マンガなど日本のコンテンツビジネスの基盤が今崩壊の危機にさらされている(写真はイメージ)。
Reuters
政府がインターネットサービスプロバイダー(ISP)などに対し、「漫画村」などの特に悪質な海賊版サイトについて、閲覧防止措置(ブロッキング)に自主的に取り組むよう促したことを受け、NTTグループ3社は4月23日、準備が整い次第ブロッキングを実施すると発表した。
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出版社などの権利者からなるコンテンツ海外流通促進機構(CODA)は、2018年2月に開かれた知的財産戦略本部(以下、知財本部)の委員会に提出した資料の中で、権利者が「訴訟対応等に協力することができるサイトのみ」ブロッキングの対象とした上で、政府がISPにブロッキングを「要請」するよう提案していた。
最終的に、政府はISPなどに「自主的な取組」を求めるにとどまったものの、NTT3社はCODAからの支援を背景にブロッキング実施に動いたものと思われる。
一方、NTTグループも加盟する日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA)やインターネットコンテンツセーフティ協会(ICSA)、専門家による研究機関・情報法制研究所(JILIS)など情報通信業界からは、ブロッキングに対して「議論が不足している」「法的リスクを誰が負うのか」などと反対の声が強まる一方だ。
サイトブロッキングも含め海賊版サイト対策に関する議論を行ってきた知財本部で、省庁間の調整役を担ってきた住田孝之・知的財産戦略推進事務局長に、事実関係を聞いた。
「政府のお墨付き」がNTTを動かしたわけではない
NTTコミュニケーションズによるサイトブロッキング実施のプレスリリース文。
同社HPより
NTT3社によるブロッキング実施の発表はあまりにタイミングがハマりすぎ、関係者の多くはこれが「水面下で決まっていた流れ」と感じたようだ。しかし住田氏によれば、自主的な取り組みの「一番槍」としてどこが手を挙げるのか、(にわかには信じがたいものの)事務局側はまったく予想できていなかったという。
知財本部はあくまであるべき方針を示したまで。それを受けてどう動くかは民間事業者の判断で、事務局は関知していない。ただ、知財本部ではさまざまな議論をしてきたし、NTTグループも含めてさまざまな方が委員会での議論に(オブザーバーも含めて)参加していた中で、関係分野の企業が何も知らないということはあり得ない。緊急対策を発表してから何かが突然動き出したわけではなく、NTTグループがそれまでの調査検討を踏まえて、ある判断を下したということだろう。
自らサイトブロッキングに動き出せば、憲法や電気通信事業法の定める「通信の秘密」の侵害などで訴えられる恐れがあり、そのリスクを考えるとISPは躊躇しそうなものだ。しかも、「要請」が「自主的な取組」へと軟着陸したことで、(いずれにしても法的拘束力はないものの)政府決定という「錦の御旗」の効力も危うくなった。
ところが、NTTグループは間髪おかずにブロッキングに動き出した。
メディアにはそう映ったのだとしても、そこには何もない。危機的な現状に手を打たなければならないという共通認識があり、関係者がそれぞれ状況打開のために動いているだけだ。緊急対策が発表されて政府のお墨付きが出たから、免責になったから、一気に動き出したという話ではない。
緊急対策に法的根拠がないため、ISPが訴訟を受けた場合は「国には頼れない」という見方が多く出ているが、NTT3社が“命綱”としているのは国のお墨付きではなく、冒頭にも書いたように、訴訟対応に協力する合意のある権利者との連帯関係のようだ。
反対の声や議論が広がることは「織り込み済み」
4月26日には弁護士がNTTコミュニケーションズを相手取り、早くも初めての訴訟を起こした。
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これも事務局は関知していない、ということでいいのか。
リスクをゼロにはできない。知財本部も相当なリスクを取って、今回の緊急対策発表に漕ぎつけたつもりだ。サイトブロッキングに、通信の秘密や表現の自由への影響や濫用の恐れがあるという大きな問題点があることは、委員会で重ねてきた議論の過程でハッキリしている。
発表後に反対の声や議論が広がることは、初めから分かっていたことだ。今も、どんどんブロッキングをやってくれという人が多数派になるとは、知財本部の誰一人として考えていない。だからこそ、そうしたリスクや状況を踏まえた上で判断できる民間事業者に実施の適否を委ねたのだ。
実はサイトブロッキングの必要性は、委員会の中では相当前から指摘されてきたことだ。
海賊版サイト「漫画村」の画面。現在はアクセスできなくなっている。
Business Insider Japan
2014年11月の検証・評価・企画委員会では、委員の宮川美津子弁護士が「ブロッキングあるいはアクセスコントロール等を裁判所に請求できる仕組みが効果的なのではないか」と指摘している。2016年2月には、知財本部・次世代知財システム検討委員会で、サイトブロッキングについて事務局によるヒアリング調査の結果が、資料として提出されている。
さらに、川上量生カドカワ社長も、2017年4月の検証・評価・企画委員会の時点で、ブロッキングが「根本的な解決策」とまで訴えている。何度もきっかけがあったにもかかわらず、2018年になって緊急対策へと急展開したのはなぜなのか。
海賊版対策に関する議論はここ数年途切れることなく委員会で行われていて、2017年度もどこかで俎上に載せようということになっていた。そこに偶然、秋頃から漫画村などの問題が報道で騒がれるようになり、権利者の被害が深刻化していることも明らかになってきたので、2018年2月の(第3回)委員会で時宜を得た問題として取り上げることになった。結果的に緊急対策になったのは、周囲の状況が変わったからで、サイトブロッキングが大きな話題(の1つ)になるのはもともと間違いのないことだった。
その回だけ非公開にしたために、密談めいたイメージが生まれてしまったようだが、それぞれが本音で具体的な数字をベースに議論してもらわないと、ポジショントークが続き、本当の解決策は見えてこないと考えたのが、最大の理由だ。また、漫画村などの固有名詞を出すこと自体が、サイトの宣伝にもつながりかねないという面もあった。結果として、活気のある議論ができたと感じている。
関係者が多く「早急な法制度化」は無理難題
「全てを率直にお話ししている。基本的にできるだけオープンに議論すべき問題だ」と、住田孝之事務局長。
Business Insider Japan
すでにブロッキング実施を宣言する事業者が出てきた今、現実的な対応を考える専門家たちの間では、法制度整備を早急に進めるべきとの声が強くなってきている。
知財本部はどんな対応を考えているのか。
これほど大きな制度を急いで作れというのは、正直無理難題だと私は思う。批判を中心にこれだけ議論が広がっている中で、全ての意見をまとめていくのは本当に困難だと思うが、やるしかない。どのような団体、事業者、関係者に検討に参加してもらうか、どの省のどんな法律で規定していくのか、知財本部事務局で揉んでいるところだ。
今回、緊急対策を発表したことも関係しているだろうが、特に悪質な海賊版サイトと指定された漫画村などの運営が滞っている。アクセス数や権利者の損害額などの数字にも変化が出てくるだろうから、それも今後の参考になるだろう。民間事業者によるサイトブロッキングが実際に行われるかどうかは現時点では不明だが、ISPの今後の動きも議論の材料にしたい。
今言えることは、国民の関心がこの問題から離れ、知財本部の取り組みに緩みが出れば、権利の侵害や濫用はいつでも現実のものとなる可能性が出てくるということだ。
(取材・川村力、西山里緒、文・川村力)