NBAはロサンゼルス・クリッパーズのボバン・マリヤノヴィッチ選手。身長221センチで、NBA選手の中でも高い方。

その2人が並んだらこう! 身長差71センチ!

あまりの身長差に脳が追いつかない…。

リアルでこんなに身長さあるのか。

背が低い高いも、こうして並ぶとびっくりするわー。

いやー、この身長差!

やっぱNBAの選手ってデカいわ。

この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:soko/編集:BuzzFeed Japan

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『名探偵ピカチュウ』が想像以上に”おっさん”だった

2018年11月17日 17:01 バズフィード

『名探偵ピカチュウ』の予告編が、ついに今週アメリカで公開されました!。

出典: YouTube

『名探偵ピカチュウ』は、ポケット・モンスターシリーズを原作とした初の実写映画。ワーナー・ブラザーズ配給で、アメリカで2019年5月公開予定。

ピカチュウ=デッドプール

ストーリー:かつてポケモンマスターになることを夢見ていた青年ティム・グッドマンは、ある日、自宅でピカチュウに出会う。

他の人には「ピカピカ」にしか聞こえないのに、なぜかティムはピカチュウの言葉が理解できる。ティムの行方不明になっている父親を探すため、旅に出る2人。

ピカチュウの声を担当しているのは、ライアン・レイノルズ。デッドプールのあの人ですね。ピカチュウの話し方や声のトーンがハリウッド感強め。

ピカチュウのイメージと違うと思いつつ、ティム以外の普通の人にはいつも通りの「ピカピカァ」なトーンなので納得。そうか、「ピカピカ」は本当はこう言ってるのかって感じで面白い。

予告編には、ポケモンがたくさん登場!

フシギダネ(Bulbasaur)

プリン(Jigglypuff)

バリヤード(Mr. Mime)

ポケモンだけでなく、渡辺謙も予告編に登場してます!

アメリカでは絶賛の嵐!

「『名探偵ピカチュウ』とかいう映画、絶対コケるわって思ってた私が予告編を見たときの顔」

「すでにチケット買ってもいいレベル!」

「いい! これは楽しみになってきた!」

好きなポケモンが実写映画にでてくると嬉しい!

「コダックが活躍しててうれしー!」

アメリカで来年5月11日公開。

「友達と連れ立って映画観に行くわ」

日本では東宝が配給。公開日はまだ未定です。
この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:soko / 編集:BuzzFeed Japan

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